THE LAST BALLAD | ナノ

Side.L Malefics

「人類最強」と呼ばれるこの男の刃を誰が止められるというのだろう。彼の気迫と底なしの圧倒的な力を身を持って痛感させられるだけだ。その通りに彼から放たれた殺気に誰も身動き一つとれないで足に釘を打たれたかのように動けなくなる。

 分かっている、今ここで挑発に乗り彼を殺すなど、絶対に許されない事なのだ。
 先程から平行線をたどるばかりの会話の中、彼が自分を煽っていることくらい。リヴァイが振り上げた刃をピタリと止め、強く唇を噛み締めた後、一瞬の間の中で、どうにか感情を押さえつけると再びゆっくりと腕を下ろした。

「そんなに怒るなよ、ちょっとからかっただけじゃない」
「いいか。二度と、冗談でも口にするな、二度とその名を呼ぶな、その口にちょうどこれ(ブレード)を収められたくなければな」
「あぁ、そんなマズイの、勘弁してほしいね……」
「とりあえず、お前はここに居ろ」
「分かりました。ただ、あんたらも……いつまでも時間があると思っているなら、それは間違いだと伝えろ」
「それだけは同じ意見だ」

 異なる二人の唯一の重なった意見。時間はもう無い、リヴァイの激高に初めて目の当たりにした部下も多い、怯えているその目にブレードを鞘に納めて安心させるべく落ち着くとようやく一瞬ざわめいた森に静寂が訪れる。

「リヴァイ兵長……!!!(ダリス・ザックレー総統が、何者かによって殺されました)」
「何?? それは本当なのか?……」

 元の平静のリヴァイに戻ったのを確認してそのタイミングでジークに聞こえぬ音量でそっと耳打ちされた言葉に、リヴァイのまだ残されていた怒りの燃えカスが沈下する程の衝撃。
 眉間に寄せていた顔つきを一瞬緩めて見た目からは表情の変化が乏しい男でも困惑の表情へ変えた。
 ジークは全て最初から悟っていたかのように、薪の向こう側で対面するリヴァイの驚いたその表情をじっくり眺め、また用意されたコーヒーを飲み干すのだった。
 時が来たのだと、一人、悟りながら――……。

 突如として舞い込んできた報せ。それは忽ちリヴァイの怒りを鎮めたかのように見えたが、それはまた別の判断をリヴァイに委ねることになる。そして待ち焦がれていた機会が訪れたのだと。リヴァイ達はジークの耳に届かない場所、巨大樹のはるか上空へ立体機動装置でしか行けない場所へリヴァイと共に移動し、ジークに聞こえないよう細心の注意を払いながら今後決まったことについてリヴァイに説明していた。

「ザックレーが殺された?」
「はい。今、壁内は実質的にイェーガー派によって支配されています。すべてはジークがエレンやイェレナを介して実行した……一連の工作ではないかと考えられています」
「それで?」
「近く、イェーガー派の要求通りエレンをジークの元まで案内する手はずとなっております」
「ピクシスが……降参するだと? おとなしく従うって?」
「お察しの通り、あくまでも司令は堅実な構えです、」

 そして、自分宛てにこの伝令が届いた事でリヴァイは即座に状況を理解し、そして、思いとどまるのだった。

「エレンを他のヤツに食わせるつもりなんだろう。俺たちの手で」
「……そうです」

 それは、これまで大事に守って来たリヴァイの脳裏に次々と浮かび上がる情景、マーレの写真フィルムに焼き付けられたかのようにスローモーションのように、流れていく。
 夕闇染まるトロスト区でエレンとの出会いから、自分がエレンの監視下に置くことを命じられた。
 そして、内なる敵をおびき寄せた。その際、この森で起きた今も忘れ得ぬむごい惨劇。エレンを守る為「女型の巨人」と戦い散った翼、無残な自分の腹心の部下たちの物言わぬ壮絶な最期、自分が足を負傷した際、正体を現した「超大型巨人」「鎧の巨人」の本体に敗れエレンが連れて行かれた時も急ぎ兵力を集めエレン奪還作戦へ乗り出しそのほとんどが死に、エルヴィンも隻腕となり、多くの兵士が犠牲となりそれでようやくエレンを命からがら連れ出し。
 そして、シガンシナ区決戦でも自分が「獣の巨人」真下の因縁の相手を奇襲すべく名もなき新兵達とエルヴィンが尊い犠牲となり、それでもそれがこの島を救う存在となるエレンを救う事が仲間達が捧げてきた心臓に報いるためだと言い聞かせて苦渋の決断をこれまで下して守り抜いてきたエレンがこんな形で――。

 そして、そんな時も、どの瞬間にも、居合わせたが、それでも生き残っていたウミ。彼女さえも、最初から……。

「チッ……、(これまで、エレンの命を何度も救った。その度に何人もの仲間が死んだ。それが、人類が生き残る希望だと信じて……。そう。信じた結果がこのザマだ……。まるでひでえ冗談だな、俺たちが見てた希望ってのはいったい何だったんだ……? あの死闘の結果がこの茶番だと?

 エルヴィン……
 ミケ、
 クライス、
 ペトラ、オルオ、グンタ、エルド……皆、死んでいった奴らの死を無駄にしない為にこれまで戦ってきたのは一体なんだったと言うんだ、)

 再び落ち着いた筈のリヴァイの怒りは底知れなかった、とても言葉にならない怒りに支配され。これまで仲間達が、何のためにこれまで死んでいったと言うのか。自身の顔を覆うとリヴァイは抑えきれない怒りに声を震わせ、普段どんな時も平静な男の声に部下たちは彼の気迫に圧倒されていた。

「…………ふざけるな…………冗談じゃねえ。巨人に食わせるべきクソ野郎は他にいる……!!」

 リヴァイの静かな怒りに震える兵士達を差し置いてリヴァイは静かに告げた。
 ピクシス司令の狙いは降伏した振りをしてエレンを殺害し、エレンが持つ巨人を別な人間に移すことだが、リヴァイは己の顔を覆い髪をクシャリとかきむしると、それは出来ないと、拒否反応を示し、そして真下のジークを睨みつけた。

「ど、どういうことです??」
「ジークの「獣」を他のやつに移す。「イェーガー派」とか言うのを一人でも捕らえて巨人にし、ジークを食わせてやれ……。そして、ヒストリアが覚悟した通りならそいつを食ってもらう。もちろん数か月後の出産を待ってな、」
「な……!? 未だ女王陛下は出産の時期ではないのですよ!? その待ってる数カ月の間に敵の総攻撃をくらえばエルディアはおしまいですよ!!」
「そもそも、無事に出産できるとも限りませんし」
「こちらから再びマーレに仕掛けて敵の攻撃を遅らせる事も出来る。無茶は承知だがここが勝負どころだ。これ以上奴の思い通りにはさせねぇ。ウミとエレンが本当にジークに操られているのか知らんが、ジークさえ失っちまえば。連中はおしまいだ。ピクシスにそう伝えろ。行け」
「本気ですか、兵長……?」
「やつの手足でももいでおけば、じいさんも腹くくるだろ……!」

 リヴァイは自身の判断と責任でエレンを喰わせるその代わりにジークの「獣」を他の人間に移し、最終的にこのままヒストリアに継承させるべきという考えを下したのだった。それを断固反対していたエレンの気持ちをリヴァイはもう汲んだりはしなかった。
 ヒストリアの覚悟の通りに、この島を存続させるための誰よりも非情なるかつての部下を犠牲にする道を、これまで幾度も悔いなき選択を繰り返してきた男は下した。

 そんな樹上の上で自分のこれからの未来が話し合われている中でもジークは静かに聞いているのか聞いていないのか、相変わらずの読めない男は無言で読み慣れて手に取るようにわかる文章へとそっと、目を向けるのだった。
 どうやら決まったらしい、上空から降ってくるように降りてきたリヴァイがジークに話しかける。

「読書は楽しいか?」
「面白いよ。7回も読んだ割には、」
「俺たちの会話が気になって集中できなかっただろ?」
「7回も読んだ本に熱中しろってか? ところでワインはもう残ってないのか?」
「一月もここにいるんだぞ。一滴も残ってねぇよ」
「まったく……。はぁあああ……ひでぇ拷問を考えるもんだ……」
「読書を続けろ、」
「了解だ。ボス」

 ジークにそう言い残し、背中を向けて歩き出すリヴァイは周囲を見渡し全員が準備をし、いつでもジークを取り囲める用意が整ったことを確認してようやく、抑え込んでいた刃を振るえる時が訪れたのだと、噛み締める。

「(ピクシスの返答がどうであろうと奴を切る。完全武装の兵士が30名。この森を上から囲んでいる。獣の巨人になろうと、奴に逃げる術はない。やはり髭面野郎は俺たちの敵だった。それが判明した時点で、人質に手足をつけとく理由はねぇよな………。
――長かった。エルヴィン……。あの日の誓いをようやく果たせそうだ。お前たちの「死」には意味があった。それをようやく……証明できる)」

 確信をもって、ジークへもう一度リヴァイが振り返ったその時だった。
 風にあおられた本、そのままめくれていく頁。さっきまで言われた通りに読書を続けていた筈のジークの姿が消えていた。
 気付いた時には、ジークは既にこうなることを予測していたのか、リヴァイたちの会話が聞こえていたのか、おもむろに走り出して自分から距離を取るかのように離れると、

「うおおおぉおおおおおぉおぉおぉぉおおお――!!!!!」

 と、周囲を揺らすような雄叫びをあげたのだ。彼が突然訳もなく叫ぶはずがない。

「オイ……!」

 辺りを眩い光が夜の闇をも照らし、その瞬間、ジークを共に見張る自分の率いる30人の調査兵団の精鋭たちが一斉に巨人化したのだ!!!
 リヴァイの顔を吹き抜ける風が驚愕に顔を青ざめ立ち尽くすリヴァイを吹き抜ける。その瞬間、リヴァイの腕が痺れたように震え、硬直が溶けたその瞬間、自分の命令を受けて木の上で待機していた兵士たちが光に包まれて衣服が解けたと同時に巨人化して樹上からどんどん、それはまるで雨の様にリヴァイへ降り注いだのだ!!!

 この島は既に掌握されていたのだ。イェレナ達がこの島に上陸する前よりも先に。大量に積み込まれたワイン。赤い美しいブドウの香りに包まれて、まさかそんなワインの中にジークの脊髄液が含まれているなど、味もしないのに分る筈が無い。
 自分達の義勇兵と築いてきた絆さえもをジークは利用したのだ。そして、リヴァイの部下への優しさをこの一か月間近で見てきたからこそ、行動を起こしたのだ。自分を殺そうとまるで怒りを体現したリヴァイの目つきを同じくマーレで戦士長として経験を積んで来たジークが見抜けない筈が無いのだ。
 ジークはリヴァイの部下思いの優しさに付け込んだ。もしこれが、エルヴィンだったなら、絶対にこんな状況下で敵国から持ち込まれた食品など、きっと口にする事を許可はしなかった。
 完全にリヴァイはジークの策略に嵌められていたのだ。

「お別れだ……兵長。部下思いのあんたのことだ。多少大きくなったぐらいで、何にも悪くない部下を切り殺したりなんかしないよなぁ??」

 ジークは彼が追いかけてこないように、自分の脊髄液で操る巨人の手のひらに乗り、急ぎこの森を抜けその先にあるエレンとウミとの待ち合わせ場所のあるシガンシナ区へ向かう。
 彼女の咆哮が聞こえたからきっと彼女も向かっているだろうし、エレンも脱獄した。
 さぁ、自分も巨人の雨に巻き込まれる前に。走り去っていくジークを見つめる目がひとつ、そしてジークの脊髄液を口にした大小さまざまな巨人達が次々とリヴァイを捕食対象とみなし集まってくる。
 リヴァイは急ぎ立体機動して上空へと飛びあがる中で変わり果てた、先程まで会話していた部下たちが次々醜い巨人となる中で自分がこの森に来てからワインを飲むことを許可した事実に仕組まれていた陰謀に、ただ、ただ、愕然とした。己の無力を、呪いながら……。

 ――「ワインだと……? どうして任務中に酒がいる?」
 ――「兵長!! これは憲兵の連中しか飲めなかったマーレ産の希少なやつなんですよ!!」
 ――「少しくらい、楽しみがないと……!!」
 ――「紅茶があるだろ……」
 ――「「兵長ぉおおおぉ〜〜!!!」」
 ――「めんどくせぇな……。いいだろう。持っていけ」

 あの時、自分が下した判断が、間違っていた。確かにそうだ、よく確認もせずにワインを部下たちが飲むことを許してしまった。今更悔やんでも、もう仲間達は戻って来ない。確かにそうだ、この森に一か月間も風呂も無しで、確かに娯楽が欲しいだろう、自分と一緒に耐えてくれている仲間達にせめてもの、自分なりの労いだった。だから任務中なのにもかかわらずワインを飲むことを許してしまった。
 リヴァイは悔し気に唇を噛み締める事しか出来なかった。

 そして、またある一つの確信を呼ぶ。
 自分も、ワインを口にした筈だ。
 それなのに、どうしてジークの「叫び」を聞いても、人の姿を、しているのか。
 だとすれば、

「クソッ!!(ジークの脊髄液がワインに……いつから仕込まれていやがった……!? 体が硬直する予兆はなかった。嘘だってか??)」

 その時、木の下から少年の悲鳴が上がった。間違いない、その声は、先ほどまで涙ぐみながら自分と和解してくれた大事な大事な息子の存在。

「うわああッ! 父さんッーー!!」
「アヴェリア!! 逃げろっ!! クソッ!!(こんなタイミングで森に呼んじまったばかりに!!!)」

 まるで「顎の巨人」のような素早さで木を駆ける速さで登り圧倒的なスピードを誇るリヴァイでさえも追い詰めていくジークの脊髄液を呑んだ兵士たちの巨人はあまりにも通常の奇行種や通常種以上の素早さでリヴァイを追い詰めていく。早くしなければ、大事な息子が自分の目の前で食われる、いくら彼が戦士候補生としてマーレに潜伏していたからと言って巨人を相手に戦ったことは無い筈だ。自分が一番巻き込みたくなかった最愛の息子の存在。だが今こうして巻き込まれてしまったことに対しリヴァイはただ、ただ、彼へ逃走を促すことしか出来ない、だが、息子の元へ行くにも猛烈なスピードで自分を捕食対象とみなして襲ってくる巨人たちをやらねば。

「(クソッ、速えぇ……! 動きが普通じゃねぇ。これもジークの仕業か……!!)」

 手を伸ばして木を登りながら何処までも追いかけ続ける巨人を左右に蛇行移動しつつ翻弄するリヴァイ。そのまま反転して木を蹴るとそのまま下へ移動したその時、堕ちていく自分の進行方向の先で手を広げて掴もうと手を伸ばしてきた巨人の手が視界に飛び込んで来た。
 迷うな、迷っている場合ではない!!!
 リヴァイはジークに振るうべき刃を、巨人に変えられてしまった部下たちへ向けそして、掴まれる寸前で身体を回転させ、その遠心力で一気に双方のブレードで巨人たちを斬り裂いた!!!
 バラバラに散らばる指と飛び散る巨人の返り血に染まる頬、その時巨人と目が合う、そしてその目が合った巨人は、腹心の部下のバリスだった。一瞬見えた顔に険しかった顔がほころぶほどリヴァイは彼を信頼していたし、彼も自分と同じ刈り上げにしたり、と何かと自分を慕ってくれていた。かつてのオルオのように。

「(……バリス……!!)」

 その巨人の顔にかつての部下の顔が重なったその瞬間、大きく開かれた口が自分を丸呑みしようと一気に口を開いた!! すこしの気のゆるみさえも許されない、リヴァイは即座にガスを蒸かし彼の上空へ飛び、とにかく、あらゆる角度から大口を開けた巨人が迫る、うなじの方向へと、リヴァイは体を捻って口から逃れるように後方へと飛ぶ。

「まだ……そこにいるのか……お前ら……」

 自分の落下地点に向かって、自分を慕うかのように、続々集まる元人間で自分の部下で会った兵士たちの慣れの果て。所詮自分達の正体は巨人に慣れる民族。
 木々に囲まれ、かつて自分達の部下が死んだ場所でまたも自分は自分達よりも若い身空の兵士達を――。
 絶望の景色の中、リヴァイは静かにその中心から重力に従い、堕ちていく身体。

「父さぁあああん!!!」

 夥しい数の巨人に囲まれ泣き叫ぶ息子、初めて対面したわけではないが、巨人がもたらす甚大な被害を戦争で利用されているのを目の当たりにしているからこそ、恐怖で逃げ惑う事しか出来ない、マーレでは馬と接する機会もなく、まだ少年の彼では馬の扱いどころか、どうすることも出来ない。二本足で走って逃げた所で、すぐに追いつかれる。
 リヴァイの目が虚ろに部下たちを見つめる、そして、決意を込めてその双眼が伏せられた刹那、姿が消えたと思った次の瞬間には一斉にリヴァイの手により巨人たちの身体が四散していた。

 ジークは自分が仲間達だった巨人を殺せないと、自分がこれまで見せてきた部下たちへの態度でリヴァイが不器用で愛想も無いが、その言葉の端端からは確かに見せた優しさを理解し、そして利用して自分を追って来させないようにした。
 だが、それは大きな間違いだ、リヴァイもジークの本質を見抜けなかったが、それはジークも同じであった。

「決別だ。お互いを信じることができなかった。全世界の勢力がもうじき、この島に集結してしまう。それがどういうことか、わかっていない。
 ・自分たちには力がある。
 ・時間がある。
 ・選択肢がある。
 そう勘違いしてしまったことが……リヴァイ……あんたの過ちだ。まあ、俺の真意を話したところで……わかりっこないだろうがな……。なあ、ウミちゃん、エレン……俺たちにしか、わからないよな? この森を抜ければ、すぐお前の元だ……ウミちゃんも向かっている筈。しかし、ちゃんと場所と時間を覚えているんだろうな。エレン」

 自分が操る巨人の上で悠々と座り込み待ち合わせ場所(シガンシナ区)まで優雅に一休み、そう思った瞬間、ワイヤーの音が空を切る音がしたかと思えば――。
 目の前に起きた現象があまりにも一瞬で、背後を並走していた巨人のうなじが一瞬にして、切り取られていたのだ。
 前のめりになって倒れ込み動かない巨人の姿にジークはとっさに反応が遅れた。頬杖をついていた肘からそのまま崩れ落ちると、目の前には鬼の形相で自分へ迫る仲間達を殺した返り血でまみれたリヴァイが進行方向へと向かってきたのだ。

「うおっ、ッッッッッッ!! な!? 行けぇええええ!!!」

 リヴァイの猛烈な追跡。シガンシナ決戦で自らの「獣」の身を持って体感したはずの彼の恐ろしさをジークは再び思い出す。
 急ぎ自分を守るように抱きかかえた巨人とは別の兵士をリヴァイにやるが、彼の前に巨人を送り込むとはただの時間稼ぎにもなりはしない、リヴァイは向かってきた巨人の伸ばした腕を連続で回転することで生じた遠心力で一気に斬り裂いてこっちに迫る!!
 背後へ飛び、自分の巨人のうなじを削ぐつもりだ!!

「何だよぉおぉぉぉおおおもおおお!!!! またかよぉおぉぉおおおお!!!!」

 もう逃げ場はない、ジークは嘆きながら恐怖し、自らの手のひらを噛みちぎり周囲は巨人化の稲妻が落ち光に包まれていく。ようやく正体を見せた、リヴァイは即座に自分達の領域でもある木が生い茂るこの地の利点を最大限に生かすべく飛び上がり森の中へ姿を消す。
 そして、堂々とした風格の「獣の巨人」が姿を現し、さっきまで自分を運んでいた巨人の頭部を胴体から引きちぎるようにブチブチと音を立てて肉料理を切り分けるかのように無理やり切り離した。

『どこだぁああああ??? どこに行った??? リヴァイイィイイイ!!!!』

 うなじを狙われないように高質化で覆い完全にガードし自分も得意のクサヴァーとのキャッチボールで鍛えた投球攻撃を生かして。ぐるっと周囲を見渡し、リヴァイを探せばガスを吹かす音と共に微かに見えたリヴァイに向かって頭部をぐちゃぐちゃに握りつぶしてその肉片を岩に見立てて一斉に彼に向かって投げつけたのだ!!

『そこか!!!』

 そのまま続け様に止めを刺すべくジークは残った胴の部分も腹の真ん中から引き裂き、ブシュウと血しぶきを散らしながら上空へ放つ。

『お前の可愛い部下たちはどうした!? まさか、殺したのか!? 可哀想に!!』

 一本5キロはある雷槍を片腕に四本、合計20キロを装備しながらもリヴァイはジークに可愛がっていた部下たちを殺した事を責められるも、これまで多くの仲間達の死を犠牲にしていたリヴァイが動揺するはずがない。口を真一文字に結び、仲間達をワインと叫びを用いて巨人に変えるべく一か月前から仕組んでいたこと、それを見抜けなかった指揮官でもある自分への不甲斐なさ、そして生き残った自分と同じ血を分けたアヴェリアの真実、表情を崩さずにリヴァイは突っ込んでいく。

 背後から落ちていく気配にすかさずジークが手にした肉片を投げるが、その場所に落ちたのは彼ではなく。

『枝……!!』
「必死だな……髭面野郎。お前は大人しく読書する以外なかったのに……。何で勘違いしちまったんだ。俺から逃げられるって……部下を巨人にしたからって、俺が仲間を殺せないと思ったのか? 俺たちがどれだけこれまで仲間を殺してきたか知らねぇだろうに……!!!」

 自身の姿を見せない驚異的な速さでアッカーマンの力を爆発させ、次々上空から切り落とした枝を自分に見立てて落としてくるリヴァイの声しか聞こえない。
 そして、上空から降り注ぐ枝に混じってリヴァイが降ってくる!! 即座に残りの肉片を一気に剛速球で真下から打ち上げるもリヴァイの前ではすべてがまるで止まっているかのように見える。
 難なく交わし、四本の雷槍で一気に項めがけて突き刺した。

『うぁあああああああああ――――!!!!』

 その瞬間、硬質化で固めた弱点部分を覆う雷槍がうなじを難なく貫き、その絶叫と共にピンを引き抜き起爆させると大きな爆炎をあげてうなじの中に居たジークを引きずり出したのだ!!

 オレンジ色の夕日の用に染まる森の中で巨人体から飛んでいく何か、それは、真っ黒こげの顔のジーク、内臓が剥き出しでかろうじて胴体がもげずにいる状態のジークのうなじを掴んでリヴァイは間近に顔を近づけると血を吐き出し原形も無くなったジークの不細工なその顔を拝んだ。

「よぉ、髭面。てめぇ、臭ぇし汚ねぇし、不細工じゃねぇか。クソが。まあ……殺しゃしねぇから安心しろよ。すぐにはな」

 さっきジークに言われた「お前モテねぇだろ」をかなり根に持っているのか。言葉が拙い男は拙い言葉の中で思いつく限りありったけの暴言をジークへとぶつけていく。

「お前、俺にモテねぇだろと抜かしたが……。全く構わねぇ、俺には、あいつさえいれば、それでよかった……」

 だが、それはもう過去の話である。リヴァイは引きずり出したジークをズルズルと荷物のように草むらを引き連れ、再び戻ると無事に馬でこの森から離れた息子と、その息子の危機に駆け付けると逃がし終えそして自分と対峙、そのまま上半身と下半身を分断され血だまりの中でそれでも死ねない哀れな運命を選んだかつて愛した女を抱き上げた。

「お前が居れば、俺は大いに結構で何の不足もねぇ、それで構わなかった。そうだろ、ウミ。だからお前にはもっとその思いをじっくり、たっぷり、ワカらせてやらねぇと、そう思わねぇか……そうだろう、お前を今一度閉じ込める、もう二度と抜け出せないよう、他の男へ気持ちが行かねぇように、今度は、こいつの前で躾し直してやる」

 ▼

「う……うぁ……」

 次に目が覚めた時、世界は雷槍を喰らった時に照らした光のような夕日に包まれていた。虚ろな思考の中ぼんやりと浮かんだのは、不機嫌そうなリヴァイの顔。

「目が覚めたか? オイ、待て。動くんじゃない。雷槍の信管を繋ぐワイヤーを、お前の首にくくってある。ヘタに動いたらお前は腹から爆発して……少なくとも二つになるだろう。

 両腕は動かないようにガッチリと縄で締め上げられ、後ろ手に固定されている。見上げればリヴァイの背後の馬の上でぐったりと力なく蒸気を放ちながら身体を回復させている途中のウミの緩やかな髪が見える。
 朧げな思考の中、ジークはたまらず嘔吐した。腹には一本の雷槍が突き刺さりそれが自分の命を左右している、内臓をかき回されるような不快感に吐しゃ物をまき散らしながらそれでも逃げる事はもう叶わない。自分は完全に目の前の男に敗北したのだ。

「こうなると死なねぇってのも難儀だな……。同情なんかしねぇが……。お前は、俺の部下の命を踏みにじった。てめぇがゲロクソまみれで泣きわめくのも、すべて計画通りか!?」
「うああああああ―――――!!!!」

 振り上げたブレードがジークの足の甲と指先を切り離しあまりの激痛にジークは絶叫した。

「うるせぇな、こうやって、切っておかねぇと、てめぇが巨人になっちまうだろうがぁ!!!」
「がああああうあああああ!!!!」

 暮れなずむ夕日はとても穏やかなのに、今はまるで地獄の淵に居るようだ。終わらないリヴァイからの責め苦に輪切りにされていく自分の足の耐えがたい拷問のような責め苦、ジークは叫び、リヴァイの普段言葉数の少ない男の早口で切り刻む姿を耳にウミも骨の髄髄まで彼に徹底的に先ほどまで行われていた裏切りの代償で動けず、ジークの叫びに耳を塞げない手が無い代わりに愛する男の並々ならぬ怒りを感じて強く目を閉じるのだった。

「あ……お、俺の……眼鏡は……どこ……だ?」
「あ? 知るかよ。もうお前に眼鏡なんか必要ねぇよ、」
 ――「いいぞ、ジーク。いい球を投げるようになったな。将来は野球選手になるか?」
 ――「……だめだよ、クサヴァーさん……僕には……使命が……あるから……」
 ジークはかつて、自分が「獣の巨人」を継承する際に対話した前「獣の巨人」であるトム・クサヴァーと交わした約束を思い返していた。
 そして、愛されるべきはずの自分のエレンとは真逆だった幼少期、愛も得られず、共感も得られなかった親への思い、自分達の理想を全て自分へ押し付けなりたくもない戦士候補生として戦わされ、そして。犠牲すべて、そして最終的に下した決断が今この島にもたらされる。
 ――ジーク、告発なさい。君は両親からひどいことをされた。君の両親は自分達の向こう見ずな計画のために君を利用した、まだ、たった7歳の君とおじいちゃんとおばあちゃんを命の危険に晒し、勝手に期待し、勝手に見放し、ちっとも君のことを気にかけなかった、何よりも、君を、愛さなかった。
 ――「ジーク。君は悪くない、君は賢くて、いい子だ」

「唯一の救い、……エルディアの、安楽死……」
 ――「クサヴァーさん。任せて。俺が「獣の巨人」を継承する。マーレのためじゃない、始祖奪還計画を成功させ、「始祖の巨人」をマーレから奪ったら、世界を救ってみせるよ。世界の人々を巨人の恐怖から解放し、エルディア人を苦しみから解放する」

 馬が進む方向、エレン達の元へリヴァイは荷馬車を走らせていた。美しい夕日が沈んでからどれだけの時間が流れただろう?
 ずぶ濡れになりながらマントで雨に濡れないように意識を取り戻したジークに歩み寄る。

「あ? 何(ナン)っつった? 安楽死? お前はこれからくせぇ巨人の口の中で自分の身体が咀嚼される音を聞きながら死ぬワケだが、お前にしちゃあ、随分安らかな死に方だろう? 奪った仲間達の命に比べて見れば」
「奪ってない……救ってやったんだ……そいつらから生まれてくる命を……この、残酷な世界から」

 蒸気に包まれ知性巨人の力を得た男はどんなに痛みを味わっても死ぬことは許されず、そして細切れにされた足がまた時間をかけて再生する。13年の代償で得たもの。
 またすぐ再生して伸びてきた足。もう逃げ出さないようにと、また切らねぇと。リヴァイはスラリと刃を引き抜く。

「また足が伸びて来たみてぇだな……「そうだろう……クサヴァーさぁあああんんんっ!!!! 見ててくれよぉおおおおお――――!!!!」
「は――……」

 腹筋に込めた腹の力だけで、雷槍のピンを引き抜いた瞬間、それはリヴァイの目の前で爆発した。火に燃える馬、上半身と下半身がバラけて吹っ飛ぶジーク、そして、リヴァイ。飛んでくる木片や雷槍の欠片がリヴァイの顔いっばいを埋めつくした。焼けるような痛みに晒されながらその中で、リヴァイの視界がとうとう漆黒に染まった。

「(オイ、うそ、だろ……)」

 どしゃあああっ!っと音を立て仰向けに倒れ込んだ。その時、ゴロン、と重たい何かが自分の顔の前に落ちたのだ。
一体なんだと、朧気な記憶の中で見つめたそれは……。

 リヴァイはすぐに分かった。轟音響く雨の中流れていく視界が晴れる。しかしその視界は不安定で。
 それは、


――最愛のウミの弾け飛んだ驚きに目を見開いたような目をしたまま自分が弾け飛んだともわからずに絶命している頭部だった。
最愛の女は頭をぶっ飛ばされて自分の眼前で転がっていた。
 弾き飛ばしたのは、この罠をジークは破らないと見誤った判断を下した自分だ。
 自分は、見抜けなかったのだ。自分にも誓いを果たすと言う目的を抱き行動していたが、そんな彼にも成し遂げたい思いがあったのだと。

 ――「誰か……っ、助けて……」
「ガキじゃねぇか。ここはガキも身体を売らされる、力がねぇとこうも、容易く」
 ――「いいの? ありがとうっ……すごく、うれしい……!」
「単純なヤツだ、その程度で嬉しそうに喜びやがって」
 ――「私、もう独りぼっちじゃないね、うれしい」
「ひとりじゃねぇさ、」
 ――「リヴァイ、」
「何だ、急にさんづけじゃなくて名前で呼ぶのはお前なりに、心を開いてくれたって事か、そういう認識で、いいのか」
 ――「私、居るから……イザベルの分もファーランの分せも、最後まで一緒だよ、あなたより先に逝かないから……だから、泣かないで、」
「お前が居てくれた、辛い時も悲しい時も、言葉にならない苦しみを知ったが、言葉にならない喜びをお前は俺にくれた。母親にもケニーにも誰も居なくなった俺にはお前が居たから俺は、這い上がって来れた」
 ――「私、やっぱりあなたと一緒に居る資格なんてない、私はあなたにはふさわしくないのよ」
「お前が必要か、不必要か、そんなの俺が決めることでお前が勝手に決めることじゃねぇ、ガキのくせに悟ったような真似するな」
 ――「あのね……、私、もう一度、リヴァイに恋をしても、好きになってもいいの…?」
「馬鹿が、何度だって、俺に落ちればいいだろうが」
 ――「私、好きなの、リヴァイの事が……」
「俺も好きだ、お前が好きだ、ウミ。だからもう離れていくんじゃねぇ、巨人になろうと関係ねぇ俺のそばに……これからもこの先も、ガキを産んで沢山、俺が寂しくねぇように家族を作るんだろ?約束、したじゃねぇか」

「(ウミ……!)」


「は、あはっ、はは、ウミ……ァァァ……ああぁぁああぁ」

 声なき声で。わなないたリヴァイの慟哭は大雨にき消された。
 最後の誓いを埋めて言葉を残しリヴァイは自ら悲しみの深さに、喪った物への思い、自らのヘマを悔やんでも悔やみきれないほどに絶望し、そして彼は最後に亡骸を抱き締め血まみれの思考の中でもうこれ以上の悲しみを感じ事は無い、涙を流すことも無く気力で戦い立っていた男は堪えきれずに最期の慟哭をあげるのだった。
頬を伝う雫を雨に溶かし、そして雷槍の爆撃を喰らった激痛に耐えきれず意識を飛ばしたのだった。
 ウミが雷槍の爆発で吹っ飛んだ自分との間に入った事で、彼女は吹き飛ばされながらもリヴァイを雷撃の直撃から守り抜いたのだった。
まさに、彼女の望み通り自らの全てを、命を賭けて。

 ――リヴァイ・アッカーマン
 雷槍の爆撃を喰らい意識不明の重体。戦闘不能。

 ――ウミ・ジオラルド
 雷槍の爆撃にリヴァイと共に巻き込まれ










 死亡。

2021.10.07
2022.01.25
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