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「お前はウキョウの手下の…!」
カツシロウが抜刀しようとした瞬間、ボウガンは両手をひらりと顔の横に上げた。
「おいおい、殺り合う気は無いっつーの」
「ぬかせ。現に虹雅峡で我々に襲いかかったではないか」
「まー……それはそれで」
ボウガンは目を泳がせ、やましいことでも有るかのように笑みを浮かべる。しかし、両手は未だに緩く上げたまま、刀の柄を握る様子も無い。あながち嘘ではないのか、しかし油断はできないとカツシロウは睨む。何故なら男の左腕にはボーガンが仕込んであるからだ。手を上げていようと、武器を手にしているようなもの。
「どうしてここにいるの?」
そう訊ねたユメカに、ボウガンは視線を向けた。
「なに、気が向いてね」
適当に聞こえる答えに、カツシロウは眉間のしわを深く刻む。
「我等は先を急ぐ。道を開けてもらうぞ」
低く発した声。同時に刀を抜こうとしたが、それは叶わなかった。カツシロウの手を掴んで引き止めたのは紛れもないユメカだった。
「やめて、ボウガンは悪い人じゃないよ」
「何を……奴はキララ殿とそなたを一度攫ったのだぞ」
「でも…!ウキョウに捕まったとき、逃げるのを協力しようとしてくれたから」
しかしボウガンは「まあ、役に立っちゃいないがなぁ」と補足する。
カツシロウがボウガンへ視線を戻し、柄を握る力を緩めた。どこをどう見ても信頼できる風貌ではないが、ユメカが言うのだ。
決して隙をつくらないよう、刀から手を離した。ボウガンもその様子を見て手を下ろす。
一触即発ということにはならず、ユメカはほっとしながらボウガンのもとへ駆け寄った。
「でも気が向いたって、カンナ村に行って何を……」
「カンナ村にはいかねーなぁ。村につく前にこうして逢えた訳だし」
「え?」
「ユメカ、あんたに逢いに来た」
きょとんとするユメカに、ボウガンはへらっと笑顔を見せる。
「つーわけで、これから俺はユメカに付いていって手ェ貸すわ」
あまりに的外れな男の言葉に、皆が一斉に驚いた。カツシロウが何か言うよりも早く、キクチヨが大きな声を上げる。
「はぁ!?仲間になるってことかあ?おめーは敵だろ!意味わかんねーぞ」
「別にあんたらの仲間になる気はねーよ。
しかも敵は野伏せりだろ。俺関係ねーし」
「ん?やや、そう言われれば……そうでござるな」
キクチヨが首を捻ると、カツシロウがユメカとボウガンの間に割って入った。
「そのようなこと許すはずがなかろう!おおよそウキョウの差し金なのではないか」
「はぁ?それならもっと賢く動くってーの。小僧が知った風な口きくな」
「なんだと!」
雰囲気が再び怪しくなり、慌ててユメカは近くなったふたりを引き剥がした。
「ちょっと落ち着いて!ボウガン、なんでまたそんなこと。ウキョウを裏切ることになったら……」
「前に言ったろ」
「?」
「次逢ったときこそは、俺の好きなようにするってな。ユメカはそれに頷いたはずだが」
「……あ」
ユメカは固まる。確かに自分は頷いた。反論できないユメカを見て、ボウガンは決まりだな、とばかりに腰に手を当てた。
しかしそれでカツシロウが納得するはずがない。
「私は反対だ。ウキョウの息がかかった者をみすみす受け入れるなど」
「じゃーここで殺り合うってか?時間の無駄だな」
「…………」
ボウガンを一瞬睨み付け、カツシロウは踵を返した。「変な真似をすれば即斬り捨てる」と警告し、歩き出す。
ボウガンはちらりとユメカを見て呟いた。
「案外物分りの良い小僧じゃねーの」
口が悪い。これではこの先ちょっとしたことでカツシロウとボウガンは争うことになるだろう。でもいったい何故自分達に付いてくる気になったというのか。気が向いた、では納得できないことも確かだ。
全員が同じ方向へ歩み始めた時、気になったひとりであるコマチはキクチヨの肩から器用に降り、先を行くボウガンの桃色の着物の裾を掴んだ。気づいたボウガンが立ち止まり腰をかがめる。
「なんだい、お嬢ちゃん」
「ユメカちゃんのことが好きで来たですか?」
ストレートな質問に、ボウガンが目を丸くする。しかしすぐに口角を上げて返した。
「そうだねぇ。まーでなけりゃわざわざ危険を犯してまで来ないですよ」
くりくりとした大きな目で見上げてくるコマチの頭をひと撫でし、ボウガンはまた立ち上がりユメカの傍へ歩み寄っていった。
よくオカラが男女の雰囲気に目ざとく気付くが、コマチはそういった女の勘というものはまだ持ち合わせていなかった。だが目の前の彼はどうだろう。露骨なまでにユメカに好意を寄せているということが分かる。
コマチは近いふたりの姿を見て溜息を吐いた。今此処にキュウゾウが居たらどうなってしまうことだろう、と。
するとその溜息姿を見たキクチヨがコマチの傍にしゃがみこむ。
「どうしたコマチ坊、疲れたでござるか?」
「キクの字、あのふたり見て何も思わないですか」
「あのふたりだァ?」
コマチが視線で指すユメカとボウガンを見て、ぶしゅっと排気口から蒸気をひと吹き。
「新入りは目に痛いでござるな」
キクチヨの言葉にコマチがジト目で返す。あのふたりの様子を見て何も思わないのかと聞いたのに、返ってきたのはボウガンの見た目に対する意見。
また溜息を漏らし、コマチは呟いた。
「見事な三角関係になっちゃったですよ」