THE LAST BALLAD | ナノ

side.E Judgment of myself

 どこからが始まりだろう。
 長い夢から覚めた時か?

 いや……
 どこでもいい、オレが生まれた時に泣きそうな顔で俺を抱き上げた親父でもいい。

 すべてが最初から決まっていたとしても、全てはオレが望んだこと。
 すべては……この先にある。
 生まれた時からずっと、オレの目の前には
 うっとうしい壁があった。
 炎の水
 氷の大地
 砂の雪原

 きっと外の世界はこの壁の中の何倍も広いんだ。
 それを見た者はこの世界で一番の自由を手に入れた者


 ――これが、自由だ。

 少年の目に映るは地獄の底ではない、どこまでも澄み渡る、まっさらな青い景色。これが世界の果てだと言うのなら、幾多もの犠牲の上に成り立つこの世界はあまりにも自由で、どれだけ、尊く眩いものだろうか。進み続けた先に待つ景色を見たいと願うなら、共に、恐れることは無い、世界は、この手の中だ。最期まで共に行こう。

「ついに……辿りついたぞ、この景色に。ウミ……。だから俺には進むしかなかった。ウミもきっとオレの中で喜んでくれるか? 微笑んでくれるか? 許してくれるか、お前を食い殺して――。お前の中のユミルを手に入れたオレを……。ウミの犠牲を決して無駄にはしないために。オレはこの景色に辿りつかなければならなかった。なぁ、アルミン――」

 自分がイェレナと接触して自分がヒストリアに触れて父親越しに見た未来が確信に変わる前に。
 あの日の夕日のように真っ赤に染まった104期の仲間達彼らの頬が今も夕日ではなく明らかに自分の言葉で染まった記憶が今も鮮明によみがえる。

「俺はお前らに「進撃の巨人」を継承させるつもりはない」
「何でだ?」
「……お前らが大事だからだ。他の、誰よりも……。だから、長生きしてほしい」

 エレンの言葉を聞くなり黙り込みトロッコが走る音だけがこの空気を包んでいた。誰もが腕を組み空を見上げて、何処か、心がくすぐったいような、そんな気持ちで。

「はあっ? てめえっ!! なぁに赤くなってんだ。どうすんだよ。この空気をよおぉっー!!!」
「すまん……」
「ジャン。夕日のせいだよ。みんな赤くなってるからさ」
「そうか。夕日なら仕方ねえよな……」

 赤面する程面と向かって口にした事が無かった思いを受け取り、だからこそ、みんなで夕日のせいにしたのだ。そうすれば皆夕日の生にできるから、そう、あの時皆に打ち明けた自分の気持ちに嘘偽りはなかった。大事だから、大事だからこそ、自分は選んだ。未来で自分がこれから起こす悲劇をどんなことがあっても果たす為に。

 ――「エレン……世界とエルディア双方を救う術は「安楽死計画」これを完遂する他にありません。ジークの脊髄液入りのワインは改革の障害となる兵団上層部のみに振る舞いました。ジークはあなたとウミを信じています。あなたもジークを……」

 そんなふざけた計画があるか。エルディア人が子供が産めなくなる。自分達が繁栄する術が無くなる。

 ――「フロック。オレはジークの計画に従う……フリをする。お前もそうしろ」
 ――「……従うフリをして、何をするんだ?」

 勲章授与式で、エレンは調査兵団の奮闘の末に、仮初の王を玉座から引きずり下ろすことに成功した。クーデターは行われ。それは本当の王家である島の最高権力者である女王陛下となったヒストリアが玉座に着くことになる。
 これが悲劇の始まりだとも知らずに。その時、微かに触れただけでエレンの脳を駆け抜けたのは信じたくはない、恐ろしい未来だった。あの景色を自分は見てしまったのだ、そして見つめた海にエレンは深く絶望した。
 アルミンは嬉しそうに拾った貝殻を幼い子供がはしゃぐような目でそれを今も宝物として大事に保管しており、そんな初めて見る海にはしゃぐ仲間達を横目にただ、ただ、立ち尽くすだけだった。

 一度見てしまったあの景色を拭い去る方法など、もうどこにもない。

 蝋燭の明かりだけが頼りの薄暗い地下牢にエレンも同じように閉じ込められていた。だが、こんな場所などエレンにとってはすぐ抜け出せる脆い檻。
 自分を止める者も縛る者も、誰も居ない。自分は進み続けると決めたのだ。
 髪を水で洗い流しながら生々しく艶めく蝋に照らされた上半身裸の凸凹を伝い流れていく水。自分の身支度を整え、エレンは鏡に映る自分を見つめていた。
 はぁっと吐息を漏らし、無造作に伸ばしっぱなしの髪を無造作に結い上げた。まるで、言い聞かせるかのように。己を鼓舞するかのように、サシャの死を嘆くことなく、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ、自分を鼓舞し続けなければ、今すぐにでも逃げ出してしまいそうになる。

「戦わなければ。勝てない。戦え、戦え……!」
「何をしているの?」

 あの景色を、見るために。自ら己と向き合っていたさなか、突如として会話を遮ったのは様子を見に来たハンジだった。ハンジがエレンに不思議そうに尋ねる。鏡の自分に話しかけていたエレンを不思議そうに見つめながら。

「もしかして、鏡に向かって話しかけてたの? ねぇ……?」

 球にこのタイミングで何で来るんだよ。自分の独り言を、それがどんな意味を持つか知らないくせにと、エレンは自分が纏う空気も気にせずのんきなハンジを一瞥するが、また鏡に向き合ったまま何も答えない。

「鏡に映る自分に向かって話しかけてたんだよね? 戦え戦えって……」

 4年前のようにエレンの行動が理解できないハンジは、途切れることなく言葉を投げかける。今、リヴァイもアルミンも居ない。自分だけがすっかり別人となり果てたエレンとの対話を望む。

「ねぇ? 戦え、戦えって言ってたんだよね? 戦え、戦えって……二回。何と戦うの? 戦え、戦えって二回言ったってことは、二回戦があるのかな?」

 ハンジの問いかけに対してエレンは鏡の自分を見たまま何も答えない。

「黙ってちゃわからないよ。普通はそんな一人でしゃべったりしないと思うから……どういう状態なんだろうって。私は鏡に映る自分に話しかけたりしたことがないからさ。その髪型かっこいいと思うよ私は!! ちょっと乱れてる感じとか頑張って無造作に見えるような努力が伝わってく「何しに来たんですか!?」

 しつこく問いかけてくるハンジにエレンのいら立ちは最高潮だ。思わずとんだ怒号にもひるまずにハンジはいたって平静のままエレンとの対話を望んだ。暴力ではなくハンジはエレンとただ話がしたいと会話を望んだ。

「何って……話に来たんだよ、初めて会った時なんて一晩中巨人について語り明かしたじゃないか。私の一方的な話を……君は聞いてくれた……。私は……確信してた、君がヒストリアを犠牲にすることは無いって……2年前……港で行った歓迎式の日…そして、今…別のやり方は。まだ見つかってなかった……確かにジークの「任期」は迫っていたし、予想より早くマーレはパラディ島進行計画を進めてきた。君と焦燥感を共にしたつもりだった。でも、君がなぜ単独行動に出てこの島を危機に追い込んだのかがわからない。もうヒストリアはどうなってもよかったのかい?」
「オレは「戦鎚の巨人」を食いました」
「……え?」
「この巨人の能力は地面から自在に硬質化を操り、武器でも何でも生み出すわけです。厄介な相手でした。つまり……どれだけ深く硬い地下にオレを幽閉しても無駄だってことです。オレはいつでも好きな時にここを出られる、当然、「始祖」を持つオレを殺すこともできない。いくら脅したところで……ジークを殺すわけにもいかない。つまりハンジさん、あなたに何ができるって言うんですか?」

 何も知らないくせに、エレンは勲章授与式の際にレイス家であるヒストリアの手に触れた事で自分の前「進撃の巨人」である父親の記憶を通じて見た未来に向かって突き進んでいるのに、檻の中でもがいているのはどちらだろうか。牢の中から伸びた手で正装できっちり閉じられたハンジのシャツの胸倉を掴むエレン。

「うッ!?」
「教えてくださいよ、ハンジさん!!! 他のやり方があったら!! 教えてくださいよおっ!!!」

 ガッと、怒号を放ち勢いのままハンジを締め上げるエレンの腕の力の強さにハンジの身体が持ち上がる。ギリギリと首を絞められハンジは苦しげな声を漏らした。

「う……!?」

 何も知らない人間ほど無知で羨ましい。自分は、知ってしまった。何も知らない悠長なハンジに反して怒りを露にしたエレンは、ビキビキと顔にくっきり刻まれている巨人化の証である頬の筋組織がぴくぴくと蠢き怒りを抑えきれない。自傷しなくてもそのまま巨人に変異しそうな形相で迫れば、ハンジは胸ぐらを掴まれじわじわと呼吸を奪われて苦しさからバッとエレンの腕を離して距離を取ると、居づらくなりそのまま今にも巨人化してしまうのではないかと逃げるようにエレンに背中を向け乱れた胸元を正した。

「エレンのエッチ!! 未だに反抗期かよバカ!! ……若者!!」

 と赤い顔で口走ってその場を離れると地下牢から階段を上り扉を閉じてその扉を背にもたれ掛かりながら呟くとそのまま額に手を当てるのだった。

「エルヴィン……あんたの唯一の失敗だ……何で、私なんか団長にしたんだよ……」

 エレンはどうしてあんな風に変わってしまったのだろう。昔はあんな風じゃなかったし、古城では自分の話を誰もが立ち去る中でずっと聞いてくれた。エレンは自分の大事な存在でもある彼女もいっしょだった。2人は幼馴染でとな近所だったそうで、マーレからやってきた二人の父親は面識があった。そして、今回そんな父親たちの歴史をなぞるかのように裏でジーク・イェーガーと共謀して行動している二人。
 虐殺の未来を憂い話し合いでの解決を望んでマーレとこれから歩んでいきたかったが、もうそれは出来ない。自分達がそれを、壊したのだ。いつか来る報復に備え今は防衛を固め、ジーク・イェーガーの「秘策」に縋るしかない自分達、ハンジはかつて王政に反旗を翻したあの時、逮捕の間際エルヴィンに任命され次の団長となったが、今の自分はただ兵団内部で自分達調査兵団にも知られぬ場所で秘密裏に進む計画と自分へ変わり果てた島の内政を不審がる派閥との板挟みになり、精神的な疲弊を抱え身動きが取れなくなっていた。

 それだけではない、

 あぁ。もうすぐだ、もうすぐやってくる、絶望の夜が。
 同じように、沈みゆく太陽をぼんやりと見つめているデッキチェアに座っている女性。は大事そうにお腹に宿したもうすぐこの世に産声を上げるであろうまだはかなき小さな命を抱えていた。
 長く伸び中央から分かれた長い金髪、世界の全てを見届け末路を覗き見た悲壮に溢れた大人びた風貌。もうあの日の少女の面影は何処にも居ない。

「中に入ろう。ヒストリア。もっと体をいたわらないと」

 その女性は、かつて調査兵団訓練兵104期の成績上位者10人のうちの一人でもあったヒストリア・レイス。女王としてこの島の未来を担う彼女のそのお腹は希望で溢れ大きくなっていた。
 しかし、彼女自ら自分が経営する孤児院で再会した昔の幼馴染との誤解の果てに次第に心通わせ、愛する人と望んで子供を授かったと言うのに、それは最近にも感じる近くて遠い十ヶ月前の出来事。

 ――「憲兵団はお前を巨人にして島に来たジークを食わせる計画を進めてる。憲兵と争うか、ここから逃げるしか……手は無い」
「私だって、牛の世話だけしてたわけじゃない。わかってる。争う必要も逃げる必要もない。この島が生き残る一番堅実な方法があれば、私はそれに従う。他に方法は無かった……でも……あの時、礼拝堂地下でエレンが私を庇ってくれてみんなが動いてくれたから私はそれで十分だよ」
「お前が良くても……オレは違う」
「……え? エレン」
「お前とフロック、だけに話す。フロックはオレとイェレナを会わせるために鉄道開通の祝賀会の晩にイェレナの看視者となって俺とイェレナを接触させた、その時の会話の内容を聞いていた。このままにしておけばフロックがもしかしたらイェレナ側につく可能性もある。オレは「始祖の巨人」の力を使って――」

 ――「世界を滅ぼす。すべての敵を。この世から。一匹残らず。


 ――駆逐する」

 ――「そんなの間違ってる!! 島の外の人すべてが敵じゃないのに……!! あなたのお母さんみたいに!! 突然……何で殺されるかわからない人が殆どなんだよ!?」
「わかってる。でも……憎しみによる報復の連鎖を完全に終結させる唯一の方法は、憎しみの歴史を文明ごとこの世から葬り去る事だ。お前に、島の生贄になるためだけに生まれる子を産ませ、親子同士を食わせ続ける様なマネはオレがさせない」
「エレン、私はあなたを……何としてでも止めないと。ユミルと最後の約束が……二度と……胸を張って生きていくことができない」
「俺がこれから起こそうとすることの事実に耐えられないなら、耐えがたいのなら「始祖の巨人」の力で記憶を操作する。それまでお前が黙っていれば」
「そんなことを、したら……!! 待って……!! だから、ウミは島を去ったの!?」
「ウミも居た、俺の未来の記憶の中に。俺がウミを喰う事で俺は力を得て、本当の「始祖の巨人」の力を目覚めさせることが出来る、どうしてウミなのかは分からねぇがだけど、そうしなきゃならねぇんだ。ジークがこの島に来たらもう間に合わない、ヒストリアは巨人にさせられる。この島を守りたい気持ちはウミも同じだ。レイス家の礼拝堂地下で同じ場所に居た彼女ならきっと協力してくれるはずだ、オレの考えを理解してくれる。そして、受け入れてくれる」
「そんなこと……!!」
「出来るさ、お前はあの時オレを救ってくれた「世界一悪い子」なんだから」
「じゃあ、エレン。私が……子供を作るのはどう?」

 ヒストリアはエレンの決意が本物であることを感じ取り、だからこそ突然こんなことを提案したのだ。エレンが戦うなら、自分も戦う決意をしたのだ。エレンが自分を救ってくれたように。自分は胸を張って生きるために人類の敵となってレイス家が代々継承してきた「始祖」を宿すエレンを食ってレイス家に「始祖」を再び取り戻してまた悲劇の連鎖を繰り返さないことを、初代王が望む島の滅びを受け入れる悲しみの連鎖を断ち切ったのだ。
 自分は悪い子だから、巨人を継承できないように子供を作りその期間を伸ばすのだと。

「私、前に、ウミから子供はどうやってできるのか、教わったの」
「お前、まだあいつはガキだぞ、いくら何でも」
「違う。申し訳ないけれど、アヴェリアじゃない。孤児院に、好きな人が、居るの……その人は、私の孤児院でいつも懸命に働いている人で、今孤児院で一緒に働いてくれる。その人がね、私の事がずっと、好きだったって、言うの。私、知らなかったの、その人が子供の頃に私に石を投げられたりからかっていた人だって。でも、一緒にいるうちに昔の事を話すようになって、誤解が解けて。それで……自然な流れで。だけど、私はいずれ巨人になる。だから……でも、私が巨人にならずに済むのなら、私がその人と、子供を作ってしまえば、その間は巨人化出来ないでしょ? それで憲兵団の計画を、十月十日の間は猶予を、時間を引き伸ばすことが出来るでしょう? あの日、私が私を殺さないために、私は、エレンを生かすことを決めたように、エレンが私の味方で居てくれたから、私も、エレンの味方になる」

 歳を重ね、あどけなかった小柄な少女は自分の生まれを知る。そして自分の異母兄弟たちが死んだことを知り、唯一王の血を引く妾の子である自分が玉座に王冠を被る事を強いられ、戦いの果てに自分の意思でその玉座をつかみ取ったのだった。
 この島を統治する立派な女王として、この島を守るために。
 ヒストリアの青い瞳に染まる鮮やかな夕日の色を見つめるその目に染まる表情はとても愛する青年との間に授かった喜びに十月十日もの間待ちわびているような表情ではない、彼女は世界のこれからの未来を知ってしまった。
 エレンは決して自分を犠牲になんてさせないと言ってくれた言葉に深く胸を打たれたから。
 だから自分もこの事は黙秘し、出産の時を迎えるのだ。まだ未成熟な十代の身体での出産がどれだけ骨盤や子宮にダメージを与えるか、もしかしたら出産で命を落とすかもしれない。
 だが、それでもウミは愛する人との間に授かった子供と、その命は何にも代えがたい喜びをもたらすと、痛みさえも、癒すと微笑んだ。
 そうでなければあの痛みを上半身と下半身が引き裂かれてしまいそうな痛みを乗り越えでまで子供をこの世に産み育てたいなどと、考えたりしないだろう。

 そして、ヒストリアは密やかに孤児院で再会した男と肌を重ねた。そう、遠くない未来にこの島以外の人類が根絶やしにされることを誰にも言わずにエレンとの約束の通りに守り抜いた。ヒストリアに獣を継承させたいと、50年計画の犠牲にしたと望む憲兵達と戦わずして穏便に事実を知られずにやり過ごせることを託して。
 妊娠は奇跡でありそう簡単に自分の意思で叶う者ではない、だが、ヒストリアはやりぬいた。見事に小さな未来につながる希望を授かる事に成功したのだった。

 ――「巨人を駆逐するって!? 誰がそんな面倒なことやるもんか!! むしろ人類なんか嫌いだ!! 巨人に滅ぼされたらいいんだ!! つまり私は人類の敵!! わかる!? 最低最悪の超悪い子!!」
 自分は悪い子だから、そう、悪い子のまま演じ続けよう。エレンがそうしてくれたから私も応えよう、地獄まで。

 暫く経ったある日から毎月来ていた自然現象が止まったのを皮切りに次々と身体に異変が起き、そしてようやく果たされたのだと実感した。
 その頃には調査兵団の一員は皆、マーレで潜入の為にアズマビト家を頼り皆が島を離れ一人自分はエレンとの秘密を胸にこれまで過ごしてきて、そしてもうすぐ十月十日を迎える。

 かつては共に世界を変えようとした、「最低最悪の超悪い子」そう言いはなった自分は注射器を割り、エレンを捕食することを拒んでそして、今がある。
 あの日エレンが自分に救われたように、自分が彼を救うのだ。
 エレンは、その時の恩がヒストリアにはあったのだ。だから、ヒストリアを犠牲にしようとするこの島が、上の連中が許せなかったのだ。
 だが、その道を選ぶと言うこと、それはヒストリアが世界中を敵に回してでも自分はエレンの味方だと言いあの礼拝堂で救ってくれたから、今度は自分がヒストリアの味方になるとエレンは決めたのだ。

「(……俺は、お前に生きていて、欲しかった。けど、俺達が、必ず終わらせるんだ、「人類安楽死計画」そんな計画、到底受け入れられる筈が、無い。俺達が生き残るためにようやく子が親を食うレイス家の負の連鎖を止めたのに、ヒストリアは巨人にはさせない、ジークの王家の血があればいい。オレも、お前も同じだろう」

 そして、エレンの未来の先には、ミカサが居た。

 ――「エレンは……今この状況で話しても今はそう簡単には受け入れられないでしょう? 私もそうだったからわかる。エルヴィンから比べたら私は子供だったから……簡単には受け入れられなくて、でも割り切れなくて、食い下がったから、でも、それがあったから私はリヴァイに出会って、そして今がある。エレンにもきっとそういう相手と出会ってほしい、出来ればそれがミカサであってほしい。あの子のすべてが、あなただから……」

 彼女の言葉の意味が今なら理解できる。ずっと自分は照れくさくて家族だと強がっていたが、本当は家族当然で育ったあの日から、マフラーを撒いてそのマフラーをどんな時もずっと身に着けている彼女が、普段無表情で、感情が乏しい彼女。だが。自分だけにはいつも違う顔で、恥ずかしそうに微笑む自分だけに見せる笑顔がたまらなく愛おしくなったのは、いつからだろう。

 ――「エレン……私に、マフラーを巻いてくれて、ありがとう……」

 年齢を重ねる度に美しく成長する彼女へ、伸びたその艶やかな黒髪がますますその美しさを際立たせた頃、訓練兵団時代に彼女に髪を切れと促したのも、ジャンがその髪を褒めたから。
 そんな理由だが、そんな理由でもいい。ジャンへ見せつけたのだ、牽制の意味も兼ねて。
 ミカサの髪の長ささえも自分が自由に出来る。そんなどす黒いミカサへの優越感が自分を支配していた。
 彼女を自分の歪んだ感情の犠牲になどさせたくない、本当は自分だけをこれからも思い続けて欲しい、自分も初恋であったウミがリヴァイと結ばれ愛を深めていったのを見せつけられて、そして、自分が本当に誰を想っているか痛感させられた。
 いつかミカサと結ばれる未来があるのなら、その未来だけを望んでいたかった。
 だが、自分が見た未来の先に待っていたのは決して明るい未来では、無かった。戦う事を放棄してミカサと一緒に居る未来を選んだ先に求めた答えも約束された幸せや永遠も無い、自分もウミも残り僅かの寿命が尽きるだけだ。

 ヒストリアもフロックもウミも最後まで戦う事を選んだ。全員、方法は違えども全てはこの島を守る事に繋がる道だと信じて。それが新しい地獄の始まりだとしても。歩むことは止めない。島を守るべくまた各々が「悪い子」として、歩もう。いつか互いの進む道が交差するように。

 ヒストリアは。幼いながらに自分を地上へ掬い上げてくれたヒストリアに淡い思いを抱き、もう少しで大きくなるから結婚して欲しい、それがまだ恋ではなく年上の女性への淡い感情だと知らないアヴェリアの気持ちを知って和解した昔の幼馴染の男との間に子供を授かり無事に出産を終えられるようエレンの目的を黙秘し、備える事にした。

 フロックは。エレンから「地鳴らし」でパラディ島以外の世界を駆逐するという計画を聞き、それがパラディ島に住む自分達エルディア人が唯一生き残れる手段だと、そう考えた。かつて、シガンシナ区決戦の際にエルヴィンが悪魔となり兵士を率いてリヴァイが奇襲できるように「獣の巨人」の投石攻撃に先導して突入していったように、生き残った自分が今度は悪魔にならなければならないといつまでたって進展のない兵団組織を変えるために自分が非情なことをやってのける悪魔となる事を覚悟した。

 ウミは。自分の権力を用いてマーレでエルディア人保護の為の道を奔走する、もし不可能ならばエレンに食われる事で「始祖ユミル・フリッツ」がなったとされる「原始の巨人」として道の果てに居るユミルを媒体に座標としてエレンに力を与えて「地鳴らし」を起こすこと、その為に家族を捨てる事を選んだ。自分が家族を捨てる事で家族の命が救われる、家族が、リヴァイが大事だからこそ。この島が包囲されれば真っ先に戦いに赴き死の淵に立つ彼を死なせない為に。

「ミカサ……お前はどうして……オレのこと気にかけてくれるんだ?」
「え?」
「子供の頃オレに助けられたからか? それとも……オレは家族だからか? オレは……お前の何だ?」
「…あ……あなたは……家族……」

 ――「オレが死んだ後もずっとあいつらの人生は続く……続いてほしい、ずっと……幸せに生きていけるように」

 もし、自分の死後、ミカサが他に好きな男が出来たとしても、考えたくないが、だが自分は皆が大切だから、長生きしてほしいから。
 どうかその輪の中に皆が居る事を信じて進み続けてきたのに――予期せぬ悲劇が、凶弾が彼女の身体を貫いた。
 凶弾に倒れたサシャはあまりにもあっけなく、死んでしまった。未来を見ていたのに詳細までは誰も教えてくれなかった。サシャが死ぬ景色までは教えてくれず。その未来を回避できなかった。

 ――「忌むべきは100年前よりあの島に逃げた悪魔!!」
 ――「我々の敵はあの島の悪魔なのです!!」

 マーレでの潜入と共に自分達を保護してくれるマーレのエルディア人保護団体に全ての期待を寄せた。だが、待っていたのは、自分の未来通りの結末だった。自分達が泡沿わずに話し合いで和平の道を決めるが、希望を見出せるかと思っていた「ユミルの民保護団体」はマーレのエルディア人は悪くないと悪いのは自分達が船に乗りやって来た島の自分達だけが滅ぶべきだという主張だった。
 エレンはその言葉を最後に、やはり、あの方法を決行するしかないのだと覚悟を決めるとそのまま立ち上がるとミカサ達から背中を向け、その場を後にしてしまったのだった。

 そして、希望が潰えた事でエレンはついに残された唯一の手段でもある自分の見た未来を決行することを決めるのだった。だがそれは多くの人たちが「あの日」の自分になる事。突然何もしていない人たちがただそこに居るだけの理由で――理不尽に殺されるその未来は、自分が作り出すのだ。

 仲間達に別れも告げずにエレンが向かったその先には未来の果てに居た、たった一人の女性、彼女にしかもう自分は縋りつく事しか出来なかった、そして彼女も未知の先の座標で今よりもグッと大人びた未来の自分と心を通わせたことを打ち明けてくれた。

「エレン……」
「……古城の件でどうしてもお前に謝りたかった」
「いいの、私は、」
「俺は、ミカサが好きだ」

 自分を抱き締めようとしたエレンに古城でエレンに抱かれそうになった時の彼がいつまでも幼い子供だと思っていた時のあの得体の知れない、自分の知っている彼ではない顔を見せた恐怖を思い出し離れたウミを怯えさせては駄目だと、宥めるようにそっと。

「ウミ、協力してくれ、ウミの権力で、オレをマーレに潜入させてくれ、兵士として、ライナーに接触してジークを島に逃す、」
「……その言葉を待っていたの、気付いて欲しかった、自分自身の気持ちに誰よりも素直に、正直に――」

 お互いに、抱き合う様に誰にも、愛する人にさえ分かち合えない秘密を吐露し、そして改めて2人は誓うのだった。

「私も、言っていい?」
「どうぞ、」
「私も、リヴァイが好き、世界で一番、リヴァイが……大好き」

 ――「「だから、オレ(私)達で、変えよう、この島を守ろう」」

 例え、どんな代償を払っても、
 最愛の為に、

 見切られても、孤独の道を歩むとしても

 辿り着く場所は同じ場所に交差する。

 目指そう。この島以外全て、皆滅ぼすしかない、憎しみの連鎖を自分達が末代として。巨人による統治にいずれ終わる世界に完全に終止符を打つ。
巨人の力はもういらないのだ。

「どれだけ寂しくてもどれだけ辛い道のりだとしても必ず果たすとそう決めた」

この大地を全て平らに。その咎は自分達が背負うから、どうか仲間達だけは愛する人たちだけはこの先も生きていけるように。
お互いに人間の姿を捨て、今一度、戦いへ向かおう。

2021.09.19
2022.01.25加筆修正
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