samurai7 | ナノ
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寸法を微調整され、導きの装束は自分の体とぴったり合った。ユメカはセツにお礼を言うと、一向に帰ってこないキララが気になりその姿のまま外に出てみた。
すると先程まで良い天気だったのに、辺りに濃い霧が広がっていて目を丸くした。
虫の泣き声すら聞こえない静かすぎる森……。一瞬寒気を感じて身震いする。


「もう、始まるんだ」


記憶では濃い霧の日に野伏せりが来た。そう身構えた時、金づちを打ちつける音が辺り一面に響いた。野伏せりが来た合図だ。緊張が走る。
その時、首から提げていた石が熱を持ったように感じ、服の中から取り出した。石は案の定光を放っており、ぎゅっと握る。そして村へと走り出した。


「カンベエ!」


村まで行くとカンベエがいて、大きな声で呼ぶ。すると「ユメカか!水分りの社まで女子供を無事に連れて行ってくれ!」と返事が返ってきた。
女性や子供たちが慌てて社に向かう中、足腰が悪い年配の女性はどうしても逃げ遅れているようだ。ユメカは年配の一人に駆け寄り肩を貸した。


「大丈夫ですか…!」
「おお……お…あんた、導き様じゃったんか…!」


深い皺が刻まれていた目元がユメカの姿を見て驚きで見開かれる。歳を召している人はこの姿が記憶に新しいのだろう。


「急ぎましょう、時間が無いです」
「ああ。導き様も居るなれば心強い」


ユメカは社まで皆を無事に連れていくために往復した。
これで何度目になるのか、逃げ遅れていた小さな女の子を背負って社にたどり着けば、心配して戸口で待っていた母親が駆け寄る。
母親に子供の身を預けて再び村へ戻ろうとしたとき、社から出てきたキララに呼び止められた。


「ユメカさん!これで村の女性と子供は全員です。ありがとうございました」
「あ…!はっ…よかった…っ」


さすがに体力の限界。息も上がっていながら、ちゃんと全員を無事連れてこられたことに安堵して笑顔が出る。
社に入れば皆が目を瞑り祈りを捧げていた。キララが本尊の前に座り、ユメカは戸口付近に座る。ここは水分りの祈りの場。自分は皆と同じように祈るべきだ。
手を胸の前で重ね、サムライ達、村の男達の無事を祈る。


その時、大きな地響きが起こった。ヘイハチの作った大きな武器で、野伏せりの浮遊要塞をひとつ貫いたのだろう。
皆は何が起こったのか分からず、恐怖に肩を震わせて祈り続ける。


――正直、自分もサムライ達と同じように直接力になりたかった。


ここでこうして祈るだけで良いのだろうか。
自分が関われば未来が変わる確信を持っているのに。
無理にでもキュウゾウに弓の稽古を教わっていれば……。


そう考えていた時、カタカタと花が挿してあった花瓶が揺れた。
キララが目を見開くと同時、後ろの扉が勢いよく開かれた。


「キャーー!!」


女達から悲鳴が上がった。それもそのはず。扉を開いたのは野伏せり、ミミズクと呼ばれるものだったからだ。


(なんで此処に!?ありえない…!!)


こんな場面は記憶に無い。もしや自分がここに居るせいで何か変わったのだろうか。変えようとする未来はなかなか変わらないのに、何故。
そうこう考える間にずかずかとミミズクは中へ入ってくる。辺りを見て女子供しかいないことに気付いたようだが、右手の刀を振り上げた。


――殺される!


何とかしなければと視線を彷徨わせたユメカの目に飛び込んできたのは、土間の棚に置かれた調理用の包丁。
手を伸ばし、掴んだユメカは咄嗟にミミズクの背後に飛び掛っていた。


「ぐおッ!?おのれ小娘ェ…!」


懇親の力を込め、重力に任せて振り下ろした包丁はミミズクの背中に突き刺さり、火花が散った。
瞬間、恐ろしくなりその包丁を引き抜いた。
すると引き抜いた箇所から黒い液体が勢い良く飛び出した。


「ーーーッ!!」


体中に液体がかかる。白い巫女の装束が真っ黒に染まっていく。
突き刺した包丁は大事な箇所でも傷つけたらしく、ミミズクはユメカに刀を振り下ろすことも出来ずに倒れ込んだ。そのまま動かなくなる。


「う…っごほッ!!」


ユメカは全身に掛かったオイルの匂いにむせ返り、その場に崩れた。周りのみんなは先程までの恐怖で体が固まり、誰も近づけない。
そんな中で、唯一キララが駆け寄った。


「ユメカさん…!」
「はっ…はっ…!」


体が震える。オイルがべたべたして気持ちが悪い。酷い匂い。
虚ろな目で床に転がった黒い塊を見やれば、未だに黒い液体が広がる様子に胃の中のものが込み上げた。


「うう…!!」
「ユメカさん…!しっかり…!」


体の中にあるものを全て出し切り、苦しさで涙が出る。
背中をさすってくれるキララの手は、心から気遣うように優しい。しかし酷く恐ろしく思え、思わず振り払った。


「……!?」
「……キララちゃん、汚れちゃう……から…っ」
「そんなこと…!」


(そうだ。汚れてしまう。私は汚れてしまったんだ)


咄嗟に自分がしてしまった恐ろしいことに気付いてしまった。
野伏せりという機械を壊した。では済まない。何故ならこの世界では機械はもともと人間。
この黒いものは、血と同じだ。




――私は人間を……。




「や、やだ…!どうしよう…!」
「自分を責めないで…!ユメカさんがああしてくれなければ、私達は皆…!」


キララの声はユメカには届かず、ガクガクと震えて涙を零す。
非情にも犯した罪を表すように、首から提げていた導きの石は光を失い、白く濁っていった。


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09.08.02 tokika

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