THE LAST BALLAD | ナノ

#142 導きの別れと5日目

 シガンシナ区の兵団支部に命からがら逃げ込み、助かったと思っていた者達に降り注ぐ本当の悲劇はこれからだった。
 巨人がこの島から掃討された後に兵士になり、これまで巨人と遭遇したことが無い兵士達は戦う事も出来ずに恐怖のあまり兵団支部に引きこもっていた。
 ジークの脊髄液でコントロールされていた兵団幹部の巨人達もジークがエレンに取り込まれた今、本能に突き動かされるがままだ。
 そして生きている人の気配に誘われた巨人たちは次々と建物を破壊して侵入してきた。

「うわぁああああああっ!!!」
「もう、駄目だ……」

 フロックにそそのかされるままに。今の時代に対巨人との戦闘訓練は不要だと切り捨てて、その古い遺恨であるキース・シャーディスを粛正した若い訓練兵達はこれまでの訓練を忘れ初めて目の当たりにした巨人たちに恐れをなしている。

 煉瓦をぶち抜き手を伸ばしてきた複数の巨人に掴まれたスルマは涙目で目の前で大口を開ける巨人に命乞いをするも理性をなくした人を食うだけの巨人が聞くはずもない。

「うわああああああっ!!! 助けてぇええ!!!!」

 と叫んだその時、突然その巨人のうなじにアンカーが突き刺さると、次の瞬間には上背のある丸刈り頭の長身の男がうなじをそぎ落として、巨人を仕留めて見せたのだ。

「巨人と対峙した際はただ腰を抜かしてろと教えた覚えは無いぞ!! 立体機動装置を着けろ!! まだ旧式が残ってる!! 私について来い!! 生き残りたい者がいるならな……!!」
「シャーディス教官……!!」

 自分達がかつて対峙した巨人が再びこのシガンシナ区を支配している。先ほど教え子に粛清という名のリンチを受けボロボロの傷だらけになりながらもキース・シャーディスはそれでも古い体制の自分と決別した教え子が巨人に襲われていると知るなり、旧式の装備でかつての調査兵団・団長の生き残りは再び巨人へと立ち向かっていく。
 かつてトロスト区の兵団本部が巨人によって囲まれた時、どうすることも出来なかった訓練兵団あがりの104期生だった自分達。
 今度はシガンシナ区の兵団支部の周りを取り囲む巨人たちを自ら戦闘に立ちかつて兵団幹部の人間だった者達を蒸気を放ちながら仕留めた。

「生き残りの兵は居るか!? 全員砦の最上階に移動しろ!! そこに巨人を集めて叩く!! ありったけの雷槍を運べ!! 俺達で何とかする!! ここの巨人を他所に生かせるな!! 巨人にされた仲間を思うなら!! ここですべて葬ってやれ!!」

 統率を失ったこの場所で、再び立ち上がったジャンを筆頭にミカサ達が砦を囲む巨人たちと戦っていた。
 生き残りの兵士達へ呼びかけながらジャンはありったけの雷槍を持って砦へ集まれと呼びかけていた。

「今だ!! 同時にやるぞ!! 撃てぇええええ!!!!」

 マーレ兵は既にほとんどの兵士達が巨人共によって食い尽くされていた。その肢体を踏み抜きながらどんどん迫る巨人達をキースが訓練兵団達を率いて導いていく。かつて何者にも慣れなかった自分の非凡を悔いて調査兵団の団長の座をエルヴィンへ譲り、今では新兵達を育てる側の人間として生きていたが、彼はキース・シャーディスとして訓練兵団の教官としてしっかり教え子たちを導く存在となっていた。

「シャーディス教官!!」
「お前は……」
「俺も加勢します!! 俺はアヴェリア・アッカーマン、リヴァイ兵士長と元調査兵団分隊長ウミの息子です!!」
「そうか……アヴェリア……! お前が、あの二人の……確かに言われるとよく似ているな。母親にも、父親にも、……どちらにも」
「……俺は、かつて父親へ大きな誤解をしてしまいました。父親がどれだけこの島の人たちを守ろうとしていたか、だからこそ簡単には踏み切れなかった。戦えなかった。今なら、父さんの気持ちが少しは分かる……。父親が背負った翼の重さはこんなものじゃないでしょうが……俺は、……」

 そして、本来、世話になるはずであり事前に母を通じて挨拶していた筈だった教官と再会を果たしたアヴェリア。
 新兵達の間を突っ切って目にも止まらぬ速さでシャーディスに追いつくと自分も先導して巨人を引き付けると告げる。
 その双眼の鋭さはかつて自分が対面し、実戦で見せたその強さに型破りな敬意であっても今は調査兵団の精鋭であるリヴァイと、かつて自分と共に壁外を駆け抜け巨人討伐に貢献したウミの意志を引き継いでいた。
 少年は立派な自由の翼が無くても大空を走る。

「やはり、お前の身体に流れる血が、戦いへと導くのか……? ウミ、お前はしっかり引き継いだんだな、次の世代へ、その魂を、アヴェリアへと」
「俺も……父さんや母さんみたいに、この壁の国を守りたいんだ。その為に訓練してきました、本当はあなたに従事したかった。調査兵団12代目団長そして、訓練兵団教官でもあるキース・シャーディスに」
「いいだろう、ならばこの場で見せてもらおう」
「はい、やってみます。母から教わった技術を、俺なりに。父親も、きっとここにいたらこうしてたと思うので」

 父から子、そしてまたアヴェリアに。親子三世代にわたって引き継がれる心臓、公ではなく家族へ捧げた心臓は確実にここに存在している。
 ここには居ないウミへかつての上官だった自分はその姿を重ねていた……。砦に集めた巨人達に向かって、かつての教え子たちが今では兵団組織をけん引して果敢に巨人たちと戦っている。自分は何者かになれたのだろうか、ジャンたちはかき集めた雷槍で一気に葬っていく。
 間違いない、キースが教えてきた事はしっかりと訓練兵団卒業生たちでもあるジャン達104期生にも刻まれている。

「来たぞ!! 全員退け!! こっちだ!! お前たちは戦わなくていい、砦まで引き付けろ!!」

 その砦の方向には雷槍を装備したミカサ達がいる。キースたちは巨人を砦まで引きつけ、兵団の生き残りの兵達全員が砦の上で待機していたのを見届けると、訓練兵達を安全な場所へ逃げろと促す。

「俺も残ります!」

 アヴェリアが残り先陣を切って切り込んでいく――。
 その姿は、紛れもなく先陣を切って恐れさえ感じさせずに我先に敵に切り込むリヴァイと同じ背中だった。
 今はまだ幼いがあと数年もすれば、父親の意思を引き継いだ頼もしい兵士になるだろう。
 もうこのまま「地鳴らし」が進むのならば恐らくもう調査兵団組織の役割は終わっているだろうが。
兵士はもう必要ない、残されたのはこの島を逃げるマーレの残党の排除だけ。
 キースの後に続いてガスを吹き旧式の立体機動装置で自由に飛び回る姿はかつて自分が共に壁外を駆け抜けたウミやリヴァイを思い起こさせた。ウミはよく話していた。

――「立体機動装置で空を飛んでいる間だけが、自由だった。どんなに過酷な時も、その瞬間だけが自分で居られる時間だったの。だからこそ、私は飛ぶの。誰よりも高く、誰よりも自由に」

 アヴェリアも無事に巨人たちを大勢率いて連れてくると、上を見上げれば雷槍を装備した兵士たちが待ち構えていた。

「ジャン!」
「アヴェリア! お前は下がってろ! 雷槍の爆発に巻き込まれるぞ!!」

 このまま上空から一気に全員で雷槍を見舞って、仲間達へ弔いの一撃を次々と上空からうなじへ向けて放つ。

「司令……!」

 そこには、四年前のあの日、トロスト区が巨人たちに支配された窮地を脱しその為に共に戦い導いてくれた自分達の恩人でもあり、かつて駐屯兵団の司令として名を馳せたピクシスだった巨人が砦をよじ登ってこちら向かって来ている。
 もちろん、理性を失い人を食う本能に駆られた巨人と化した彼にその声は届かない。

「ピクシス司令――」
 ――――「ワシが命ずる! 今この場から去る者の罪を免除する! 一度巨人の恐怖に屈した者は二度と巨人に立ち向かえん巨人の恐ろしさを知った者は、ここから去るが良い! そして――!! その巨人の恐ろしさを、自分の親や兄弟、愛する者にも味合わせたい者も!! ここから去るが良い!! ――四年前の話をしよう!! 四年前のウォール・マリア奪還作戦の話じゃ! あえてワシが言わんでも解っておると思うがの、奪還作戦と言えば聞こえが良いが!! 要は政府が抱え切れんかった大量の失業者の口減らしじゃった! 皆がそのことに関して口を噤んでおるのは、彼らを壁の外に追いやったお陰で我々はこの狭い壁の中を生き抜くことが出来たからじゃ! ワシを含め、人類全てに罪がある!! ウォール・マリアの住民が少数派であったがため、争いは表面化しなかった。しかし、今度はどうじゃ、このウォール・ローゼが破られれば人類の二割を口減らしするだけじゃ済まんぞ! ウォールシーナの中だけでは残された人類の半分も養えん!! 人類が滅ぶのならそれは巨人に喰い尽くされるのが原因ではない! 人間同士の殺し合いで滅ぶ!! 我々はこれより奥の壁で死んではならん!! どうかここで――ここで死んでくれ!!」

 ――「巨人が出現して以来人類が巨人に勝ったことは一度もない。巨人が進んだ分だけ人類は後退を繰り返し領土を奪われ続けてきた。しかし、この作戦が成功した時人類は初めて巨人から領土を奪い返すことに成功する! その時が、人類が初めて巨人に勝利する瞬間であろう……! それは人類が奪われてきたモノに比べれば……小さなモノかもしれん。しかし、その一歩は我々人類にとっての大きな進撃になる!!」

 ――「先ほど、駐屯兵団と調査兵団は同調していないと申し上げましたが。ひと言……、言い忘れてましたわい。あなた方にも同調していないと。ワシはこのエルヴィンと同じ思いを持ちながらも、結局はあなた方政府に任せる方が人類のためになるのではという迷いがあった。恐らくワシらよりずっと、壁や巨人に詳しいでしょうからな。もし、あなた方がより多くの人類を救えるのであればエルヴィンを処刑台に送ってもよいと思っておった。ワシら一部の兵士はここで命を賭けることにしたのじゃ。あなた方の意思次第ではここに至る反逆行為を白状し全員で首を差し出す覚悟じゃった。しかし…あなた方が自らの資産を残り半数の人類より重いと捉えておいでならば…我々が大人しく殺されとる場合じゃありますまい。たとえ我々が……巨人の力やこの世界の成り立ちに関し無知であろうと……じゃが、今あなた方が答えをくれましたわい。たとえ…巨人の力や成り立ちに関して無知であろうと、我々の方があなた方よりは多くの命を生かせましょう。人類を生かす気の無い物者を頭にしとくよりは……どうやら理解しておられぬようですな。これはただの脅しではない。クーデターじゃ」

 思えばトロスト区奪還作戦でも、クーデーターの際も、自分達のよき理解者として、柔軟な頭脳と厳格な風格で自分達に助力してくれたのは紛れもなくピクシスだった。
 ここまで自分達が生きてこれたのは彼の存在のお陰でもある。
 アルミンはそんなピクシスの頭脳に救われ、道しるべとしていた。だが、そんな彼の最後がまさかこんな形で終わるとは……誰もが思わなかっただろう。

「司令……ここまで僕たちを導いてくれたのはあなたです。ゆっくりと……お休み下さい……」

 その言葉を最後に、導かれここまで辿り着いたアルミンが放った雷槍は巨人となったピクシスのうなじに命中し、他の巨人達もミカサやジャン、アヴェリアの刃や雷槍によって討伐されていくのだった……。

 かつての仲間達を駆逐した、その輪の中には、ミカサに痛烈なまでの憧れを持って調査兵団へ進み改革に挑んだルイーゼの姿もあった。しかし、ルイーゼがほんの少し憧れであり、目指していたミカサに見惚れたその時、彼女は悲鳴とともに雷槍の爆発に飲み込まれて行くのだった。

 ▼

 あちこちから掃討された巨人共の肉体から蒸発する煙が立ち上っている。マーレ兵はほぼジークの脊髄液入りワインで巨人化した巨人達によりほぼ全滅まで追い込まれ、そのワインで巨人化された兵団幹部達無垢の巨人もジャンたちの活躍により討伐され、シガンシナ区の安全は確保されたのだった。

 そして、シガンシナ区だけでなく、パラディ島はエレンが呼び起こした「地鳴らし」により完全に襲って来る敵は姿を消した。
 ユミルの民ではないオニャンコポンはジャン達にエレンの脳内放送を聞こうとしたが、ジャンは疲れた表情で見ての通りだと見たままの景色をオニャンコポンへ見せる。
 故郷があるオニャコポンだが恐らくは、自分の故郷がある場所もエレンの「地鳴らし」で崩壊したウォール・マリアの壁から姿を現した巨人たちの大行進により何もかもが手遅れだろう……。ジャンの無言の返答が全ての答えだった。
 オニャンコポンからすればこの島の為にこれまで尽力してきたというのに、その見返りが、まさか自分の故郷が失われるという未来だとは。到底言葉にならないし、今更どうあがいても間に合わない。

 そこにフロックが現れると、ジークがエレンに敗北し、その力を失いエレンに支配されたと知る成り絶望に俯くイェレナの形のいい頭に銃を突きつけた。

「義勇兵を集めろ、全員拘束する」

 と告げ、これまでジークの脊髄液入りワインによってこの島を共に支配していた義勇兵たちは追い込まれ、フロックに提示された条件を呑むしかこの島で生きて行くしかない自分達へ残された道は無い。

 エレンが「地鳴らし」を起こすのを待っていたかのように、フロックは自らが台頭してこの島には平穏が訪れたのだと告げる。
 戦いは終わった、もう誰も血を流すことは無いと、壁外からこの島を睨んでいる外の敵たちやありとあらゆる連合軍も、文明も、人々さえも踏み抜き全て「地鳴らし」によって滅ぶんだと。

「フロック!! やめろ!! なぁ、一体誰がお前にお山の大将を気取ってほしいと頼んだ?」
「よく聞いてくれたな、ジャン!! みんな聞いてくれ!! 俺は10か月前エレンから今回の計画を聞いた!! ジークを利用し、始祖の力をエレンが掌握する計画だ!! 俺は仲間を集め、エレンの手助けをし、計画は今日達成された!! お前達義勇兵は指導者を失った!! 味方をしてくれる兵団の後ろ盾もな!! そしてお前たちは故郷をも失う!!「地鳴らし」によって全ては巨大な足跡の下だ!! お前達義勇兵がこの島に来て動機である故郷の復興の夢も失う!! それでもこの島でエルディア帝国の為に力を貸してくれるものがいるなら声をあげよ!! 我々は歓迎しエルディア人として迎え入れる!!」

 しかし、フロックの申し出に屈してたまるかとその言葉に反発した義勇兵を瞬く間に撃ち殺し、フロックはその言葉に対して誇りに死ぬことは無いと、屈してもいいと考える時間を与えるべく牢へ閉じ込めてしまうのだった。

「ジャン、俺はエレンの代弁者だ。エレンが島の外の問題を完全解決するなら、俺も島の中の遺恨を完全に消し去る。とにかく、俺達は4年前あの地獄を生き残ってようやくこれを手にしたんだ。これが何かわかるか? 自由だよ、もうお前らは戦わなくていい、好きに生きていい。なぁ、ジャン、お前は憲兵になって内地で快適に暮らしたかったんだろ? そうしろよ、お前は英雄の一人なんだから。もう終わった、だからもう昔のジャンに戻れよ。いい加減でムカつく生意気なヤローに」

 そうジャンに語り掛けるフロックに、ガビからコニーがファルコを連れて巨人に姿を変えられたまま今も生き続ける自分の母を人間に戻そうとするため、継承した「顎の巨人」の能力者であるファルコを食わせようとしていることを知ったアルミンは、ガビと共に後を追いかけることに決めた。
 それにより自分はどうすればいいのか、エレンを守ることを信条とするミカサも不安でたまらない中行き場所をなくして彷徨う中、階段を登ってくると、血を流して絶命している義勇兵、銃を構えたフロック、立ち尽くすジャンに一体何事だと問いかける。その後ろにはアヴェリアも居る。

「これは……ジャン、何があったの? フロック、リヴァイ兵士長とハンジ団長はどうしたの?」

 ミカサは確かめるようにそっと、一番聞きたくないが、聞かなければならない事をフロックへ訪ねた。
 未だに戻らない彼らはどこに消えたのか。と、聞かれた問いにフロックはごく当たり前のように、挨拶でもするような口調でミカサへ告げるのだった。

「残念ながら、ジークに殺された」と、
 その言葉を受け、ジャンもミカサも深い衝撃を受けるのだった。
 つい最近まで共に戦線を張り、同じ思いを掲げて自分達以上に仲間達を失った喪失に駆られながらも走り続けてきたあの幹部の二人が、今こそ誰よりも力を貸して欲しい彼らも死んでしまったこと、つまり残されたのは自分達だけ。
 これからは自分達がこの混沌と化す兵団組織を導き、率いらねばならないことに。愕然とその場に二人は立ち尽くすのだった。
 戦いはもう終わった筈なのに、なぜこの胸の嫌な予感は消えないのだろうか。



 危機を脱したキース・シャーディスに先ほどまで暴行を加えていたが、今は彼に救われた訓練兵の若き兵士たちはシャーディスを手厚く治療していた。
 シャーディスはもう自分がこのままではイェーガー派によって古い体制と共に自分も掃討されるだろう。と、告げる。

「イェーガー派が集結してこの砦を仕切ってます。早く逃げましょう、見つかったらまたどんな目に遭うか……」
「いいや、私の居場所はどこにも無い。兵政の中枢は先程うなじを削ぐなりして弔ったばかりだ。イェーガー派は民衆に支持され、この島の実験を握るだろう。私のような旧体制は払拭される他ない。人里離れた山で野グソして余生を過ごす気力も無いしな」

 全てを受け入れ、自分はここで残りの人生を終えるつもりでいるキースに反発したのは先ほど命を助けられたスルマであった。

「俺達は教官の助けが無ければ数時間前に死んでました。……何があっても俺達が教官を守ります!!」

 と、涙ぐみながら言うが、キースはその言葉を一蹴する。

「馬鹿者共が……私が何のためにしょんべん小僧共の足蹴を大人しく受けたと思っておるのだ……貴様らはイェーガー派に従い、決して背くな。せいぜいお前達が守れるものは自分の身くらいだ。このまま体制の中にいろ。……ただし、いつか立ち上がるべき日が来る……それまで決して自分を見失うな」

 と、おそらく最後である教官としての自分、調査兵団でありながら生きて退いたたった一人の団長は若き新兵達へそう伝えると、自らは逃げも隠れもせずにこの場で粛清される道を受け入れるのだった。



 壁の崩壊から命からがら逃げ延びたピークはシガンシナ区から離れ、「地鳴らし」の行進に巻き込まれぬようにウォール・マリアの崩壊した壁の領内にあった巨大樹の森付近へと逃げていた。
 マガトを乗せて変身を解かずに駆け抜け、帰っていく飛行船を見てピークは恐らくはもう、マーレに自分達が急いで帰ってもエレンが呼び起こしてしまった幾千もの巨人の前に大地と共に踏み抜かれるだろうと、どこか非現実的なこの光景をどこか俯瞰で見つめていた。

「あの進路と速度から考えると、撤退船はあのままマーレに戻るようですね。「地鳴らし」の発動を見て我々マーレ軍の生存を絶望視したのでしょうか」
「いいや……賢明だ。これでいち早く本国に事態を知らせることができる。アレに踏み潰されるまで待つよりずっといい……」
「……しかし、もう……これではなす術がありません。アレを止める策は……何かお有りでしょうか?」
「……無い。ただ……最後までみっともなくもがくまでだ」

 空を見上げ、島に取り残された自分達はこのまま祖国が滅びるのを黙って見ているしかないのかと、ただ足掻くだけだと呆然と帰っていく撤退船へ思い馳せる事しか出来ない。
 マーレ軍のシガンシナ区への奇襲作戦はとうに失敗どころか、今度は自分達の国が危機を迎え、もう生きて祖国の地を踏むことは恐らく叶わないし、叶ったとしてももう父親には会えない、残されたのは全て踏み抜かれた大地だけ。

 もう間に合わない、これまで戦い続けてきた自分達はこの景色を見せられ絶望していた。
 この景色を見せられる為にこれまで必死にマーレの為に寿命を縮めて戦っていたのかと。残されたピークは絶望に暮れていた。
 肝心のマガトでさえもこの先の指針を決められずに居て、既に撤退し残されたのは自分達マーレ残党だ。
 すぐに追い詰められてこの命は寿命を待たずともすぐに刈り取られるのだろうか。

 すると、突然、背後から小さな声で「あのー」と遠慮がちに呼びかけ近づいてくるやたら明るい声、そして気配を感じた。
 残党である自分たちに新しい追っ手が来たのだと即座に変身を解かずに姿を保っていた「車力の巨人」の肉体に再び潜り込んでピークが臨戦態勢を取るが、そこにいたのは命からがらリヴァイと共にイェーガー派から逃げてきたハンジだった。
ハンジは襲ってきた巨人体ピークに慌てて両手を広げて武器が無いことを証明したまま、

「ちょっと待って!!!」

 と伝え、今にも噛みつこうとした彼女を宥める。

「とりあえず食べないで!! こちらには何の武器もありません!! え? あっちに誰かいる? ご安心下さい。あれは……人畜無害の死に損ないです」

 と、ピークは再び巨人体から本体を見せる。
 ハンジのさらに後ろには一頭の馬。何か荷台を引いているのが見えて、自分たちが何があるのかと聞く前にべらべらと喋り出す。
 そして、親指でハンジが示したその荷台には、なんと、傷ついた体を休ませるように眠り、顔に包帯を巻いた始祖奪還作戦において一番の障害であったパラディ島の脅威・リヴァイの姿があったのだ。

 ハンジに起こされたリヴァイがゆっくり上半身を起こすと、まだ完全に回復には至らないのだが、やはりその血に流れる血が彼の傷を癒し始めているのか回復力が巨人並である。
 リヴァイは静かに言葉を発した。

「俺の目的はジークを殺すことだ。そして、ジオラルド家の令嬢はこの島では俺の妻だった。彼女をエレンに捧げたことを許したつもりは無い。この腕にもう一度取り戻す。あれを止めることはあんた達とも利害が一致する。――テオ・マガト。ピーク・フィンガー」

 と抑揚のない声でそう伝えると、マガトがリヴァイに向き直り、リヴァイへ問いかける。

「リヴァイ・アッカーマン。「九つの巨人」に引けを取らない強さを持つらしいが、そのザマでどうやって俺の弾丸を避けるつもりだ?」
「弾は避けられない。だが、このザマを敵の前にみすみす晒した。俺を撃つか、俺の話を聞くか、あんた達次第だ」

 雷槍の爆発に巻き込まれて傷ついた体を敵にさらけ出し、恥もプライドも誇りも捨てて、それでもリヴァイは自ら進む。
 己のが招いた負傷。不甲斐なさを恥じながらも突き進む、全ては最愛をもう一度この腕に取り戻す為に、這いつくばってでも。
 必ず、果たすと、愛する存在をこの腕にもう一度抱き締めたいだけ、それだけ。
 たった一人の存在を、守りたいと望む。そして生きて来たこの世界を二人で、そして二人で築いてきた家族という絆をもう一度取り戻したい。
 隻眼の真剣なまなざしを受けたマガトはリヴァイへ銃を向けたまま問いかけた。

「では、撃つ前に聞こう。ジークを殺すと言ったが、奴は今どこにいる?」
「おそらくは王家の血を利用するため、エレンに取り込まれている。ジオラルド家のご令嬢と共に、彼女も。「始祖の巨人」の中だ」
「巨人博士のハンジさんなら何でもわかるようですね、我々マーレよりも……。その「始祖の巨人」はご覧になられましたか?」
「とてつもなくデカくてどうにもならなそうなことはわかってる。だから、我々はやるしかないんだよ、「みんなで力を合わせよう」ってヤツを」

 ハンジは突き進んでいく巨人たちの行進を見上げ、この島は「地鳴らし」の恩恵を受けたのだと実感し、これまで島の防衛の為に戦い続けていた自分達へすべての憎悪を向けていた敵の国は皆その島へ憎悪を向けた天罰を受けるのだと、これから踏み抜かれるのだろうと。

 この島以外の大陸も文明も、人々が全て消えたとして、自分達はもう戦わなくてもいいし、これから先この島が脅威にさらされる事も無いのだと知る。
「安楽死計画」というヒストリア女王が犠牲となる方法も必要はない、緩やかに自分達の文明はこれからは栄えて行くのだろう。
 他の大地を全て踏み抜く事で。
 しかし、それはつまり自分達だけが自由を約束され、他の文明は全て滅んでもいい事だろうかと、いや、それは違う、ハンジはエレンを止めようとしていた。
 このまま島の自分達だけが生き延びて他の国の人間たちが滅ぶなど、虐殺を肯定することをこれまで多くの仲間達を失い続けてきたハンジには到底出来なかった。
 だからこそ、ハンジは決意したのだ。もう自分は団長でもなんでもない。かつて憧れていたエルヴィンの前の団長でもあったキース・シャーディスの言う通り自分達が排除したように、今度は自分たちが新しい島の勢力たちに排除されるのだ。
 それならば、もう誰も傷ついたり悲しむことがないように。
 どんな理由があれど、エレンの自分たちの島以外全て滅ぼすことに対して賛同しかねる。
 到底許されることではないし、それではこれまで戦い公に心臓を捧げ死んでいった者達はどうなると言うのだ。
 マーレの残党でもある二人と手を組んで、この虐殺を止める事を。ハンジは誓った。
 そして、引き裂かれた家族の形をリヴァイへ、エレンに取り込まれたであろうウミを取り戻すことを。

2021.11.09
2022.01.30
2022.04.16加筆修正
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