16
106 / 177
逃げるようにキララ達のもとから離れたユメカは、とぼとぼと村の中を歩いていた。
男達は既に準備に取り掛かっているため家々の近くにはおらず、女子供の姿ばかりが目につく。
ユメカはとりあえず今の空いた時間を使い、カンナ村の地理を把握しておこうと考えた。
じっくり周りを見ながら歩いていると村中央の広場まで辿りつき、足を止めた。
(キュウゾウだ……)
カンベエに命じられたのだろう。村人に弓の稽古を就けていた。
しかし稽古とはいえ手取り足取り教える訳ではなく、村人を横一列に並べ必要な説明をするだけで、あとは横に立ち短い言葉で指示を与えていた。
初めて弓を引く農民たちは、当たり前ながら前に飛ばすことすらできない。
教えてくれるサムライが一番無口で怖そうなサムライとあっては尚更。緊張で手が震える者ばかりだ。
先程キュウゾウとのことでからかわれたため、ユメカは合わせる顔が無かった。
迷った末にくるりと方向転換したのだが、すぐに背後から可愛い声が掛かった。
「あ!ユメカ姉さま」
無視する訳にもゆかずユメカが振り向けば、家の前に詰まれた岩に腰を掛け笑顔で手を振るコマチがいた。隣にはオカラの姿もある。
ユメカも手を振り返し、少し迷ったがコマチに近寄った。
「そこで何してるの?」
「弓の稽古見てるです。でもさっきから、誰も前に飛ばせなくてつまんないです」
「まぁ、最初は仕方ないよ」
「むー。でも、びゅんってなって的に刺さるの、オラ見てみたいです」
残念そうに肩を竦めるコマチ。すると隣でオカラがししし、と笑った。
「ユメカに頼めばいいでねぇか」
「え?無理無理!私弓とか引いたことないから!」
「ちげぇよ。そこの赤いさむれぇに一発撃ってくれるようユメカがお願いすっだ」
「なっ」
固まったユメカに、コマチは瞳を輝かせる。
「ユメカ姉さま、キュウゾウ様にお願いしてくれるですか!?」
「え、えー……オカラちゃんが頼めば?」
「やだね。別にオラ見たくねぇもん」
ユメカが唸りながらコマチを見やれば、期待の眼差しが向けられていて。腹を括るしかない、と苦笑いした。
「じゃあ、ごめんけど断られたら諦めてね」
「うん!ありがとうです!」
昨日のことを意識するのはやめよう。そう思って小さく深呼吸し、キュウゾウのもとへずんずんと向かった。
その様子にオカラが白い歯を見せてししし、と笑う。
「キュウゾウ!」
名を呼ばれ、キュウゾウはユメカに視線を向けた。
水分りの巫女が一緒に村まで連れて来た謎の娘がサムライに近付いたとあって、自然と農民達の視線も集まる。
「お願いが……あるんだけど」
「…………」
「弓、引いてくれない?」
表情も変えず、無言のキュウゾウ。どうやら望みは薄いようだった。
しかし自分も正直見てみたいと思ったため、半場やけになりながらユメカは言葉を続ける。
「ほら、見本を見せた方が皆もイメージ掴めると思うし!……っていうか、正直見たいだけなんだけど」
キュウゾウが視線を外した。そのままひとりの男へ近付き、近付かれた男はひぃ、と体を小さくする。
男が手に持つ弓と矢をキュウゾウは取り上げた。その様子にオカラが更に笑みを深くする。
「ししし。やっぱりなぁ」
「何がやっぱり、ですか?」
「コマチ、あいつらいずれくっつく」
「え。それ、本当ですか!」
「ああ、間違いねぇだ」
「でもなんでそんなこと分かるです?」
「乙女の勘」
そんな会話が交わされているとは知らず、ユメカはキュウゾウが弓を構えたことに喜んでいた。
キュウゾウが弦を引き絞る。腰から肩まで一切微動だにしない所作に、呼吸をするのを忘れる程。
刹那、弦が弾かれ、的の中央に命中した。おおー、という感嘆の声が農民の口々から漏れる。しかしキュウゾウは弓を男へ返し、定位置へと戻った。
「構え」
突然のことに慌てて農民達が弓を構える。先程のキュウゾウの姿を見て憧れをいだいたようで、表情は最初と比べ引き締まっていた。
キュウゾウの指示で矢を放つが、まだまだ前には飛ばない。しかし数をこなせば上達していくだろう。
ユメカが興奮冷めやらぬ調子でキュウゾウに近付いた。
「ありがと!弓、私も練習してみようかな!凄くかっこいいし、引けるようになったら皆の役にも……」
「やめておけ」
「え。なんで?」
「合わぬ」
合わないとはどういうことだ。似合わないと言われたようで、ユメカは若干むっとした。
「どーせ私には無理ですよ!力とか無いし、姿勢も良くないし」
キュウゾウは自分のことをどう思っているのか。へたすると目障りに思われているようにも感じ、調子に乗ってしまった恥ずかしさから、よく分からない拗ね方をしてユメカは広場を離れていった。
コマチがオカラを見る。
「ほんとにくっつくですか?」
「さぁな」