samurai7 | ナノ
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広場まで来ると、やはりキュウゾウはそこに居た。
しかし村の皆に稽古をつけている、という感じではない。既に村人達は弓の扱いに慣れ、思い思いに仲間同士で競いながら的を射っていた。その傍で時折少しの助言でもしているのだろうか。殆ど空を眺めている方が多いようにも思える。


「キュウゾウ!」


名を呼べば、空を見上げていた赤い瞳はユメカへと向けられた。ユメカは手に抱えたものを零さないよう気遣いながら、駆け足で近寄った。
ユメカが説明するよりも早く、ひとりの男がユメカの手元を見て不思議そうに声を掛けた。


「あんれー、ホタルメシでねぇか。どうしたんだべ」
「これは、サムライの水杯です。カンベエの意思だよ、キュウゾウ」
「島田……」


キュウゾウがホタルメシを見て、眉を潜めた。匂い立つ香りが食欲を誘わないせいか。
その時、一つの足音が近付いてきた。


「お待たせ、ユメカのぶんでさ」


シチロージがもうひとつのホタルメシを手にやってきた。ユメカはお礼を言いながら受け取り、キュウゾウを見た。


「ほら、キュウゾウ、一緒にいただこう」
「…………」


キュウゾウは乗り気になれないのか、一息置いて片方のホタルメシへ手を伸ばした。「いただきます」というユメカの言葉で、同時に口を付ける。
途端に口内に広がった味気ない塩分と、薬でも飲んだかのような苦味にユメカは顔をしかめ、キュウゾウは眉間の皺を深く刻んだ。


「う……確かに皆さんの苦労の味が……」
「不味い」
「キュウゾウ!?」


一生懸命言葉を選んでいたユメカの努力虚しく、キュウゾウは一言正直に言い捨てた。
シチロージが苦笑し、いつの間にかこちらを見ていた村人達も笑い声を上げた。


「そりゃー美味い米には叶わねぇべ。オラ達もホタルメシは誰も美味いと思っちゃいねえ」
「んだんだ。だけんどオラ達はそれ食って生きてきただ。大戦中はおさむれぇ様が田畑荒らしちまうし、その後は野伏せり様がみーんなとりあげっからぁ」
「こらマンゾウ!そげな事、村さ助けてくれるおさむれぇ様に言うことじゃねえだよ!」


農民達が慌てる様子に、シチロージがいやいや、と首を横に振った。


「我等は野伏せりと同じように、大戦時はおまえ達に苦痛を与えてきただろう。空にばかり目が向いていて、地に居る者達のことなんて考えてもいなかった。すまぬことだ」
「んなこと!俺達はおさむれぇ様の中にも、あんた達みてぇに良い人達が居るって分かったから良いだよ」


シチロージがちらり、とユメカとキュウゾウの一口分だけ減ったホタルメシを見やる。


「と、いうことだ。期待は裏切らぬよう、お二方とも残してはいけませんよ」
「……はーい」


ユメカの返事を聞き、シチロージが明後日の方を向いて考え事をするそぶりを見せた。


「いや、しかし。ユメカはサムライじゃないでげすから、まぁ多めに見ましょうか。残したぶんはキュウさんが食すということで、ね」


じろり、とキュウゾウが異議があるようにシチロージを見た。一方シチロージはその視線を楽しんでいるように微笑を絶やさない。


「口付けるのが美味いもの、だけではいけませんよ」
「…………」


そう良い残し、シチロージはその場を離れていく。疑問の残ったユメカは首をかしげた。


「キュウゾウってそんなに美味しいものばかり食べてたんだ?」
「違う」
「まぁ、シチさんの方が美味しいもの食べてそうだよねぇ。いや、用心棒してた時を考えたらキュウゾウも良い勝負か」
「…………」


キュウゾウが手に持っていたホタルメシを一気に飲み干した。ユメカはそれを目を丸くして見る。そして目の前に出される手。


「い、いいよ!私自分で最後まで食べるから」
「奴は俺に食えと言った」
「それは私が食べなかったら、でしょ」
「……違う」


言い分が良く分からない、とユメカが眉を寄せればキュウゾウは相変わらず低音で単刀直入に答える。


「ユメカを食ったならこれも食え、そういうことだ」
「私を食った……は!?」


ぱくぱくと、口をせわしなく動かしたユメカは赤くなりながら反論した。


「ななななんで!なんでそんな言い方…!絶対深読みしすぎ…!だってそんな!シチさん知るわけがっ」
「奴は目が良い」


とういう意味か分からず慌てるユメカに、キュウゾウは視線で答えた。
キュウゾウの視線を辿れば自ずと分かる。肩に近い、隠れているであろう首筋。昨日何があったか物語る痕。


「……っ!」


そういえば、痕がついていないにも関わらず、シチロージにはからかわれた時もある。指輪のことだって、一番早くに気付いたじゃないか。
穴があったら入りたいとばかりに慌て、赤くなったり青くなったりするユメカを尻目に、キュウゾウは二杯目のホタルメシを飲み干した。
不思議とそれは先程よりも不味く感じなかった。

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