THE LAST BALLAD | ナノ

#59 異常者はその瞳に何を見る

 向けられた刃のその先は未だ見えない。撒いた餌にまんまと食らいついた見えざる影。ヒストリアとエレンに成りすましたウミとジャンを攫ったのは…。
 その先を辿る、見えざる闇の中でリヴァイはかつての師である男に辿り着くことになることを、まだ知らない。
 一次作戦は成功した。このまま急ぎ二次作戦に移行する。リヴァイはウミとジャンを連れ去った馬車が入っていった大きな倉庫らしき建物へ移動するとそのまま屋根の上に着地した。

「デケェ倉庫じゃねぇか……商会のか??」
「それじゃあ昨晩山小屋を襲った連中も……」
「らしいな、リーブス商会……どうやら王政と深い関係があるようだ」

 ここからでは中の様子が伺えない。自分達はただ無事を願い静観することしか出来ない歯がゆさの中でリヴァイは拳を握り締めた。
 これは任務でもあり自身の理性を保つ戦いでもあった。
 今まで幾度も、ウミ自身の身に降り注いだ苦難、自身の仕事に巻き込んだばかりに散々苦労ばかりかけた、そして失った。
 だからこそ、これ以上もう奪いたくはない。誰にも、手出しはさせたくはない。
この手で守りたい目の前の世界がある。その世界には必ず、ウミが居る。
 しかし、今は全ての私情を捨て兵士長として責務を果たすのだ。これは与えられた兵士の上に立つ人間としての矜持。

 一方、宿屋では今現在王都に身柄の引渡し命令が下された中で姿を隠しているエレンとヒストリアがリヴァイ班の作戦が無事に終わるように静かに待っていた。
 この替え玉作戦が成功することを願って。エレンは二度目の自分演じるジャンに対して不安そうに震えていた。

「あいつ…やっぱり、絶対オレに似てねぇのに……! 馬面……なのに。大丈夫か……? あいつらがバレるのが早かったらウミまでひでぇ目に遭っちまうかもしれねぇのに……、ましてあいつも全然ヒストリアに似てねぇだろ」

 自分の身代わりとして替え玉になったウミ。その姿を思い出しヒストリアはどこか浮かない表情を浮かべた。

「あ、お前のせいじゃねぇよ、」
「分かってる……これが大事な作戦なのは」
「二人とも俺等の身代わりのせいで酷い目に遭っちまったら……」

 ヒストリアは椅子に腰かけ窓からトロスト区の街並みを眺めていた。
 一度、二度、巨人の脅威に晒された現在の人類の最果ての領域。最後まで失意に塞ぐ自分にユミルを助けられなかったことを詫びて、抱き締めたウミの事を思い返していた。
 自分の代わりに危険な賭けを引き受けたウミ。本人は笑顔を浮かべて大丈夫だと笑っていた。しかし、それはとてもリスクが高い行動。自らを捧げ、もしかしたらまだふくらみよりも平たんが目立つ身体の年代の年頃でも幾ばくもいかない少女だろうとお構いなしに巻き込み、そして酷い目にあうかもしれない。
 しかし、ウミはふわりと柔らかく微笑んでいた。その笑顔の裏で彼女はどれだけの凄絶な過去を体験してきたのだろうか。
 その笑顔は過去に何処かで見たことがある、そんな気がしていた。ウミが見せたその笑顔に懐かしさを抱いていた。
 彼女は笑顔で自分に微笑んでくれた面影を記憶の淵の中、微かにだがデジャヴのように浮かんできていた。
 何処かで見たことがある、その面影、微笑み。ユミルでもない、意思のある大きな瞳。そして、長い黒髪の――。



「大人しくしてろ、動くなよ」

 エレンの危惧する通り、二人の替え玉として馬車で連れ去られたウミとジャンは頭から布を被され視界を奪われたままここに連れてこられた。
 されるがまま椅子に向かい合わせの状態で座ると、袋を奪われようやく視界が開ける。
 きょろきょろと見渡すウミの頭を掴むと舐めるように彼女の全身を眺める。両腕を後ろ手に組み、そのまま椅子ごと縄でぐるぐる巻きにされて拘束された。
 その馬車を見失わないように追いかけるリヴァイ達、街では王政の特別配給で住人が群がっている、その中を縫うように進み、追跡に気付かれずにこの場所に気付けばいいが……。

「……ジャンボ、大丈夫?」
「オイッ! てめぇ! 何いきなり話しかけてきてんだよっ、気付かれたらどうすんだよ!? 俺もお前もタダじゃすまねぇぞ!」
「しーっ……ジャンこそ声が……大きい……! ふふ、大丈夫だよ。今のところ人の気配は感じない。多分私たちを捕獲したことを親玉にでも伝えに言ったんじゃないのかな……それにしても本当に、縛るの下手くそだね。授業受けてきたライナー達の方がまだマシ、リヴァイ達もすぐに来てくれるよ」
「だといいがな……俺は見たくねぇよ」
「何が?」
「その……何でもねぇ、」

 ふと、こちらに向かって歩いてきている者の足音が聞こえて2人は目配せして黙り込む。今こちらに来ている足音はどうやら一人のようだ。
 馬鹿にしている、自分とジャンなら簡単にこんな拘束抜け出してリヴァイ達の助けなどいらずに制圧できそうだ。
 そうすればきっとこの前のしでかしそうになったミスを挽回できるだろうか。彼の役に立ちたい、その為ならば自分は何でもやれる気がした。
 ウミは彼にしか聞こえない声調で微笑む。

「ジャンは私が守るから」
「お前に言われたくねぇな……エレンに踏みつけられそうになってリヴァイ兵長に怒鳴られてたじゃねぇか」
「それは……」

 壁外調査や地下街での経験か、人の気配にはいち早く察知出来ると自負しているウミ。
 積み重ねられた木箱に張り巡らされたロープ。多少の埃臭い臭いからここは倉庫だと知る。
 きょろきょろとウミの柔らかな色素の瞳が瞬き周囲を見渡しながら辺りを警戒しつつ、どこか不安げなジャンの緊張を解きほぐすように大丈夫だと励ましていた。
 こんな状況でも平然としてお喋りをするウミに、ジャンは改めて見た目からはそうは見えないのにやはり調査兵団で元分隊長まで上り詰めた実力者なのだとひしひしと噛み締めていた。よくもまぁこんな状況でのんきに笑っていられるものだ。
 この笑顔の下で彼女は今までどれだけの苦難を味わってきたのだろうか。
 何度も捕まってきた経験があるから尚更ウミを指名したのだろう。そうしてドアが開かれ戻って来たのはたった一人だけだった。

「大人しくしてれば痛い目には合わせないよ…それにしても…お嬢ちゃん…可愛いねぇ……」

 しかし、やはりそう何事もなくやり過ごせると思っていた余裕は無残にも砕け散る。戻って来た一人の男は酒でも飲んでいるのだろうか、上気した頬にとろんとした目が上から下までじろじろと舐めるようにとウミを見つめそしてじりじりとエレンに成りすました黒髪のカツラを被ったジャンを通り過ぎて静かに歩み寄って来たのだ…。

「(来た……)」
「(オイ、大丈夫かよ……リヴァイ兵長……早くしてくれ……)」

 迫る魔の手にジャンはどうする事も出来ない、ただじっと耐えるしかない苦痛の時間が始まった。
 ヒストリアに扮したウミを男は急に後ろから抱き締めてきたのだ。

「(……ウミ!!)」
「(……ジャン、静かに!)」

 正直突然知らない男に背後から抱き締められるのは誰でも不快だし、つい反射的に離して、と言いかけるもウミは必死に唇を噛むようにじっと耐えるしかない。
 ウミはそれでもジャンに静かにしろと目で訴え気丈にも真っすぐジャンの方を見て我慢するように全身に力を込めた。
 抱き締められ、さわさわと肌を伝うその汗ばんだ手つきにおぞましさを抱く。
 これならまだぶん殴られる痛みの方がましだ。一瞬、気が遠のくような、眩暈のようなものを感じてウミは息を止めた。

「んん……!! んんっ!!」

 口元を大きな手で塞がれ堪らず苦悶の声が漏れる。
 呼吸が上手く出来ずに乱れていくウミの声に満足そうに男はそのままウミの顎を掴んで自身と強制的に目を合わせてきた。
 マズイ、変装が見つかったか。
 万が一見つかれば作戦は失敗する。もしかしたら調査兵団は追われる危機がある。ウミは自身の顎を掴んでいた手から離れようと必死に抵抗すると、耳元で下世た笑い声が聞こえた。

「可愛いなぁ……それに、いい匂いがする……」
「(何、今度は……)」
「んん……若い女のいい匂いがする……」
「(オイ! マジかよ……!!)」
「(っ――……!!!)」

 そうしてウミから漂ういつもつけている香水と体臭の入り混じったその香りを鼻腔一杯に吸い込むように、ウミの金色の髪をかき分けて真っ白なうなじに顔を埋め込むと、あろうことかねっとりした分厚い舌でそのまま項から耳にかけてべろりと舐めとったのだ。
 これには思わずあまりの気持ち悪さに身が竦んでウミは動けなくなる。
 そして、動けないウミが抵抗しないのをいいことに、男はいきなりウミの着ていたブラウス越しの鍛えた肢体に引き立つ普段抑えられている柔らかな膨らみを狙ってそのまま胸を掴んだのだ。

「んん〜っ!!」
「ハァ、ハァ――……あぁ……柔らけぇ……まだ幼いガキの筈、なのに……今の子は発育がいいんだねぇ……知らなかったよ」
「(冗談じゃねぇよ)」
「なぁ……どうだ……声を聞かせてくれよ」
「(っ……嫌だ……嫌だ……気持ち、悪い……!!)」

 身体を縮こませて、何とか逃げようとするも抵抗するわけにはいかない。
 こうなる事は予期していた、しかし、実際大丈夫なのではないのかと、ここは地下街ではないのだからと甘く見ていた。
 もう昔の、忘れかけたはずの記憶が…地下街で暴行を受けた時の記憶が次第にウミの脳内を埋め尽くしていく。
 リヴァイに触れられた記憶が上書きされていく得体の知れない感覚に支配されウミは怖くて声が出ない事に気が付く。
 身をよじろうとしても男の腕はビクともしない。これが男の力なのか、男はウミに構う事なく愛撫を続け、そしてそのまま両手に胸を包み込むように持ち上げながらしばらくその胸の柔らかさを堪能し終えると、これはただの戯れで満足したのかと安堵したのも束の間、男はウミのブラウスの襟を掴んで、一気に開く。その拍子にボタンがぶつりと一気に弾け飛んだのだ!

「いやぁあああっ――!!」

 男の突然の行動にこれには思わずびっくりしてたまらず悲鳴を上げてしまった。
 ただならぬウミの悲鳴にジャンが立ち上がろうとするがそれは叶わず。ただ、ジャンはウミから目を反らすように下を向いて強く目を閉じてなるべくその光景から目を逸らして、せめて見られたくないだろうから見ないようにする事しか出来ない。

「すべすべしていい匂いでやわらけぇ……ああ菓子みてぇに美味そうだ……」

 女の裸なんて思春期真っ盛りの男子たちでこっそり貸し借りした画集や官能小説でしか見たことがない。
 まして、よく見知ったウミの胸なんて見たくない。

「(クソ……いつまで耐えればいい……兵長! このままじゃウミが本当にやられちまいます!!)」

 生々しくこれからされる事への恐怖と、過去のトラウマに記憶を埋め尽くされ、もうリヴァイに触れられた優しくて甘いあの記憶がどんどん遠ざかっていくようだ。
 ウミに改めてリヴァイしか駄目なのだと思い知らせそして絶望した。

「変装してるかもしれないし……なぁ、もう全部脱がしていいよなぁ……?」
「っ……。いや……だっ! やめて……それだけは……!」
「泣いてる顔もいいねぇ……ソソるなぁ……」

 彼以外の男に無理矢理望んでもいない快楽を与えられる経験なんて二度とする事はない、と。そう信じていた。
 きっとそうなる前に彼が助けに来てくれる、そう信じていた期待は儚くも砕け散る。
 忘却の彼方に追いやった記憶、しかし、身体は生々しくあの日の痛みを、恐怖を思い出していた。
 リヴァイ以外の人間に与えられた屈辱、寝ても覚めても下世た男たちの笑い声が脳内を埋めつくし、生き地獄に命を自ら断ち切ろうと、死にたくて死にたくてたまらなかった。
 しかし、あの時と違うのは絶対に感じたくなんてないと強く思うのに、身体が勝手にその男の手に反応したようにビクッと震えてしまい、逆らえず、悲しくて涙が溢れ出す。

「っ……んっ……い、や……」
「なぁ、いいだろ?」
「んン〜……!!」
「かわい!!ちゃんの声が聞きたいな――」

 何度も何度も執拗に胸の先を攻められ思わず必死に噛み締めた唇からあえやかな声を漏らしてしまった。
 男は嬉しそうにウミを拘束したまま抱き上げ、その拍子に流れた涙は筋となり頬を伝っていく。
 ジャンにとってもそれは拷問のような時間だった。
 目の前で今まで一緒に過ごしてきたウミが薄汚い男の手によって穢されていく。
 目を閉じていることで余計にウミの悲鳴でどんな目に遭っているのか、リアルに感じてしまう。
 アルミンやエレンが密かに思いを寄せていた幼馴染のウミを最初は自分達と同期だと思っていた。しかし、よくよく話をしてみれば彼女は自分達よりもはるかに年上だと知らされ当時はそれはそれは驚いたものだ。
 体格も同じ年頃のまだ少女である同期達と何ら変わりない、むしろそれよりも幼く思っていたのに、
 ウミが時折見せる愁いを帯びた表情や何とも言えない香りに彼女は見た目こそ幼いが、彼女がれっきとした成長期もとうに終えた女性なのだと知る。
 愛した男の前でだけ見せる女の顔で思い知るのだった。その愁いの帯びた表情を見せるのは彼の前でだけ、人類最強の兵士と恐れられる完全無欠の英雄でもある彼がまさか人を、そしてウミ幸せそうに抱き締めているなんて信じられなかった。
 しかし、まぎれもなく二人は愛し合っていて、うっかり見てしまった自分はミカサが好きなのに、余計にウミの事は女性として見るようになってしまった。
 104期生の間でもウミがいいと言う人間もいたが、大人の女性とは程遠いその姿、自分はありえないと思っていたのに。

「なぁ、君も混ざるか?触ってみてくれよ……ほら」
「ん――っ……――!」
「(クソ……っ!! 最悪だ!この変態野郎……ウミに触るんじゃねぇよ! リヴァイ兵長たちもまだかよ!!)」

 椅子ごと引きずるようにウミはジャンの傍まで連れて行かれてジャンの力を入れて閉ざした目、視界を覆われて余計に感覚だけがリアルに研ぎ澄まされ、近くでウミの声が響いて今彼女がどんな目に遭っているのか、否が応でも想像してしまう。
 腕からもブラウスを引き抜かれ、ウミはすっかり上半身を裸にさせられてしまい、スカートも腹部の上までまくり上げられ、太腿があらわになる。

「嫌っ……!! 止めて!!」
「もっと声を聞かせてくれよ……」

 スカートの裾から割り込んだ手が濡れても居ない下着越しにそこを撫で、ウミは吐き気を催す。

「(っ――……嫌だ、こんな姿見られたくない……!! ……リヴァイ……お願いだから……来ないで!!)」

 助けて欲しい、しかし、こんなあられもない、みっともない姿を見られたくない。あの時と同じように、自分のこんな姿を見られたら……リヴァイは傷つくだろう、心根の優しい彼はきっとこの作戦を考えたエルヴィンを恨むだろうし、何より自分を差し出した自分を責めるはずだ。
 そして、彼は怒る。この目の前の男の命を奪うまでその怒りは誰にも止められない。

「(助けて……助けて……リヴァイ…!! ああ、でも……でも! こんな恥ずかしい姿を、見られたくない)」

 数時間前に抱き締められた温もりすらも奪われていくようだ。早く助けに来て、今すぐ自分にその顔を見せて欲しい、会いたくてたまらない。
 しかし、こんな姿でリヴァイの前に行くことは出来ない。椅子ごと押し倒す勢いで覆い被さる男を押し戻そうと腕を突っぱねてみるが、恐怖に竦んで拘束された身体は言う事を聞かない。動けない。
 男がはらはらと涙を流してこれ以上はと懇願するウミの胸の先を弄びながら、首筋を舐めると、吸い付いたそこには白い肌に生々しく浮かぶ赤い華がくっきりと刻まれた。醜い欲望の証を無理やり肌に刻まれ、リヴァイさえつけた事がないその醜い痣は服から隠し切れないほどにたくさん刻み込まれて、広がっていく。

「いやぁあ!! 止めてっ!!」

 抵抗したら酷い目に遭うと理解してもウミはこれにはもう限界だった。
 リヴァイは嫌がるような事はしない。
 こんな醜い痣なんか付けたりしない、髪をかきあげられて、ぞくぞくとするような感覚に身を震わせる。
 敏感なうなじの所を唇でなぞられて、キツく吸い上げられると、ウミの噛み締めた唇からまたあえやかな声が漏れ、ウミはあたえられた屈辱に血が滲むまで唇を噛み締めた。

「可愛いね……。嫌がって泣く顔も、とってもいいよぉ……」

 男は抵抗の声じゃなくウミの甘い声を聞きたいと、ウミの落ち着いた声が快楽に溺れると淫らで甲高くなることにますます興奮して下着から零れた胸の先をもてあそぶように攻め始めた。

「ああっ!! やっ!! いやっ!! あっ〜……! っ、ンっ!」
「ううん、いい声だね……まだ子供な筈なのに……身体はちゃんと発育してるのか、それに、まるで生娘じゃないみたいにこんなにいい声で啼いて……ねぇ、もっと聞かせて欲しいな……」
「んやっ!! ああっ!!」

 まるで自分の身体が自分ではないようだ。たまらなく嫌なのにさっきから変に疼いて気持ちが悪い。
 心はこんなに嫌だと泣いて拒絶しているのに、こんな酷い事をされているのに、感じるなんて、おかしい。
 自分の意思では身体を動かせないのに、快楽には素直に身体がビクッと跳ねて、悔しくて悔しくて。
 男はウミが抵抗出来ないのをいいことに嬉しそうにウミの胸元に、顔を埋めて匂いを嗅いでいる。
 ジャンは見ないように必死に強く目を閉じるが、目を閉じたことでますます生々しく聞こえる粘着質な音とすすり泣く声。
 共にしてきた仲間が乱暴される声にただ、拘束された身体では動く事さえかなわず、ただ必死に助けが来るのを信じ耐えていた。
 どうか、早く来てくれと、このままじゃ本当に最後までウミが。

「くっ…(だからこれだけは二度とごめんだと思ってたんだ……俺があのヤローの身代わりなんて…どっからどう見ても全然似てねぇのによ)」

 苦しげにジャンはそう吐き捨て諦めたように抵抗を止めたウミを助けることも出来ない自身を呪った。
 流れる涙は止まる事なく、頬を伝い幾度も流れて硬い床に落ちた。目の前で快楽と絶望に陥落した姿を晒し、助けを願うことしか出来ず、もしこれが変装でなければ、今すぐにでもウミもジャンもこの目の前の男をぶん殴りたいと思った。
 何かと目の敵にしていた「死に急ぎ野郎」に変装しただけの自分はあまりにも彼とかけ離れている。
 もし、変装した自分が本当の「死に急ぎ野郎」だったら今すぐにでも変装を解き放ち馬乗りになってウミを組み敷く男に殴りかかっていただろう。



 その倉庫の屋根ではリヴァイ班がようやく到着し、突破の時を待っていた中で一部始終を窓から眺めていたミカサが近くで羽根を休めていた鳥たちが一目散に羽ばたいていくくらいの恐ろしい形相で屋根の上で待機していたリヴァイの元に飛んできた。

「中の様子はどうだった?」

 新兵から調査兵団に入団して実戦経験も乏しい中で今にもブランクのあるウミの実力を追い越して貴重な調査兵団の戦力になりつつあるミカサが軽やかに立体起動で屋根の上に着地した。
 ミカサは今にも掴みかかる勢いでリヴァイにずんずんと歩み寄ると今お前の愛する女がどんな屈辱的な目に遭っているのかと訴える。
 野良猫よりも敏感なミカサの不安は的中してしまった。やはりウミに任せるべきではなかった。

「兵長、ウミが!早く助けないとこのままではウミの変装がバレてしまいます……出来れるならあなたは見ない方がいい」
「……そうか、」
「このままではウミが……早く突入の許可を!」

 しかし、リヴァイはそれでも顔色を変えずに冷静にミカサの報告を受けている。
 仮にも将来を約束した恋人が他の男に最後まで蹂躙されても顔色一つ変えるどころかその表情はとても恋しい女を案じる男には見えなかった。この男にとってウミはどうでもいいということなのか?
 その表情からは彼が何を思っているのか伺えない。ミカサは顔色一つ変えない男をなじった。

「リヴァイ兵士長。あなたはどうして……ウミが他の男に襲われていると言うのにそんなに冷静でいられるのですか……ウミが、大切ではないのですか?」
「…」
「ウミはあなたをあんなにも思っているのに……私にはあなたがわからない……」

 リヴァイは何も言わない自分に対して詰め寄るミカサを見た。
 しかし、その表情は普段と何一つ変わらない。それどころかこれから起こる戦闘に備えてなのか、何週間か前にミカサと2人で共闘して女型の巨人を追い詰めた際に負傷した膝を撫でて状態を確かめている。
 思えば戦闘になるのはかなり久しぶりのように感じる。自身が編成したかつてのリヴァイ班が壊滅し、自身が負傷してからまだほんの数週間の出来事だと言うのに。

「お前は少し落ち着いたらどうだ…俺はお前に言ったはずだ、もっと自分を抑制しろと」
「ウミが泣いているのに落ち着けと? あなたみたいな人にウミは任せられない……あなたは異常だ……」

 容赦なく突き付けられたその言葉。リヴァイは静かに立ち上がるとミカサに向き直った。

「そうか。ミカサ……俺がまともな教育を受けてきた人間に見えるか?
 それに聞くが……俺が何も感じてねぇと思っているのか、」
「それは、どういう」

 しかし、ミカサは自身より少し下に目を向け、見上げるような姿勢でこちらを見つめるリヴァイのその双眼に、その姿に。もうこれ以上彼を問い詰めるのは止め口を閉ざした。
 静かに状況を分析しているリヴァイは普段と何ら変わらないはずなのに、野良猫よりも敏感なミカサはリヴァイは目が完全に据わっていることに…。
 間近に迫る男のただならぬ気配に思わず後ずさりした。
 今彼に近付いた者は、アンカーを射出しようとした彼の装備している立体機動装置のしなる刃で瞬く間に切り離されるれだろう。

「ああ。そうだな。俺は異常者だ、見たくもねぇものを散々地下では見てきた。それが俺にとっては日常だった、異常なものを見てきたから俺はお前からすれば異常なのかも、な……」

 その視線だけで相手を射殺せそうなほど並々ならぬ怒りに満ちていることを肌で感じた。
 地下街で生きてきた彼は自分以上の地獄を知っている、そしてその光景を幼少の頃より幾度も見てきた彼は異常が正常だと、自分の当たり前が地上では異常なのだと知る。
 そもそも異常性を指摘すること自体がおかしいのだ。その強靭な理性で自身の忌まわしき感情を押し隠しているだけで、愛する者が二度も他の男に襲われている光景に怒らない者など居ない。と噛み締める。

「(リヴァイ兵長……あなたは何を考えているの)」

 しかし、今の自分は地上で生きている。そしてもう若くて自由に仲間達と地下街で駆け抜けていた日々はもう戻らない。
 エルヴィン・スミスとの出会いが全てを変えたのだ。今は上官として部下を導き守る責任がある。
 愛する者を穢されている、その男としての怒りを強靭な理性で必死に押さえ込もうとしている。
 抑圧した本能で男は静かにミカサを引き連れ倉庫に侵入した。
 
To be continue…

2020.01.15

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