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砂漠を暫く進むと、熱気で揺れる視界に虹雅峡が見えてきた。コマチが嬉しそうな声を上げ、ボウガンの背から元気良く飛び降りる。しかしコマチ以外の皆の反応は、虹雅峡へ向けられたものではなかった。
「なんだありゃ」
「野伏せり…!」
キクチヨとカツシロウが驚きの声を漏らす。
これまで無かった宙に浮かぶ巨大な船が、虹雅峡から目と鼻の先に存在していたのだ。驚く理由はそれだけではなく、周囲に野伏せりの姿が見て取れる。キララは憶測し、答えを導き出した。
「都ではないでしょうか。野伏せりを従えているのが何よりの証拠……」
「へー、成る程な。都ってのは浮かんでたのか。アンタ農民なのに外界のことをよく知ってるなァ」
関心したようにボウガンが声をかけ、その緊張感の無い声にカツシロウが嘆息した。
「それに比べ、おぬしは何も知らないのだな。虹雅峡の差配に仕えていたであろうに」
遠まわしに役に立たないと不満を述べる。ボウガンを通して敵の内情を知ることができるかと思えば、殆ど何も知らないのだ。これでは付いてくるだけ足手まといになる可能性が高い。カツシロウはそう考えて苛立っていた。
「いちいち勘に触る奴だなおい。俺が仕えてたのは差配の息子の方だ。都なんてものに用は無かった」
「言い訳に過ぎぬな。仕えていると言い、日々適当に過ごしていたのが目に見える」
ボウガンはカツシロウを見下ろし、ニヤリと笑った。
「ま、そこは否定しねーな」
カツシロウが呆れ混じりに溜息を零した。対照的ともいえるふたりがかみ合うはずも無く、話せば話すほど溝が深くなる。
区切りを見計らったユメカは口を開いた。
「あれが都なのは間違いないから、攫われた女の人達は皆あそこにいるよ。とりあえず、虹雅峡に行こう」
「おう!マサムネの旦那に早いとこオレ様の刀を治してもらわねーと。敵陣に乗り込むこともできねえぜ」
キクチヨの大太刀はカンナ村の戦の時に根元から折れてしまっていた。カツシロウの刀も沢山の野伏せりを斬ったため、新調が必要になっている。まずは鍛冶屋のマサムネのもとへ向かうべきだ。
(今頃、みんなどうしてるだろう……)
虹雅狭の差配となったウキョウは、都へと足を運び、そこで天主の49番目の複製と判断されることになる。
都を治める才覚と力量を持つか、言問いの儀を行い調べられている頃だろうか。
カンベエはひとり式杜人の里へ向かい、かつての御勅使殺害事件の犯人は自分だと偽り、都へ自分の身を売るようお願いして入り込んでいるはずだ。
キュウゾウは後を追い、決してカンベエの策を邪魔することなく、任務遂行の為に影から援護にまわっていることだろう。もしかしたら虹雅狭で逢えるかもしれない。
その時は、無茶な行動をとったことを謝りたい。しかし謝って許してくれるだろうかという一抹の不安と、早く逢いたいと思う恋しい気持ちが膨らみ、脈が早くなるのが自分でも分かった。
「あー、ちょっとたんま」
虹雅狭に入ってすぐ、ボウガンが皆を引き止めた。ユメカが「どうしたの?」と首を傾げる。
「流石にここじゃ俺は目立つからな。あの店でちょっくらフード付きのコートでも買って来る」
納得してユメカは頷いた。髪も服もピンクでは見つけてくれと言わんばかりだ。今此処にウキョウは居ないかもしれないが、彼の配下に出くわしてもおかしくない。そう思っていると、ユメカも虹雅峡中に自分の似顔絵が貼られていたことを思い出した。恐る恐る辺りを見回してみるが、見たところそのような貼り紙は見当たらない。ウキョウが差配になり、自分の計画の邪魔になると思い剥がしたのだろうか。
「待たせたな」
そう言って現れたボウガンは、カツシロウが持っているコートのように全身を覆い尽くす、目立たない象牙色のものを身に付けていた。パッと見でボウガンと分かるものはいないだろう。
その時、前方の通行人がざわめいていることに気付いた。目前にある電光掲示板に何か文が表示されている。
『都にて御天主様の刃傷に及んだ科人島田カンベエは先般当虹雅峡にて発生した御勅使殿殺害の下手人の疑いあり。この者刃傷並びに騒擾の罪にて斬首するもの也』
「そんな!」
「先生が打ち首…!」
キララとカツシロウが目を見開き、文字が読めずにいたキクチヨとコマチは、カツシロウが言った打ち首という単語に驚いた。
ボウガンは驚く様子を見せなかったユメカへ耳打ちする。
「島田カンベエつったら、俺を斬ろうとした白装束の奴か?」
「そう。策士で強い人だよ」
なるほどね、とボウガンがカツシロウを見る。カツシロウはカンベエを先生と呼び、師と仰いでいるのだろう。しかし目の前の彼は失望したといわんばかりに震え、曇った瞳が掲示板をじっと睨んでいる。
「先生は……失敗したんだ。やはり、先生ひとりでは無理だったんだ」
カツシロウが呟いた。キララはそんな言葉がカツシロウから出たことに驚き、悲しげに見つめた。キララが自分を見ていることに気付けなかったカツシロウは、後ろを振り向いた。
「マサムネ殿のもとへ急ごう。早急に準備を整え、都へ向かう」
指示を出し、人混みを縫うように歩いていく。キララが後へ続き、コマチを肩に乗っけたキクチヨも歩き出した。
「あいつ、なんか危険じゃねえかァ?危なっかしい目してる」
ボウガンの言葉にユメカは何と返していいのか返答に困った。ボウガンはよく見ている。そして少なからず心配しているのだろう。眼差しが真っ直ぐカツシロウの後ろ姿を捉えていた。
「戦に囚われちゃってるみたいなんだ。……サムライだから」
「はぁ、めんどくせー奴。真面目すぎるんだろ」
溜息を吐いた後、ボウガンはユメカを促すようにポンと背中を軽く叩き、皆の後を追って歩き出す。
ユメカはカツシロウの本質を見出しているボウガンに驚き、小さく微笑んで後を追った。