TIME | ナノ
─08─

 通夜の晩は静かに厳かに行われて幕を閉じ、夜は親しい人達と団らんを囲んだ。自営業でケーキ屋を営む太っ腹な海の父親は母親業務も兼任しており、男のために用意してくれた高級な牛すき焼きと、父親の用意したこっちでも有名な酒をしこたま飲まされ、ほろ酔い気分で宛てがわれた寝室の布団で静かに眠りについた。
 外はしんしんと雪が降り積もり、凍えそうな海風が吹き荒れ底冷えする寒さに震えながら明日は泊めさせてもらってる御礼に雪かきを手伝わなければならないとそう感じた。
 ふと、そろそろと歩く足音が微睡んでいた男の耳に届いた。もしかしたら自分たちを起こさないようにと、海なりの気遣いなのだろうが、申し訳ないがスリッパの音はフローリングにぺたぺたと響いている。少なくともミカサはそんな風には歩かない。
「きゃっ!」
 ふと聞こえた声に思わず息を詰めた。やっぱり声の主は海で、相変わらず危なっかしくてどこか憎めない海の一つ一つの仕草。大方寝ぼけまなこでぼんやりしてスリッパでツルツルのフローリングの床で足を滑らせたのだろうか。
 しかし、本当に寒い。自分の居住している県の寒さなど、この豪雪地帯の寒さと本当に比べ物じゃないほどに。毛布にくるまり、暖房をつけていても日本海側はこんなにも冷えるものかと布団に丸まりながら男は瞳を閉じて寝ようとしたが、なかなか寝付けずにスマホに手を伸ばした時、静かにドアが開き廊下の光が射し込んできた。
「リヴァイ、さん……寝て、ますよね?」
 男は黙ってスマホを引っ込め瞳を閉じる。部屋に入ってきたのはまさかの海だったから。
「よいしょ、よいしょ」
 夜這い、ではなく。どうやら慣れない男が豪雪地帯で夜で寒がってると思って気をつかったのか。掛け布団を持ってきてくれたようだ。小さな身体で大きな毛布をふわりとかけてくれた海の優しさ。少し寒さが和らいだのは海のおかげだろうか。さんざん悲しませたというのにそれでも優しい海の心配り。
 「お前、熱いな」
「ほっといてください……っ、私、子供体温なんです!」
「真冬なら布団に入れときゃあったけぇかもしれねぇが」
「んもぅ、ベタベタくっつかないで今すぐ離れてくださいよっ」
「汗だくなのはお前だろ?もう少しだけこのままでいさせろ」
「あっ、もう、ちょっと……待ってください!」

 しかも、ふわふわと自分の頭を優しく撫でるというオプション付き。無意識なのか何なのか。海の胸に抱きしめられて眠った夜を思い出させるその手つきに今にもニヤつきそうなこの寝顔を見られたらいくら鈍感な海でも起きているのがバレるかもしれない。さりげなく寝返りを打ち海に背中を向けて必死に理性を抑えていた。
 理性がなければ今すぐその小さな子供体温の手を掴んで布団に引きずり込んで冷えた心も体も芯まで温めて欲しいと思った。そして、そのままなし崩しに自分の思うように海を壊れるまで抱いてしまいたくて・・・。
 離れたことで自身の積もりに積もった欲求は噴火寸前。海への思いがとめどなく溢れてまるで自分は何十年前の行為を覚えたての思春期のガキに戻ったようだとさえ自嘲すら浮かべて。海を抱いた記憶さえ遠ざかってしまいそう。
 男の頭を撫でて満足したのか、海は前と違い素っ気なくなってしまっても本当は自分とまた会えたことを喜んでくれているのだろうか。ドアを閉めて静かに居なくなった海に男はより一層の愛しさを募らせるだけ。自慰中の空想ではないリアルの海。
 まるでそれは外の雪のように、無垢な海の優しさに包まれて眠るのは心地よくて……。記憶の中で男は懐かしい夢を見た。それはあの夏の記憶。海と過ごした日々の夢を。

 ▼

 翌日。葬儀が始まり、ミカサの同級生達が次々と集まってきた。子供の頃から大人しいミカサだったが何だかんだ友達には恵まれたのだろう。受付を務めていた海を横目に男は海の父親と並んでその様子を眺めていると、ミカサが神妙な顔つきでやってきた。やはり父親との別れが寂しいのだろう。
 当たり前だ、まだ二十代の若さで唯一の肉親を失ったのだ。自分の立場に置き換えて見ればこんなにも辛いことは無い。もし今入院している自分の母親が亡くなったら。
 ……否、考えたくない。それにケニーと二人きりの家族になる、最愛の母が逝ってしまう。そんなの、不安でいてもたってもいられない。
 しかし、ミカサが危惧したのは別の、今男の心を占める海の事。ふと現れたすらっとした体躯のいかにもやんちゃで目つきの悪そうな馬面の男が海の目の前に現れると海の顔つきが普段とは変わった気がした。
「ジャン……!! 久しぶり、だね」
「あ、あぁ、久しぶり……だな、海」
「うん……」
 ただならぬ二人の雰囲気にいち早く男は察知した。背の高いやたら目つきの悪そうな馬面の男と見つめ合う海。そして、ミカサからの耳打ちが男の耳に伝わった瞬間、男は頭からつま先まで雷に打たれたような衝撃を受けるのだった。
「(海の元カレ……マルコの友人でもある)」
「(あいつか、あいつが……昔の男かよ。何でよりにもよって、あんな目つきの悪そうでガラの悪そうな馬みてぇなツラした男と……)」
「(それはあなたも同じ。海がとっくに振ったけど)」
 男は顔には出さないが、激しく動揺していた。まさかの元彼の出現に気が気ではない。自分は海と付き合っていたわけじゃない。だからこそ別れたにしても海と付き合ったというステータスを持つあの元彼が心底羨ましくて妬ましくてたまらなかった。
 あの男と海はキスをしたのだろうか。しかも年下で、若さを全面的に押し出しめちゃくちゃな激しいセックスをしたのだろうか。優しい海は泣きながらも受け止めてあの男に処女を捧げたのだろうか……。
 男は葬儀が始まってもその事ばかりが頭から離れなくて。ふつふつと浮かんでは消える妄想に悶え苦しんでいた。まさか他人の過去にこんなにも激しく嫉妬するとは・
 嫉妬、自分には縁のない感情だと思った。しかし、今は違う…海はこちらから歩み寄らない限りきっと頑なに心を閉ざしたまま。
 海の知られざる過去にこんなに苦しむとは。あの甘い声も柔らかな肢体も自分だけが知っていればいいのに。振られたくせに親しげに海に話しかける男を垣間見、内心そいつが海と付き合ってた記憶が飛ぶまで殴りたいとさえ、大人気なく思った。自分以外に海の淫らな姿を見たなんて思えば耐え難い嫉妬に悶え苦しむだけなのに、一度想像してしまえばそれは男を縛り苦しめた。
「(あいつがどんな風に啼くか、触ったらどんな風に感じるのか、俺だけが知ってりゃあいいんだよ、それなのにな……)」
 もはや遠い記憶、海を抱いた夜のこと。膝の上に乗せて小さな唇にキスをした、手を繋いだ、見つめ合い何度果てても、柔らかな肢体も、甘い声も、柔らかな髪も、抱き潰してしまいそうな敏感な身体も・・・。
 男は葬儀中もずっとそのことばかりが頭から離れなかった。

 
To be continue…

2018.11.06
2020.01.08加筆修正

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