THE LAST BALLAD | ナノ

#33 悲劇への終幕

「エレン! 返事してエレン!」
「オイ! 何やってんだよ!!」
「ジャン!! エレンがこの下に!!」

 立体機動装置を展開してようやく女型の巨人が暴れている場所に辿り着いたジャンは瓦礫に埋もれて苦しそうにしているエレンが巨人化せずにいる事に苛立ち作戦を遂行しないままみんな戦っているというのにこんなところで何やってんだと怒りをぶつける。

「はぁ!? 作戦じゃ巨人になるはずだったろ!!」
「出来なかったんだ!多分! 女型の巨人の正体がアニだったのがブレーキになって!」
「何!?」
「ジャン! 手を貸して!!」
「出来なかった……!? っくエレン! お前っ、ふっざけんなよ!! いつかお前に頼むって言った筈だよなぁ!? お前なんかに世界を、人類や、自分の命を預けなきゃなんねぇ俺達への見返りがこれかよ!!マルコはっ……マルコはなぁ! クッソ!」

 マルコの立体機動装置を所持していたアニ。真実を確かめる必要がある。何としてもアニを捕まえて誰にも知られずに孤独に死んだ親友の死の真相を知りたいのに。肝心の作戦の要が巨人化できずにしかも負傷している。
 その瞬間、上空の方でアニと戦った衝撃で破壊された建物の瓦礫が二人に襲い掛かる!急いで避けるがアルミンがその衝撃で吹っ飛んでいってしまう。慌てて顔を上げれば飛び散った瓦礫の柱の支柱がエレンの右胸を貫通して貼り付け状態になってしまっていた。

「エレン……!」
「ダメだ……先にあいつを何とかしねぇと!!」

 剣を引き抜きアニに向かっていくジャン。エレンを救出しなければならない、しかしアニに邪魔され救出困難な状況に陥ってしまった。

「エレン、前に、ジャンに言ったことがあるんだ。“何も捨てることが出来ない人に何も変えることは出来ない。化け物をしのぐために必要なら……人間性さえ捨てる”
 きっと、アニはそれが出来る……何の為かはわからないけど……でも、それが出来る者が、勝つ!」

 アルミンはまだ意識があるが動けないエレンに向かってそう叫び、そして自らもアニと戦うべく走り出した。かつて共にした同期を止めるために。

「ウミ!!」
「ジャン! エレンのふりお疲れ様、待ってたよ!」
「ああ! 待たしちまったな!!」

 覚悟を決めたジャンも加わり3人で女型の巨人を追い詰める。3人で女型の巨人を取り囲んでいる中、アルミンが女型の巨人に向かって声を張り合下定式を自分の方向に向けた。

「アニ! 今度こそ僕を殺さなきゃ「賭けたのはここからだから」だなんて負け惜しみも言えなくなるぞ!!」

 その言葉に気を取られた瞬間、ウミが、ジャンがワイヤーを射出して飛ぶ。

「ジャンボ!」
「今だ!!」

 アニのうなじに向かってタイミングを合わせてジャンとウミが斬撃を繰り出したが簡単に見破られてアニの硬質化した手に寄ってうなじ本体への攻撃が阻まれてしまった。砕け散った刃があたりに散乱し雨のように降り注ぐ。

「っ、駄目だ……(硬質化する前に叩かなきゃいけない、でも私の速さでは到底追いつけない! やっぱり私じゃリヴァイの代わりなんて無理だったの!?)」
「ウミ、もうこうなっちまったら仕方ねぇ!! アルミンこっちだ――!!」
「了解!!」

 真っ向から戦うのは不利だ。アルミンがジャンの元へ飛ぶとウミもそれに続く。
 全員で女型の巨人を引き付けガスを蒸かして高速で捕まらない速さで街の中を駆け抜ける。真っ向からの二次捕獲作戦が駄目なら三次作戦だ。
 切り札なら最上級、駆け抜ける三人をアニが追いかけていく中でその先では対特定目標拘束兵器の発射レバーを握り締めて今か今かとゴーグル越しのその大きな瞳をらんらんと輝かせようやく念願かなって捕まえることが出来る女型の巨人を目の当たりにしてその目を興奮のあまりぎょろぎょろ泳がせながら待ちぶせするハンジの姿があった。

「フッフフフフフフフフフ来る……来る……!」
「分隊長、目が、泳ぎすぎです……」

 待ち構えていたハンジとモブリットが待機する閑静な住宅街の間をアニが駆け抜けた時、一斉にハンジはまだ残っていた対特定目標拘束兵器の起爆レバーを勢いよく引いた!
 爆発音と共に巨大樹の森の時より数は少なくとも何とか残り僅かな予算をかき集めて用意したそれは拘束用ニードル射出器も使って関節や全身にくまなく打ち込まれ、ジャンとアルミンを掴もうと伸ばした手はワイヤーに絡め取られた。
 罠に嵌められた怒りに前方を見据えたアニが動きを封じられそのまま大きな振動を立て地面に派手にひっくり返った。
 まるで糸で操られたマリオネットのように。屋根の上からはトロスト区奪還作戦で利用され実用化された銛付きのネットが投げ落とされ、女型の巨人は驚愕の表情を浮かべたままようやく散々暴れまわってくれた脅威は大人しく拘束されたのだった。

「よぉし! 三次作戦なんて出番はないと思ってたけどとんでもない! さすがはエルヴィン団長ってとこか、さてと、」

 くるくると起爆スイッチのワイヤーを振り回しながら明るい声で真下に横たわる女型の巨人を見つめている。ハンジはようやく捕らえることが出来た女型の巨人を前に興奮しているようだった。そして、トリガーを引き突き刺したワイヤーを起点に横たわる女型の巨人の目の前に着地した。

「いい子だから、大人しくするんだ……」

 拘束されながらそれでもどんな状況でも絶対にうなじをガードしたまま倒れ込んだアニにトリガーにセットした剣を構えてそのまま刃を女型の巨人の眼球に突き刺せば、アニの青い瞳の動きを確認する。

「ここじゃあこの間みたいにお前を食い尽くす巨人も呼べない。でも大丈夫。代わりに私が食ってあげる、お前からほじくり返した情報をね……」

 女型の巨人を上から覗き込むようにハンジは先ほどまでの笑顔から一転して恐ろしい顔つきで自分達の仲間を殺した彼女を刃を目玉に付きたてながらそう告げた瞬間。ハンジの言葉に目を見開いた女型の巨人が動いた。

「ハンジ!!」

 女型の巨人がその声に呼応するかのように目をカッと見開くとウミが慌ててハンジに駆け寄り抱き上げた瞬間、完全に女型の巨人を拘束するには装置が足りず、最後のあがきだと女型の巨人の足が対特定目標拘束兵器のタルや装置全てをなぎ払ったのだ!罠を振りほどき再び走り出すアニ、彼女はエレンが居た場所へと走る。まるで何かを追い求めるかのように必死にどんな罠にも屈しず諦めずに課された使命を果たし父の待つ故郷を目指して。

「振りほどいた!?」
「チッ、さすがに罠の数が足りなかったか!! 逃がすな! 追え!!」

 走り抜ける女型の巨人を追いかけながら一方では瓦礫に押しつぶされ木枠が貫通したまま動けずにいたエレンが遠のく意識の中でぼんやりとアルミンが言い放った言葉を繰り返し繰り返し脳内で再生していた。

――「なにも捨てることが出来ない人には、何も変えることは出来ない!!」

 アニを追いかけながら一斉に全員で彼女を捕まえようとするもアニは瓦礫を投げて足止めをする。その中を掻い潜ったミカサがガスを蒸かし続けそのガスの勢いを利用してどんどんその距離を詰めていく。

「(わかってる……、俺はそこに……、仲間やその絆に縋って失敗した。思い出せ……!!)」

 エレンの脳裏に浮かぶ無残に殺された血に染まるリヴァイ班の仲間達。そして。

「(駆逐……してやるっ……! いや、殺す!!!!)グッ……ングッ……ウウウウ……ッ!!」

 うめき声をあげながらエレンが上半身を持ち上げながら怒りに血走る目が巨人への憎しみをより深くしていく。
 女型の巨人に追いつき連撃を繰り出すもそのケリを食らって吹っ飛ぶミカサに今度は追いついたウミが駆け付け果敢に挑んでいく。

「ミカサ!! っーアニ!! その程度で勝ったなんて……思うな!!」

 アニによって蹴り飛ばされ地面に転げ落ちたミカサを横目にウミが果敢に女型の巨人に挑んでいく。上から下までなぞるかのように滑らかにエアスライドしながら襲い掛かる姿は普段優しく微笑む彼女ではない。流れる血がウミを本来の戦うべき人間へと戻していく。

「(正しいかどうかなんて考えている暇はない!! とにかく…動け! 綺麗ごとで終わろうとすんな!! そう!! 世界は残酷なんだ!!)ウオオオオオオオオオ――!!」

 地鳴りと共にエレンの叫びが雷光を呼んだ。
 ――この世から巨人を一匹残らず駆逐してやる。と、地鳴りを響かせながらその怒りを爆発力に変えて女型の巨人を勢いよく殴り飛ばしたのだ。

「エレン!」

 その衝撃で女型の巨人突き刺していたワイヤーが吹っ飛びながらウミは女型の巨人が殴り飛ばされ教会の建物に突っ込んだのを見届けていた。
 あの日の怒りがエレンを覚醒させた。巨人を一匹残らず駆逐する…化け物へと。

 ――……あの日、人類は思い出した。
 奴らに支配されていた恐怖を、
 鳥かごの中に囚われていた、屈辱を。

 ▼

 アニが激突する数分前、その中央の教会ではニック司祭によるウォール教のミサが行われていた。

「祈りましょう。マリア、ローゼ、シーナ。3つの女神の健在を。我々の安泰を。神聖なる壁を疑ってはなりません。神の手より生まれし光の壁は我々の信仰心を捧げることでより強固になるのです」

 ただの壁ではない、女神に守られた強固な壁が巨人から自分達を守っているのだと信じて疑わない信者たちは肘とひじの間に腕を通して指先を組み中心を囲むように何重にも連なる円陣を組んで三つの女神が連なったネックレスをした信者たちが祈りを捧げていた。

「神を信じる無垢な心こそが、」
「巨人から我々を守る術であり」
「唯一、巨人を退けられる力で」

 祈りの言葉をニック司祭が口にする中で静かに遠くから足音が迫る。円陣の中にいる1人の女性がその音に気が付き祈りの中でふと目を薄く開くも動はあるものの、ニック司祭はまだ気付かず祈り続けている。やがてー、外から重い衝撃音が響き、徐々にそれはこちらに近付き、ようやくニック司祭が気が付いた次の瞬間。
 凄まじい轟音と共に先ほどまで中央で祈りを捧げていた者達に向かってエレンによって殴り飛ばされた女型の巨人が倒れ込んで来たのだ!!倒れ込んでいた女型の巨人が体を起こすとその地面に付いた手には女型の巨人が倒れ込んだことにより何人もの信者の無残な遺体が転がっていたのだった。近付いてくる調査兵らに気付き、再び走り出す女型の巨人。

「巨人……!? なぜここに……?」

 内地であるウォール・シーナに何故、頭を覆い身を守っていたニック司祭が驚愕と戸惑いの表情でその光景を見ていた。まるで逃げるように壁に向かって走る女型の巨人を追いかけるエレン。巨人化するために必要な目的意識を持つこと、巨人をこの世から駆逐してやる。その思いに突き動かされて走るエレンにニック司祭が吹き飛ばされた。

「ウオオオオオオオオ!」
「今回はまだしも自分を保ってるようだな」
「はい、ただ、エレンは今まで一度も女型に勝てていません」
「巨人になった以上、奴だって腹くくってるはずだ。そう簡単に「戦いは…気合でどうにかなる物じゃないよ、ジャンだって知ってるでしょう?あのアニを凌ぐにはもっと…… !」
「エレン」

 アニを追いかけここまで来たハンジたちはエレンが駆け抜けていくのを見つめていた。ウミは不安そうにエレンを見つめる、強い目的意識に突き動かされまたエレンが暴走したのではないかという懸念がどうしても頭から離れなくて…女型の巨人の前方は陸上競技などを行う広場になっている。

「平地だ!!! 女型が平地に入るぞ! あれじゃあ立体機動が使えない!」
「だめだ……アンカーを刺す建物がねぇ!!」
「回り込むしか……」
「遠回りしてたら逃げられちまうよ!」
「二手に分かれて迂回しろ!」
「了解!!」

 逃げ惑う民間人などお構いなしに次々吹き飛ばして押しつぶして、建物を破壊すれば待機していた憲兵団たちが慌てて立体機動装置の準備をしているが間に合わずにそのまま吹っ飛ばされていく。

 2人の巨人化した人間の追いかけっこはますますエスカレートしていく。
 アルミン達はハンジの指示を受け2つのグループに分かれ、広場を迂回する。

「ミカサ、大丈夫?」

 先程アニの蹴りを受けて地面に投げ出されたミカサをウミが駆け付け抱き起す。

「ウミ、」
「エレン、巨人になれたね。私達も行こう、立てる?」
「うん、」

 お互いにボロボロの状態の中で手をつなぎ立ち上がるとアニを追いかけるべく互いに壁の咆哮へと駆け出し地を蹴った。

「こうして一緒にミカサと戦うなんてなんだかまだ信じられないよね」
「うん、ウミとなら。私、一緒に今こうして戦える事…役に立てて、うれしいと思う」
「私だって、まだまだ若い子たちには負けないっ……!」
「うん、ごめんなさい、やっぱりこんな時にリヴァイ兵長が居ればもしかしたら……!!」
「それはもういいの、リヴァイに怪我させて申し訳ないと思うなら働きなさい、行くよ! 遅れた分を取り戻しましょう!」
「はい!」

 突然、建物をひっかきながら逃げるのを止めていきなるエレンに向かって振り返る女型の巨人がいきなり止まり自分の身体にブレーキを掛けるために引っ掻いた建物は激しく損傷し、その傷ついた建物に居た憲兵団の兵士達が建物の中からこぼれ落ちて落下した。

「アァァアアアアアァ!!」

 アニを追いかけていたエレンも停止し呼応するかのように激しく叫びその咆哮は大地を揺らしていた。

「(アニ……お前は……いつも周りがバカに見えて仕方がないって顔してたな……いつも…つまんなそうにしてた)」

 女型の巨人がエレンへ向かい合うように両腕を上げて構えを取り筋肉をきしませながらエレンへ真っ向から戦いを挑む。

「(そんなお前が生き生きしてる時がある。その格闘術を披露する時だ……)」

 それはアニがいつも見せる足技を主体とした女型の巨人の独特の構え。それは訓練兵時代の彼女と完全に重なっていた。

「(そんなものに意味は無いと言ってたけど…オレには、お前がそう思っているようには見えなかった……お前は……ウソをつくのがヘタな奴だと……オレはそう思っていた……)」

 応えるように、拳を握りしめエレンも身構えた。間合いを取りながらエレン巨人に近づいていく女型の巨人

「(なぁ……アニ……お前……何のために戦ってんだ……どんな大義があって、人を殺せた!!)」

 巨人同士による激しい格闘戦が始まり、周囲からは煙が上がり、どんどん家屋が破壊されていく。エレンが女型の巨人の足を両腕を交差して受け止めるとそのまま足を掴み上げ、寝技を交えて女型の巨人を思いきりフルスイングで投げ飛ばしたのだ。激化していく肉弾戦。次々壊される建物の中で間に入ることも出来ず呆然とその様子を見守るモブリットが不安そうにハンジに尋ねる。

「分隊長、たとえ女型の巨人を捕獲できても、これじゃあ街が廃墟になるんじゃ!!」
「それでもやるんだよ、それがエルヴィンの判断だ。捕獲班も準備しておけ」

 その一方では未だにエルヴィンに銃を突き付けて睨みつけているナイルが部下から聞いた情報でようやく事の重大さを知るのだった。

「巨人同士が戦っているだと?」
「はい、街の被害は想像を絶するかと、」
「人民、兵士共に多数の死傷者が出ています、」
「くっ!! エルヴィン!! すべて貴様の作戦が招いたことか!!」

 突きつけた銃に臆することなくエルヴィンは静かにそれを肯定した。リヴァイは黙り込んだ状態でそのまま上空から立ち上る煙を見上げている。

「そうだ、すべて私の独断専行だ。弁解するつもりもない」
「…! 街中でそんな作戦を決行すればどんな事態になるかわかっていたはず! 何故だ!何故そんなことが出来た…!」
「人類の、勝利のためだ」
「ふざけるなぁっ!!」

 歩み寄り胸ぐらを掴んでいたエルヴィンの手を放してナイルは銃をエルヴィンに向けた、今もこの混乱の最中で親とはぐれた幼い少女が涙と返り血を浴びて途方に暮れているというのに。人類の勝利の為なら内地で安全に暮らす者達の生活が脅かされてもいいと言うのか。

「貴様は反逆者だ! 今すぐこの場で処刑しても、上は文句を言わんだろう!」
「構わない、だが……後の指揮は頼むぞ」
「はっ!」
「絶対に女型を逃がすな。兵士への指示と補給は任せたぞ。そして、東の壁際に女型を「待て!お前……これが、本当に、人類のためだと!?」
「その一歩になると信じている」

 ナイルの金色の瞳が揺れる。真っすぐこちらを見据えるエルヴィンの瞳からは揺るぎない意志が感じられていた。

「全員銃を下ろせ!! ヤツには手錠を!!」
「はっ」
「全兵を現場に派遣し、住民の避難!救助を最優先に行え!!」
「了解!」
「エルヴィン!貴様の処刑は正当な裁きで決めてもらおう、」
「すべてが終れば、喜んで。リヴァイ、お前は動くな。無駄死には嫌いだ」
「ああ、嫌いだ。するのもさせるのもな」

 だからこそ負傷した足を抱えながらも自らも動き出そうとしたのを見越したエルヴィンに止められた。
 黙って傍観などしたくはない。ウミが、自分よりも若い連中たちが命を賭けて女型の巨人と自分の分まで懸命に戦っている仲間たちを思いリヴァイは静かにそう吐き捨てる。
 リヴァイの近くには立体機動装置が収められたトランク。この使い物にならない足の一本など惜しくはない。でも出来る事はあるのだ。
 エルヴィンは手錠を掛けられながらも女型の巨人とエレンが交戦している壁の方へと歩き出した。
 次々と先に交戦している二人の場所へ回り込み屋根の上に着地してアルミンはその戦いを見てさっき自分が言った言葉を繰り返す。

「(なにも捨てることが出来ない人には何も変えることは出来ない……化け物をしのぐために必要なら、人間性さえ捨てる……きっと、アニはそれが出来る……!)」

――「……アニ! アニ……!!」

 アニが硬質化させた足を刃に変えてあの強烈な蹴りが炸裂するー…アニの脳内ではただひとつの目的、どうしても何としても果たさなければならない夢があった。
――「アニ……父さんだけは……お前の味方だ……」

 しかしエレンはその蹴りを口で受け止め噛みついたのだ!歯が折れようがひん曲がろうが、決して離そううとしない。
 離せと何度も何度もアニが硬質化させた手を用いてエレンの頭へ拳を叩き落とすととうとうエレンはぼろぼろになり噛みついていた足を離した。アニを突き動かしたのは、旅立ちの中アニを抱き締める父親と交わした約束。それが彼女をここまで追い込みそして壁外へ促す。

「オレハ……巨人ヲ殺ス……一匹残ラズ……」

 その瞬間、

「ウオオオオオオオオオ!」

 散々アニに殴られてもうほとんどボロボロのエレンは巨人の中でニタリと不気味に微笑んでいたのだ。発火した状態でほぼ残るのは巨人を殺すという気力だけだ。
 四足歩行で這いつくばるかのように飛び跳ねながら移動しエレンはアニを追いかけそのまま抱き着くと壁際まで追い詰め、飛びついた体は建物の上を滑り破壊しながらそのまま駆けて行ったのだった。

「エレン!」

 ウミとミカサも追いつき屋根の上からその光景を見ている。ミカサがエレンの元へ駆け寄ろうとしているとハンジがそれを制止した。

「止せ!! 今のエレンはお前を認識できるかどうか、」

 化け物を凌ぐ為に「この世から巨人を一匹残らず駆逐する」巨人に奪われてきた憎しみを餌にただそれだけの状態で動くエレンの怒気迫る迫力に押されて取り押さえられたアニがうなじを必死に庇いながらエレンに背後から迫られ押し倒されていた。背中で振り払い、逃げようとした瞬間、エレンの手がアニの顔面をわしづかみそのまま握りつぶされた勢いでアニの目玉がこぼれ落ちそうになった瞬間、ブシュウッとアニの血が飛び散りあまりの痛みにアニが絶叫して2人の間に熱風が吹き荒れ凄まじい断末魔の叫びが響き渡る。
 エレンを思いきり突き飛ばした。
 無理だ、本当の化け物になった。自分以上の気迫で迫るエレンの力にとうとう押し負けられアニはこのままでは殺される!! と危機感を抱き追い詰められた彼女は両手の指先を硬化させ、まるで登山のピッケルのようにめり込ませてアッと言う間に壁をよじ登っていく。

「あいつ、壁を」
「登る気か!!」
「ダメだ! このままじゃ逃げられる!」
「ダメだ! 追いつけない!」
「(馬は外に用意してあるけど平地戦はあまりにも不利だ……どうすれば……)」

 ハンジを始め調査兵らが壁を登り追いかけていくが、女型の巨人の速度に追いつけることが出来ない。このままでは逃げられる!!壁外に出たらもう追いつけない!!ジャンプしたエレンがアニを引き留めるべくそのウエストにしがみつくと、女型の巨人は逃げるようにつま先を硬化させて右足を犠牲にエレンを蹴り飛ばして女型の巨人の右足を掴んだままエレンが地面へと落下した。
 腕だけの力で瞬く間に壁を登っていく女型の巨人。アニの視界には壁の外へ広がる夕焼け空が見える。このまま逃げられるか、そう思った瞬間、

「行かせない!(私の失態で……兵団の主力を失ってしまった。この責任の始末は私が……!!)」

 最期の力と残り僅かなガスを蒸かしてミカサとその隣をウミが制止を振り切り飛び出した。壁を登りこのまま逃げようとするアニをどこまでも追いかけガスの力で上昇してゆく。壁を駆け上がりその場所へ登り追いつくと硬化してもしきれない関節のつなぎ目を狙って回転をかけて切り裂いたのだ。

「今の今まで、散々殺した仲間達の報いを受けなさい!」
「はぁあああああっ!!」

 勢いよくミカサが右の手を、怒りに燃えるウミが左手を鋭利な剣を振りかざして横一線に駆け抜けて切り裂いた。

「うああああああっ!!」

 そのままウミが左手を切り裂いた勢いで唯一の支えであるアニのかろうじて壁にしがみついていたつま先も一気に切り裂きそしてその怒りのままにアニのひん曲がった鼻に着地すると両方の剣をアニの目玉に突き刺して悶絶するアニの視界を完全に処断して彼女を暗闇の世界へと誘った。

「どんな理由があれど、貴方は許されないことをした、その罪を、いい加減に諦めなさい……!!」

 奪われたアニの指が落ちていく。両手はもう感覚もなく視界も見えない。つま先だけでは到底上るのは不可能だ。アニは驚愕の表情を浮かべてそのまま再び壁のと外から来た少女は壁の内側の世界へと深く深く、落ちていくだけー…鼻をへし折られ、両目も潰され、痛々しいどこか悲し気な表情のままアニは地へと落とされたのだった。

「アニ。――……落ちて、」

 ミカサがアニへそう静かに呟いた。アニは地面に落ちながら父親が最後に自分へ告げた言葉を思い返していた。

――「アニ……俺が間違っていた。今さら許してくれとは言わない。けど……一つだけ……頼みがある」

「オオオォオオォォォ!!」

 地面に叩きつけられバウンドした女型の巨人をほぼ自我もなく気力だけで姿形だけを保っているエレンが背後から押さえ込んでエレンの拳がギロチンのようにアニの首と右腕を叩き切り、その勢いのままに飛んでいって右腕はエルヴィン達が待機していた橋を掴む形で激突した。逃げ惑う憲兵団に反してエルヴィンがその光景を瞬きもせずに見ている。

――「この世のすべてを敵に回したっていい」
「オレハ、コノ世ノ全テヲ破壊スル!!」
――「この世のすべてからお前が恨まれることになっても…父さんだけは、お前の味方だ」

「まずい!! 中身も食われるぞ!!」
「エレン!! 止せ!!」
「エレン!!」

 口々にエレンを呼ぶ声がする。しかし、エレンを突き動かす憎悪に取りつかれて完全に理性を失っている。制止の声も聞かずエレンはアニのうなじを噛み千切りアニ本体が現れる。

「オレハ……自由ダ……」
――「……だから約束してくれ。帰ってくるって……」

 切り裂かれたうなじから見えるアニ自身の顔にエレンが動きを止めた。露わになったアニの本体の閉じられた瞳からは、故郷の父親を思う、年相応の少女であるアニの純粋な涙が溢れていた。エレンがその涙に気を取られたその瞬間、突然女型の巨人からまばゆく輝く青い光が放たれたのだ!

「どうした!? な……!?」
「何だ!!」
「融合してる!?」

 アルミンの視界の先に見えたその青い光はどんどん広がりエレンもろとも一緒に巻き込んでアニ本体がその青い光の中に形成された硬質化と同じ成分の水晶のような堅い膜に覆われてゆく。
 女型の巨人の体からアニを取り出そうとしたエレンを助けるためにミカサが慌てて地上へと降り立つも間に合わない。

「……エレン!?」

 女型の巨人をそのまま捕食しようとする暴走し続けるエレンの光景にウミが一気にエレンの方向へ飛ぼうとしたその時。
 上空から急降下してきた黒い影が遮り高速でエレンの元に降り立つとすぐ様エレンを巨人の身体から切り離したのだ。

「大事な証人を食うんじゃねぇよ……馬鹿野郎……」

 姿を現し立体機動で姿を現したのは、いつのまにか立体機動装置を装備しマントを装備したリヴァイの姿だった。足を未だ負傷しているのに。
 負傷をさえも感じさせない彼の人間離れた動き。自らがエレンを救出し無事に暴走したエレンを押さえつけ騒動は終息したのだった。
 しかし、安全な内地の街は滅茶苦茶に破壊され尽くし、アニは巨大で強固な水晶体に包まれたまま沈黙を守るように、魔女に呪いをかけられた眠り姫のように静かに眠りに落ちてしまってっていた。
 ズルズルとエレンを引きずり出したミカサの腕の中でエレンがゆっくり目を覚ます。

「エレン、」
「ミカサ……アニは……どうなった……?」

 巨人の残骸から蒸気が噴き出しあちこちは破壊されている。そのミカサが示す先では何度も何度も剣でアニの水晶体をたたき割ろうとしているジャンの姿があった。しかし、ジャンの怒りの矛先は虚しくも届かない。目を閉じたままのアニはその体を水晶体に覆われ、何度も剣を突き立てるも悉く跳ね返されどんどん折れてた刃が零れて行く。

「クソッ! 何なんだよ!! ここまで来てだんまりかよ!! アニ!! 出てこい!! 出てきてこの落とし前つけろよ!! オイ……卑怯だぞ! アニ! アニ!!」
「止せ、」

 何度も振り上げたジャンの手を止めたのはリヴァイだった。

「無駄だ…」

 振り向けば人類最強の男がその肩を掴んで無駄だと伝える。その目に凄まれジャンは悔しさと悲しさの入り混じる表情のまま、上に持ち上げていた剣の残った刃を静かに下ろしたのだった。

「ワイヤーでネットを作れ! 縛ってこの子を地下に運ぶ!」
「……はい!!」

 ハンジがすぐにこの水晶体が壊れてしまう前に地下の奥深くへとアニを運ぶことを部下たちに促す。情報は得られなかった、しかし、敵対勢力の一人をこうして拘束することにはひとまずは成功した。

「(ようやくアニを追いつめたと思ったら……この水晶体で身を覆われてしまった……。少なくとも鉄以上の硬度……生きてるのかもわからない。もし……このままアニから何の情報も引き出せなかったら、何が残る……? 多くの死者を出しその人生を失い……謎ばかりを残して……それで何が……?)」

 脳内でハンジがそう呟く中で。リヴァイは静かに立ち去っていく。するとその先では手錠をつながれ憲兵団に拘束されたエルヴィンが居て、そのまますれ違い様にリヴァイは低い声で呟いた。

「作戦成功……とは言えねぇ、」
「いや、我々調査兵団の首はつながった。おそらく首の皮一枚で」
「だといいがな、」

 負傷しているにもかかわらずエレンを助け出したリヴァイ。その背中を見つめていたウミが立ち上がると。三人の元へと駆けていく。

「ごめん、ちょっと」
「うん、行きなよ、ウミ」
「ごめん、ごめんねっ……」

 小さく謝罪をして三人の傍を離れ、無茶をした彼の元へと小走りでウミがその背中を追いかけていく。

「リヴァイ……!」
「オイ、無茶しやがって、言うこと聞かねぇ奴だなお「うるさい! バカバカ!! それはこっちのセリフでしょう? どうしてあんな無茶したの!? 余計悪化したら……どうするの!」
「うるせぇな。あれくらいどうって事ねぇよ。いちいちキレてんじゃねぇよ……小姑みてぇに」
「何ですって!?」
「お前こそブチ切れて暴れまくってたじゃねぇか……すっかり現役時代のお前に戻ったな」
「そう? 私。頭が真っ白で考えられなかったよ」
「何?(こいつ、今までの覚えてねぇのか……?)」

 謎を残しながら翼を背負いし者達はひとまずの雪辱を果たした。
 息を切らして追いかけていったウミが自分から離れていくのをエレン、アルミン、ミカサが遠巻きに固唾をのんで見送った。
 あの日から母のように姉のように。いつもそばに居てくれた彼女がどんどん遠くに行ってしまう。
 言いようのない切なさを覚えた。彼女は最初から自分達の傍よりも彼の傍に居たのだ。ずっと、ずっと、ウミが願い求め続けてきた存在の隣に…。もう自分達は彼女から巣立たねばならない。
 彼女が自分たちの為に犠牲にした人生を今度は彼女が愛する者と謳歌して歩むべきだ。

「早くアニを運ばないとね、リヴァイでも壊せないかな」
「馬鹿野郎、俺を何だと思ってやがる」
「……私の大切な人、」

 そう呟いて、ウミはこんな状況だからこそ努めて明るく振舞いながらにっこりと静かに微笑んだ。夕焼け空に透ける解けた髪が揺れて、リヴァイには眩しく映えた。出来ればもう人間と巨人の激しさを増してゆく戦いに彼女をもう巻き込みたくはない、しかし、自分も彼女も、戦いなしには生きていけない。もうきっとあの頃には戻れないのだ。



 その後、エルヴィンはストヘス区の区長達や司祭たち権力者へ今回の作戦の犠牲に対して事情聴取という名の説明を行っていた。

「エルヴィン。今作戦についていくつか疑問がある。目標の目星がついていたのなら、なぜ憲兵団の協力を依頼しなかった」
「区長……それは、女型の仲間が潜んでいる可能性がある以上潔白を証明できる者のみで行う必要があったからです」
「壁内に潜伏していた「女型の巨人」……アニ・レオンハートを特定したことは評価する。だが、それによってストヘス区が受けた被害についてはどうお考えか?」
「我々の実力が至らなかったためです。深く、陳謝します」
「謝って済む問題かっ!!」
「ヤツをこのままにしていても、壁は破壊され、被害はこれだけでは済まなかったと予想される」
「なるほど。で、多大な犠牲を払った今作戦においては、人類の終焉を阻止できたとの確証はあるのか? 今の……アニ・レオンハートから何か聞き出せるとは思えんが…」
「はい、不可能でしょう」
「つまり……無駄骨なのか?」

 ストヘス区の甚大な被害の果てに何の成果も得られなかったのかとかつての団長が投げかけられていた言葉に対し現団長はもう何の意味も見出さないこれまでの無力な翼ではないのだと、否定し、そして、告げる。人類の反撃はこれからだと。

「いえ、私は……人類が生き残るために、大きな可能性を掴んだと考えます。人間が巨人化するなど、想像さえしていなかった頃と比較すれば、敵の一人を拘束しただけでも大きな前進です。そう……奴らは必ずいるのです。一人残らず追い詰めましょう。壁の中に潜む巨人(敵)をすべて……! 今度は我々が進撃する番です!」

 調査兵団とエレン・イェーガーの王都召還は凍結され、地下深くに収容されたアニ・レオンハートの管理を調査兵団に委ねられた。しかし…人類は、自分達が何に囚われているのかを知るのは……まだ時間と犠牲が必要だ。

 夕闇に染まるウォール・シーナ。
 激動の跡が残るストヘス区。アニの爪痕が深々と残した壁の一部が静かに剥がれ崩れ落ちた。
 其処に居たのは、この世界を取り囲む壁と同じサイズの巨人の虚ろな瞳がこちらを覗き込んでいた。人類は本当の意味で新たな危機を迎える事になる。
 夜が迫る。別の場所では、白銀の毛並みの美しい馬が大地を駆け抜けていた…。

SEASON.1−Gurens Pfeil und Bogen−
NEXT SEASON.2 To be continue…

2019.09.06
 2021.01.28加筆修正
prevnext
[back to top]