THE LAST BALLAD | ナノ

#35 ある男の死

 クライスは奇行種を次々と葬るミケを見てやっぱり自分は必要ないかと引き返そうとした矢先、ミケのただならぬ叫び声を聞き慌てて引き返せばその視界に飛び込んで来たのは全身を獣のような体毛で覆われたそれエレン巨人や女型の巨人よりも大きな約17mくらいはある巨人の姿だった。
 ずっと影から獣の巨人とミケのやり取りを見て、クライスはいつ隙を見て助け出すか、その様子を伺っていたのだ。やり取りの果てにミケは人語を話す奇妙な巨人の手によって操られたかのように人間を食うことしか頭にない筈の巨人たちに捕食された。本当に今の声はミケか?と疑うくらいの壮絶な断末魔の果てに思わず耳を塞ぎたくなり、その目の前の奇妙な姿をした巨人と遭遇したこと、ミケの死を今すぐに伝えるべきだと感じた。しかし、手にした剣を収めようとした時、よぎる言葉が足を向けさせていた。そう、敵前逃亡は死罪だと、臆する心を叱咤し、孤高な男は仲間を見捨てて逃げることなく自らも立ち向かうと決めた。

「そこまでだ。何だ……今のは? 俺にわかるように説明してもらうぞ」
『あれあれ、あんた誰だよ。まだ一人居たのかよ……しかもとびきり美人、ラッキー』
「ああ?? 誰が女だてめぇ、不細工なツラしやがって」
『あんた随分失礼だなぁ……なぁんだ、よく見たら立派な喉仏あるじゃん、男か。残念、まぁいいか、男でも女でも、どっちにしろ情報を開示してくれない人間に教えるつもりはないよ』
「見たぞ? お前、巨人を操ることが出来るみてぇだな?お前も超大型や鎧や女型の仲間か? この世界を壊しに来たんだろう?? ついでに超大型と鎧の正体の人間の名前もぜひ吐いてもらいてぇな」
『う〜ん、悪いけど、君に教えるつもりはないよ、この壁の中の情報を教えてくれるなら、話は別だけどね』
「壁の中の情報? は? よそ者のお前らの方が詳しいんじゃねぇのか? 残念ながらこの壁の中の国はこう教えられてきてるからな壁の外の人間はとっくに絶滅してて、今は巨人が支配している。そして、この世界は三重の壁に覆われているって感じにな、壁の事とか外の世界の話をしている奴なんてたちまち口封じに殺される世界だ」
『つまり、あんたらは歴史の通り壁の中の人間達に支配されているってことか』
「つまり? じゃあお前らは本当に壁の外の世界から来たって事かよ。なぁ、壁の外はどうなってるんだ? 人類は滅んでなんかいねぇって事なのかよ!? なら、何でお前たちはこの壁の世界を壊そうとするんだよ?俺たちが何したってんだよ?」

 矢継ぎ早にクライスは多くの事を知っているかのような口ぶりで話す目の前の獣の巨人に問いかける。そう、この情報は…今、クライスの目の前に居る人語を話す獣の巨人は調査兵団が喉から手が出る程求めていた多くの事実を知っているのだ。
 そして、南からの巨人の出現を何としても調査兵団に、いや、壁内の人類全員に知らせなければ。
「超大型巨人」と「鎧の巨人」そして「女型の巨人」よりも、いやそれ以上にとんでもない脅威が既にこの壁の内側に侵入して内側からの崩壊を狙い待ち受けているなんて。果たしてこの獣の巨人の正体は兵団内の人間なのだろうか。
 しかし、聞き覚えのない声にクライスはうかつに手を出せない。駄目だ、もっと聞きださねば、この巨人の本体を引きずり出すにはどうすればいい、ミケでさえかなわなかったこの巨人に。
 どう自分が太刀打ちできるというのか。どうすれば、この目の前の壁の中の人類を滅ぼそうとする悪魔を屠れるのか。

『ああもう、何だよ〜……』
「聞いたからには力づくでもお前を捕まえる必要が出てきた…お前の口から話してもらう」

 これ以上、何が起きてもきっとこの目の前に横たわる現実以上に最悪にはならないと確信していた。果たして壁の中心では女型の巨人を捕獲できたのだろうか。いや、あっちの壁の内側の心配は無用だ。
 壁が破壊され、南方からウォール・ローゼの壁を破壊して巨人が襲来したことは既に早馬で各地に知れ渡ることになるだろう。
 エルヴィンの考えた戦力分散には確かに意味があった。しかし、今後の戦いの中で調査兵団の重要な戦力であるNO.2は失われ、そして。クライスは自分の上官から預かった大切な愛馬を見ていた。今作戦で馬を使わないからとわざわざ馬が苦手な自分の為に優秀な頭脳を持つタヴァサを貸してくれたのだ。優しい飼い主と今は離れて心配そうにクライスを見守るタヴァサの手綱は彼女がいつでも逃げられるようにと配慮した彼により解かれていた。クライスはまさか自分がここで死ぬとは思っていなかった。
 いや、調査兵団を志願した以上は覚悟していたし、いつでも遺書はしたためていた。しかし、こんなことになるのなら。
 この遺書にはとても口には出来ない隠ぺいした事実を残していた。しかし、この紙切れ一枚ではとてもではないが信用されはしないし、むしろ知らない方が幸せなのかもしれないと思った。
 獣の巨人の肩の上。遥か高い位置で睨みつけていたクライスの紫紺の瞳は、仲間を殺された怒りに満ちていた。
 獣の巨人のもっさりした話口調とその醜悪で異質な外見に眉を寄せながら無残な肉片になってしまった遺体さえも残らずミケに群がる巨人たちを信じられないといった表情で見ている。内心で剣を握り締めるグリップの手は震えている。

「(ミケ……嘘だろ、……なんで、お前が……)」
『めんどくさいなぁ…、』
「答えろ! てめぇ何者だ? うなじを切断されて困るのはお前だろ」
『うーん……名乗る前に先にそっちが名乗るのが礼儀じゃないの?』

 今繰り広げているこのやり取りを滅びゆく壁内の人類に知られるのはとても不都合だ。面倒くさそうに獣の巨人はクライスを横目に睨むとその手は巨人に捕食されない馬へと手を伸ばしたのだ。それは大切な彼女の馬だというのに。

「タヴァサ! 逃げろ!」
『おおっと、ダメダメ。逃げるなんて。この情報を知られるわけには行かないからねぇ。あんたさぁ……仲間置いて逃げればよかったのになんで逃げなかったの?』
「俺達兵士はな、敵前逃亡は死罪なんだよ、交渉決裂。お前が壁の向こうの国から来たって情報は持ち帰らせてもらうがな、ただ、証拠がねぇからお前を引きずり出さねぇとな」
『へぇ……それはそれは、黙っていれば美人なのに男らしくて勇ましいね……さっきの強そうな見かけして泣き叫んでいた男とは大違い。君もそんなに頑張らなくてもどうせみんな死ぬんだからさぁ』
「は、クソが……生き物は大事にしましょうって習わなかったか??? ましてこの馬の価値は俺の命以上だぜ」

 グワッ!と大きな手でタヴァサを鷲掴んだ獣の巨人と会話のスキをついてクライスは緋色の髪を靡かせ、予告なしに間髪入れずに反時計回りに遠心力をかけて抜刀していた剣で一気に切りかかったのだ!!

「てめぇ、ぶっ殺してやる!! 誰よりも強く、調査兵団にこれまで貢献して惨めに殺されたミケの仇だ!!」

 隠れた実力者、いつもふざけてばかりでサボっていたクライスの本当の能力。鈍色の刃が体毛を超えて皮膚に食い込んだ瞬間ーアニが披露したのと同じ硬化の能力で全身その獣みたいな体毛に覆われた身体は一瞬で硬化し、クライスの刃をギイイン!と弾き飛ばした。砕けた刃。
 そして、人語を話す大きな巨人との遭遇にクライスは自分の足が竦んでいることに気付かぬまま打ち砕かれた彼の目前に飛んできたのはタヴァサだった。

 −−「ねぇ、クライス。お母さんとお父さんは死んじゃった、けど……馬は巨人には食べられたりしないから、この子は私の傍にずっといてくれるよね?」
 
『おーい、そっち終わったらこっちも食っていいよーー』
「(最悪だな! クソったれ……! ああもう本当に……ここで、終わりかよ。結構重要な情報、ゲットしたのによ、これなら、最後に)」

 今まで本当に生きてこれたのが奇跡だったのかもしれない。避けることも出来たのに、もし避けたらタヴァサは。
 クライスはこの馬の飼い主が唯一の家族となってしまったかつての両親の愛馬を殺させるわけにはいかなかったから。
 400キロ以上もあるタヴァサを真っ向から受け止めそのままタヴァサと共に獣の巨人の肩上から落ちて頭から地面に激しく全身を強く打ち付けた。
 まるで果実のように鮮血がはじけ飛び、ほとんど即死状態の中でも割れた頭から流れる血を横目に動けない身体を精いっぱい動かそうとするが、もう指先一つ動かせない。
 走馬灯さえ見えないままミケを捕食した巨人たちが今度は自分の血の匂いを嗅ぎつけ嬉しそうに駆け寄ってくる。覚悟は出来てはいたが、せめてもう少し、もう少し。

「(巨人に食われて死ぬのだけは勘弁願いたかったな。最期に……言っとけばよかったかな、…ああ、もう無理か。そもそも何で俺は調査兵団に入ったんだっけ…どうせみんな死ぬのに……馬鹿か)」

 自分をミケ班に回したあの小柄な男に対してその人事配置を今更恨むつもりはない。しかし、自分達が死んだことを知らない残りのメンバーに命運は託されることになる。この巨人が今回における災厄の中心だ。と。
 閉ざされゆく世界の中で泣き虫な彼女をこれからもどうか幸せにしてくれと思う。どうせ死ぬなら泣き虫で意地っ張りな今までさんざん酷い目に遭ってきたいつも笑顔だった、誰からも好かれ人徳のある、調査兵団に似つかわしくない尊敬する人の大切な…そして、元上官の彼女が今度こそ、愛する男の腕の中で幸せそうに微笑む笑顔を見届けたかった。
 彼女が今度こそ愛しい人の子供を、もう一度愛する者との命を宿しそしてまたシガンシナの美しい空の片隅で暮らす姿を見たかった。
 しかし、それは残念ながら叶いそうにもない。
 ここで自分は死ぬのか、そうなればこの事件の本当の意味を知る者はもう、誰もいなくなる。壁の外にはさらに世界がある。やはり、人類は滅んでなどいなかったのだと早く伝えたい。
 もっとこの巨人から聞きたい話は山ほどあるというのに。
 そう、この目の前の巨人が巨人を支配して引き連れてきた。そういえば確かにこの巨人には自分と同じ、流れる高貴な血を感じたような気がした。
 しかし、目撃者は自分以外もういない。自分が捕食されそしてまた事実は閉ざされてしまうだろう、もう彼を知るものはいなくなってしまう。
 こんな危機的な状況の中で散る男から離れて去っていく巨人の姿に地面に叩きつけられて動けないタヴァサが恐怖とパニックで狂ったように悲鳴を上げているのを耳にクライスは断末魔の叫びもなく、静かに喰われていく赤い血の涙を流しながらそっと目を閉じた。

『ああ、危なかった。しっかし、今頃どこにいるんだろうなぁ〜カイト・ジオラルド……』
「(何、カイト……?)』
『まさか壁の中に子供まで作ってしまってるなんて、聞いてないよ』
「(嘘だろ……!!!)」

 その獣の巨人の本体がぼそりと呟いた。男が死に際に聞いた最後の言葉。その名前は。聞き覚えのあるその「カイト」その名前に言葉にならない口がわななき、そしてそのままミケを食い尽くした巨人に食い尽くされ、だらんと垂れ下がった物言わぬクライスの腕が地面に落ちた。

 ーーミケ・ザカリアス
 ーークライス・アルフォード
 獣の巨人と遭遇、彼の操る無垢の巨人の襲撃により死亡。

 ▼

「南西より巨人が現れた!! 直ちに避難せよ!!」

 突如として南より襲来した巨人の姿を伝えるために早馬を走らせた東班伝達のトーマはミケが指名したとおりに役目を果たしていた。トロスト区に到着するとすぐに巨人が迫る事を駐屯兵団へと伝えた。慌てたようにごくごくと勢いよく水を飲み干すトーマ、休むことなく馬を走らせ続けて喉はカラカラだ。

「そ……そんな!! 壁が突破されたのかよ!?」
「確認はしてない……見たのは10体ほどの巨人の集団だけだ。だがつまり、そういうことだ もう、始まっちまったんだよ、誰か……一番速い馬を…」
「オイ!? もう行くのか!? どこに!?)
「団長に、エルヴィン団長に知らせなければ…!」

 駐屯兵団のマントをひったくり、残してきたミケ班に待ち受けるこれからの悲運など知らず、後に壊滅するミケ班の唯一の生き残りとなるトーマは、今内地のストヘス区で女型の巨人を捕獲するために作戦を開始したエルヴィン率いる女型捕獲班の元へと急いで馬を走らせ、トロスト区を飛び出していくのだった。
 トーマの伝令を受けて駐屯兵団の兵士は隊長となったハンネスとピクシスの元へと向かった。

「ピクシス司令!ハンネス隊長!巨人が現れました!!ウォール・ローゼが突破された模様です!!」

 その伝令はすぐにトロスト区の駐屯兵団の本部にいたハンネスとピクシスの元にも届くことになる。

 ▼

 ウォール・ローゼ内に巨人が発生したことを伝えるべく、104期生と武装兵で混成した情報伝達部隊が編成され、ミケの指示を受け次々と東西南北の各地域へと馬を走らせ離散して情報伝達を行っていた。その中で、自分の故郷があるダウパー村がある北班の先陣を切り馬を走らせるサシャ。普段の幸せそうに食事にありつき、幸せそうに頬を上気したいつもの表情は鳴りを潜め、冷汗が浮かび酷く緊迫していた。

「見えましたね! あの村です」
「あそこで最後か!?」
「いえ、奥の森に私の村があります! 私が……行きます!!」
「分かった、手前の村は、俺に任せろ!」
「はい!! お願いします!!」

 サシャの故郷がある北班。馬と同じようにさらさらの手触りのポニーテールが揺れ、巨人によって自身の故郷が既に支配されているかもしれない恐怖や不安の中、立体機動装置を装備もしないままサシャは馬を走らせた。
 立派になるまで帰ってくるなと独特の方言を話す自身の生まれた森の故郷へと帰還を果たしていた。
 サシャの脳裏には父とのやり取りが浮かんでいた。立派な兵士となるべく故郷を離れ早いもので3年が過ぎた月日の中で、森の故郷の手前に新しく出来ていた村の中でサシャは過去の自分とのやり取りと対話することになる。そして、今後の運命を変える事になる一人の少女との出会いを果たすのだった。

 ▼

 その反対方向、ミケにより託されたゲルガー率いる南班は先輩兵士たちよりも案内というよりはもうその脳内は思い馳せる場所は、浮かぶのは懐かしき故郷、自身の兄弟、両親、はやる気持ちを抑え我先に巨人が襲来した方向にある自身の故郷があるラガコ村へとコニーが先陣を切って急ぎ馬を走らせていた。
 コニーの後ろを懸命に追いかけるライナー、仲間の故郷が巨人によってどんな状態になっているのか。みんなより年上で兄貴分でもある彼は純粋にコニーを心配してその後を一人先走るのは危険だと追いかけていた。

「待て、コニー!! 落ち着け!! どこに巨人がいるかわからんぞ!! 一旦下がれコニ―!!」

 同郷の幼馴染のどこか焦ったような姿を見てその状態の彼の様子を危険だと思いながらもライナーについていくベルトルト。やがて見えてきた故郷、しかし、ずっと暮らしてきた見慣れた景色は巨人によって踏みつぶされ、変わり果てていた。

「うそだろ……誰か……!? 誰かいないか!? 俺だ! コニーだ! 帰ってきたぞーーっ!!!!!」

 大きな声で叫んでも、その声に応えるものは誰もいない。
 虚しく響くコニーの声にシン……と不気味なほどに静まり返る村の光景を眺める。破壊された家屋、そして明らかに巨人の者と思わしき足跡。コニーの心臓が痛いくらいに激しく鼓動を打ち鳴らした。

「父ちゃん……母ちゃん……サニー……マーティン……頼む、みんな!!」

 村の入り口を抜け、コニーの脳裏に次々と浮かぶ家族の顔。青ざめた表情のコニーが自宅がある場所へと急ぎ馬を走らせる。建物を抜け、やがて目にした光景は……。
 確かに自分の家があった場所には。
 巨人が仰向けに寝転がりその視線は同じ金色の目をした巨人の視線はコニーに向けられていた。
 驚愕するコニーと同じ目をした巨人としばし見つめ合う中で、ようやく追いついたライナーが危険だと慌ててコニーの元に駆け寄りその腕を掴んだ。

「コニー下がれ!!!」
「お……俺の……家だ……俺の……」
「コニー……」

 目の前に横たわる巨人の姿に駆け付けたゲルガーがすぐに抜剣して周囲に警戒を促す。装備をしていない104期生たちが下手に近づくのは危険だ。

「お前らは下がってろ!!!」
「周囲を警戒しろ!」
「待て……こいつ、動けないのか!」
「あの手足では……」

 コニーの家のど真ん中。動けないでいる巨人は仰向けにひっくり返ってそのままの状態でいる。
 よく見れば手足は細く、その状態ではとてもではないがその巨体を支える事は出来ないだろう。

「……じゃ……じゃあ、こいつ……どうやってここまで来たんだ……!?」

 しかし、ラガコ村周辺には巨人の影が全くない。多くの謎を残し、生存者を探すそれぞれ調べを進める中で、居なくなってしまった住民たちの姿に涙を流しながら松明を集めるコニー。しかし、静かに涙を流すコニーの姿を横目に動けないまま横たわる巨人の目線はコニーに向けられていた。どこかそれは帰ってきた彼を出迎えるような温かさだった。

「コニー! 生存者はいたか!?」
「……いない。いねぇよ……。もう、おしまいだ。俺の故郷はもう、どこにもなくなっちまった!!!!」

 生まれ育った変わり果てた故郷の姿に。みんな巨人に食われて死んでしまった。
 愕然と俯き悲しむコニーにかける言葉が見つからないライナーは無言でコニーの肩に手を置いて彼なりにコニーを励ます、そんなライナーの姿をただ黙って見つめるベルトルトは彼の様子をしっかり見ておかなければという不安を抱いていた。
 5年前。
 シガンシナ区の壁を破壊して蹂躙されたウォール・マリア。エレン達が見た地獄絵図。抵抗もむなしく無残に巨人に食われていく壁内の人類たち。
 その過去を話す姿はあまりにも悲壮で、そして、巨人を激しく憎むようになっていた彼の怒りがどんなものか、故郷を奪われ家族を殺された本当の恐ろしさ、痛みを知るのだった。5年の月日が流れ、再び巨人たちが姿を現しこの壁の中をさらに蹂躙すべくまた新たな悲しみが生まれてしまったのだった。

「オイ……何か妙だぞ。誰か……死体を見たか?」
「……いえ」
「見てません」
「そんなことがあるのか? 巨人が一滴の血も残さずに死ぬ「全員逃げたんだよ! 誰も食われてないってことだ……! 家族も村の人も」
「そうか……! そう……ですよね!?」
「あぁ……。だって、巨人に食われて一切痕跡が残らないなんてありえないよ! 既にウォール・シーナ側にいるんじゃないかな?」

 生存者を探して村の周辺を散策し終え、再びコニーの家の前に戻って来たゲルガーが不審そうにそう3人に尋ねるとどこか明るくこの空気を壊すようにリーネが声を放っていた。
 そうだ、確かにその通りだ。
 その割には巨人に食いつくされた痕跡が見当たらない。リーネが優しく諭すように言い聞かせるその言葉にコニーも安堵したように大きな瞳に浮かべていた涙をはらはらとこぼした。

「(ありえない点は他にもある……村人の避難が本当に完了していたというのなら……巨人が誰もいないはずの空き家をこうも徹底的に壊したりするもんか? それに……何より不可解なのはあの馬小屋だ。馬無しで逃げても生存の可能性は相当薄いだろうに。何にせよ あの馬小屋をコニーに見せるわけにはいかん)松明はもう揃ったな? 行くぞ。これより、壁の破壊箇所を特定しに行く」
「はい!」

 ゲルガーは安堵するコニーにこれ以上の悲しみと絶望を与えたくはない。と、リーネの優しさを無下にしない為にコニーに絶望を突き付けないために早くここを離れることを決め繋いでいた馬の準備を始めた。
 コニーが馬に跨り自宅に横たわる巨人に背中を向けたその瞬間。

「オ……アエリ……」

 低く地を這うように…倒れていた巨人はまるで話しかけるように、コニーに呟いたのだ。

「今……」
 聞こえたその声は確かに自分に向けられていて、そして。確かに言ったのだ、「お帰り」と、

「オイ! コニー! 急げ! ゲルガー達に遅れちまうぞ!」
「ライナー……聞いたか!? 今、あいつがー」
「俺には何も聞こえてない! とにかく喋ってないで任務に集中しろ!」

 コニーが言いかけた言葉を遮るかのように。まるでコニーに気付かれたら困るとでも言わんばかりに、誤魔化すかのようなライナーが大声で叱咤した。

「なんか……あいつさぁ……ありえないんだけど……なんか、母ちゃんに……「コニー! お前は今がどんな状況かわかってんのか!? 俺達の働きが、何十万人もの命に直接影響してんだぞ!! 考えるなら今避難しているお前の家族のことだろ!!! 兵士なら今最善を尽くせ!!」
「……あぁ……そうだな、その通りだ!!」

 コニーがこれ以上現実を突き付けられて傷つかないようにと、せめて今だけは…もう現実を悟られないように、ライナーはコニーにそう諭し、コニーもようやく今置かれた自分の状況から南より壁を破壊して襲来した巨人を。
 兵士となった自分は今何をすべきなのかライナーの言葉に励まされようやく泣きそうに沈んでいた表情を変え手綱を握りしめ馬を走らせるコニーがライナーに続き故郷を後にする。
 立派な調査兵団の兵士として期間を果たした成長した息子の姿に家に横たわる巨人はまるで帰ってきた息子を見守る巨人化したコニーの母はその背中をいつまでも見つめていた。
 馬を走らせながら再び調査に乗り出した南班。駆けるコニーの様子をライナーとベルトルトは何か思いつめた表情で、その横顔を見つめていた。

 ▼

 巨人発生から数時間が経過した後、各自それぞれの役割を果たすために動き出しなんかしながら西班のクリスタとユミルはナナバ率居る班について情報伝達にあたっていた。馬を走らせるナナバ、兵士、ユミル、クリスタたち。兵士が西班の精鋭であるナナバに
 伝えていた。

「もうこの辺は壁に近いので、人が住んでいる地域ではありません」
「そう……思ったより早く済んだね。……よし……このまま南下しよう」
「……なぜですか? これより南に、人はいない筈では」
「破壊された壁の位置を特定しなければならない。西側から、壁沿いに走って探そう」
「私とクリスタは戦闘装備が無いんですよ? これより南には、巨人がうじゃうじゃいるはず……私達は奴らのおやつになる可能性が高い、一旦前線から引かせて下さい!」

 クリスタに出会った時から、ユミルは訓練兵時代の時から大切な存在であるクリスタの傍にずっと居た。まるで性別を超えた愛情をもって。
 そして、静かに彼女を見守っていた。まるで彼女にかつての自分と同じものを感じるかのように。
 彼女だけは死なせたくない一心で行動するユミルがナナバへこれ以上装備のない状態で巨人に襲われる危険に怯えながら行動するのは危険だと意見したのだ。それはクリスタを危険から遠ざけたいがための発言にも見えて…いきなりそう告げたユミルの表情にクリスタが反応を示した。

「! ユミル!?」
「ダメだ。連絡要員は一人でも確保しておきたい。気持ちはわかるが、兵士を選んだ以上は覚悟してくれ、」
「しかし……!」
「ユミル……私はここで最善を尽くしたい。だって……私は、自分で調査兵団を選んだんだから……! でも…あなたはそうじゃないでしょ? あの時……ユミルが調査兵団を選んだのは私「はぁっ!? 私が、お前のために調査兵団に入ったとでも言いたいのか!?」
「じゃあ、何で今ここにいるの? あなたは私に憲兵団を目指すよう促すばかりか、その権利さえ私に渡そうとした……。私の実力が今期の10番内に見合うはずがない。誰に聞いたって10番はあなただと答えるはず。まさか、私との訓練成績表をすり替えてクライス教官に提出したの?? 真相ははわからないけれど、何で……ユミルは私にそこまでするの?」

 黙り込むユミルにクリスタは静かに彼女に問いかける。

「私の……生まれた家と関係ある?」
「あぁ、ある。クリスタ。安心してくれよ、私がここにいるのは、すべて自分のためなんだ」
「……そっか。よかった……」

 その言葉、ユミルの「自分の為」だという言葉にクリスタは安心したように微笑む。自分は忌み蔑まれてきた存在だから。そんな自分には生きる価値はないと思っていた。でも、死ぬのならいい奴だと思われながら死にたい。
 忌み嫌われて蔑まれてきた自分はその瞬間を迎えて最後はそうやって死にたいのだ。
 そんな自分を生きる価値があるんだと、ユミルはいつもそばに居てくれた。
 だからこんな自分の為に死ぬような人間が出て来てきてはいけないのだ。自分の死に場所を求めて敢えて危険を承知で格好の死に場所である調査兵団への道を選んだのだから。
 エレンとは違う、育った環境も何もかもが。彼女はエレンと違って無茶するわけではないが、エレンは死にたくて自ら危険を冒しているわけではなかったがクリスタは本当に命を投げ出そうとその機会を探っていた。
 エレンとはまた違う、第二の死に急ぎ野郎として。しかし、偽りのいい子の自分を演じていた彼女の存在をユミルはずっと知っていて、だからこそ彼女を生かそうとした。

 ▼

 ウォール・ローゼ南部に巨人出現より9時間が経過していた。
 東の防衛線では−駐屯兵第一師団の精鋭部隊たちが奮戦していた。そこにはかつてトロスト区で共に戦った精鋭班の中で唯一生き残ったリコ・ブレツェンスカ班長が奮戦し彼女の隊長であり、あの時巨人化したエレンを始末しようとした出現した巨人に相変わらず怯えたような表情のキッツ・ヴェールマンの姿もあった。

「目標、射程内に入りました!」
「前方、砲撃準備よーし!!」
「まだだ! 引きつけろ! 今だ!! 撃てぇぇえええ!!!」

 囮となった兵士を追いかける巨人の足元に砲弾が撃ち込まれたのと同時に立体機動装置を使いうなじを切り裂いたリコがきれいな色の銀色の美しい髪をなびかせて見事に巨人を仕留め、そのまま屋根の上に着地した。

「やったか……」
「やってますよリコ班長! この調子ならこの防衛線も維持できます!」
「……イヤ、巨人の恐ろしさは数の力だ……。集団で来られたらここも突破されてしまうだろう……ただ……何だろう……何か……」

 抱いた違和感にそれは壁伝いに馬を走らせ巨人が侵入してきたであろう壁の穴の特定地点を探すハンネスも同じだった。

「おかしい……」
「ハンネス隊長、どうか……されましたか?」
「……未だに一匹も巨人と遭遇しない。壁の穴にはかなり近付いたはずだ。なのにまだずいぶんと静かじゃねぇか。願わくばこのまま穏やかなままとはいかねぇもんだろうか」

 夕闇の中ハンネスは走り続けていた。この状況に思い浮かぶのは5年前の事、ウォール・マリアの陥落時にあの時幼かったエレン達の事、彼らは今は調査兵団に居て、そして。
 もうあんな悲劇を生みだしてはいけない、二度と同じ子供たちが巨人の恐怖に遭わない、もう巨人の恐怖に屈して立ちすくみ恩人である家族の命を救えなかったあの頃の自分ではない、巨人に開けられた穴を早く特定してこの壁の人類の未来を守り救うのだと奮闘していた。

 ▼

 巨人出現よりさらに11時間が経過した。
 その中でいつ巨人が現れるか分からない暗闇の中を松明の明かりだけでゆっくり馬を歩かせながら手探りで壁の穴の特定を急ぐミケに託されたゲルガー率いる南班のメンバー。
 急がねばならないのだが捜し歩いているうちにあっという間に日が暮れてしまっていた。頼りない松明の微かな明かりだけでは足元しか照らせない。夜は活動しないはずの巨人でもその口を開けて今も暗闇の中を歩いているのではないかと一同はいつ巨人に出くわすかわからない恐怖の中を突き進んでいた。その時、向こうから見えたのはナナバ率いる西班だった。向こうも、同じ恐怖を抱えて進んで来たのだろう。表情が緊張で張りつめて強張っている。
 その時、闇に包んでいた雲の隙間からやがて明るい月が姿を現し、その光は優しく緊張と恐怖に引きつっていた二つの班のメンバーを照らす。
 そして、ゲルガーたちの目前には聳え立つ朽ちた古城が佇んでいたのだった。

「あれは……城……跡……か?」
「多少荒れてるが、一晩休む分には問題なさそうだ」
「あぁ、今夜は月がある」

 月の下、いつ巨人が出くわすのかわからない中、下手に闇夜で動くのは危険だと、それぞれは束の間の休息と情報整理の為にそこで休むこととなる。そこで待ち受ける壮絶な戦いはもう近くまで迫っていた。

To be continue…

2019.09.21
2021.01.29加筆修正
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