THE LAST BALLAD | ナノ

#145 血塗れの道標2日目

 あれは、ほんの少し前、数年前の出来事なのに。
 夢のようだったあの日々を思い起こさせるほど、鮮明に感じた。パラディ島に港が完成した。それは壁に覆われた世界で外には巨人しかいないと思っていた自分達にとっては大きな進歩でもあった。
 そして、そんな節目の日に自分は最愛の少女だった彼女と、結婚式を挙げ、皆の前で愛を誓った。

 純白のドレスに身を包んだウミは肌の白さも相まってとても美しかった。こんなにも美しい存在を自分は見たことなど無いと、本気でそう思った。
 誰よりも愛していた、彼女を引き寄せ、この腕に閉じ込めて思ったのだ。これでもう安心だ、これで、もう二度と離れることは無いのだ。と、噛み締めた。
 彼女と永遠にこの壁に覆われた島国で自分の生きて行くのだと、彼女がもう戦わなくてもいいように、そう、信じたあの日が今はただ、遠くて。



 ヒィズル国の人間を人質にとったフロックにより、すでに何人かがイェーガー派の手によって殺されてしまっていた。

「見て下さいよ、あの蒸気を。今日ほど歴史が変わる劇的な日は無いでしょう。ヒィズル国も勿論例外ではありません。文明の痕跡は跡形も無く消え去り、まっさらな土地に生まれ変わる。煩わしい事はもう何もありません。あなた方はただ、この島に貢献してくれれば良いのです。幸いにしてヒィズルの優秀な技術者がここにいるわけですし、ね? これ以上部下を減らしたくなかったらちゃんと言う事を聞かせて下さい」
「大変ご機嫌の所申し上げにくいのですが……一体何が変わったとお喜びなのでしょうか?」
「え?」
「これでパラディ島は安泰だとお考えのようでしたらお気の毒に。ただ世間が狭くなるだけのことです。相も変わらず同様の殺し合いを繰り返すことでしょう……」
「ご忠告、痛み入ります。確かにそのような気がしてきました。大事なのは身の程を弁えることでしょう。ヒィズルの技術など必要無い。飛行艇も航海術も我々の身の丈に合わない代物だと欲を断てば……不安の種は摘める。いいですか? 大事なのは、身の程を弁える事です」

 と、何と、フロックが今度はキヨミへ銃を突きつけ、脅したのだ。すると、突然フロックの耳に自分の名前を何度も連呼し、呼びかける声が窓の外から聞こえた。自分を探していたのはコニーとアルミンで、アルミンは「地鳴らし」を止めるために「車力の巨人」を追っている。フリをしていた。アルミンの十八番になりつつある演技力で自分達は「地鳴らし」を止めるべく海へ泳いでいった「鎧」や「車力」を率いたマーレを追いかけるために今すぐ飛行艇を飛ばせるようにしろと告げたのだ。

 馬でシガンシナ区から追ってきたと告げる2人を見てしかし、フロックは違和感を抱く。そしてその間にもアルミンとコニーは急いでで飛行艇の場所に向かう。が、飛行艇二は何と、すでに爆弾が取り付けられていたのだ。そして、運の悪い事に、そこには同じ訓練兵団卒の同期でもあり、トロスト区奪還作戦で多くの同期達を失ったが、その中で生き残りであるダズとサムエルが居たのだ。

「な、何だありゃ……ありゃ爆弾か!?」
「今すぐアレを取るんだ!!」
「海に逃げたマーレの残党をその飛行艇で追うんだよ!! 早く!!」
「待てって!!」
「落ち着けよ、二人とも!! 実は……イェーガー派でお前達がマーレとグルになってこの飛行艇を使って「地鳴らし」を止めようとしてるんじゃないかって疑いが……」

 既に自分達の行動は読まれていたと言うのか。心臓が激しく鼓動するアルミンとコニー。ここで無用な戦闘は避けたい、そう願うのに、動揺は止まらない。

「そっ、そんなことやるわけねえだろ!!」
「そうだよ!! だって、エレンは僕たちの為に「地鳴らし」を起こしたようなものさ!!「地鳴らし」を止めたらこの島はどうなるんだ」
「……だ、だよな……」
「お前らがこの島をまた危険にするわけないよな……」
「……当たり前だろ!?」
「よかった……お前らが裏切ってたら……どうしていいかわかんねぇし……」
「いいから早く……!! 爆弾を取ってくれよ!!「でもな……お前らなら敵国だろうと……エレンの虐殺を止めるんじゃねぇかって……そんな気もしたんだ……どうした? 起爆装置を外したぞ??」

 トロスト区奪還作戦で「超大型巨人」と遭遇した際にサムエルはサシャに命を救われ今の命がある。その当時寄りの縁である自分たち、だからこそ、自分達がエレンとどれだけ親しかったのかわかるだろう。その言葉を受けアルミンとコニーは飛行艇に取り付けていた爆弾を外してもらったのにどこかその表情はここではないどこかを見つめている。

「(あとは……フロックがアズマビトの整備士を素直に渡してくれれば……完成した飛行艇にどうにかして皆を乗せて……ここを去る。すべて成功すれば無用な血は流れない)」

 と、アルミンはこの作戦を思いつきそう、考えていたのだ。ひとまず飛び出ってしまえば、後はそれから考えればいい、ひとまずこの港勝ちで染まる事は回避できる、そう、思っていた。
 しかし、アルミンの思いとは裏腹に。やはり、フロックは確証は持てないままアズマビトの整備士とキヨミを人質から解放しないままアルミンたちを怪しんでいるようだった。

「何か……おかしいと思いませんか? 南へ逃げると分っている敵を追うなら機関車を使った方が早い馬を休ませながら移動するよりずっと。奴らがコソコソ動く理由は……イヤ、確証は持てない。やっぱり、不安の種は積んどくべきか」

 と、確証が持てないし信じられなくもないしかし、このまま不安の種の飛空艇を飛び立たせる技術者を見つめる限り、迷わずアズマビトの人間に銃を向けた瞬間、キヨミが動いた。フロックの腕を掴んでそのままヒィズル国に伝わる武道をお披露目したのだ。
 その拍子にならない筈の銃声が「二発」響いた。
 それを聞き、アルミンは青ざめた。失敗したのだ。と、そう思っていたのだ。

「ああぁっ!! クソッ……!! この女を、殺せ!!」
「無料(タダ)で死んでなるものか!!!」

 腕の関節をキヨミに極められたフロックが「殺せ」と命令したその瞬間、ガラスをぶち破って窓からミカサとアヴェリアが姿を現したのだ。
 蹴破った勢いでミカサは、そのままの勢いでイェーガー派の兵士を地面に叩きつけ、イェーガー派兵士はミカサの全体重の乗った蹴りの衝撃にその場で一回転をした!

「うああああっ!!」

 突然予想だにしていない場所から寡黙でいつもエレンの事以外には冷淡なミカサの派手な登場に不意を突かれたイェーガー派の兵士達。そこに後から姿を見せたアヴェリアが畳み掛けるように刃を振るった。面識のない兵士達相手にアヴェリアが活躍する限りかつての夢や輝ける時間を共にした同期達と敵対せねばならないミカサ達のためらいが増えれば増えるほど、どんどん「地鳴らし」は進み、間に合わなくなる。
 罪のない人間たち、生きとし生ける全ての者達が皆平らにされて死んでしまうのだ。生きた証も輝く歴史も何もかもが無に帰す、この島のパラディ島の悪魔の根絶を願ったばかりに、世界中の人が皆――。

「キヨミさん!!」

 キヨミを守らなければ。自分の遠い祖先でつながっているミカサが彼女を守るべくとっさにぶん投げた銃がかつての仲間の顔面にめり込んだ。ミカサは既に迷いはない、エレンに自分はまだ何も伝えられていないからだ。

「うぉおおおっ!!」

 腕を極められていたフロックはアンカーを射出、ワイヤーで窓から外に脱出し、キヨミの拘束から逃れると急ぎ大声で待機していた仲間達へ声を上げ叫んだ。

「敵襲!! ミカサ!! アルミン!! コニー!! エルディアを裏切った!! 殺せ!!」

 ミカサらが裏切ったことを仲間に知らせるフロックの声が響いた事で、サムエルとダズもやはり内心感じていた疑問が確信に変わったことで。解除した爆弾の起爆スイッチを再びセットしてしまったのだ。

 誰もが覚悟しなければならなくなった。
 かつて兵団内で港が完成した時に皆で喜びを分かち合った日も、鉄道開通式の夜も、全てが思い出となったこの場所でかつての仲間達と戦わねばならない。
 だれ一人残さず取りこぼさず、ミカサは戦う決意を固めた。

「窓から雷槍を撃ち込まれる!! 地下まで、走って!!(……始まってしまった。こうなってしまっては、もう……イェーガー派を殲滅するまでやるしか……)」
「ミカサ!! 俺が行く!!」
「リッ、リヴァイ兵長!? いや、人違いか!?」
「そうだ!! 俺はリヴァイの息子だ!! 俺を倒してみろ!!! こっちだ!!」

 若さだけの勢いで突っ込んでいくアヴェリア。リヴァイの冷静さは未だ幼い彼には到底足りないし目指す憧れ遥かに高い。挑発し、そして、ミカサがなるべくイェーガー派の兵士と戦わなくて済むようにと、選んだ険しい道を突き進む。
 アヴェリアの口からリヴァイの名前が飛び出しその名前だけが持つ威力を思い知るとアヴェリアはキヨミたちアズマビト家の技術者を守るべく駆けだしていた。
 迎え撃つ兵士達を倒す中、自分達と同じ調査兵団の団服であるコートで偽装したマガトが銃で援護し、地下へ促す。



 パラディ島に念願だった港が出来た時、彼女はまだ自分の腕の中に居たことを思い出す。
 愛し気に微笑む彼女が蕩けるくらいに幸せに満ち足りた笑顔を見せてくれたことがどれだけ自分を救ってくれただろう。
 彼女はいつも、いつだって、こんな自分の心を救ってくれた。そんな彼女の思いが今も自分を生かし続け、この命を繋いでくれた。

――「ウミ、俺と、もう一度結婚してくれるか」
――「よろしくお願いします。リヴァイ、」

「人から暴力を奪う事は出来ないよ。ねぇ? 兵長」

 ようやく身を起し、軽い歩行程度なら可能になったリヴァイはガビとファルコやオニャンコポン、そして先ほどマガトにエレンの侵攻の場所を教えろと腕をへし折られるまで拷問されそうになったイェレナ。
 呆然と避けられないかと願った。この戦い、しかし、結局は避けられずに自分達の行動を見破られ同じ民族同士で「地鳴らし」をさせて島に安寧をもたらしたいイェーガー派と「地鳴らし」を止めたい自分達の戦いは始まってしまった。
 呆然とその光景を見つめるリヴァイにへし折られた腕が痛むのか、だが、この成り行きを見届けるまで死にたくない、もし気が変わればエレンの向かった場所を喋るかもしれないと告げるイェレナを残したまま激しい戦闘は回避できる事も無く始まってしまったのだった。



「ダズ!! 止めろ!!!」

 フロックの伝達により、アルミンらの裏切りが判明するなり、ダズは飛行艇をぐるっと囲んで繋がれている爆弾を爆破しようと再びスイッチに手をかけたのだ。アルミンがやめさようとすると、サムエルに発砲され、止めようと説得したアルミンが撃ち抜かれてしまったのだ。
 アルミンも知性巨人の一つ「超大型巨人」を宿してはいるが、その弾丸はアルミンの胸、腹、顎を撃ち抜いた。

「アルミン!?「動くな!!!」

 倒れ込んだアルミンに駆け寄ろうとしたコニーだが銃で制され動けない。アルミンを撃ったサムエルが震える手で銃を構えたままこちらに銃口を向けている

「……サムエル」
「ダズ。早く飛行艇を爆破しろ。早くやれ、」
「サムエル……なぁ?」
「裏切ったんだろ? コニー……あの時死んだサシャと、エレンと、皆で話したのに。一緒に土地を増やして肉を食おうって……言ったのによぉ……ああっ、チクショウ……何て、こんな……同じ、仲間同士で……」

 とサムエルは銃を構えながらも涙ぐみながら2人が自分達を裏切りエレンの起こした「地鳴らし」があればこの島は平穏を守られると言うのに、エレンを止めるために自分達を裏切り、欺き、そしてこの壁を破壊しにやって来たと言うのにそんな敵の国など滅んでしまえばいいのに、彼らはマーレの残党と手を組んだのだ。

 マガトらの支援もあり、金接近だけではどうにもならずにアズマビトらを連れて地下に逃げたが、上空から次第にイェーガー派にじわじわと追い詰められていた。これでは袋のネズミになってしまうが、むしろ自分達が地下に逃げたのには理由があった。
 仲間が地下に逃げたことで、アニとライナーとピークが巨人となって思う存分暴れ回り戦うことができるようになるからだ。
 それぞれがそれぞれの役割を果たすべく行動を開始する。

 巨人化の雷が上空で光ったのを銃をコニーに向けたままのダズが気を取られた時、コニーが一瞬の隙を突いて思いきりダズに向かってタックルし、その一瞬の隙を逃がさずコニーは形勢逆転し、必死に銃を持ったサムエルを押さえつけようとする。
 押し問答が続く2人にサムエルがダズへ叫ぶ。

「ダズ!! 爆破しろ!!」
「サムエル……!!」

 その次の瞬間、三か所も撃たれ傷口を巨人の力で癒す間もなくアルミンが虚ろな目で爆破スイッチを押そうとするが、アルミンに思いきり伸しかかられ動けない。

「アルミン!! やめろ!! やめろよぉ!!!」

 誰もが泣いていた。殺したくない、こんな戦い、したくなど無かった。しかし、それは許されない、四人がかつて交わしたそれぞれの思いは、分かち合ったのは、訓練兵団からこれまで歩んで来て同じはずなのに、違えてしまった未来。

「裏切り者!! 何でだよ!? 俺達は仲間じゃないのかよ!?」
「お前達は仲間だよ!! でも……俺は――」

 泣きながら銃をこちらに向けたまま問いかけるサムエルの問いに答える前に、アルミンの眉間を撃ち抜こうとするダズを見て、銃を取り上げると、一瞬彼の脳裏をかつて共に戦ったベルトルトの言葉と、残像が過ぎった。

――「誰がッ!! 人なんか殺したいと!! 思うんだ!! 誰が好きでこんなこと!! こんなことをしたいと思うんだよ!! 人から恨まれて、殺されても……当然のことをした……! 取り返しのつかないことを……頼む、誰か……お願いだ……誰か僕らを見つけてくれ

「うあぁああああ!!!!」
「やめろぉおおおおお!!!」

 あの時の、自分達を裏切ったベルトルトの気持ちは今の自分達と、全く同じだった。そしてダズに撃ち抜かれようとしたアルミン、コニーがダズを撃ち抜き、そして、コニーは覚悟を決め、かつての仲間のサムエルに叫びながら、泣きながら、顔に向かって何度も、何度も弾丸を発砲するのだった。
 コニーが撃ち抜いたダズはアルミンの身体を滑り落ちそのまま海へ沈んでいく。そして、サムエルもコニーが放った弾丸を食らって絶命していたのだった。

 その上空、完全に回復したライナーそして四年ぶりの長い眠りから目覚めたアニ。2人が「鎧」そして「女型」へと変身し、周囲を巻き込む見方が居ないのを確かめ、イェーガー派と交戦していたのだった。

 地上でアニとライナーが巨人を殺すのに適した「雷槍」や最新兵器で対応する中、むかしのように多くの兵士を惨殺してきたアニでもかなわない。
 その間に急ぎ飛空艇の整備をアズマビト家の技術者にお願いしたいとの事だったが、なんと、ここに来て驚愕の事実が判明したのだ。

「今……何って……言った?」
「……ですから、通常は飛行艇を飛ばす整備に一日は要します……十分な設備さえあれば……半日で飛ばせてみせますが」
「半日だと……? それまでここを敵から守り続けろと言うのか……!? 敵はいくらでも増援を送ってくるぞ……数時間でしか保たない巨人の力でこの港を制圧し続けることなど……「間に合わなかった。「地鳴らし」の進行速度は……馬の駆け足よりも速いくらいだった。それも……障害物を無視して進むから……半日もあれば……巨人が上陸した海岸からおよそ600kmは……被害に……すべての大陸を踏み潰すまでには4日……掛かるだろう」

 誰もがハンジの言葉に、沈黙した。まして祖国がマーレで在りマーレに残してきた家族もいる中で、マガトが一番遥かにショックが大きいだろう。

「最善の手でエレンを止められたとしても……レベリオは既に……間に合わない」
「……そんな……飛行艇が飛んだところで……エレンの位置がわからない。時間はさらにかかる……そもそもここで半日持ち堪えることも……不可能だ……これは……」
「考えがございます」

 どう足掻いてももうレベリオの壊滅は免れない。故郷を奪われるのだ。絶望に暮れるハンジたちにキヨミがひとつの提案をした。

「ここより南のマーレ海岸都市オディハに、アズマビトが所有する格納庫があります。そこでも飛行艇の整備は可能です。すぐさま船で飛行艇を牽引したまま出港し、オディハにて飛行整備を完了する手があります」
「マーレ海岸? 距離によっては……これから「地鳴らし」で壊滅する都市じゃ……」
「オディハは「地鳴らし」より先回りできる距離にありますが、更に半日保つかは……賭けになります」
「賭け……」
「……何にせよ、ここで飛行艇を飛ばすことは出来ない。船に石炭はあるか?」
「は、はい、しかし、出港までに30分は……「15分でやれ!!! お前らが死ねばヒィズル諸共世界は滅亡する!!! 心して掛かれ!!」
「俺は兵長たちを呼んできます!!」
「私はミカサに知らせる!!」

 地上へ続く階段をかけのぼりながらそれぞれが立体機動で移動を開始する。
 各々が自分の役割を的確に伝え、残ったアヴェリアは自分に何が出来るか、自分の父親なら母親なら、何をするか。考える。

 ――「君の両親はどんな人にも分け隔てなく接し、手を差し伸べてくれた。本当に、君のお母さんが俺に触れたあの手の感触は忘れられないよ……こんな俺にさえ優しくしてくれた……あの子は……」
「(そうだろ、母さん……父さん!!)よし。俺が船までヒィズル国の皆さんを先導して守ります!!」
「全員、急いで行動する!! 頼んだよ!!」
「「了解!!」」
「アヴェリア!殿は俺がやる、お前に託す。頼んだぞ……」
「はい! マガト隊長……」
「俺は元帥だ、」

 キヨミ・アズマビトが提示したここから離れたマーレ大陸にある地「オディハ」は一応地鳴らしより先回りできる距離にある場所だ。
 しかし、そこまで船で逃げてそこから空を飛ばせる為の準備や整備に時間を要することになる。半日保つかは本当に賭けでしかない。
 しかし、だからと言ってここで立てこもっていたとしても巨人の力でどうにしのぎ続けている二人は今も雷槍や銃弾の雨を一身に受けている。どんなに無敵の巨人の力も、対巨人戦に慣れた精鋭であるイェーガー派の前では、四年前に多くの調査兵団の命を奪ったアニでさえまだ四年ぶりに目覚めたばかりで巨人化に不安定な状態でまるでもたない。
 どうあがいてもここで飛行艇を飛ばすことは出来ない。ならば早々にここを離れ、自分達に残されたのはこの作戦に全てを賭け、急ぎパラディ港を出港することだ。
「女型の巨人」に変身したアニは持ち前の蹴りで兵士達を翻弄するが、四年間眠っている間にパラディ島の文明も大きく変わり「雷槍」と呼ばれる新しい兵器に翻弄されていた。

「くらえー!!!」

 背後を抜かれ、うなじを守りながら戦うも不意を突かれて危うく雷槍が放たれようとした時、ゴッツという音と共に姿を見せ立体機動装置で駆け抜けて窮地を救ったのはかつてストヘス区を地獄の戦場へ姿を変え、エレンを巡って激しい争いをしたミカサだった。

「作戦変更!! 船で離脱し、大陸で飛行艇を整備する!! 乗船の援護を!!」

 ハンジから伝達を受け作戦を変更し、急ぎイェーガー派と戦う「女型」「鎧」の元へ駆け付け乗船の援護を呼び掛けるミカサ。要件を告げ、すぐに戦闘へ加わる。
 しかし、アニはその作戦変更に対し、大陸で迫りくる「地鳴らし」の率いる超大型巨人達が迫る中で整備など、出来るのだろうか。
 そんなことでエレンに勝てるの?か、自分の父が待つレベリオの元までたどり着けるの?だろうか、と内心渦巻く疑問に本当にそんなことが出来るのかと、最後まで信じ切れずに居た。

「今です!! 俺について来て!!!」

 マガトと2人でキヨミやアズマビト家の技術者を守る大役を任されたアヴェリア。自分が子供として先に飛び出せば狙わないだろうかと思っていたが、フロック達の前に出現し顔が割れた時点で狙い撃ちにされるのは分かっている。
 まして自分はアッカーマンの血を持つれっきとした父によく似た目つきを持つアッカーマン家の人間であり、父の問いかけの通りなら街が無いクコの身体に流れる副産物は覚醒している。

 今まで色んな苦難を潜り抜けてきたが、さすがにアッカーマンの血を持つ自分でも、この状況がまずい事は肌で感じている。
 アヴェリアは驚くほど冷静だった。そして、考える、いつだって反発し突っかかってそっぽを向いていたリヴァイの事を、本当は、自分は。その背中をいつか追いかけて越えてやると、内心、憧れていたから――。

「……!? アズマビトの整備士だ!! 殺せぇっ!!」

 そして、アズマビトが出てきたことで何かを察知したフロックが襲ってきた「鎧」「女型」の巨人を後回しにし、自分達にまた知らぬところで何か作戦を思いついたのだと、もう飛行艇にも船にも用はないと、全ての移動手段を奪うべく、そして技術者であるアズマビト家へ一斉に攻撃を開始したのだ。

「させねぇ!!!」

 着の身着のまま、急ぎ船に乗り込もうと走るアズマビトらをイェーガー派が対人兵器に切り替えつつ雷槍で狙うが、そこを遮る様にアヴェリアが飛び出し、同じように雷槍を撃ち相殺を狙い放つ。

「#bk_name_2!! むやみやたらに飛び出すな、冷静になれ」
「すみません、」
「リヴァイ・アッカーマンの息子ならどう行動すればいいかおのずとわかるはずだ。俺が付いているから心配しないで進め」
「よろしくお願いします!」

 背丈に見合わない巨大な兵器をアッカーマンの血を持つ怪力で撃ち放ち、大きな爆発が巻き起こる。

「アヴェリア! 行け!!」

 向こうの雷槍をこちらの雷槍で相殺させると言う無理矢理だがこの作戦しか思いつかない。あまり兵器の乱用はしたくないが、彼らの死だけは、何としても阻止しなければ。リヴァイとこれまで共に死地を潜り抜けてきた皆が自分を信頼し、この役割を与えてくれた。自分反何としても、彼らを船まで守り抜く。

 突き進むアヴェリアを援護するのはミカサやハンジ、そしてかつては敵同士だった「女型の巨人」「鎧の巨人」。殿を守るマガトに背を押されて臆せず弾丸の雨の中を突き進む。

「――この!! 売国奴がぁ!!(なぜアズマビトが出て来た!? 危険を冒してまでどこに……? まさか……船で逃げる気か……? 飛行艇をそのまま牽引して……マズいぞ……これは。本当に大陸で飛行艇を完成させるつもりなのか?)おい! ありったけの雷槍を持ってこい!! 奴らは船でエレンを殺しに向かう気だ!! 何としてでも船を破壊しろ!!! エレンが殺されればパラディ島は血の海に沈む!! 俺達は全世界から報復されお前たちの親も兄妹も子供も皆殺しだ!! 今一度人類に心臓を捧げよ!!!」

 ライナーが懸命に腕を伸ばして襲い来る弾丸や雷槍の雨を潜り抜けなければ船へたどり着けない危険を冒すアヴェリア達やアズマビトの整備士を守る盾になっていくが、もう巨人の力は使い果たしている。長くはもたない筈だ。
 フロックは仲間達を呼び掛け、シガンシナ区奪還作戦の時に自分達を死地へ導くように鼓舞したエルヴィンのように呼び掛け、真っ向から戦いに挑んでいく。

 身を乗り出した耐久力の無い雷槍をくらえばひとたまりもないアニが狙い撃ちにされた瞬間、その鎧の鋼鉄の力を持ったライナーが身を挺して庇う。しかし、雷槍とはそもそもそのライナーが誇る鎧の頑丈さに対抗するために開発されたものである。
 皮肉なことにその「雷槍」が自分達を追い詰めていくとは。

 フロックによりその思惑を見抜かれてしまい、ますます激化していく戦闘。この島を守りたい気持ちは皆かつては同じだった。
 しかし、だからと言ってこの島だけが永劫安寧を享受すること、それは避けたいと。船を守るため「女型」と「鎧」がイェーガー派と交戦するが、出航準備まで保ちそうにはなかった。
 ピークに連れられて離れた岩場から港へ運ばれてきたリヴァイ達が激しくぶつかり合うイェーガー派との戦闘を眺め港を完全に狙われ自分達が出向できないように船を破壊することに決め立ちはだかる二体の巨人を追い詰める中で本人の意思ではなく「顎の巨人」を継承したファルコが自分も巨人になろうとする。

「あれじゃ出港準備まで持たないぞ……」
「オレも……戦わなくちゃ」

 ライナーがボロボロに傷つく姿を見たファルコが悔し気に自分の無力さを噛み締めていた、しかし、今の自分はもうただの候補生じゃない、自分も戦士として「顎の巨人」を継承したのだ。
 しかし、ファルコの判断に待ったをかけたのは既に巨人体で何度も何度も変身して経験を重ねているこの状況でも冷静さは失われてはいない頭脳明晰なピークだ。

『それはダメ。初めての巨人化は上手くいかない。レベリオで見た筈、ウミ・ジオラルドがその通りだったでしょう? 暴れる巨人体からあなたを引きずり出すのは不可能』
「でも、このままじゃ……みんなが!!」
『私に任せて。私はあなた達を船に運んだあと戦闘に加わるから』

 雷槍の標的にされ、まるでハチの巣状態の無敵の強さを誇るマーレの戦士たちでさえ太刀打ちできない。ファルコは自分が継承した「顎」の使い手だったガリア―ド兄弟の戦いを思い出し自分はまだ不慣れで何の役にも立たないことに歯がゆさを抱いた。

「オレじゃなくて……ガリア―ドさんだったら……こんなところでウダウダ悩む事も無かったのに!!」
『ファルコ!!……先に、船に行く』

 ピークは走り去ってしまったファルコをいったん保留にし、ひとまずリヴァイやガビやイェレナ達を船へ送り届ける事にする。
 アヴェリアが懸命に弾丸の雨からキヨミたちを守るその真上を通過し、コニーはマガトに腹と胸と顎を先ほどサムエルに撃たれたアルミンを預けると、アヴェリアと共に戦闘に合流するべく戦いの覚悟を固めるのだった。本当の敵は居ない、味方のみ。その味方をこれから自分達は殺しに行くのだ。屍で出来た道を踏み越えた先で待つエレンへ追い付くために。

2021.11.23.
2022.01.30加筆修正
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