THE LAST BALLAD | ナノ

side.L miss a thing

 呆れるほど、幾度も自分は彼女と何度も恋に落ちるだろう。どんなに離れてもこの5年間ずっとウミを忘れた事は一度もなかった。きっと、いつかまた生まれ変わったとしても必ず欠けた半身を埋めるかのように、ウミを自分は探し続けるのだろう。
 抱き締めた唯一無二の存在は、思い返してたのは。いや、考えるのはやめよう。眠りに落ちる前、毎晩必ず見る、あの汚く薄暗い地下街の片隅で寄り添うように2人過ごした日々の事。いつまでもいつまでも抱き締めて眠りにつくまで見つめていたウミのあどけない寝顔。
 離れて気が付いた。ウミと過ごす全ての瞬間は自分にとって何にも代えがたい宝物なのだ。自分とは対極の太陽の下と太陽の光さえも届かない地下街。いつ死ぬのかもわからない殺伐とした壁の外の世界で生きてきた少女が自分を慈しんで愛してくれたこと、今も覚えている。
 しかし、いつ別れが訪れるのかわからないこの世界で、胸を突く嫌な予感はやがて現実のものとなった。悔いなき選択。
 今でも悔いのない正しい選択が何なのか。正解はいつでもわからずにいる。
 それでも自分は進み続けていく。
 復活した女型の巨人によって次々と自身の選抜した精鋭班の巨人殺しの達人集団たちは倒され、そしてエレンの目の前でウミも物言わぬ人形になってしまった。
 エレンを庇ったせいで、ウミが、人類の希望であるエレンを庇ったのは当然だ、しかしそれでも彼女は死なないと信じている。そう約束してくれたから。
 仲間を失った自分の選択を悔やんだエレンはとうとう巨人化の力を解放し、女型の巨人と対峙した。
 しかし、エレンは見てしまったのだ。その女型の巨人が見せたあるしぐさがあまりにも何度も対峙した彼女に酷似していた。
 一度はその勢いで圧倒したが、一瞬の隙を狙った女型の巨人によって敗北し、強制的長期戦になりかけた戦闘を終わらせたのだった。
 エレンの悲しみの咆哮に気が付き撤退命令も聞かずに独断で動いて森の深部に駆け付けたミカサが見たのは女型の巨人の口の中に放り込まれ、さらわれていくもぬけの殻となった巨人化エレンの残骸だった。

――「何をしているの!! エレン!! それが許されるのはあなたの命が危うくなった時だけ! 私達と約束したでしょ!?」

 時同じくしてエレンの叫び声を聞き付け、ペトラの声を思い出した男は既に事の顛末を理解していた。そう、巨人化はエレン自身の身が危なくなった時だけとの約束だと自分の部下に言われていた。四人はエレンを守るために女型の巨人と戦い、そして…彼女も。
「(あいつら…戦ったんだな、エレンを守るために…)」

 許せない……。たまらず拳を強く握り締めた男はエルヴィンが刃とガスの補充を促した意味を理解した。

 「リヴァイ」
「誰か……っ、助けて……」
「いいの? ありがとうっ……すごく、うれしい……!」
「私、もう独りぼっちじゃないね、うれしい」
「リヴァイ、」
「私、居るから……イザベルの分もファーランの分も、最後まで一緒だよ、あなたより先に逝かないから……だから、泣かないで、」
「私、やっぱりあなたと一緒に居る資格なんてない、私はあなたにはふさわしくないのよ」
「あのね……、私、もう一度、リヴァイに恋をしても、好きになってもいいの…?」
「私、好きなの、リヴァイの事が……」


 愛を打ち明けてくれたあの日の夜。重なった思い、愛を知らない男にウミは愛を与えてくれた。
 何故今になって思い出すのか。まるでこれではウミが死んでしまったみたいじゃないか。こんなにも彼女を思うと切なくてたまらない。この5年間一度も忘れたことはなかったウミが、今も自分の名前を呼んでいるような、甘くないソプラノボイスがはっきりと桜色の唇が歌うように紡いだ自分の名が聞こえた気がした。「私はここにいるよ」と、嬉しそうに呼んでいるようだった。

「(ウミ……お前も俺を置いて行くのか)」

 何度も死に際に立ち会う中で立ち上がれたのはもう一度ウミに会いたかったから。だから、どんな窮地も潜り抜けてきた。そしてその小さな身体で一生懸命背負っていたウミの悲しみに触れて思い知らされたのだ。どれだけ辛い思いをしたのだろう、自分との間に芽生えていた小さな宝物を自分の不注意で失ったことをずっとその身に受け止め攻め続けてきたのだろうか…。

 清らかなほど一途。だが、その反面一度決めたら曲げない揺るぎない意志を貫く性格の彼女が昨夜ようやく自分の前に素直に本当の気持ちをさらけ出した。ウミのこちらまで泣きたくなるくらいに切ない笑顔がこんなにも、忘れられなくて…。
 5年ぶりに抱き締めた身体は酷く儚くて、自分が力を加えたら簡単に折れてしまいそうだったウミの肢体はいつの間にか少女から肉感のある妙齢の女性に成熟してしまっていた。柔らかくていい香りがした、自分の為に伸ばし続けた長い髪が自分へのこの5年間の募らせていたウミの気持ちを表していた。

 全身で愛を伝えてくれたウミへ、将来を約束して、公に捧げた心臓ならばくれてやる。だから魂は唯一捧げたウミへ。
 巨人化したエレンが叫んだその方向へと立体機動で旋回し、クライスを置き去りにするように引き離し、リヴァイは開けた森の中央でようやく自分の部下の姿を見つけた。

「(グンタ、)」
 木に射したアンカーからだらんとぶら下がってうなじを斬られたグンタ。女型の巨人の本体から直接の斬撃。おそらく不意打ちを食らったのだろう。若いながらも抜きんでた実力でいつも自分を慕ってくれていた。祖父思いで誰よりも厳しい真面目な男はいつも自分の討伐補佐に努めてくれた。

「(エルド、)」
 下半身と上半身を女型の巨人に喰いちぎられたエルドの血まみれの上半身が横たわっていた。自分が不在時に的確な指示を与えて最後まで連携して果敢に戦っていたのだろう。彼には結婚を約束した恋人がいた。嬉しそうに律義に報告をしに来てくれた。

「(オルオ、)」
 後ろから蹴り殺されたのだろう、血だまりの中でうつぶせになりもう動くことはない。そのダメージはすさまじく、木に何度もぶつかって吹き飛ばされたのか、木にはオルオの血痕が点々とついている。自分を尊敬していると、一生ついていくと、信じて追いかけてくれた彼は若いながらに自分を超えようとすらしていたその討伐数は目を見張るものがあった。それは、かけがえのない戦力だった。

 全員が命の限り戦ってくれた。それぞれの選択に。悔いはなかったのか。彼らは悔いのない選択が出来たのだろうか。一人一人の亡骸を確認してリヴァイは沈黙の世界を駆けた。
 木に突き刺したワイヤーでそのままぶら下がりながらその真下に見つけた人影を見下ろした。そこには顔面から血を流したペトラが虚ろな目でこちらを見上げている。死んでいるようには見えない穏やかな表情をして。

――「リヴァイ兵士長! 今日から副官を務めさせていただきます。ペトラ・ラルです」
「(ペトラ、)」

 彼女が自分に対して思慕の情を抱いていたことはウミに言われるまで気が付かなかっ。いや、直接本人から聞いたわけではないので、ペトラの思いは確かではない。
 今となってはもう聞けない。新兵ながらに知的で優秀だった。痒い所に手が届くタイプで、本当に有能な補佐だった。

「(ありがとうな、お前ら、俺を信じて戦ってくれて……せめて、安らかに休んでくれ)」
 血に塗れながらもどこか安らかに見えるぺトラの顔を見下ろしてリヴァイは静かに瞳を閉じた。自身の班があの女型の巨人によって全滅したことを知るのだった。また、部下が死んだ。

「(お前らは悔いのない選択だったのか?)」
 女型の巨人を取り逃がし、あまつさえ自分の部下を守れず……死なせた、自分が下した判断通りに命の限りに女型の巨人と交戦し、勇敢に散った。

「おめぇら……!!! おい!――ウミっ!!」

 後から追いかけてきたクライスの悲痛な声が後方から聞こえて振り向けば、クライスの腕の中長い髪を広げて仰向けで眠るウミがそこに居た。

「(ウミ、そこに居たのか…、)」
「オイ! てめぇ!! リヴァイ!!」

 しかし、どうしたことか、男はまるで見なかったようにウミに振り返ることなくそのままもぬけの殻となった巨人化エレンの残骸に目を配った。そしてエレンも戦いを挑んで敗北したのか、エレンの残骸は頭部がなくなり巨人の弱点であるうなじごと喰いちぎられた痕があった。近くを見渡してもエレンはどこにもいない、ただ見える足跡と聞こえた足音はそんなに遠くは無い。託された、エレンを守るために全員が犠牲になったのだ。男は冷静に自身の班の遺体に駆け寄り生存確認に奔走する壮絶な死にざまに驚愕し、打ち震えているクライスに告げた。

「クライス、てめぇは全員の遺体を回収して本部と合流しろ、馬なら誰かのを適当に乗れ、」
「なっ……!! オイ!! てめぇ、偉そうに指図してんじゃねぇ! お前、本当にすげぇよ、自分の班がお前の命令通りに果敢に戦って死んだってのに顔色一つ変わらねぇなんとはさすが地下街育ちの人間は死体に慣れていらっしゃるな。……何で、よりによってウミを置いてきちまったんだ……? やっと、お前とまた……! それなのに、こんな最期でウミが……やっと、幸せになれると思ったのに、こんなのってあんまりじゃねぇのかよ、せめて最期くらいお前が看取れよ!!」
「うるせぇ、騒ぐな。巨人が集まってきたらどうする」

 そんなの自分が一番理解している。何故ウミを無理やりにでも連れて行かなかったのだろう。どうして昨晩もっと強く抱きしめてもっと愛してやれなかったのだろうか。ウミ、どうして、自分は何よりも失いたくないウミを失ったというのに。
 しかし、後悔の記憶は次の判断を鈍らせるのだ。そして決断を他人に委ねてしまえば楽になる、しかしそれではただ死ぬだけ。彼らは自らを選んで散っていったのだ、無駄死にではない、彼らの死を。無意味な死だと言わせはしない。

「ウミ、っ……ウミ……こんな終わりなんて…好きな人のお嫁さんになるのが夢だって、笑って言ってたのに……それすらもかなわないまま逝っちまうなんてあんまりじゃねぇか……」

 クライスにとってウミは特別以上の感情だったのだろうか。誰よりもウミの幸せを願っていた彼女の部下はショックを隠し切れなかった。何度も困難に見舞われる中でずっとウミの部下であり続けたあのクライスが今は震えながらウミを掻き抱いて打ちひしがれている。
 しかし、そんな彼にリヴァイは敢えて冷静に答える。結果は誰にも分らなかった。指揮官たるもの感情に支配されて物事の本質を見失ってはいけない。クライスのように仲間の死にいちいち激情に駆られては本来の目的「エレンを守る」「内なる敵を見つけだす」見失ってしまう。
 かつての自分もそうだった。自分の選択のせいでイザベルとファーランを失い、ウミの父親も死んだ。この状況を作った自分の選択を呪い続けた男を救って諭したのはかつて自身の手で殺そうとしたエルヴィンだった。
 あの日を境に自分は変わった。幾億の別れ、何度も仲間を看取ってきた。
 仲間を巨人に殺され、憎まない人間などいない。仲間を殺された分の誓いを胸に男は戦い続けてきた。巨人を絶滅させるというゆるぎない誓いの元にこの刃を掲げてきた。
 憎しみ悲しみ後悔なら強靭な精神力で抑えてきた。上官たるもの常に最善の選択をしなければならない。自分の部下を殺されて胸を痛めない人間はいない。その部下を殺した対象を自らの手で葬ることを……。

「おい、ガキみてぇに喚くな。結果なんて最初からわかりゃしねぇんだよ…馬鹿野郎。エレンを失えば今度こそ人類は本当に終わりだ。結果なんか誰にもわかりゃしねぇんだよ。こいつらの死を無駄にはさせねぇ」
「おい!」
「女型の巨人は未だ近くにいる、エレンをさらってどうするかは知らねぇが、仲間を散々殺してこのまま逃がしはしねぇ、」

 吐き捨てるように呟き、一瞬だけもう一度ウミに目を向けるとまたウミに背中を向けて男は飛んだ。今は未だウミの死を受け止めずに自分の部下たちが自分に託した任務を遂行するまでだ。

「(俺は未だ、そっちには行けねぇ……だからもう少し、待ってろ」

 エルヴィンの言葉に揺るがされたあの日から自分はエルヴィン・スミスという存在によって今ここに、こうして確立している。



「ごめんねエレン。もう少しだけ、待ってて」

 ガスを蒸かして森を駆け抜けていると、森の奥で轟音が聞こえた。立体機動装置を駆使し、ガスを蒸かしてその姿を追いかけると見えてきたのは光に透けないくらい艶やかな黒だった。大人びた風貌の美しいその顔は猛追により恐ろしいまでに怒りと殺意で満ち溢れ、人間離れした動きで追い詰めていく。しかしまだ荒々しいその太刀は冷静さを失い、暴走しているようにも見えた。
 女型の巨人の返り血を受けて赤く染まって女型の巨人もこの美少女の並々ならぬ執念の猛追によりあちこちにダメージを受け、最初に遭遇した時よりも疲弊しているのかその走りにはさっきのような勢いがない。馬でなくても追いつけそうだ。さっきまで追われていたのが今度はこちらが追いかける番になるとは。

「待て!!」

 女型の巨人の攻撃を避けて追跡しようとしたその瞬間、男は立体起動でその少女の体を抱えて行動を制した。突然抱きかかえられたことでみぞおちに男の手が食い込んだことにより圧迫されたのか苦し気にせき込みながら恐ろしい形相でエレンを奪い返そうと奮闘していた少女は突然抱きかかえて動きを封じた男を睨みつけた。

「何!?」
「一旦離れろ、」

 がむしゃらに剣を振り動きを止めるだけでは女型の巨人からエレンを奪い返すことなどできない。斬られても回復するし硬化の能力もあり簡単にいくような相手ではないからだ。男は少女の横に並んで前方を真っすぐに走る女型の巨人と距離を取りながら的確に指示を与え、自分の後についてこいと促す。

「その距離を保て。ヤツも疲弊したか、それほど速力はないように見える。うなじごとかじり取られていたようだが、エレンは死んだのか?」
「っ……生きてます…!! 目標には知性があるようですが、その目的はエレンを連れ去ることです。殺したいのなら潰すはず!!……目標はわざわざ口に含んで戦いながら逃げています」
「エレンを食うことが目的かもしれん。
 そうなればエレンは胃袋だ…普通に考えれば死んでいる……」
「生きてます!」
「……だといいな、」
「……っ……そもそもは…あなたがエレンを守っていれば、こんなことにはならなかった…ウミも、どうしてあなたなんかを……」
「…ウミ……? そうか……お前はあの時の。エレンのなじみか……」

 ミカサが口にした二人の名前に驚いたように男は回り込んでミカサの顔をよく確認する、そうして気が付いた。トロスト区襲撃の際に救出に向かった時、審議所でウミの隣にいた背の高い新兵でありながら並の兵士100人と同じと言われた今期の新兵の首席で卒業したエレンの幼馴染の一人である少女ミカサ・アッカーマンだった事に。

「目的を一つに絞るぞ、まず……女型を仕留めることは諦める」
「!? ヤツは……仲間をたくさん殺しています」
「皮膚を硬化させる能力がある以上は無理だ。俺の判断に従え。エレンが生きてることにすべての望みを懸ける。ヤツが森を抜ける前に救い出す」

 ジャキン、と自分の部下を殺した忌むべき者へ構えた鈍色の剣が光る。

「俺がヤツを削る。お前は注意を引け、」

 男の指示を受けてミカサが下へ向かうと男も背後へとそれぞれ動いた。
 足元をジグザク方向に飛びながら女型の注意をひくミカサに女型の巨人が気付くも、それに構わず疾走する。その背後に男は静かに移動して追いかけていくのを女型の巨人は振り返るとその姿をしっかりと捉えていた。
 男はガスを蒸かして駆けながら構えた剣をくるっと逆手に持ち替えた。地下街で生き抜くために我流で覚えた彼独自の構え、やはりこの方が馴染む。人類最強と呼ばれる男がとうとうその本性を露わにする。
 今にも切りかかる勢いで様子を見ていた男に先に行動を起こしたのは女型の巨人だった。
 しかし、女型の巨人が拳を正面に向かって繰り出した瞬間、予測していたかのように目にも見えぬ速さで男は女型の巨人めがけて回転しながら一気に間合いを詰めそのまま繰り出した手の甲、腕、二の腕、肩を転がりその勢いで斬り裂いて一気に女型の巨人の顔面へと飛ぶと、剣をトリガーから射出した勢いを活かして女型の巨人の両目に一気に突き刺した!返り血が跳ね返り男の顔に付着するが構わない。
 トリガーを引き抜き上空へ華麗に宙返りすると、その上空で刃を新しい刃に即時にセットして自由の翼が上空から急降下。
 先程二人がかりで潰した両目を今度はたった一人の男の手によって潰された。その衝撃によろける女型の巨人が倒れ込む隙も逃さずに剣を振り上げ、上空から一気にまるで獲物を捕らえた鷹のように目にも見えぬ人間離れした素早さで襲い掛かる!
 そのまま降下した勢いで背中から腰、臀部、腿、ふくらはぎ、脛までを回転しながら一瞬にして的確に部下たちが3人がかりだったのに対し、この男は一体その小柄な体のどこに隠していたのか、人間離れした動きで切り刻んでいく−!
 ドオン!! 最後に強烈な回転から繰り出されたリヴァイの一撃を脳天に見舞い、筋肉を切断されてその場に両目から蒸気を放ちながら尻をつく女型の巨人が先ほどと同じく弱点のうなじを守ろうと木に背中をくっつけるが男は次々と連撃を繰り出し硬化で防ぐ暇すらも与えようとはしない。
 いや、速すぎて硬化で防ぐ前に切り刻まれてしまうのだ。さっきは完全に固定されていたのでこちらの動きが読まれていたが、今の男はまるで翼を得た生態系最強の猛禽類と同じだ。
 ミカサはあまりの速さに人間離れした強さで切りかかる男に呆然とするばかりだ。さらにうなじを庇う右腕の筋肉を回転しながら次々と切り刻んでいく様は圧巻だった。先ほどまで多くの仲間を殺してきたあの女型の巨人が一方的に攻撃を受けているのだから、しかもたった一人の男の手によって。
 遠心力たっぷりに込めた回転斬りがうなじを庇っていた腕と肩回りの筋肉を切断し、とうとう女型の巨人の右腕がダランと地面へと落ちたのをミカサは見届けた。無防備な状態で晒された弱点。
 さらに今は両目が潰されていて視界も封じられて動けずにいる。
 しかし、リヴァイが動けなくなった女型からエレンを取り返そうと動いた瞬間、いけると思ったミカサが勝手に単独で動く。女型の巨人の背後に向かって飛び、無防備な其処に向かってワイヤーをうなじに射出したのを視力は奪われていても残りの感覚で女型の巨人はどこから弱点をミカサが狙っているのか理解した。

「よせ!」
「うあああああっ!!」

 リヴァイの声が響くもその抑制する声も構わずエレンを守る、ただそれだけの勢いで向かっていくミカサが剣を構えたその瞬間、女型の巨人は素早く反応してあっという間に自身のうなじをビキビキと音を立てて硬直させていく。気が付いた時には女型の巨人の左手がミカサを振り払うかのように上がった!

 しまった――……。女型の手の甲に激突しそうになるミカサ、すると、突然男がミカサを突き飛ばすとそのまま左足で女型の巨人があげ左手を受け止め、とっさに女型の巨人の手の甲に着地するように受け止めた瞬間、ビキッ!と左足に稲妻のように激痛が駆け抜けた。

「くっ……!」

 全体重を受け止めた左足の骨が今の衝撃に耐えきれなかった。迸る苦痛に男らしい精悍な顔付きを歪め食いしばった歯がその痛みを物語る。しかし、その痛みを屈強な精神力で耐え抜き、着地したその勢いで一気に女型の巨人の顔に向かって飛ぶと頬の筋肉を一瞬で切り抜き女型の巨人の顎を切り裂けば、固く閉ざされた口の中からドロッとした生温かい粘膜に包まれたエレンが出てきたのだ。

「エレン……!!」

 しかしエレンは気を失っているのか目を固く閉ざし少し苦しそうだ。再び女型の巨人の口に向かって飛ぶと男は左足の苦痛に顔を歪めながらもエレンを抱きかかえ、女型の巨人から即座に離れて木の枝に着地した。

「オイ!! ずらかるぞ!!」
「……エレン!!」
「多分無事だ。生きてる。汚ぇが……。いいか、もうヤツには関わるな、撤退する。作戦の本質を見失うな。自分の欲求を満たすことの方が大事なのか?お前の大切な友人だろ?」
「ちがう……!! 私は……」

 吐き捨てるようにミカサに冷静さを見失うなと説き、その場を離脱する2人。粘液に包まれたエレンを救出し、追ってこれぬように決定打を下して急いで離れる中で動けないままの女型の巨人を確認するように男が振り返ると思わずその光景にぎょっとした。蒸気を放ちながらその場にポツンと取り残されたようにじっと座ったまま動かない女型の巨人が回復した瞳から涙を流していたのだから。まるで「エレンを連れていく」その目的を果たせなかったことで果たせなかった願いを悔やむように…。

「お前はエレンを運べ。汚ねぇから拭いて綺麗にしてやれ、」
「え、でも! そうだ、ウミは……」

 男はミカサに小脇に抱えたエレンを手渡しながらミカサは男の叱咤にどこか落ち込んだかのように俯きながら自身のマントをエレンにかけてやる。頭も負傷しているが生きている、ようやく取り戻せたというのに気は晴れない。もう一つの気がかりであったウミも行方知れずで生死がわからない。男は目で彼女を探した。

「俺の班は……ウミはどこだ、」
「ウミさんですか?」
「遺体で見つかったはずだが」

 担架で遺体を運んでいた兵士に声を掛ける、ウミ?どうして彼女の名前が、ミカサはエレンを掻き抱いたままウミを探す左足を庇うように歩くリヴァイの後を追いかけた。

「足が……あの、もしかして、さっき」
「喚くな、そうだ、こんな時にやっちまったみてぇだ……」
「………すみませんでした……私が勝手に動いた」
「気にしてんじゃねぇ、ヘマしたのは俺だ」

 迅速に帰還すべく森の奥から次々と運ばれていく今回の作戦で犠牲になった物言わぬ兵士たち。白い布に巻かれ、その布はところどころ赤く染まっている。担架に乗せて運ばれてきた兵士の右手が見えていて、そこにはあの時エレンに謝罪するために誠心誠意を込めて自身の右手を噛んだ歯形がくっきり残っているのがはっきり見えて、その手がペトラだというのがわかった。
 その後ろをついてくるように担架に乗せられて運ばれていたのはウミだった。しかし、白い布は巻かれてはいない。そしてよく見れば小さく呼吸をしているのがわかった。エレンを抱えたまま駆け寄るミカサも男についていく。よかった、ウミも生きていた。
 話に聞けばウミはおそらく無意識にでも受け身を取ったのだろうか脳震盪によるショックで意識を混濁し、それ以外では特に目立った外傷はないそうだ。対人格闘術なんて苦手だったはずなのに訓練兵達を戯れで練習して何度も投げ飛ばされてたおかげで苦手な受け身を克服したのだろう。

「ウミ!」
「生きているのか?」
「はい、大丈夫です。頭部を強打したことによるショックで一時的に気を失っているだけかと思いますが」
「コイツは一か月前にも頭部を強打した。一応医者に回せ、くれぐれも頭を動かさねぇように運べよ、」
「はい……」

 凄みのある男の顔が間近に迫りその威圧感に兵士は慎重にウミを緊張した面持ちで荷台に運んでいった。その途中でも彼女の事を知る新兵達が口々にウミの姿を見て驚いていたようだった。さらりとその頬に触れ緩やかな髪を撫で、そして昨晩の感触を思い出した。クライスの腕の中で眠るように死んでいたウミの姿。ぐったりしたまま動かないウミを見届けながらそれでもウミが無事に生きていることに安堵しながらミカサは運ばれていく今まで3人目の母親のように、またある時は姉として厳しくも優しく今まで導いてくれていたウミを見届けていた。

「オイ、さっきの足の話は誰にも言うなよ」
「ですが……!」
「いいな?」
「……はい、」

 痛む左の膝を庇うように歩きながらその場を離れ、一人向かうは白い布に包まれた仲間たちの物言わぬ姿。そっと跪くと、白い布をめくりながら、ひとりひとり自分の部下の顔を確かめ左胸の調査兵団のシンボルである自由の翼のエンブレムを見つめていると後ろから聞きなれたバリトンが響いた。

「ウミなら大丈夫だ、よかったな」
「そうか……」
「お前、ミカサから聞いたぞ、足、見せてみろ」
「(言うなって言ったのによりにもよってスピーカーのこいつに…あのガキ、チクショウ)うるせぇんだよ、いちいち大げさだな、ぶつけただけだ、問題ねぇ」
「嘘つくんじゃねぇよ」
「………ぐっ! ……ぅ!!」
「ちびったか??」

 自分を庇ったせいで負傷してしまった彼への罪悪感と。兵団の貴重な戦力を奪ってしまったと、ミカサは酷く落ち込んでいるようだった。本当は立っているのも辛い中で平然と答えた男に対し、クライスは目線よりはるか下の男を睨みつけると無言でその左ひざを思いきり掴んだのだ!
 激痛に苦悶の声を漏らしたリヴァイの表情をクライスは見逃さなかった。

「てめぇ……!! いてぇじゃねぇか。殺す気か、ブッ飛んじまいそうだったじゃねぇか」
「はは、お前、まさか痛ぇのがお好きなのか?」
「……馬鹿かてめぇ、」
「重症だぞ。折れてるな、」
「うるせぇ、」
「ひとまず応急処置しねぇと、時間勝負だ、来い。お前の負傷で助かる人間の命がまた違ってくる」

 サッとさっき手にしたエンブレムをポケットにしまい男はクライスに続いた。まさか調査兵団の貴重な戦力が新兵を庇い名誉の負傷だなんて…ただの汚点だ。こんな時にまさか、衛生兵らしく手早く処置を施していくクライスは男のズボンの裾をまくり上げ赤く腫れている箇所へ触診をした。

「ウミなら大丈夫だ、頭部外傷も平気だ若干後遺症が心配だが、それは目覚めて見ねぇとわからねぇ。ただ、」
「何だ、」
「お前らの部下は救えなかった……応急処置をしようにも、まるで最初から殺すつもりでみんな致命傷で治すどころか誰一人目を閉じる間もなく一瞬で殺されたんだな。とっくに全員死んでた」

 悔し気に俯きながら伸ばしたクライスの手は自身の髪のように赤く染まっていて…彼なりに必死になって自分の部下を救おうとしてくれていたのは伝わった。しかし、それでも彼らは巨人に食われ遺体もなく死んだわけではないから誰の遺体か認識できないほど激しく損傷した遺体が目立つ中で彼ら四人はまだ識別出来る範囲で傷つけられていた。それだけは幸いだったのかもしれない。これなら遺族にも返せるし、まだマシな方だと、言い聞かせるしかない。だろう。

「そんなの見ればわかるだろうが、跡形もなく踏んづけたり好き勝手に殺しまくっていたからな、その中でもこいつらはまだ綺麗な方だ」
「だな……、後よ。ウミに心肺蘇生するときに申し訳ねぇが見えちまった、」
「……てめぇ、」
「しっ、仕方ねぇだろ!そうでもしねぇと死んでたんだからな……! まぁ、お前もウミの前ではただの男だ、隠すことはねぇよ、」

 昨晩、自分がウミに着けたそれをクライスが見てしまったと気まずそうに告げた。自分が咲かせた赤い華、年甲斐にもなく思春期のガキみたいなことをした。それだけ夢中でウミを昨夜の番の自分は抱いたのだろう。まだ服で隠れる場所に付けたはず。クライスは純粋に治療として見たのだと正当化し、ウミが幸せで同意の上であるならと、責める様な態度ではなく、ただ願っていた。

「ただよ、戯れに付けたんじゃねぇのなら……尚更傍に居てお前が守ってやれよ、もう離れる事がねぇように……指輪も大事に下着の中に隠し持ってんだからよ、」

 ポン、と綺麗にセットした自分の頭に手を置いて。添え木と包帯で膝を固定してズボンの裾を下げるとクライスは「くれぐれも安静に、立体機動はしばらくするなと」告げて他の負傷者の救護にあたるべく静かに去って行った。

 ざあ……と吹き抜ける風に男の綺麗にセットした黒髪が揺れた。エレンをひとまず取り戻して女型の巨人も力を使い果たしたのか今のところ追跡もなくその脅威からは逃れられたが、女型の巨人の本体を暴くことも出来ず自身は膝を負傷し、部下をすべて失い、そしてウミもエレンもいまだに目を覚まさない。
 今回の作戦で失った代償はあまりにも大きすぎた。そしてエレンが生きていることすなわち調査兵団は間違いなく今回の作戦の失敗の責任を問われるだろう。王政の判断次第ではもしかしたらこのまま調査兵団は解体されるかもしれない。本当に調査兵団は未だかつてない危機を迎えようとしていた。
 治療を終えて戻ろうとするとエルヴィンに遺体回収の作業の終了の報告をしていた兵士が何かもめている。いつまた巨人が襲って来るのかわからない中で今は生き残った者たちで今後の事を考えなければならないと言うのに…いったいなんだと男は歩み寄った。

「納得いきません! エルヴィン団長!!」
「おい! お前!! エルヴィン団長に向かってなんて口の利き方だ!!」
「巨人の近くの遺体も回収すべきです!イヴァンの死体はすぐ目の前にあったのに!」
「巨人がすぐ目の前に居ただろう! 二次被害になる恐れがある!」
「襲ってきたら、倒せばいいではありませんか!」
「イヴァンは同郷で幼馴染なんです。あいつの親も知って言います。せめて連れて帰ってやりたいんです!」
「わがままを言うな!」

 どうやら巨人の近くに置き去りのままの自分の同郷のなじみの遺体を回収すべきだと生きている者の安全を優先せねばならない中で危険を冒してまで団長に猛抗議しているらしい、しかし、死んだ人間の為に生きた人間を危険に晒すことなどあってはならない。今まで回収出来ず置き去りにしてきた兵士なら多くいる。

「ガキの喧嘩か、」
「リヴァイ兵長!」
「死亡を確認したならそれで十分だろう。遺体があろうがなかろうが死亡は死亡だ、何も変わる事は無い」
「そんな……」
「イヴァンたちは行方不明として処理する。これは決定事項だ、諦めろ」

 エルヴィンも調査兵団を束ねる責任ある団長の立場として最もな意見を告げるもその兵士は尚も声を荒げ悲痛に去り行く自分達の背中に叫んでいた。

「お二人には、人間らしい気持ちという者が無いのですか!?」
「おい、ディタ―、言葉が過ぎるぞ!」

 男とエルヴィンの2人はその場を去っていく。悔しそうにディタ―が自分達ん背中に向かって叫んだその言葉を耳に入れながら馬の準備を終えてカラネス区へ帰還を始めた。人の死を悼むにはあまりにも人が多く死にすぎた、募るのは巨人への憎しみだけ。

「クライスから聞いたが、負傷したようだな」
「ああ、しばらくは無理だろうな。こんな肝心な時に…情けねぇ話だ、」
「そうだな……だが、お前の戦力は調査兵団の大事な主力だ。お前が戦えないとなれば女型の巨人を捕らえるにも抜ける穴は遥かに大きい。理解していると思うが、お前が戦えない今はやはりウミを辞めさせるわけにはいかない。トロスト区に帰還次第おそらくエレンは王都へ身柄を引き渡されそのまま殺されるだろう。だが、そうなってしまえばウォール・マリア奪還はまさに夢で終わる。だが、そうはさせない、新たに作戦を考える必要がある。構わないな」
「仕方ねぇだろう。あいつの戦力が必要なのは理解している、が、あいつはあくまで俺の傍に置く、それも構わねぇな?」
「全く、人類最強と呼ばれるお前には何のしがらみも無い方が、調査兵団存続のためには欠かせないと、俺はずっと思っていたがどれだけ離れてもまたこうしてお前たちがめぐり逢うのは、ここまでくればお前たちは前世に何か縁があり、そして今結ばれるべくして出会う運命だったのかもしれないな。あの子がお前を選んだのも、」
「……エルヴィン、」
「何だ、」
「俺はもうあいつを二度と失いたくねぇ、だから決めた、こんな状況だからこそ俺はあいつと添い遂げるつもりだ」
「そうか、それは兵団を上げて盛大に祝わないとな、
 いや、それを聞いて少し安心したのも事実だ。それならば必ずやウォール・マリアを奪還しよう」
「勿論そのつもりだ」

 今回の作戦の失敗の中で少しでも明るくなれる話題、多くの人が死んだ中で不謹慎なのかもしれない、しかし、こんな時だからこそ希望は必要なのかもしれないと。
 穏やかな表情で微笑むエルヴィンは既にもう次の打つ手を考えていた。本当にこの男も侮れない。次から次へと出でくる作戦。一体何を考えているのか、どこまでこの先の物事を見ているのだろう。女型の巨人の正体が判明し、その言葉を受け男は思わず息を呑んだ。いつその正体が判明したのか、今回の作戦で何も得られなかった自分達すらも今は立場が危うい中でエレンという希望を失うわけにはいかないと常にエルヴィンは頭をフル回転させていた。

「位置の確認が取れ次第、すぐに出発だ!」
「警戒を怠るな!!」

 次の休憩の中でぼんやりと立ちすくむディタ―が先ほど無理やり巨人の群れに飛び込んでイヴァンの遺体を連れて帰ろうとしたことで奇行種を呼び寄せ、危うくペトラの遺体を投げ捨てようとした時、負傷したリヴァイの代わりにクライスが介入したことで事なきを得たが……。馬から降りてディタ―の元に歩みだす。

「リヴァイ兵長……自分は……」

 無言で男がディタ―へ手渡したのは遺体を持って帰れない代わりにと制服から引きちぎった自由の翼のエンブレムだった。

「これが奴らの「生きた証」だ。俺にとってはな……。イヴァンのものだ」
「兵長……」

 男が殉職した者に対して弔いの言葉が無いわけではない、男はいつも誰よりも仲間を思い、そして仲間の死を誰よりも悼んでいたのを身を持って感じ取りその優しさと思いやりの深さに心打たれディタ―はその場に泣き崩れた。その痛みを背負い男は仲間たちの死を背負いまた歩き出すのだ。



「もう、帰ってくるのか?」
「何があったんだ?」
「さぁ……どうせまた山ほど死人を抱えて帰ってくるんだろう」

 町の人々の反応が立ち込める中で一人の長い髪の美しい女性が不安そうに夕日に染まる空を見上げている。

「エルドが戻ってくるらしいよ」
「そう……」

 エルドの名前に静かに彼の帰還を待っている中で、またある場所では幼い子供たちが楽しそうに外で遊んでいる。

「オルオの奴、家に寄る暇があるのかな」
「作っとく分には、構わないでしょ」
「オルオ兄ちゃん帰ってくるの!?」
「ああ。そうだよ、みんなで迎えてあげような」

 大家族の長男のオルオが立派に調査兵団の精鋭として活躍し、忙しくしている中で今回の遠征が終わればようやく休暇がもらえそうだと話していた。おいしい料理をたくさん用意して迎えてあげよう。

「おじいさん、グンタが戻りますよ、」
「そうか……」

 カンカンカンカンと開門の鐘が鳴る中でうたたねをしていたオルオの祖父が聞こえた声に目を覚ました。
 男は馬を走らせようやくカラネス区の門を潜り抜けた。馬から降りて歩き出すとクライスの手当ての甲斐あって先程よりは痛みもだいぶマシになった気がする。
 調査兵団の帰還を知った住人たちが続々と集まる中、聞こえてきた声に無言で歩く。その荷馬車には意識を取り戻したエレンがミカサに押さえつけられるように非難の言葉を浴びせる住人たちを睨みつけているようだった。その傍らの荷馬車には今も目を覚まさないウミの姿があった。目立った外傷もなければその穏やかな表情は昨晩眠りに落ちるまで見つめていたウミの寝顔だった。

「リヴァイ兵士長殿!!」

 すると、そこへ、ぺトラの父が男を見つけると駆け寄り話しかけてきた。手には手紙を持ち小走りでこちらと並んで歩きながら嬉そうに。

「娘が世話になってます! ペトラの父です! 娘に見つかる前に話してぇことが……。娘が手紙を寄越しましてね……。腕を見込まれてあなたに仕えることになったとか……あなたにすべてを捧げるつもりだとか……まぁ……親の気苦労も知らねぇで惚気ていやがるワケですわ。ハハハ……その、まぁ…父親としてはですなぁ……嫁に出すにはまだ早ぇかなと思うワケです……あいつもまだ若ぇしこれから色んなことが――」

 最期はもうペトラの父親が何を言っているのかわからなかった。彼女が死んだこと、自分に本当にすべてを捧げて彼女は逝ってしまった。そう、まだまだ若い娘の安否を心配するぺトラの父の姿がそこにはあって。男は父親に変わり果てた姿で安らかに最期を迎えた彼女の姿を思い、青ざめた表情のまま無言で歩いていた。

「エルヴィン団長!! 答えて下さい!!」
「今回の遠征で犠牲に見合う収穫があったのですか!?」
「死んだ兵士に悔いは無いとお考えですか!?」

 先頭を行く一方でエルヴィンの元には、住民の抗議の声が絶えず響いていた。しかし、その問いには無言のまま…、表情も無くただ歩いていく背中が見えた。
 今回の壁外遠征に掛かった費用と損害による痛手は調査兵団の支持母体を失墜させるには十分であったと、エルヴィンを含む責任者が、王都に召集されると同時にエレンの引き渡しが決まってしまった。

「(ウミ、早く起きろ、馬鹿野郎……もう無茶すんじゃねぇよ、)」

 ウミは今も目を覚まさない。まるで時が止まったのかのように今も眠り続けている。エレンは引き渡し、自身は左足を負傷し、ろくに戦うことは出来ない。帰りを待っている人たちの居る中でグンタ、オルオ、エルド、ペトラの4人は無念の戦死を遂げ、あんなに賑やかだった古城は今は不気味な静寂に包まれてー…リヴァイ班は事実上の解散となった。

To be continue…

2019.08.24
2021.01.28加筆修正
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