samurai7 | ナノ
21
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虹雅峡までの道のりは長い。夜の砂漠を歩くわけにはゆかず、砂漠へ入る前に野宿することになった。緑深い場所に人為的に造られた洞窟が存在し、安全と思えたそこで一晩過ごすことにする。
責任感の強いカツシロウが見張り役を引き受け外へ出ようとした。しかし一度洞窟の中で火を囲んでいる面々を眺め、ある一点で眉根を寄せた。勿論視線の先には腕を頭の後ろで組んだぴんく色の男だ。


「キクチヨ殿、くれぐれもボウガン殿から目を離さぬよう。おかしなことをされては困るからな」


未だに敵意を剥き出しでいるカツシロウをボウガンは煩わしそうに薄目で見返す。
少しでも疑われる要素をなくそうと、愛用の青龍刀も身から離して置いてあるというのに。
キクチヨはボウガンへ振り向き笑い声を上げた。


「オメー全然信用されねーなァ、よし任された!ボウの字は俺様が見とくぜ、安心しなカツの字」


壁に身を預けたボウガンは余計なあだ名をつけられたことへの不満か、口をへの字に歪める。
カツシロウはキクチヨの言葉に「任せた」と一度頷き洞窟の外へと向かった。


酷い扱いを受けながらも付いてくる意志は変わらないようだ。それがユメカには不思議で、でもせっかく力になると言ってくれているのだから歓迎したいと思う。
しかし歓迎するといっても何をしたら良いのか分からず、結局ユメカは鞄から竹の葉で包んだ握り飯を取り出し、包みを開いてボウガンの目の前に差し出した。


「食事にしない?」
「おっ、これユメカが作ったの?」


途端にボウガンが壁に預けていた背を離し、ユメカの手元を食い入るように見つめる。さながらエサを出されて尻尾を振った犬のようだ。


「うん、梅干入ってるけど大丈夫?」
「好き好き。いっただっきま〜す」


言うなりひとつ握り飯を取り美味しそうに頬張る。
夢中になって食べる様子を見たユメカは「見た目と違って子供みたいだね」と、キララにひっそりと耳打ちし、共感できたキララはくすくすと笑った。
一方コマチもキクチヨに握り飯を渡し、ふたりできゃっきゃと盛り上がっている。このふたりがいれば楽しい野宿確定だな、とユメカもキララと一緒に握り飯を手に取った。




しかしお腹が満たされれば途端に眠気に襲われた。コマチはキクチヨの膝の上でぐっすりと眠りにつき、キララの瞼も重そうに何度も閉じられる。ユメカも欠伸を零してうとうとと船を漕ぎ始めた。
暫くすると焚き火の炎が少し弱まり、ボウガンは近くに置いてある枝へ手を伸ばした。それを火の中へくべながら、自身の置かれている状況に笑いを零す。
ウキョウ側に付いていたというのに、これでは完全な裏切りだろう。とはいえ、ウキョウが欲するキララとユメカを連れていけばそうではなくなる。しかしそれをするとユメカは確実に悲しむ。故にするつもりはさらさら無かった。


ふと隣で眠るユメカを見やる。その表情は幼さが残るあどけないもので、規則正しい小さな寝息に無性に安心を覚えた。
しかしどんなに無垢に見えても、ゴーグルのせいで野伏せりを手にかけているはずだ。


じっと寝顔を見ていると、次の瞬間ユメカの首がかくり、と大きく傾いた。今ので起きただろうかと様子を伺うが、眠りが深いらしく目を開く様子は無い。傾いた頭の重さに負けるようにゆっくりと上体も右へ傾いていく。地面とぶつかる寸ででボウガンは肩を掴んで止めた。


「おいおい、どうせなら俺の方へ傾けよなぁ」


不満を呟きつつ、元の位置へ戻してやる。しかしユメカの重心は右にあるのかと言いたくなるように、また徐々に右方向へと傾いていく。
呆れながら笑い混じりの溜息を吐き、ユメカの体を自分へ引き寄せた。
そっと頭を肩へ乗せて首を安定させてやる。長い癖のある髪が肩から体にかかり、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。そこではっと我に返ったように、引き寄せるために回した右手を素早く離し、左手で自らの頭を抱えた。まずった、と後悔しながら。


――抱きしめたい


蓋をしていたはずの欲が沸き起こる。好きだと意識した女にここまで近付いてしまえば、理性を維持する方が難しかった。
しかも相手は無防備に寝ている状態。欲求を振り払うように髪をかき乱す。いつもならば据え膳食わぬは男の恥、と真っ先に行動に移すが、それは相手のことを思えば無理だということをボウガンは初めて知った。
だからこそこの状況は辛い。だがユメカの姿勢が安定した今、動かして態勢を変えるのは可哀想に思える。


「くそー……」


二度目の呟き。この声でユメカの眉がぴくりと動いた。続いてうっすらと目を開く。


「……あれ?」
「ん?起きたか?」


ユメカの声が聞こえたことでボウガンは堂々巡りだった欲求との格闘から開放された。ほっと胸を撫で下ろしたが、一方のユメカは目をカッと見開き顔を上げた。するとほんの数センチしか離れていないところにボウガンの顔があり、反射的にがばりと離れる。


「うおわっ!ななな何!」


あまりの反応にボウガンが内心がっくりしながら人差し指を自分の唇の前で立てた。


「おいおい、皆寝てるんだ。大きな声を出したら起きちまう」
「あっ……ごめん」


もごりと口を押さえてユメカが小さい声を出す。そそくさと最初座っていた位置へ戻り、ボウガンをちらりと伺った。


「ごめん、もしかしてずっと寄りかかってた?」
「いんやーそんなに」


というより、自分が引き寄せたのだが。そう思いながら横目でユメカを見れば、気まずそうに下を見ている。せっかく起きたのだから話をしたい。ふたりきりの状況を気まずい空気のまま過ごすのは勘弁願いたかった。
ボウガンは不意に腕を動かす。気付いたユメカが視線を上げれば、ボウガンはキクチヨを指差していた。


「あいつ、全然俺見張ってねーの。駄目じゃん」


キクチヨは完全に眠りの姿勢で、コマチのベッドになりながら気持ち良さそうに高いびきをかいていた。見張られる側のボウガンが駄目出しする様子が可笑しく見えて、ユメカがぷっと噴出す。


「ほんとだ。ボウガンのこと信じたんだよ。見張ってる必要ないって」
「そうかぁ?俺にはサボってるだけに見えるな」


笑ったユメカに満足しながら言い、着物の袖へ手を入れる。


「なぁユメカ、目を閉じてみてくれないか?」
「なんで?」


目を閉じたら何をされるか分からない不安があるだろう。信頼できる相手にしかできない行為。だから、


「いや、別に閉じたくないならいいんだ」


ボウガンの言葉にユメカは首をかしげ、しかし警戒心は無いらしく素直に目を閉じた。
信頼してくれているのは嬉しいが、これでは本当に裏切るわけにはいかない。顔を近付け鼻先が触れそうな位置まできてそう思う。


(まつげ長いんだな……)


目を細めながらじっと見つめ、離れる。
ボウガンは袖口からあるものを取り出し、ユメカの髪へ触れた。びくりと反応したユメカが反射的に目を開く。


「あ!ごめんっ」
「もういい、もうすぐ付くからなぁ」
「付く?」


今触れられているサイドの髪。彼は髪に触りなれているのだろう。梳かす指先は女性のもののように繊細で。
いったい何を付けられているのかと気になって手を伸ばせば、花びらのような感触。この感触に覚えがあり、ユメカは大きく目を見張った。


「これって…!」


付け終わったボウガンが手を下ろし、満足気にユメカを見て頷く。


「俺の着物に引っ掛かってた、ユメカの忘れ物」
「!!」


それはなくしてしまったとばかり思っていた、装飾店のおばあさんがくれた花の髪飾り。ボウガンが持っていてくれたのかと驚き、感動が入り交じり泣きそうな笑顔でボウガンの両手を取った。


「ありがとう…!!わざわざ持っててくれたなんて!」


それは例え捨てられていてもおかしくないもの。綺麗な髪飾りとはいえ、女性でない限り目には付かないだろう。再び自分の手元に返ってくるなんて奇跡としか思えない。
ユメカのあまりの喜びように一瞬呆気に取られながら、ボウガンは直ぐにニィと笑った。


「俺の好みだったから頂戴したまで。それ、暫く帯に付けてたんだ」
「え、じゃあこれ……」


手元に返ってきたのは嬉しいが、大切に持ってくれているのならばボウガンが持ってくれていてもいい。
ユメカが言いたいことを瞬時に察知したボウガンはふっと笑った。


「やっぱ似合ってる奴が身に着けてる方がいい。それを愛でる方が俺の性に合ってるんでね」
「…………」


急に固まってしまったユメカを見て、ボウガンが何だと言わんばかりに瞬きをする。するとみるみるうちに顔を赤くしたユメカがけらけらと笑いだす。


「ボウガンって天然?なんか生粋の色男だね。しれっと女の子が喜ぶこと言ってさ、シチさんみたい」


楽しそうなユメカに対し、知らない男の名が出てきたことにボウガンは密かに眉をひそめた。そいつがユメカの好きな奴なのか。
髪に付いた飾りを見て、ため息。それをユメカに返したら満足だったつもりなのに、どうやらそうもいかなくなった。


「……やっぱそれ返したお礼、頂戴するわ」
「お礼?」

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