samurai7 | ナノ
20
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『その弾避けて!』


戸を開け、叫んだはずの言葉。


しかし力いっぱい叫んだはずの喉からは、声が出ていなかった。


喉がカラカラに渇いていたのが仇となった。紅蜘蛛に注意を払っている皆は誰一人としてユメカに気付かず、目の前のゴロベエは紅蜘蛛が撃った銃弾へ刀を構える。それは前にも見た光景。刀で弾くつもりなのだ、と瞬時に分かった。


――自分の声が届いていない。


舌を噛み、溢れた唾液で無理やりにでも喉を潤す。大きく息を吸い、己の喉に力を込めた。


「駄目ええええ!!」


声を枯らした叫びは、今度は誰の耳にも届いた。カンベエが目を見開き、振り返る。他の皆も。
次の瞬間、間に合わないと思ってしまったにも関わらず、体は勝手に動いていた。
救いたい。生きて欲しい。その一心で。




「ユメカ!」




誰が名を呼んだのか。ユメカは目もくれずゴロベエに手を伸ばした。
第一の弾丸をゴロベエが弾くのは良い。だが、その後直ぐに第二の弾丸が来る。それが最初の弾丸を弾いた反動で受け止めきれないため、体を抉り命を奪うのだ。
無理やりにでもそれを避けさせなければならない。


ゴロベエが弾丸を弾き飛ばしたのとほぼ同時に、ユメカは渾身の力を込めてゴロベエに飛び込んでいた。
刀によって弾丸の軌道を逸らしたゴロベエは一瞬バランスを崩していて、ユメカひとりの力でも突き飛ばすことができた。
しかしその近くで起こった爆発。第二の弾丸。ふたりは爆風によって更に飛ばされ全身を地に叩き付けた。


二人のもとに皆が駆け寄る。
うつ伏せに倒れ動かなくなったユメカを、すぐさまキュウゾウは腕で上体を支えて上を向かせてやった。しかしユメカは目を閉じ反応を見せない。更に追い討ちを掛けるように、支える手に泥とは完全に違う温かく滑る感触。触れた脇腹から溢れる大量の赤にキュウゾウの表情が歪んだ。
流れ出る血を止めようと傷口を強く押さえ、ユメカの顔についている泥を手で拭いながら名を呼べば、ようやくユメカは眉をぴくりと動かした。


「……っキュウ……」
「ユメカ…!」


ゆっくりと目を開きキュウゾウの姿を確認したユメカは、はっと視線をさ迷わせた。


「ゴロさんは…!?」
「この通り、大丈夫だ」


屈み込んで視界に入ってきた、ゴロベエの姿。その表情は悲痛で。どこか怪我をして痛みを堪えているように見えたユメカは、まくし立てるように声を上げた。


「怪我したの!?」
「無傷だ。すまぬ」
「え、本当?本当に!?……じゃあなんで謝るの…!よかった…!」
「よくないではないか。某が約束を破ったせいで、おぬしが怪我を……」


ゴロベエの視線が下りる。ユメカがその視線に沿って腹部に目をやれば、自分の脇腹を押さえるキュウゾウの手が赤く染まっていて。


「……ほんとだ」


そこで初めて怪我に気付き、意識したことで突然襲ってきた痛みに、思わず意識が飛びそうになった。でもここで自分がどうにかなってしまえば、ゴロベエに余計な気を遣わせてしまう。


「あ、ははっ。かっこ悪いなぁ……」


正直な感想だった。元気なのを装い極力笑顔を浮かべたが、キュウゾウが「喋るな」と制した。ヘイハチから受け取った包帯を、脇腹にきつく巻いていく。傷口を圧迫される痛みにユメカは生理的な涙と汗を浮かべた。歯を食いしばり、さすがにこれ以上笑顔を浮かべる気力も、目を開いている余裕もなくなった。浅い呼吸を繰り返しながら、目を閉じる。
その様子を見て、キュウゾウは近くにいたゴロベエを見た。


「代われ」


殺気。いつも以上に低い声。ユメカの身を預け紅蜘蛛を斬る気なのだと誰もが理解したが、カンベエが口を挟んだ。


「待て。おぬしはユメカの傍に付いてやれ。奴の相手は儂がする」
「…………」
「おぬし達も、手出しはするな」


シチロージがひとつ、頷いた。キュウゾウの視線を背中で受けながら、カンベエは紅蜘蛛へと向き直り前へ進み出た。その一通りの様子を伺っていた紅蜘蛛が確信を持ち「お前が大将か」と銃口を向ける。カンベエは臆すことなく口を開いた。


「もはや残ったのはお前ひとり。お前の負けだ。それでもこの村を襲うは何故か」
「…………」
「武士としてのけじめか」
「…………」


無言で返す紅蜘蛛。そこから読み取ったのは、今野伏せりであるという身と、元はサムライであった心の分裂。


「おぬし、サムライか」

「……サムライなど!当の昔に忘れたわ!」


構えていた鉄砲を脇へ捨て、紅蜘蛛は斬艦刀を振り上げた。言い捨てた言葉とは裏腹に、サムライとして戦おうとする姿勢。カンベエの頭上へ斬艦刀が下ろされるが、カンベエはそれを素早く避けた。刀は地面を割り、威力を物語るように地響きが起こる。
間髪入れずに斬りつける紅蜘蛛の刀を、カンベエは巧みに避けるが、攻める姿勢を取れない状態では埒が明かない。
しかしカンベエの方が一枚上手だった。紅蜘蛛が斬艦刀を振り上げた一瞬の隙をつき、一気に間合いを詰めようとした。がしかし咄嗟に紅蜘蛛は仕込鉄砲を発砲し防いだ。


「きったねえぞ!!」


キクチヨが叫んだ。鉄砲を捨てたのはなんだったのか。これでは一気にカンベエが不利になる。
その時、キクチヨの横を何かが通り過ぎ、発砲していた紅蜘蛛の腕が爆発した。


「ぐああああ…!!キュウゾウ…!」


恨みがましい声を上げた紅蜘蛛。キュウゾウが何かやったのかとキクチヨが驚いて振り返るが、キュウゾウはユメカを支えた姿勢のままでいたため、訳が分からず首を捻った。しかしシチロージが「無茶なことを……」と呟いた。
キュウゾウはとっさに自らの刀を銃口目掛け投げ飛ばしたのだった。銃口に突き刺さった刀によって紅蜘蛛は発砲できず、その腕は弾け跳んだ。


「助けはいらぬ!」


カンベエの言葉に、キュウゾウが睨み見た。


「こんな相手に斬られては困る」
「斬られるつもりは無い」


逆上した紅蜘蛛は、ふたりの会話途中に打ち込んだ。カンベエと紅蜘蛛は切り結び、力押しになった結果、紅蜘蛛はカンベエの刀を弾き飛ばした。
丸腰となり、この場に緊張が走る。しかし次の瞬間、何故か紅蜘蛛が悲鳴を上げていた。

紅蜘蛛の背で起こった爆発。その遥か後ろには、リキチ達農民の姿。先程失敗した鉄砲を縄で岩に固定し、紅蜘蛛の背目掛けて発砲していたのだった。


「これならぶっとばねえべ!」
「ざまあみやがれ!」


前に倒れ込んだ紅蜘蛛が怒り、斬艦刀を振り上げた。


「農民の分際でェェ!」


しかし、その刀は空振りに終わった。
紅蜘蛛が農民に意識が向いた瞬間、カンベエは刀を手にし、紅蜘蛛の首をはねたのだ。
巨体は自身の動きを支える力を失い、自らが作った勢いに飲み込まれるように地に伏せた。

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