THE LAST BALLAD | ナノ

#71 アニ・レオンハートU

 王都ミットラスでは逮捕されたエルヴィンがかつて牢屋越しの対面を果たしたエレンと同じように拘束され、静かに時を待っていた。調査兵団十三代目団長としていつも凛としていた彼の貫禄は今はもう何処にもない、隻腕となり戦うことも出来ず、そしてただ指揮を執るだけの人間になり下がったのだ。

「待たせてすまなかったな、エルヴィン。早速だが尋問を始めさせてもらう」

 そうして姿を見せた中央憲兵の姿を見てエルヴィンは静かにそのエメラルドグリーンの瞳で見つめ返した。託した仲間たちは果たして無事だろうか。欠損した右腕は牢屋に繋がれず、左手だけの拘束。ゆっくりと立ち上がったエルヴィンの思いは。これから始まる責め苦にエルヴィンはかつての父の最期が見えた気がして、静かに身を委ねた。
 その目に見据えるもの、それは、人類の、そして、調査兵団の希望を秘めて。



 翌日。山狩りとして昨日のストへス区での対人立体機動部隊と調査兵団との激戦から、多くの民間人が殺されたとの情報が入る。
 憲兵団達は即座に今も逃亡を続けるリヴァイ達の捜索にあたり山奥を進んでいた。
 その中を二人の影が並んでいる。
 ストへス区での女型の巨人捕獲作戦に巻き込まれて大奥の犠牲を出しながら未だに逃げ続ける調査兵団。という認識のままに二人の新兵が銃を手に森の中を探索していた。

「……ちょっと私達離れすぎじゃない?」
「離れないと捜索する意味がないだろう」
「はぁ〜何であんたとこんな……。さてはマルロ、私と二人っきりになりたいんでしょ?」
「ヒッチ……悪いが、俺もお前が相手で残念だ」
「……あ〜らそう。そりゃよかったわ」

 その中、森を進むのは憲兵団ストヘス区支部の新兵であり今も沈黙を貫く様に眠り続けている女型の巨人としてエレンを奪おうとしたアニと同期であるマルロとヒッチだった。こんな状況でも相変わらず新兵として先輩たちから仕事を押し付けられたらしい、調査兵団の生き残りを捜索するが、果たしてこんな山奥に潜んでいるのだろうか…疑問符が残る。ストヘス区の惨劇を忘れたわけではない、彼らが女型の巨人を捕獲するために多くの住民を巻き込んだことを。ヒッチは静かにあの時から姿を見せないルームメイトのアニの身を案じていた。そして、マルロは今この現状を、与えられた任務に対して疑問を抱いていた。そこには中央憲兵により捻じ曲げられた真実に対する、調査兵団に抱いていたイメージと異なる偽りに対する疑問だった。

「しかし……おかしいと思わないか?調査兵団が民間人を殺して逃げ回っているなんて……」

 マルロとヒッチが並んで歩きながら森を進む中マルロが真面目な顔をしてそう呟いた。女型の巨人捕獲作戦の際に散々暴れて何の罪もないストヘス区の住人を危機に回したのは紛れもなく今自分達が追いかけている調査兵団だと言うのに。それを彼も見た筈なのに。

「はぁ?」
「彼らは人類のために自分の命を投げ打ってる集団なんだぞ?」
「……あんたねぇ、忘れたの!? あいつらがストヘス区でやったこと……あいつらがあの街を戦場に変えたこと。私達が幾つもの何の罪もない大人も子供も関係なく皆殺しにされた死体を運んだこと。アニがまだ見つかっていないこと……あいつと同室だったから…あいつの荷物がまだ私の部屋にあって……邪魔なの」
「…確かにあの惨状は許しがたい…だが、彼らは潜伏していた巨人を見つけだして、捕らえることに成功した…。壁を破壊されるのを未然に防ぐことに成功したんだ。そんなことを他の兵団にできると思うか? 調査兵団がこのまま解体されたら人類は――」
「静かに!」

 マルロの言葉は止まらない、むしろあの惨劇を目の当たりにしたからこそ、尚更彼は調査兵団に対しての疑問符が増えたようだ。これではまるで調査兵団のあの少年と彼も同じ思考だと言う事になる。
 男性よりも女性の方が気配に敏感だと言うが、歩く中で茂みの向こうから確かに聞こえた音を聞き分けたヒッチが突然銃を構え、マルロも慌てて銃を構える、今まで訓練でしか使ったことのない銃を。

「水音がする……」

 川が近いのだろう、聞こえた音を頼りに川辺を進むとそこには雨具をすっぽり頭まで被り水を汲んでいるアルミンの姿があった。

「動くな。両手を上にして立て。ゆっくり……こっちを向け」

 マルロに銃を突き付けられ、言われるがままに両手を上げながら振り返るアルミンのその目には強い意志が秘められていた。

「調査兵団だな? そうだ……声を出すなよ? そのままの姿勢で指示通りに動くな――」

 その時マルロらの背後の木上で待機していたのは人類最強と呼ばれ畏れられるリヴァイとそして、訓練兵団を首席で卒業し、新兵だと言うのにその実力は兵士100人分とまで言わしめた貴重な戦力となりつつあるミカサという調査兵団、いや、間違いなく人類最強であるふたりが木の上から飛びかかり、上空から急襲したのだ。

「そうだ……ゆっくり銃を前の奴に渡せ」

 背後から聞こえた自分達よりも小柄の、しかし纏う殺気は今まで感じたことのない得体の知れない恐怖を抱いた。そうして二人の首元にピタリと充てられたのは調査兵団が使用する立体機動装置の対巨人様に作られた超硬質スチールの剣。それが銃よりも早く向けられている。

「声は出さないでね」

 マルロとヒッチ、二人分の銃を両手で受け取ったアルミンが静かにそう告げると、2人はあっという間にウミとジャンの手によって拘束されるのだった。

「兵服と装備を一式置いていけ。ブーツもだ、安心しろ。靴なら交換してやる、ウミ。こいつらの装備を外せ、もし妙な真似をしたらすぐにねじ伏せろ」
「はい、わかりました」

 そうして茂みからちょこんと姿を見せたのはルームメイトで小柄なアニと大差ない体躯のウミだった。華奢で儚そうなその雰囲気を持つウミにヒッチは一瞬気を抜く。小走りで足場の悪い不安定な川岸をよたよたと駆けてきた彼女はてっきり自分達の年代とそう変わらない少女だと思ってこの立場を逆転できないかと思案していたが、ヒッチのその読みを既にウミは見抜いていた。

「ねぇ……何か変なこと考えてないかな? 抵抗しない方が身の為だと思うよ」
「な……」
「あなたはまだ新兵かな? 制服が新しい。最近の子は発育がいいから羨ましい。私、どうしても背が低いせいで弱く見られちゃうんだよね……あなたはスタイルが良くてうらやましいなぁ……」

 向けられる優しい笑顔の裏に確かに感じた彼女のただならぬ気配。あっという間にウミの手により装備を剥がされていくマルロとヒッチ。にこりと微笑むと穏やかそうな見た目からはとてもウミは兵士に見えない、しかし、触れる色白の手のひらは幾多もの訓練で出来た剣だこが長年蓄積したことでごつごつとした硬い皮膚となっていた。ふと、その左手の薬指に輝く指輪、女子ならばその意味を知らない者はいない。
 それは紛れもなく彼女が最愛の者から贈られた愛の証である。
 いそいそとヒッチが着ていた憲兵団の団服を身に着けようとしたウミだが、ヒッチより小柄な体躯では服に完全に着られてしまっている状態だ。

「ウミ。てめぇ、ふざけてんのか。それにお前は憲兵にとっくに顔割れてんだろ」
「でも……」
「私たちに任せてウミは休んでいて」
「ミカサ……」
「お前はもっと同じ班の人間を信用したらどうだ。アルミン、ミカサ、頼んだぞ」
「はい、兵長」

 ウミは仕方なく黙り込んだ。リヴァイは追い込まれた自分達に残された策を練り、そして実行する。もう自分達が捕まるのも時間の問題だった。自分達が捕まればエレンとヒストリアは永遠に奪われたまま。もうこの壁に逃げ場はない。憲兵団による山狩りがいよいよ始まろうとする中、この最悪な現状を打破するべく最後に思い浮かんだのはこうして憲兵を捕らえ、扮装してエレンとヒストリアの行方を追う事しかもう思い浮かばなかった。
 残された手段はもう出しつくし、絶望的な状況の中、自分達調査兵団はもう次の策も思い浮かばないまま完全に行き場のない袋小路に追い詰められている状況だと肌で感じていた。

「(憲兵に変装して潜り込み、あわせてエレン達が運ばれた場所を探り出す…もうこんなことしか思いつかねぇとは……どの道時間は無い……短期決戦に懸けるしかねぇ)」
「兵長、」

 身ぐるみを剥ぎ、頼りない薄着の私服姿となったマルロとヒッチ。その2人が持っていた兵団手帳を手にしたジャンがこれからの作戦を思案していたリヴァイへと手渡し、二人の所属と名前を確認するように剣を肩に担いだまま復唱し、拘束されている二人の後ろを歩きながら低い声が怯える新兵の名前を呼んだ。

「さて……ストヘス区憲兵支部所属マルロ・フロイデンベルク二等兵」
「(リヴァイ兵長…人類最強と呼ばれる兵士……本物だ……)」
「同じく憲兵支部ヒッチ・ドリス二等兵」
「はい、
「共に104期の新兵か……所属もストヘス区のみ、相変わらず新兵ばかりに仕事が押し付けられる風習は健在らしいな」

 新兵の間でも調査兵団の人類最強の兵士として恐れられている彼の存在は有名だ、まして今指名手配されている調査兵団で唯一顔が割れている有名人、へたくそな手配書よりもずっと綺麗な瞳をした実物の人類最強の兵士を間近で拝んでおり、羨望の眼差しでリヴァイを見やるマルロ。

「準備ができました」

 体格的にミカサとアルミンがマルロとヒッチの団服を着用し、見事憲兵団に変装した。もうウミには替え玉作戦は頼まない。彼女をこれ以上危険な目に遭わせないと動いたのは彼女と共に苦楽を過ごしてきた104期の新兵達だった。それに、これ以上ウミに何かあれば手を汚す手段を選んだリヴァイがもう取り返しのつかない事をしでかすかもしれない。なるべくウミには危害が及ばないように。彼らなりの気遣いだった。

「よし……ストヘス区の現場にはまだ中央憲兵がいるはずだ。それらしき人物を捕捉して手掛かりを掴め」
「「了解!」」
「憲兵の山狩りの範囲が伸び切った後に決行する。いつでも出られるよう馬を準備しろ。さて……マルロ、ヒッチ。お前らの処遇だが……」

 リヴァイは手にした剣で肩でトントンと叩きながら鈍色に光る巨人殺しの道具を二人にいつでも向けられるのだと示している。その刃は今自分達に真っすぐ向けられている。今調査兵団は指名手配中であり、民間人を殺害したリヴァイ達にいつ殺されてもおかしくない状況だ。もう、このまま死ぬかもしれない。そう思ったヒッチが震えながらも真相を知るために、最後ならばとあの時の真実を知るために口を開いた。

「あっ……あなた達のせいでストヘス区の人民が100人以上も死んだのを知ってますか!?」
「あ?」
「……オイ…!!」
「あなた達は……! 自分が正義の味方でもやってるつもりなのかもしれませんが……あの街の被害者やその家族は突然地獄に落とされたんですよ?」

 血相を抱えたヒッチがありったけの力を振り絞ってそう告げると、リヴァイは表情を変えずに静かに答える。全て承知の上だと、それを理解して、アニを捉えるために作戦を起こしたのだと。

「あぁ……、知ってる」
「あっ、あんた達、南方訓練兵団出身なんだってね。アニ・レオンハートと同じ……仲良かったの?」

「(アニ??)」

 リヴァイからの思わぬ返答に彼ら調査兵団は巨人を捕まえるためなら民間児を犠牲に晒しても何とも感じない集団なのだと、悲痛な声でヒッチが今度は今現在恐怖の対象であるリヴァイからジャンに向け、アニの名前を口にした。しかし、返事なんか聞かなくても分かる。
 ウミはヒッチがアニの事を気にしていることに対して彼女はアニを知っているのだと思い声を掛ける。いつかこの壁の人間と敵対関係になる、その事がライナーを精神的に病ませ、ベルトルトは泣いていた、だからこそアニは敢えてその2人とも距離を取り信頼関係や感情を残さない為にアニはいつも孤独でいた。
 しかし、かつて対峙したペトラたちを皆殺しにし、そしてすべての力を持ち全力でエレンを奪いに来たアニの事をこうして今も気に掛けている人物が憲兵団の中にいるとは思わなかった。

「あなたはアニと知り合いなの?」
「っ……新兵で配属されて同じ、部屋だったの。いいや、友達なんかいなかったでしょ。あいつ……暗くて愛想悪いし、人と関わるのを怖がってるような子だった」
「そう、だったんだね……あなたはアニの同期だった」
「数週間前に突然区内巡回の任務を病欠って事にしてくれとか言ったり、かと思えば帰ってきてからずっと寝込んでて、具合が悪いのか、何があったのか聞いても教えてくれないし、そしてあのストヘス区が巨人の襲撃を受けたあの日から見つからない…あいつのこと、まだ何にも知らなかったのに……まだ見つかってないのは……巨人にぐちゃぐちゃにされて見分けつかなくなったからでしょ!?」
「っ(ぐちゃぐちゃになったのは、どっちかな)」

 再び背後のウミ達へ向かって恐怖に染まった形相で言い放つヒッチは憎まれ口を叩きながらも本心はあの時から姿を見せないルームメイトのアニのことを心配していたのだ。そんな彼女に対しウミは真実を言えずに黙り込んでしまう。彼女がもしあの時多くの民間人をぐちゃぐちゃにしたのがアニ当人だと知ればどう思うだろう…。しかし、その事実を言えずに戸惑うウミの代わりにリヴァイが顔色一つ変えず、ヒッチに向かい隠蔽された真実を告げたのだった。

「いいや。潜伏してた巨人の正体がアニ・レオンハートだったからだ」
「えっ!?」
「リヴァイ!?」
「ヤツは今捕らえられてる。末端の新兵まで知っていいことじゃねぇがな……」
「え……?」

 あの時ストヘス区内を大暴れして多くの民間人を巻き込んで殺したそもそも調査兵団が捕獲しようとした女型の巨人の正体がまさかあの時から姿を見せないアニだったなんて…だから彼女は自分達の前から姿を消し、そして捜索も行われていないのだ。しかし、この壁内でも一部の人間しか知らない事実をあっさりその真相を口にしたリヴァイの言葉に二人とも茫然としている。

「ごめんなさい……アニは今も私たち調査兵団が厳重に管理しているの。とても話せる状態じゃない、けれど……今もちゃんと生きてる。会話は出来ない状況だけど、近いうちに必ず……あなたにも会えるように手配はするから……」
「嘘、でしょ……」
「残念だけど……、これは現実だよ。私も彼女が人類の敵になるなんて信じたくなかった。私もアニが好きだったから、確かに愛想は無いし、怖く見えるけど、いい子だったから、」

 氷のような冷たい棺の中で、閉じこもるように静かに今も真実を隠して眠るアニ。わかるのは彼女は今も生きている。という事だけ。ヒッチはストへス区を混沌に陥らせたのが今現在も行方不明のアニだと知り言葉を無くしている。リヴァイはそんなヒッチに対し自嘲するように吐き捨てた。

「まったく……イヤになるよな。この世界のことを何も知らねぇのは俺らもみんな同じだ。この壁の中心にいる奴ら以外はな……お前達は俺らの出発と同時に解放する」
「……アニが?」

 やはり……調査兵団は間違いではなかった。信頼できる優秀な舞台で今回のは何かの間違いだと、今耳にしたアニの真実にマルロは拘束された手首を抱え勢いよく立ち上がった。

「リヴァイ兵士長! 俺に協力させてください!! 俺にはあなた達が間違っているとは思えません! 本当に……調査兵団がリーブス商会を……民間人を殺したのですか!?」
「会長らを殺したのは中央憲兵だが……何が事実かどうかを決めるのはこの戦に勝った奴だ」
「この世界の不正を正すことができるのなら、俺は何だってやります!!」
「何だ、お前は?」
「お願いします! 中央憲兵を探る任務なら俺にやらせて下さい! 調査兵団が変装するよりずっとそっちの方が確実なはずです!!」

 やはり調査兵団にりよるディモ・リーブス殺害事件は中央が仕組んだ陰謀、冤罪だった。いつも自らの命を賭けて巨人に挑む調査兵団には罪はないとアニが正体だった女型の巨人の件で確信したマルロは自ら兵長に協力を申し出たのだ。

「(こいつ……俺の大嫌いなあいつによく似てる……多分……本物のバカだ……)」
「お願いします! リヴァイ兵士長!!」
「……だめだ。お前が憲兵共を敵に回す覚悟があるかなんて俺には計れない。お前の今の気持ちが本当だとしても寝て起きたら忘れちまうかもしれねぇしな」
「そんなことは……」

 しかし、今この現状で敵対状態の憲兵に所属しているマルロの突然の申し出をリヴァイが受け入れられるはずもなく。リヴァイも余裕が無い状況で無表情の中でも驚きを隠せないようだ。そんなマルロの馬鹿なほど真っすぐなその姿にジャンは今囚われの身である、自身の大嫌いな死に急ぎ野郎を重ねていた。

「行くぞ。サシャ、二人をこの辺に拘束しろ」
「はい!」

 その時、すれ違い様にジャンが静かに申し出た。今まで置かれた現状を嘆くばかりでさんざん文句を言っていたが、昨晩の出来事が彼の意識を変えたのだ。もう二度とヘマを繰り返さない、自ら決めたのだ。リヴァイが計れないのなら。

「兵長……! 俺にやらせて下さい!」
「……任せる」

 昨日の迷いを捨てたジャンの凛々しい表情を見て、リヴァイはその目に全てを託し、そして彼が自分を信じてくれるなら自分も信頼に応える。リヴァイは言葉や態度からは見えないがその根は誰よりも部下思いなのだ。
 2人の拘束されたロープの根元を持ち犬の散歩でもするかのように歩き出したマルロとヒッチを連れ森の奥へ消えたジャンを心配そうに見つめるウミがリヴァイに自分も後を追い掛けようかと目線で訴えて来るが、それではジャンのせっかくの申し出を疑う事になる。時にはこれからの若い芽を見守る事も大事だ。リヴァイはジャンに任せて大丈夫だと確信した。



「まっすぐ歩けよ。少しでも妙なことをしてみろ、このナイフでブスリだ」

 背後からナイフを突き出したままマルロとヒッチを連れて行くジャンは悪人面でそう告げる。しかし、マルロは自分の気持ちが本物なのだと静かにどうにか調査兵団の面々に信じてもらえないか訴える。

「そんなことはしない。俺は調査兵団に協力したいんだ」
「いいや……、お前はそうやって俺達を騙して、売って、憲兵で名を上げる気なんだろ? 俺にはわかる」
「はぁ……」

 自分の真摯な思いとは裏腹に話が通じないジャンに対しマルロの口から思わずため息が漏れる。そうして辿り着いた崖下の岩場の行き止まりでジャンは停止した。

「止まれ。よし、この辺でいいだろう」
「ここで見たことは忘れるよ」
「そりゃそうだお前達は……ここで死ぬからな!!」
「なっ!?」

 すると、突然ジャンがそれは悪い男の顔でナイフを振り上げたのだ。ここに来ていきなり向けられた凶器にマルロとヒッチは驚きを隠せずヒッチも突然向けられた冷たいナイフにマルロの腕にしがみついた。

「話が違うぞ!!」
「確かに兵長はお前らを逃がすつもりだったが……やっぱりそれは危険だ。俺の独断で殺すことにした」
「信じてくれ!! あんた達は人類を救うために戦ってるとわかってる!! だろ!? ヒッチ!?」
「うん!! うん!!」

 突然ジャンから向けられた刃によりマルロもヒッチも驚きを隠せないようだ、何とか宥めるようにヒッチも何度も首を上下にぶんぶんと振った。しかし、ジャンがこうして刃を向けながら告げたのは正義感の強いマルロからすればあまりにも理不尽な理由だった。

「は? いきなり初対面のまして俺等を追い詰めてる集団に所属してるお前らを信用できるわけねぇだろ……特におかっぱ、お前はダメだ……一体……なんでそんな髪型にしたのか俺はイマイチ共感できねぇぇぇぇええ!!」

 髪型は関係ない、もしそんな理不尽な理由でここで命が潰えるなら、しかしジャンの振りかざしたナイフはジャンが突然地面に生えた茂みに足を取られてその場で転倒したことによってそれは虚しく空を切る。ジャンが転んだ拍子にナイフが飛んでいくのを見てすかさず拘束された手首の力でなんとかナイフを拾いあげたマルロがヒッチに逃走を促した。

「ヒッチ、逃げろ!!」

 ジャンから凶器を奪い取ったマルロがヒッチへ逃走を促し、形勢逆転かと思えば一瞬で起き上がったジャンがそのままマルロの拘束された手首を掴んで頭上に掲げて岩壁に押し付けると、顎には冷たくてごつごつした感触、銃を押し当て不敵に笑みを浮かべたのだ。

「俺の銃の方が早い。一か八かやってみるか? お前のナイフと俺の銃。どっちが早ぇか!! このままじゃ死ぬんだぜ。俺が撃つまで待つつもりか?」
「待て!! 俺は本当に味方だ!! 俺達は殺し合う必要なんか無いんだ!」
「じゃあ俺にナイフを渡してみろ。信用してんだろ? だったら……自分の命を俺に預けてみせろよ。俺達は遊びじゃねぇんだよ……もし、それができたら俺はお前を心から信用する。さっきの話も信じてやる。お前は本当に今の生活を捨てて俺達に加担して、すべてを敵に回してもいいってんだとな。だが、そんなこと信じられるわけがねぇだろ? 何でそんなことするんだ? どう考えたら劣勢の俺達が今から人類を救えると信じられるんだよ」
「じゃあ……何であんたは……そんな調査兵団なんかやってんだよ? 俺は腐った憲兵を正したくて憲兵を選んだ…けど……入る兵団を間違えたよ……調査兵団のあんたが今もこうやって命を懸けて戦い続ける限り、俺はあんたを信じる」

 そう告げ、マルロが頭上に掲げたまま固定されていたナイフをそのまま手元から放り投げたのだ。それはそのままポトリと地面の茂みへと落ちていった。
 自分達は無実であり、この今出回っている情報は全てが中央憲兵が裏で糸を引いていると信じてくれたマルロの思いは本物だ。彼は自分達の無実をこうして信じてくれた。そして自分達調査兵団の協力者に自ら願い出て、信頼に値する人物だとその行動に安心したジャンもホット肩の荷を下ろしたが、その時いきなり側頭部に走った激痛にジャンの顔面は変形知る勢いで派手に回転しながらそのまま地面に倒れ込んだ!

「ヒッチ!?」
「このっ、馬面がああああああ!!!」

 振り上げたのはヒッチの手にした木の棒だった。銃を顎に突きつけられているマルロを助けるために、ヒッチは拘束された両手に木の棒を何とか持ち、そのままジャンに向かって彼のコンプレックスの馬面を叫びながらその馬面に向かって勢いよくフルスイングした。渾身の一撃は彼の側頭部に見事命中し、地面に倒れ込んだジャンにさらなる止めを刺そうとする彼女をマルロが身を挺して押さえつけた。そうして冷静になったヒッチがよく見れば、地面に転がるジャンの手にあるのは銃ではなくただの木の枝だったのだった。

「待てヒッチ!! 彼は俺を試しただけだ!! 見ろ!!」
「なっ……はぁぁ??」
「なぁ……あんた……もし、俺があんた達を本当に信じていなかったら俺はナイフを振り下ろしていたんだぞ?逆になぜあんたは俺をそこまで信用したんだ?」
「…何かお前…俺の嫌いな奴と似てたからな……あのバカに……」
「そのバカって……アニが言ってた奴と同じ奴か?」

 倒れ込んだジャンの顔はヒッチに木の棒で思いきり殴られ赤くなっている。思わぬマルロからの言葉に目を見開くジャン。アニもエレンの事を皆に話していたのだろうか。

「知らねぇよ……バカばっかいるから……。お互い半端者で助かったな。マルロ……お前の覚悟は証明できた、」

 ゆらりと起き上がるジャンにマルロが快く手を貸し助け起こしてやりながらジャンは二人は信頼に足る人物だとリヴァイの代わりにその役目を果たしたのだった。

「これならリヴァイ兵長も納得するはずだ。俺達に力を貸してくれ」

 もうこれしか手段が無い、ジャンの訴えにマルロとヒッチという強力な味方をジャンのおかけで絶望的な状況下でリヴァイ班達は得ることが出来たのだった。

To be continue…

2020.03.17
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