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日が落ち、時折吹く風に肌寒さを感じる。そんな中、ユメカは晩ご飯の握り飯を配っていた。中央広場に行けばカンベエとシチロージがカンナ村の地図を広げ、端に敵の数のしるしをつけているところだった。
「食事、持ってきました」
「すまぬ」
カンベエが受け取り、シチロージも笑顔で握り飯を受け取った。
邪魔にならないようにユメカは直ぐにこの場を離れようとしたのだが、不意にカンベエから名を呼ばれ立ち止まった。
「ユメカ、この戦中どうする気でいる」
「え……」
カンベエの見透かすような瞳とかち合う。どうする気でいるのか、なんて。今回はゴロベエの命が関わる重要な戦。水分りの社で大人しくしているつもりなんて無く、焦りから目を泳がせた。
「えっと……」
「その様子では大人しくしているつもりは無い、な」
「う」
読まれている。こっそり皆が戦うこの場に隠れ、望む未来のために陰で協力しようと密かに考えていたユメカは肩をすくめた。カンベエに読まれていては、その望みは叶わないだろう。そう思ったのだが。
「よいか、挟むのは口だけだ」
「え?」
「カンベエ様……!」
この場にいることは許す。そう取れる言葉にユメカは目を見張り、シチロージは正気ですかと言わんばかりにカンベエを見た。女を戦場に置くなんて。困難な状況下にある中、不利な要素を増やしてしまうことになる。
「ユメカはこの戦で変えたい未来があるのだろう」
「……うん」
ユメカは力強く頷いた。その様子を映したカンベエの視線は、困惑したままのシチロージに移る。
「シチ、ユメカの直接の関与が無ければ未来は変わらぬ。故にこの場にいなければならない」
「しかし、危険です」
「故に挟むのは口だけ。動くのは我等だ」
ボウガンと呼ばれる男の時のように。ユメカの声を聞き、行動すれば変わるのだ。
カンベエの瞳が再びユメカの姿を捕らえた。
「守れるな?でなければ命の保証はできぬ」
「守る!ありがとうございます!」
深く礼をすれば、カンベエは頷いた。ユメカがこの場から離れていき、シチロージがカンベエを見た。
「変わられましたな」
「ふ、何も変わっておらぬ。負け戦ばかりでは、つまらなくなっただけのこと」
「勝ちに出ましたか。やはり変わられた」
「酷なことを言う」
いつ負けを目的に戦をしたというのか。勝負は常に勝ちを目的にしている。ただこれまで、結果として負け戦になってしまっていただけのこと。
カンベエは穏やかに笑い、シチロージもまた微笑み明るく輝く満月を見上げた。
「それにしても……こうしてまたカンベエ様と戦場の月を見上げる日がこようとは、思いませんでした」
感慨深く目を細める。静かなる一時、過去の状況と重なった。身に宿った炎は油が注がれるその時を待ち、小さく燃え続ける。
次第に強くなっていく風。辺りの空気が変わり、雲が少しずつ厚くなっているように思えた。
「ひと雨、きますか」
「食事持ってきたよ」
高い位置にある竪穴式の墓地で見張りをしていているキクチヨのもとに行けば、カツシロウとなにやら話をしているようだった。
するとキクチヨが「あーあー、おめぇの話はおもしれーよ」と半ば投げやりな様子でカツシロウをあしらい、握り飯を抱えたユメカへ振り向いた。
「ご苦労でござる」
「なんの話してたの?」
興味を持ったユメカにカツシロウが焦りを見せ「いや何でも…!」と言いかけたのだが、キクチヨがその声を自慢の大きな声で掻き消した。
「こいつがキュウゾウの奴が凄いってうるせーんだよ」
「キクチヨ殿!」
カツシロウの反応が、まるで好きな人の名前を出された時に焦る乙女の姿と重なり、ユメカは声を上げて笑った。
カツシロウが気まずそうに眉間に皺を刻む。
「……キュウゾウ殿は、真のサムライとして敬服に値する方だと言っていただけのこと」
キクチヨが握り飯を瞬時の間に食べ終わり、ぶしゅっと白い煙を吐き出す。
「だがよ、そんな凄い奴が、なんでマロの犬なんかになってたっていうんだ?」
「それは……」
「勝手に感動してろってんだ!」
面倒くさくなったらしく、キクチヨはどかりと座り込み視線を遠くへ投げた。ユメカがカツシロウへ握り飯を渡す。
「キュウゾウも凄いけどさ、カンベエも、皆凄いよね」
「ああ、皆素晴らしい方ばかりだ」
「カツシロウもその一人だよ。勿論キクチヨも。私にとって皆同じサムライだな」
「いや。私は……」
自分を認める言葉を、ユメカはいとも簡単に言ってくれる。困惑するが、必死にサムライの姿を追い求めているため嬉しいのは事実。言葉を詰まらせた様子にキクチヨはまた振り向き、立ち上がった。
「めでてー奴だよまったく。いい加減仕事に戻れってんだ。見回りだろうがおめーは、よ!」
「うわぁ!」
キクチヨがカツシロウの首根っこを掴み、外へと放り投げた。遅れてどすん、と響く。地面までの距離が音だけでリアルに感じられた。
「だ、大丈夫?怪我したら戦に支障が……」
「そんなに柔なら布団被って寝てろってんだ」
カツシロウと話していて気に障ることがあったのか、キクチヨは終始ぶすっとしていた。