THE LAST BALLAD | ナノ

dear.リヴァイ・アッカーマン

 ――「力を貸してくれ、」

 アルミンと、王家の血を引くジーク。二つの声が願いを届け、道を通じて歴代の自分達に関わる者達へシグナルを送る。
 そして具現化された奇跡を目の当たりにした者達。
 その光景に誰もが信じられないと、奇跡の目撃者となったファルコの背中の上から見守るリヴァイとガビは一体何が起きたのかと、頭の処理が追い付かない。
 さっきまで自分達を完全に敵だとみなし襲ってきたと言うのに今ではすっかり自分達の味方となった自分達の知る知性巨人達を見つめている。

「どういうこと!? 歴代の巨人が助けてくれてるの!?」
「そのようだ、」

 ファルコ巨人の上でお互いにその状況を見て戦場では誰よりも冷静に周囲を見渡す人間であるリヴァイは理解した。
 どんな奇跡が起きたのかは知らないが、歴代の巨人が助けてくれたのだと察知したその時、他に何か異変は起きていないかと、周囲を見渡していたリヴァイは目の先に見えた光景に隻眼を見開いた。
 今まで目を皿のようにして探していた、誰よりもその存在を切望していた自分がようやく見つけた対象は思いがけない場所に居た。

「オーイ」

 思わずこれは自分の願いが呼び起こした幻覚なのではないのかと錯覚するほど突然の出来事に思考が追い付かなくて、リヴァイの視界の先に飛び込んで来たのは……。

「オーイ!! ここだー!!」
「え……」
「バカな……」

 どんな時も、常に彼は戦場でれっきとした兵士であった。何においても、心を乱すことがほとんどない強靭な理性の持ち主だったリヴァイ。
 しかし、そんな彼が探し求め続けていた因縁の登場にリヴァイが思わず声を漏らす。
 とても信じられないと言わんばかりに。そう、彼が驚くのも無理はない。なぜなら、そこにいたのはずっと探し求めて来た存在がわざわざ敵でもある自分へ手を振って、盟友との誓いの果てに待つ自分の宿敵・「獣の巨人」の本体でもあるジーク・イェーガーがエレン巨人の一部から上半身だけ姿を現した状態で「俺はここだ」と言わんばかりに大声でその居場所を知らせていたのだから……。

「俺に会いたかっただろ!? リヴァイ!? 俺は会いたくなかったけどな!!」
「……ジーク」
「ウミちゃんを、取り戻したいんだろ!?」

 ――ドクン。
 宿敵を前に、宿敵が口にしたその名前に、アッカーマンとしての本能が、ヤツを殺せと心臓が大きく鼓動した。
 冷静であろうとする自分へ熱を与えるように、自ら探し出し引きずり出さなくても現れた四年前、シガンシナ区決戦からの因縁の相手でもあるジークの登場を前に、一気にその表情を変えた。
 今までさんざん追い詰めて、そして逃げられてきた、どれだけ脳裏に描いてきただろうかヤツの息の根を止めるその瞬間を、自分が振りかざした刃が彼の皮膚を斬り裂く時を、切望していただろう。今は亡き盟友の墓前に。
 しかし、自分達の島を救うための提示を前に、彼を殺してはならないと、突如として引き抜く刃を奪われてしまった、そして、ようやく訪れた悲願。

 生も死も無い「道」から帰還したジークは元の世界に戻って来て、真っ先にリヴァイに自分の存在を知らしめたのだ。
 そして、ジークはそれだけではなかった。待っていたのは、彼だけでなく、ジークの腕の中には、自分が探し求めていた最愛が待っていたのだ。

「ウミ……」

 ようやく、本当のウミに会える。元の世界に戻ってきたジークははるか上空、「地鳴らし」巨人と共に進むエレンの骨の一部から肉体を出し、そして久しぶりに感じた外の空気と、真っ青な青空の下でぼんやりとその光景を見つめていた。

「……いい天気じゃないか……もっと早く、そう思ってたら……まぁ……今さら、いっぱい殺しといて、そんなの虫が良すぎるよな……」

 そして。その次の瞬間、本能のままにその後の行方など考えない、導かれるようにリヴァイはこの四年間、思わない日が無かった因縁の相手であるジークの頭を、とうとう、切り落としたのだ。
 それによってジーク・イェーガーはリヴァイの介錯によって短いようで長い、波乱に満ちた人生を巨人の寿命ではなく自ら宿敵に頭を差し出して終えるのだった。

 ――望む願い。自身の果てに。

 どれだけ悲劇的な状況であろうと、全身満身創痍だとしても、「道」の代償にアッカーマンの力の衰えを感じても、この心は――……決して折れない。
 彼の強さは元々この身体に流れている血のお陰ではない、これまで志を共にした大切な仲間たちの存在だった。
 これまで共に過ごしてきた仲間が心臓を捧げてここまで繋いだ今がある。自由の翼を背に、心臓を捧げた仲間たちの命を背負い、この心臓は最後の瞬間まで命を燃やして戦い続けると誓う。

「最後にもう一度、翼を授けてくれ」

 負傷した視界は暗黒の中にいる。バランス感覚もままならない。負傷した足を引きずり尚も。男の手は戦うことを止めない。今度こそ、彼女を迎えに行くのだ。例え、この命を散らすとしても。
 その決意の刃が静かに煌めいた。

 ――「リヴァイ、」

 いつかの彼女が自分を呼ぶ。世界で一番、誰よりもあなたを愛しているんだと。確かにそこにあった、感じた永遠。今もそこで笑う彼女が自分を呼んでいる。ウミと過ごした時間はまるで、地下で劣悪な環境で生きていた自分にとってはとても、夢のような日々だったから。

 ――「早く来て、」

 と、自分へ、手招きして待っている。その笑顔の為なら自分はもう一度何度だって、無茶してもいいと。
 ようやくジークを殺せた、悲願を果たした今なら、ウミもきっと取り戻せる。不思議と身体の痛みはない、なんだってできる、そんな気がした。

 ――「ウミ。今、取り戻すからな。一緒に帰ろう、お前の家に、あの場所に……俺達の、場所に」

 ウミが居たからどんなに凄惨な状況下でも刃を振るうことが出来た。仲間達が心臓を捧げて散って逝ったが、ウミが居たから、そう、ウミの存在があったから今の自分は存在する、もしこの残酷な世界でどちらかが先に命を落とすことからは逃れられなくても、家族となり、そして彼女との間に宿った命たちが居れば二人の愛の証はこれからも続いていくのだと、そう信じて歩んでこられた。

 その視界の向こう、巨人化して変わり果てた姿となったウミがいた。変わり果てた姿をしたウミは大口を開け、空を舞う自分へ手を伸ばすから。男は、一直線に飛んだ。まるで、導かれるように、誘われるままに。

 ――「今、行く。だから、泣いてんじゃねぇよ……強がるなよ、俺もお前も、弱くて、寄り添い合わねぇと生きていけねぇ世界なんだからな、」

「リヴァイ兵長!?」

 誰もがリヴァイの行動に驚いていた、彼は自ら愛する女が巨人化して大きく開いた口腔内へと滑り込むように導かれる場所へ飛び込んでいったのだから。
 手のなる方へ、誰に命じられたのではない、自らの意思で決めた事だと。
 そして、愛する彼女の中心へと、落ちていった。

 ▼

 ――「私を止めたいのなら。私を殺す以外に道は無い。ただ、その時は、覚悟しなさい。私は本気、」

 その抑揚のない声に彼女が本気で自分達の「地鳴らし」を止めようとする歩みを阻害したいのなら、自分達も望むままに応えるまでだ。
 自分は死んでなどいない、彼女は自分があの雷槍で死んだと思っている、幻の中で彼女は泣いている。
 生温かい彼女の口の中へ吸い込まれるように落ちて行ったと言うのにリヴァイが飲み込まれた真っ暗な世界で落ちた先に待っていた道の先に居たのはウミ。では、無かった。

 そして、自分は確かに巨人化したウミの口の中へ飛び込んだと言うのに。どうして、こんな場所にいると言うのか。
 かつて地下で幼い頃に彼と過ごした記憶がある自分、そして何よりも自分達が初めて出会ったこの場所。
 忘れるはずがない、見間違う筈が無い。イザベル、ファーラン、ウミも加わって、四人で暮らした場所。
 もう二度とあの日々には戻れないのに、この場所が懐かしくあの日の日常を切り取ったままのようで、懐かしさに涙が溢れそうだった。それほど、この幻想の中でいつまでも過ごしていたいと望む自分がいる。
 懐かしさについ耽ってしまい、リヴァイは地下街で暮らしたアジトの階段を登っていた。そして扉を開けば地上へ連行されて今は誰かが住んでいるアジトは変わらず自分達が過ごしたまま清潔な形状を保ち続けていた。

「まるで、あの頃に戻って来たみたいに……何ひとつ、変わっちゃいねぇ」

 錯覚さえ覚えるほどに鮮明にあの頃を呼び起こす地下街で過ごした時間が戻って来たみたいに。
 あの頃はもう戻って来ないと言うのに、目を覚まさなければならない、この幻覚に彼女は自分を閉じ込める気なのかもしれない。それとも、この夢の中に今もウミは微睡んでいるのだろうか。

 そうだ、戻りたいと、言わんばかりに。2人抱き合い過ごしたバスルームの鏡に映る顔はもうあの頃からどんどん遠のいていくばかりなのに。
 取り巻く景色はあまりにもあの頃のまま過ぎて、その場に蹲り動けなくなりそうだ。
 何処を探してもどう歩んでも、ウミの思い出しか、感じられない。
 イザベルもファーランも生きていたあの頃が今も鮮明で。

「何だ、本当に来ちまったのか、リヴァイ」
「……てめぇ、」

 ウミを探していたリヴァイだったが、その空間にウミは居ない、代わりにその背後に居たのは。
 刃を向けることなく静かに振り返る。その気配にはとても覚えがあったから。
 最後の最後まで自分へ託していた存在。全てはこの為か。

 もし、この先に待つのが悲劇だとしても、進むのだ、自分はそれでも。もう一度、何度だって飛び込む、何度も会いたいと願うだろう。

「久しぶりじゃねぇか、てめぇがまさかここにいるとは」
「よ、随分……本当に、本当に……お前とは……久しぶりだな。暫く見ねぇ間にお前もだいぶ老けたな」
「余計なお世話だ」
「俺とここ(地下街)で過ごした時は……まだ小さい小さいガキだったのにな、すっかり……それに、その怪我も」
「何ともねぇ、」
「座るか?」
「いや……このまま座ったらもう二度と立ち上がれなくなりそうだ。遠慮しておこうか」
「そうか、」

 幼い過去の記憶の中。確かに自分は彼に命を救われた、そして共に過ごした。
 まるで年の離れた兄弟のように、父と子ではないが確かな絆を結んで。そしてある日、離れた。
 この島の人間ではない男は、憲兵団に追われていた。ただの憲兵では無いかつての真の王の裏で暗躍していた――中央憲兵団に。

 次に再会した時には捕縛された時だった。
 その時、自分はウミという存在と出会い、そして懸命に愛を伝えてくるあどけない少女にあっという間に心を奪われていた……。そしてその少女はこの男の娘だった。
 なんと言う偶然なのだろう。しかし、紛れもなく現実だ。そして、全ては自分とウミの父親の出会いの時から既に始まっていたのだった。

 バスルームの入り口のドアに凭れるように突っ立っていたのは、ウミではないが、彼女とよく似た柔らかな色彩、そしてまた違う揺るぎない意志を宿したまま果敢に散っていった、凛とした雰囲気を纏った一人の男だった。

 そしてこの目の前の男がすべての元凶でもあり、ウミを造り出した存在、ウミの父親が居た。

「何でお前がここにいる? ウミをてめぇはどこに隠した、」

 なぜ彼女の巨人体の中にこの男が眠っているのだろうか。
 この目の前の男には聞きたいことは山ほどある。どうして彼女は巨人になってしまったのか、どうして彼女は今エレンの中に取り込まれているのか、どうしてウミの中に潜んでいるのか。

 今にも振り下ろしそうな刃の先には今もジークの血が付着している。

 これまでの激戦により雷槍の直撃をくらい隻眼となり、指も失い視界も悪く、失血死寸前まで身体の内側の臓器から血を流し続けバランスも定まらず、膝をついてしゃがみ込んだらきっともう歩けなくなる。
 だから、自分はこのまま、立ったままウミの父親の話に耳を傾けている。

「あぁ。それは……隠していて悪かったな。俺の事を、俺が壁外から来た人間だって事を、全部隠し通して死んだ俺をお前が弔ってくれたことはちゃんと恩として感じているし、申し訳ないとさえ思っているよ。だけど、――俺達ジオラルド家は、この世には存在しちゃいけねぇ存在なんだ」
「違う、ウミはジオラルドの人間じゃない、あいつは、あいつだ……何一つ変わっちゃいねぇ、俺はあいつを取り戻しに来た。その邪魔をする奴は幾らお前でも容赦はしねぇ、ウミも、巻き込むつもりか……その古の呪いに引きずり込むつもりか?」
「言わば、言ってしまえばそういうことだな。ウミはお前のものでも、誰のものでもない――あの子はあの子だ。あの子の意思でこの世界から「巨人」を消す為、俺たちの一族は生まれた……言ってしまえば「巨人」の消滅とともに俺たちはこの世界から消える、存在しなかったことになるって事だ」

 元を辿ればジオラルド家の祖先はユミル・フリッツの三人の娘の1人ある。
 だから同じようにジオラルド家にもユミルの民の血が流れているのだ。
 マーレ側の人間としてかつて古の大戦時、初代ジオラルド家として名を馳せた存在。
 その存在をこの世にもう一度甦らせること、その為には女児の魂が必要である事。

「俺の魂に「始祖ユミル・フリッツ」を宿したまではよかったのさ。だが男じゃ駄目だからな、ムサイ男より可愛い女の子の肉体の方がお気に召すだろう? 始祖は」
「お前は……それだけの為に……あいつをこの世界に産み落としたと言う事か……」

 あの島に手を出せば「地鳴らし」の報復が待っている可能性を考えれば。同時進行で「始祖奪還計画」も「始祖再生計画」も進めればいいと。
 それならば島に手を出さずともこの世界に「始祖ユミル」をもう一度この世に復活させる。
 その為には自分たちの一族の中で実験を繰り返すしかなかった。
 これは秘密裏に進められた計画、口外すればどんなものも始末される。
 まるで以前のこの壁に覆われた世界の秘密のように。

「今すぐウミをどこにやったか教えろ、」
「それは駄目だ。いくら昔の馴染でも、お前が俺の娘の選んだ男だとしても、それだけは、出来ねぇ。あの子は、ウミは、マーレ人でありながらエルディア人に成りすました際にエルディア人の人間の子供を宿した罪に問われて処刑された哀れな女の魂をこの世に宿して生まれ落ちた存在。どちらの味方でもありながら、どちらからも見捨てられた哀れな初代ジオラルド家の生まれ変わりとしてウミをこの世に生み出した。けど、それでも俺はウミを普通の娘として、お前と結婚して幸せに……そう思っていたんだがな。俺たちと共にジオラルド家はこのまま消滅の同じ運命を辿るシナリオだ。そして、この世界から「巨人」が消える時、一緒に俺達も消えていく……つまり、お前の記憶の中からも……俺達は、ウミは、消える、」

 ドクン、
 リヴァイの心臓が再び嫌な音を立てて揺れる。
 今、この男はなんと言ったのか。
 ウミが、消える?
 この世から、完全に消えてなくなると言うことか。
 ウミが本当に自分のこの腕に抱くことは叶わず、もう二度と会えない場所へ、いや元から存在しなかったことになるのなら、自分は彼女を愛していた記憶さえも忘却の彼方へ消えてしまうと、この目の前の男は、そうだと伝えていると、言うのか。

「そんなに悲しむな。大丈夫だ、何も悲しまなくていい、俺たちは最初から存在しなかったことになる。お前たちが今「地鳴らし」を止めた後に――お前は本当に大切なものを失う……。いや、失ったことさえ、気付かない……その方が、幸せかも、しれないな。なぁ、リヴァイ、お前の為に。言ってるんだ。この先に行く事はあの子の願いを踏みにじる事になる、なぁ、俺は、」

「ウミは全部分かっている。道を通じて思い出したから。過去の、古の自分の記憶が全て蘇ってさぞや人間に絶望して、愛も失ったことを思い出したろう、それでも。お前に忘れ去られるとしても、お前の身体にアッカーマンの血が流れ続ける限りお前は戦うことを宿命づけられた一族、それ故にお前たちは滅ぶ民族でその血は子供たちにも代々受け継がれていく。だからこそ、俺はアッカーマンを利用することにした。アッカーマンの血が流れるウミを「始祖」は俺が死んであの子の精神に宿っても支配出来なかった。どうせ消えるなら全て終わらせて、あの島に平穏をもたらす為にエレンの声に耳を傾け、そして理性を保ちながらも島の人間を欺くとしてもそれを全て受け入れて、お前に恨まれてもいいと、お前に長く生きて欲しいと。そう願って「巨人」の力も、巨人科学の副産物から生まれた、巨人と同じ驚異的な、化け物じみた能力を引き出せるアッカーマンの力さえ全て何一つ残さずに消すことに決めて。だが、どんなときでも耐えて来たウミでも、流石にお前のあの姿に……耐えられなかったんだ」
「ウミ――……」

 俺は、生きている。今も、こんな情けない姿を晒しても、生き続けている。
 雷槍を食らって絶命したのはウミでは無かったのか?
 確かに、彼女の頭が吹き飛んだのを覚えている。激痛に魘されながら意識を飛ばし。そして、自分は意識を遮断した。そしてまた目覚めた時にはハンジがいて。

 それなのに、彼女はあの雷槍を食らって自分が負傷したのをてっきり死んだと勘違いして。そして壊れてしまったというのか。

「お前や家族や島の人間のためにと、エレンに従い、マーレに渡って。したくもないジオラルド家に代々資金援助してきたブ男と婚姻関係を結んだのに。その結果がお前のあの負傷だ。このマヌケ。お前はやらかしたんだよ。最後の最後で油断した、地下街のお前ならあんなヘマはしなかった、それにワインを部下に振る舞う事も無かった、お前のその優しさが俺は好きだが、それは仇となった。ジークを取り逃しただけじゃない、あの状態で雷槍をジークが引っこ抜かないと見越してあの罠をしかけてお前自身がお前の罠にハマってそれから全て崩れた。お前……そんな血まみれでもそれでもウミを取り戻すのか?」
「ウミは……いや、家族にも、島のあいつらにも、ウミの帰りを信じて待ってる連中が居る――」
「聞きてぇが……この先、「地鳴らし」止めた所であの子はもう止まらない。お前に何ができる? そもそもお前はアッカーマンの血が流れてる人間である以上は始祖ユミルとなったウミへ何ひとつ、干渉する事なんて、出来ない……始祖がお前の記憶を改竄できないように。俺たちと一緒に運命を共にするつもりか? そんなにお前は死を、お望みか? 仲間たちみんな死んで、さぞや寂しかろう、大義を果たして死ぬつもりか、最後は華々しく散ってみたいか――……ハンジのように」
「っ、言うな、」
「ハンジか、ペトラか、エルヴィンか、お前を、道の先、誰の元に送ってやればいい?」
「やめろ……」
「イザベル、ファーラン……「始祖ユミル・フリッツ」が存在し続ける限りかれらは一生終わらない道の中に囚われ、その魂が解放されることは無い……」

 いつの間にか、立体機動装置を装備したウミの父親がガスを吹かして一気に距離を詰めると、突然なんの前触れも無く全身ボロボロのリヴァイへ追い打ちをかけるように、襲いかかってきたのだ。

「ッ……」
「どうした? アッカーマンの力は。お前、本当に限界なのか?」

 これまでのリヴァイなら敵などいなかった。ケニー・アッカーマンと対峙した時のようにいなせたはずだ。
 この男にまで完全に自分は巻けている。なぜなら、殉職後、名誉副団長と呼ばれるまで上り詰めた男だが、それは立体機動装置の腕前ではなく、馬にさえ懐かれ愛されたその人懐っこい笑みとその人柄だったから。

「どうした? 俺を殺さねぇとこの先に居るウミには会えねぇぞ、」
「邪魔を! するな、時間がねぇ……そこを、退けよ」
「ジオラルド家の悲願なんだよ、巨人の力をこの世から消し去る……っ、それがもうすぐ叶う、ウミが果たしてくれる、そして俺達は消えていける、こんな遺恨さっさと、消し去るべきなんだよ、巨人も俺達も生まれちゃいけなかった……!」

 ジオラルド家に生まれた歴代の女児達は皆ウミという名前を与えられ、初代ジオラルド家のウミの魂を宿す。
 しかし、最初で最後の女児であるウミを死なせぬためにリヴァイを行かせるわけには行かないとウミの父親が立ちはだかる。

 今のリヴァイは雷槍によって負傷している。リヴァイの方がアッカーマンとしての強さや体力もあるが、体格も背丈も随分差のある二人、そして何より今のリヴァイは先程のジークを介錯し、アッカーマンに残された全ての力を使い果たしてしまった。

「俺を殺してみろ、リヴァイ……!」

 立体機動装置はからきしだが、対人格闘技においては負け無しだった男の渾身の蹴りを腹に食らったリヴァイの小さな体は思い切り吹っ飛んだ衝撃でリヴァイは新しい血を吐き出しその場に蹲る。

 しかし、リヴァイはここで引く気は無いと殴りかかってきたウミの父親の胸ぐらを掴みそのまま反転させる。
 立体機動装置では無く素手での取っ組み合い、男同士の殴り合いになりながらも藻掻きリヴァイは自分より何倍も上背のある男を床に抑え込んだ。

「違う……、ウミはこの先もこれからも、共にお互いが爺さん婆さんになっても、それまで生きて行くと約束した! 俺は、島を救うことが家族を救うことに繋がると、そう……。思い込んで、あいつに子供も家も押し付けたまま、金だけやればいいと……あいつの傍に居てやれなかった。アリシアが、俺の部下がまさか秘密裏に裏で根回ししていたことに気付かず、俺はあいつを島に居られなくさせた……。今その償いをする。すべては、家庭を省みなかった俺が招いた事だ……! だから、俺は、あいつを取り戻して、家族として母親として、俺の……たった1人の……伴侶を……愛する人だ……もう、二度と悲しませたくねぇ、魂に掛けて、心臓に誓う、一生をかけて償うつもりだ……!」
「そうか、なら……ウミのかわりにお前の命を――。今度はお前だ。ついにたった1人になったお前が最後に持ってるもの全部寄越せ、その心臓を――捧げろ」
「俺の心臓が欲しいなら、今すぐ、くれてやる……、ナイフがあんだろ、抉り出して持っていけばいい。あいつを子供達に返す為に必要なのが俺の心臓ひとつ、随分、安いもんだ。求めるならば、俺に託してお前はジオラルド家の遺恨と共に消えていけよ……


 ――「(……ウミ……。あぁ、どうすればお前に伝わる? もう俺の腕の中に居ないのに、抱き締めて離さないように、離れて行かないように、そう誓った。だが、もういないお前をずっと今も探してこんな体になってまで想いつづけているつもりだ。だが、もう……この声がお前に届いているかさえもわからねぇ。地獄の淵に身を投げて声の限りに叫んでも……この世界のどこかをさまようお前には……もうこの声は届かない……)」

 揉み合いの果てに力尽きたリヴァイは崩れ落ちてそして詫びるように頭を垂れたのだ。今まで、エルヴィン以外に屈したことが無かった男が、自らの意志で頭を額を床にこすりつけるように懇願した。
 無様な姿を晒し続け生き恥を晒してもそれでも、人類最強の称号などいらない位に彼女を求めていたから。

「俺は、……ウミに……何ひとつ、してやることが、出来なかった。母親も死んで、ケニーも居なくなり、そして地下で生きてきた俺をお前と過ごして少しマシに思えた、そして、お前と同じ目をした、ウミに出会った。ウミは違ったが、エルヴィンに勧誘され調査兵団へ入団するのと引き換えに、地上へ出たきっかけもきっとあの子なしに、俺達は壁の外の自由を知ることは無かった。いつどうなるかも分からない世界だ。そんな中で俺を必要としてくれた、誰よりも、愛してくれたのに、俺は、何もしてやれなかった。このままあいつが消えるのを見ていることは出来ねぇ……あいつとの思い出も、出会いさえも存在さえ俺の記憶から消させはしねぇ、何と、しても……だ……! だからせめて、最後にあいつを自由にしたい、もう何に囚われることもなく、自由なまま、どうか……」
「そうかい。お前、あんまり顔に出ねぇからわからなかったが、そんなにあいつを想ってくれているんだな……。俺たちの一族は「始祖ユミル」をこの世に存在させる為の呪われた一族……誰一人残すことなく、俺たちは皆消えるのに……お前は……お前だけは」
「消えねぇ、あいつとつないだ絆は、消させやしない、例え、もう二度とこの身体が動かなくなろうがあいつを連れ戻せるのなら俺の魂もひっくるめて連れて行け……カイト、俺を道連れにしていい、代わりにウミを、返してくれ……」

 雷槍の直撃を食らってから数日間の回復を待たずに変わり果てたエレンとの死闘、そしてジークとの決着。
 そして、最後に待っていたウミの父親との連戦でリヴァイ自身はかつて島の者達だけでは無くマーレでも恐れられた「人類最強」とは、かけ離れた姿で立っていた。
 既に満身創痍で、今にも膝をついてしまいそうに、その身体はボロボロだった。


「俺に勝てると思ってんのか? そんな身体で……散々これまで無茶してアッカーマンの力に頼ったのがお前の敗因だ」
「どちらかが死ぬまで、何度でも俺は戦う……」
「なら、かかって来いよ、力づくで俺の娘をモノにしたんなら、奪って見ろ」
「力ずくなんかじゃねぇ……例え、結ばれなくても俺は、ずっと、想い続ける……ウミだけを、愛して、愛された、それだけでもう、十分だ、」

 それでも、そんな姿を晒し続けても、求めたいただ一つの、何もかも失っても残されたただ一つの「希望」それだけを自分はどうしても、手放すことが。出来なかった。

 ――ジーク・イェーガー
 宿敵とも呼べる相手であるリヴァイ・アッカーマンに頭部を切断されその生涯を終える。よって、ジーク・イェーガーが持つフリッツ王家の力によって行使された「始祖の力」が失われた事により「地鳴らし」はその活動を停止する。

2021.12.18.
2022.01.30加筆修正
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