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翌日砂漠に入るとこれまでの穏やかな気候はがらりと変わった。直に降り注ぐ日差しは焼けてしまうんじゃないかと思う程熱く、砂から立ち昇る熱に体力は早々に奪われていく。
程なくしてコマチが音を上げ、キクチヨが背負ってやろうと背を貸した。しかし飛び乗ったコマチが「あっちぃ!です!」と飛び跳ねて離れた。
「キクの字の体、焼けてます!」
キクチヨは機械。今彼の鉄の甲装は熱したフライパンのような状態なのだろう。その上に卵を落としたら美味しい目玉焼きができる。そのように考えていたユメカはぶんぶんと首を振った。暑さで思考がやられている。
「おいおい、どうしたんだ。首振ると余計ばてるぞ」
ボウガンが呆れたようにユメカに声をかける。振り返ったユメカはくらくらする額を押さえて力なく笑った。
「そうだよね、はは」
「本当に大丈夫かよ。なんなら俺がおぶろうか」
「え!?けけけ結構です!」
暑いせいかいつも以上に真っ赤になりながら、断固拒否といわんばかりにユメカは手を振った。それを見てボウガンは不満げに口角を下げる。
昨日調子に乗って唇まで奪ってしまったのだから、この反応は仕方ないないだろう。普段の行いが悪いせいでどうもうまくいかない。そう内心反省しながら、不意に目をやった先にキクチヨとやりとりして更にばててしまったコマチが目に付いたため、ボウガンは近寄った。
「お嬢ちゃん、なんなら俺の背を貸しましょうか」
「おお!ピンク!良いですか!」
「いいですよ〜。ほら、乗った乗った」
わーい!といわんばかりにコマチはボウガンの背に飛び乗り、ひと息つく。キクチヨは役得を奪われたことが不満らしく「ちぇー」と言いながらブシュッと排気した。
ボウガンとコマチの意外な組み合わせを見て、ユメカが微笑ましくなったその時。目の前にいたキララがはっと振り向いた。
「誰か来ます」
皆がキララの視線の先へ目を凝らす。熱気でゆらゆらと揺れる景色に、ふたつの人影があった。近付くにつれてその者達は刀を腰に提げているのが分かる。サムライだろうか、とユメカが思案していると、どうやらキララとコマチは面識があったらしい。あっと反応を見せ、コマチが指差した。
「前に会ったことあるおサムライです!」
その声が聞こえたらしく、ふたりの男が立ち止まり互いに顔を見合わせた。しかし思い出せないのか此方に近付きながら尋ね返してくる。
「はて、どこでお会いしましたかな」
「虹雅峡です。野伏せりを斬ってくれとお願いを」
キララの答えを聞いたふたりは思い出したらしく、笑顔を浮かべた。
「あの時の娘子か。カンナ村の話、噂には聞いておる」
「お前達に雇われた七人のサムライの活躍、虹雅峡まで鳴り響いておるぞ」
予想外のふたりの言葉に、キクチヨが、おお!と反応した。ならば自分の活躍を聞いているだろうと喜び、自分の勇ましい様子を身振り手振りで語り始める。しかしその様子を無視したコマチはふたりの男に「おサムライ達は何処へ行くですか?」と無邪気に尋ねた。
「我々はこれより、ウキョウ様のお計らいで、ノダテ村に雇われ……」
話途中でカツシロウが「ウキョウ?」と聞き返す。ここでその名が出てくるとは思いもよらなかったからだ。しかし男はウキョウという人そのものを知らないと解釈したらしく、説明を始める。
「今の虹雅峡の差配だ。大変に目足の利く御仁でな。おぬし達の活躍を、今の困窮の時代を変える指針にするおつもりだ。サムライ狩りで捕らえた我等を、全て近在の村の警護約に任命して下さった」
皆一様に信じられない、と目を見張った。今やウキョウは差配の息子ではなく、差配そのものになっているのか。それ以上に、自分達の邪魔ばかりしていたのに、この扱いはどういうことだろう。ふたりは尚も胸を張り説明を続ける。
「町にあぶれた浪人者が、今や差配肝入りの公認警護役だ。皆、仕事にありつけて喜んでおるわ」
「君達のお蔭だな」
どういうことだ、そんな風にカツシロウがボウガンを見る。ここで虹雅峡の動きについて裏を知っていそうなのはボウガンのみ。しかし視線を向けられた当のボウガンは、ふたりの男が言うことについて殆ど何も知らなかったらしく、ぱっとしない表情でカツシロウに肩をすくめてみせた。ここ数日の間、ボウガンはこれといってウキョウから任を受けることもなく、骨休めばかりしていたせいだろう。そこでサムライのひとりがボウガンを見て、ん?と反応を見せる。
「お主、どこかで見たことがあるような……」
ボウガンがぎょっと反応する。おおかたウキョウの用心棒をしている時か、虹雅峡で見られたのだろう。目立つなり故記憶に残ったのか。
「ならず者なんでね。そりゃまぁどっかで見たかもなァ」
念のため適当に返しておく。ウキョウの用心棒であったことを思い出されたら、ややこしくなりそうだったからだ。男は半分納得したような曖昧な返事を返す。するともう一人が「さて、もう行かねば」と言ったため、ここで別れを告げた。