THE LAST BALLAD | ナノ

#114 いざゆかん進撃の舞台へ

 約4年間と言う長きにわたる大国マーレと中東連合の戦争は大国マーレの勝利によりようやく終戦を迎え、それぞれの戦士たちは故郷へと思い馳せる。
 長い夜行の列車に揺られ、仲間達と生還を静観を喜び合う者、決意を新たにする者、故郷のあるレベリオの空へ。

 しかし、巨人の力で制覇したかに見えた大国マーレでも、今まで巨人に任せにしてきた軍事力は昔と変わらないまま移り変わる時代の中で確実に後れを取っていた。
 自分達がこうして巨人の力に頼っている間も世界各国の軍事技術は確実に進歩を遂げ、今回の戦争によりマーレが誇る最大の防御の要でもある盾であり、そしてパラディ島において「始祖奪還作戦」によりウォール・マリアを破壊と殺戮の混乱に陥れた「鎧の巨人」の硬質化のボディさえも貫く対・巨人兵器の前に大国マーレはもうこの世は遥か昔の「巨人の力」が世界を制していた時代から既に「空」の時代へと移り変わっていることを、自分達に密やかに迫る危機を、知るのだった。
 その為に、今回の戦争で受けたマーレ国軍を再編するまでにはやはり全ての巨人の力を操る頂点に立つパラディ島でエレンが持つ「始祖の巨人」を奪還し世界へ驚異を示すべきだとジークは唱えた。

 何故ならば、未来に引き継ぐ若い戦士たちの活躍が増える事により、今の巨人化能力を持つ戦士である彼らのその巨人化の代償と共に決められた、たった13年しかない命の期限も既に終わりを迎える時期が迫っていたからだ――……。

 列車に乗り帰路に立つ戦士たち。今回も多くの戦果を挙げ貢献したガビは悪魔の末裔達の若き希望である。その勇猛果敢な姿はまるで遥か昔の巨人大戦で女の身でありながら戦果を残したマーレの英雄である女傑ジオラルド家初代そのものであった。
 それぞれが故郷の空を噛み締め、家族たちと感動の対面をする中で一人浮かない顔で歩く少年は帰る家など無いのだと、静かにその場を後にした。島を渡り敵国マーレへ単独で潜り込み、そして戦士候補生として第二の人生を生きる中で、まだ親の庇護元に居てもいい筈なのに、世界の英雄として。
 彼は自らの目で見て、そして知るのだ。

――「(どこも、どの国も、皆、同じなんだ。皆、故郷の為に戦っている。故郷で待つ家族の為に、そしてそこではあの島で暮らしている人たちのようにまた平凡な暮らしをする人たちがいる。俺達の島を破壊してそして今もそれを狙っているこの国の住人たちもみんなそうだ、この国の連中は島の壊滅を願う親父たちの敵なのに、親父の仇はこっちでは英雄扱いだもんな。ただ、立場が違うだけ)」

 家族の歓迎や温かい食卓とは無縁の生活の中ひたすら戦争に明け暮れ、今も自分は生きながらえている。着実に自分は戦果を挙げ、生き残る度に安堵しながら離れた家族を思うのだ。

「おーい、アヴェリア!! 待ってよ!! 何でそんなに歩くの早いんだよ」
「うっせぇな。そんなのお前と俺じゃ鍛え方が違うからに決まってんだろうが」

 向かう先は決まっている。帰る故郷を捨てた少年にとって家族の居ないわびしさ、孤独は慣れ親しんだものである。その時、アヴェリアの背後の方でファルコのまだ変声期の声が自分を追いかけてきた。

「何だ? せっかく家族に生きてまた会えたってのに。わざわざ追っかけてくる事ねぇだろ」
「アヴェリアさ、後は本部の兵舎に帰るんだろ?」
「それ以外に親なし孤児のエルディア人が何処に帰るってんだよ」
「う……ごめん。そうだよな、アヴェリア、内戦で親を亡くしてここに流れてきたんだもんな……」
「あのなぁ。お前がそんなに思い詰める事ねぇだろ。何でお前が落ち込むんだよ。あっちこっちではどこかで戦争してて、そんで、親も死んで身寄りもなくの垂れ死にのガキなんてごまんといる。身寄りのないエルディア人のガキが野垂れ死ぬ寸前で唯一この国で堂々と暮らしていける一握りの戦士候補生になれたのはたまたま運が良かっただけだ」
「でも、アヴェリアはすごいよ。マガト隊長に実力を認められて戦士になるために必死に生きて、俺より年下で体も小さ「あ??」「い、いや、その、ガビと次の「鎧の巨人」候補として争って……」

 体が小さいと言われた瞬間振り返ったアヴェリアがものすごい形相で睨まれたのでファルコは慌てて言葉を言い換え孤軍奮闘する彼を褒めたのだが、その言葉に対しアヴェリアはまるで誰かと自分を重ねるように俯き、ため息をついてしまったのだった。

「俺は、全然すごくなんかねぇ……お前こそ、ガビの為に「鎧の巨人」になりてぇんだろ?」
「そ、それ、いつの間に……盗み聞きしてたのかよ!?」
――「鎧の巨人を継承するのは、俺です!!」
「お前の声はな、よく響くんだよ。ブラウン副長にあんな風に言うとは。自分の事を自分で可愛いとかほざいたりマーレの洗脳教育に取りつかれてるかわいそうなくらいにマーレの思想に洗脳されたガビにお前が何で惚れてんのかまでは知らねぇが……」
「おいっ、ガビをそんな風に言うなよ!! あいつは誰よりもまっすぐで、誰よりもエルディア人の幸せを思って戦っているんだ。あいつは優しい、そうじゃ無かったら自ら囮になったりしなかったさ。てか、アヴェリアには関係ないだろ!! 全く……でもてっきり俺は……」
「あ?」
「いや……(アヴェリアがもしガビを好きだったら俺はとてもじゃねぇけど勝てっこねぇよ)」

 アヴェリアの眼光の鋭さと口の悪さは一体誰譲りなのだろうか。ファルコは自分よりも小柄で歳も下なのに他の戦士候補生よりも貫禄のある彼に内心怯えつつ、兵舎へ帰るからついてくるなと言わんばかりのアヴェリアに対しそれでも年上で在りながら戦士候補生の中で若干遅れを取っているファルコは年下のアヴェリアの傍を歩きながら親のいない彼を気遣いいつも接してくる。
 どうやらグライス家では自分達の帰還を祝い親族一同での打ち上げをするらしい。何処の家もそうだろう。戦果を挙げたと聞いて喜ぶこの国の親から子への接し方にも疑問を抱くばかりだ。

――「俺はアンタみたいに調査兵団に入りたいんだよ!! 止めんな!!」
――「二度とその言葉を口にするんじゃねぇ」
――「うるせぇ!! クソ親父!! 何が人類最強だ!! 腰抜けの落ちぶれた英雄が!!」
――「勝手にしろ、馬鹿野郎が」
――「そうさせてもらうよ、こんな家、居たくねぇよ。アンタといると息が詰まる。俺は俺の道でこの島を守る事にする」

 親の心子知らず、いや自分は親である彼の気持ちにこれっぽっちも寄り添えていなかった。自分は自ら兵士への道を志したというのに、それを親にあらゆる手段で止められ、そして取っ組み合いになるまで殴られた。しかし、それが自分を巻き込みたくがない故の愛だと知った時に残されたのは後悔だけだ。
 戦場へ行くこと、すなわちそれは。「死」に赴く事である。自分達を守るためにあの男は小さな身体に全てを抱え今も戦い続けているのだ。
「俺が鎧になるよりあのガビを鎧にさせたくないって言ってるファルコならもしかしたら――……」
 もうすぐあの島は戦場になってしまうというのに。それでも自由の翼をはためかせて。
 散々親に兵士になることを反対された立場のアヴェリアにとっては子が戦場で戦果をあげればあげるだけ名誉マーレ人への道が近づくことを喜ぶ親。子供に自分達の未来を背負わせている。その光景が今も違和感でしかなかった。

 もしこの戦争で自分が腹を痛めて産んだ子供が酷い有様で死んだとしても、マーレの為に立派に尽くしたと、悲しみよりも褒めたたえ感謝でもするのだろうか。と。
 自分の子供が笑いながら手榴弾で大勢の人間を殺した事を誇らしげに語るのを見つめる眼差し、もし自分がそんなことを親に言えばどんな目に遭うか。

「アヴェリア?」
「……あぁ、」

 アヴェリアも参加しないかとわざわざ声をかけてくれたファルコに対しアヴェリアは申し訳なさそうに(は見えないが)遠慮し、ファルコの好意を一刀両断する。
 ふと、やりとりしていた二人のその傍らで面倒くさそうに列をなして歩くどこか浮かない表情で突っ立っている心ここにあらずな兵士たちを整列させている純マーレ人でもある上官の姿を見つけて歩み寄った。

「ほら、こっちだ……ったく。さっさと立てよ。真っ直ぐ歩けよ」

 負傷したエルディア人達が列を為して移動しているが、全員その顔はまるで生気がない。
 死んでしまっているのかと錯覚するほどに。その群れの中を歩きながらアヴェリアは俯いたまま顔を上げない左目と左足を負傷している長髪の長身で体格のいい男を見かけ、その顔に違和感を感じた。

「コスロさん、負傷兵ですか?」
「あ? 邪魔すんなよデコガキ。心的外傷を負っちまったエルディア人だ。それも身寄りがねぇ連中だとよ。ここの病院で治療することになる」
「えっ、こっちの国でも!?」
「長いこと前線で塹壕掘らせてたらこうなっちまうらしい……弾とか爆弾が降ってくるからな……ヒュウウウウ……ドカーン!!! って」
「「「うわぁあぁぁ!!!!」」」
「(チッ、ガキみてぇな事しやがる、)」

 その時、わざと植え付けられたトラウマを揺り起こすような声でいきなり砲弾の真似事をして叫んだコスロ。純粋なマーレ人であるコスロはわざとPTSDに苦しむエルディア人たちの動揺を誘いだし、その大きな声に驚いたエルディアの負傷兵たちが腰を抜かしてその場に一気にバタバタと倒れ込んでしまったのだ。

「だああっはははははは」
「ははっ、オイ……やめろよコスロ、また転んじまったじゃねぇか」

 心的外傷後ストレス障害を抱えて病院に送り込まれる兵士たちはすっかり戦場で嫌って程に刷り込まれた恐怖を無理やり記憶の底から思い出させられ、怯えて座り込む者や、耳を塞ぎながら叫ぶエルディア人たちの阿鼻叫喚を見て下品な声を上げて笑っている。
 その光景に苛立ちながらもマーレ人であるコスロを一発でもぶちのめしたらどんな目に遭うか……。アヴェリアはグッと拳を握りファルコと一緒に倒れ込みガクガク震えている同胞たちに寄り添い安心させてやる。

「大丈夫ですか? 落ち着いてください」

 頭を抱え込み這いつくばるエルディア人のその隣で。巻き込まれる形で座り込んだまま動けずにい居る左目と左足がなく、肩まで伸びた長い髪を俯かせその表情が伺えない男性に思わず声掛けるファルコ。
 自分より何倍も上背のあるその男を抱き起しそっと支えてやる。
 細身に見えて思ったよりもガタイのいいその男は松葉杖をつきながらなんとか立ち上がった。
 誰に対しても、敵兵だろうが血族に支配される事無く分け隔てなく接する心根の優しく悪く言えばガビと違いマーレの洗脳教育に縛られていないファルコに対し、アヴェリアは無言でその座り込んだ男を無言で睨むように、様子を窺うように見つめていた。

「あっ、あなたは腕章が逆だ」

 アヴェリアが黙って助け起こすファルコとその男を見つめる中、声をかけてやりながらその後ろの長髪の負傷兵に話しかけるファルコ。しかし、ファルコはその男は本来左腕につけるべきである腕章を右腕に着用していることに気付き、戦争で失った足を抱えた不自由な彼の為に甲斐甲斐しく自らの手でつけ直すと優しい声調でそっと声をかけるのだった。

「大丈夫ですよ。病院ん行けばきっと良くなりますよ。もう、あなたは……戦わなくていいんですから」

 と、宥めるように、その無精ひげの青年へ向けて優しく語り掛ける。
 ただ黙ってファルコの言葉を受け止める青年はその言葉に何を思うのだろう。
 もう戦わなくていい、戦争は終わり、こうして無事に長旅を経て故郷へ戻って来たのだと。
 戦争はもう終わりを迎えたんだ。と、しきりにそう、語り掛ける。
 しかし、包帯で覆われた左目を隠した隻眼で左足のひざ下から損失した青年は右目で静かにここではないどこか遥か先を見つめていた。

 ――戦いが終わることは無い、むしろこれは未だ戦いの序章であるかのような、その虚ろな目にはかつての面影はなくとも、アヴェリアにはわかった。
 そして、かち合う目線と目線に、アヴェリアは疑似感を抱く。

「アンタ……」
「アヴェリア、この人と、知り合いなのか?」

 束の間の沈黙の中、アヴェリアはその右目に秘められた意志を感じ、そして、静かに首を横に振った。

「いいや、知らねぇ……こんなツラの人間、そうだ、やっぱり気が変わったからお前んちで飯食うかな」
「本当か!? もちろんだよ、ぜひ来てくよ!! 兄さんも喜ぶし、俺の家族みんな歓迎するよ」
「何なら一泊お世話になってもいいけど……でも、お前の酔いどれ兄貴にはぜってぇに酒は飲ますんじゃねぇぞ」
「うっ、それは分かってるって」

 アヴェリアは去り際、もう一度その負傷兵を見た。向こうもまるで目配せしたかのように。お互いそ知らぬふりをしてその場を去る。表面上では感情が乏しく元々表に出ない性格だからファルコには気付かれなかったが心の底では激しく動揺していた。
 行方不明だった張本人が、生きているのだ。しかも、かつてあの場所で見ていた顔ではない、まるで別人だ。本当に彼は変わり果ててしまっていた。

「(間違いない……生きてやがったのか。ああ。まさか、こんな身近にいたとは。)」

 お互い、思ったことは同じだろう。いや、向こうは既に自分の事を見抜いていた筈だ。名前も変えずにここで兵士を志願していた少年が今や次世代の九つの巨人の継承者争いで切磋琢磨しているマーレが誇る戦士候補生なのだから。
 アヴェリアは自分を見透かしたようなエメラルドグリーンの眼差しを避け、動揺を打ち消すようにファルコを冗談と皮肉を交えながら会話を続けその場を後にし、後に惨劇の舞台となるレベリオ区内へ歩を進めた。



 昨晩は帰還した祝いに親族一同盛り上がりすっかり夜通しのお祭り騒ぎだった。寝不足であくびをしながら早朝からの会議へ向かう本部の階段を上がるポルコの目の前をふと、黒くじっとりどんよりした、さわやかな朝の空気の中立ち込めた不穏な気配にふと下を見ると、なんと地べたをはいずる黒い塊が這いつくばっていたのだ。

「うおわあああああ!!!!」
「ん……? おはようポッコ」
「あ、はぁっ、ピーク……お前、何……やってんだよ」

 床を這う怪しい黒い塊の正体がゆらりと顔をあげれば。見慣れた同期の戦士隊の精鋭でもある数ヶ月ぶりにその姿を見せた「車力の巨人」の本体ピーク・フィンガーだった。
 四足歩行で過酷な戦場を駆け抜け、その馬面はお世辞にも美しさとはかけ離れた容姿。そこからはとても想像できなかったが、「車力の巨人」の正体は紛れもなく目の前の人目を引く美しい容姿をした彼女である。
 彼女の持つどこかミステリアスな雰囲気と時折見せる無邪気さのギャップが男性の心を掴むのか、純粋なエルディア人でありながらもマーレ人にも人気が高い。
 今まで長い間巨人体で居たせいか四足歩行の癖が抜けずにいるピークの突然の登場に驚き息を切らすポルコに対しピークは年相応の愛らしい笑顔を浮かべ、さらっと言ってのける。

「こっちの方がしっくりくるんだわ。ビックリさせちゃった?」
「オイ、……立って歩けよ」
「ふぅ、疲れた。巨人の姿で居る期間が長ければ長い程、ついつい二足歩行を忘れてしまうよ」
「しばらくは休める」
「だといいね……」

 間の抜けたようなピークの声に相当びっくりしたポルコは呆れたようにため息をついた。いつまでも昔みたいに自分を「ポッコ」呼ばわりしたり、急に這いつくばって姿を現したり。

 引き継いだ「車力の巨人」は九つの巨人の中でもとりわけ持続力が高く、ピークの身体が無事である限り何度でもうなじから脱出ができ、そして変身できる。あらゆる応用性が利く知性巨人だ。
 おっとりとしたどこか不思議な雰囲気が魅力な彼女の間の抜けた話し口調に呆れつつも、ジークにも認められた聡明な頭脳を持ち機転の利く彼女と「車力の巨人」の相性はぴったりである。

 その証拠に彼女は4年前、パラディ島で調査兵団と対決した「シガンシナ区決戦」においてはジークの投石攻撃やベルトルトを隠したり、周囲の偵察をしたりとサポートに徹し、調査兵団へ多大なる損害を与えた。
 飛んでくる投石攻撃を避け静かに迫って来たリヴァイに返り討ちにされて絶体絶命のピンチを迎えていたジークを救出し、四肢を切り取られ身動きの取れずにいたライナーも見事助け出し、二人を引き連れて無事にパラディ島から帰還したのもそんな機転が利く彼女のお陰だ。

 本体の治療速度は遅いが、それと引き換えに並外れた持続力を誇り、本人が元気な限り何度でも変身が可能な潜在能力を秘めている。
 その為、戦争が長引けば長引くほど風呂も寝食がなくてもその期間ずっと巨人体になっていられるため、いざ本来の人間の姿に戻っても、巨人で居た時の四足歩行の癖が抜けず普段の生活でも寝そべったり四足歩行で行動する癖が抜けずに居るのだった。

 ドアを開けるとふんわりとコーヒーの芳醇な香りが二人を迎えた。用意された椅子に腰かけるなり、ピークは二人分のソファへ迷わず倒れ込み、四つん這いの状態からそのままうつぶせの状態で固まった。

「全員揃ったな」
「珍しいですね。戦士長の部屋に集合なんて。マーレ軍の人は?」
「この部屋にはいない。戦士隊のみんなでたまにはお茶くらいしてもいいだろ?」
「……はぁ」

 会議の前に私服姿のジークに呼び出されて久しぶりに顔を合わせた戦士隊のメンバー。ピークは未だ人間の身体でいるのがしんどいのか一人ソファに寝そべったままくつろいでおりどうやら上官の前ではあるがその体勢で会議に参加するつもりのようだ。
 温かいコーヒーをマグカップに注いだジークが真面目な顔で本題を切り出した。

「さて、早速だが。マズい状況だ。この数年でマーレは資源争奪戦の時代を勝ち抜き 反発する国々を俺達の巨人の力で黙らせてきた。それによって世界のエルディア人に対する憎悪は……今やかつての帝国時代を彷彿させる程に膨らんでいる。俺達は歴史への反省をすべくマーレに尽くしてきた。それは間違っていない。だが……世界からはエルディア人の根絶を願う声がより強まった。それに加え、先の戦いで通常兵器が巨人兵器を上回る未来がより明確に知れ渡った。つまり、エルディア人は近い将来に必ず戦術的価値を失う。そうなれば、マーレは今の戦力を維持できなくなる。今後マーレが弱ればエルディアと世界を隔てる壁はなくなりエルディア人はよりその存権を脅かされる立場になるだろう。これは民族存亡の危機だ。唯一の解決策は早急に「始祖の巨人」とパラディ島の資源をマーレに治めること。マーレの国力を安定させると同時に、世界を脅かすパラディ島の脅威を我々の手で解決することだ。大事なのは物語ストーリーだ。始祖奪還までの筋書きを用意するんだ。その語り部をタイバー家が引き受けてくるそうだ。「戦鎚の巨人せんついのきょじん」を管理するタイバー家の一族がね」
「……! タイバー家が?」
「そうだ。彼らは名誉マーレ人として政治にも戦争にも不干渉の立場だったが、このマーレとエルディアの未来を案じて立ち上がってくれたんだよ」
「確かにタイバー家は、一度も巨人の力を敵国に向けたことが無い。何より巨人対戦でジオラルド家と共にフリッツ王を退けた一族として諸外国に顔が利く。タイバー家を通せば世界は耳を傾けざるを得ないでしょう」
「さすがピークちゃんだ。その通りだよ、」
「しかし……ジオラルド家は今は既に没落し、その子息のカイト・ジオラルドは自ら屋敷を燃やしてパラディ島へ亡命……タイバー家は今まで「戦槌の巨人」を持っていながら国を守る努めを果たさず、他のエルディア人が収容区で暮らす中、広い屋敷で優雅に暮らしてきた。それが……今さら表に出てきて英雄を気取るなんて、虫がよすぎる話じゃありませんか?」
「……気持ちはわかるが、タイバー家も祖国マーレを憂いているんだ。そしてジオラルド家もそう、自分達が起こしたその償いを果たすべく今はマーレに対して償いを果たしたいとカイト・ジオラルドの実の娘である子がこっちに来ている」

 ジオラルド家。その単語に誰しもが反応し、耳を傾ける。タイバー家だけではなく、英雄として名高いながらも悪魔の島に寝返ったと言われるジオラルド家が今更、どの面を下げで自分達マーレに協力するつもりなのだと、ライナーは探し求めていたジオラルド家の末裔であるあの女の笑みが横切った。
 自分達が取り戻しに行かずとも彼女は自分の意志であの島を捨てマーレに来ているのだと。

「しかし……俺達は――「これで祖国マーレが救われるならありがたいことです」

 かつて自分が幼い頃は何においてもトベであり、ポルコにバカにされてばかりだったライナー。しかし、今は違う、戸惑うポルコの言葉を遮ったのはパラディ島で戦士から兵士として活躍する中で色んな苦悩を経て立派に帰還を果たし、戦士副隊長の地位にまで上り詰めた体格も図体も逞しく成長したライナーだ。
 賛同するかのようにジークの話と彼がテーブルの上に差し出したタイバー家の一族の写真へ眼を向ける。

「俺達戦士隊もジオラルド家とタイバー家と共に協力して英雄国マーレの復活の礎となりましょう」
「……そうだ。近くこのレベリオで祭事が行われる」
「祭事…?」
「諸外国の要人や各世界の記者を招いてタイバー家は宣言を行う。「一年以内にパラディ島を制圧する」と。エルディア人とマーレの運命はこの作戦にかかっている。もう…失敗は許されない。エルディア人と祖国マーレの未来のために今一度皆の心を一つにしよう。そして、もうひとつ切り札が我々には残されている。何も心配することは無いんだ」

 ポルコは他の戦士隊と違い返事を渋っていたが、ライナーの呼びかけにより一同はジークの話に耳を傾け、彼へ賛同し、そこで会議は終わりを迎えた。

「(この部屋にはいない……か)」

 自分の背後の席に鎮座されている蓄音機にそっとその視線を送るライナーは先ほどのジークの言葉からここが盗聴されていることは既に気付いているようだった。
 インテリアとしては申し分のない一見何の変哲もない蓄音機を目の端に留めながら、敢えて気づかぬふりをしたまま部屋を後にするライナー。
 その通り、マガト隊長を含めたマーレ当局の人間達はエルディア人の血が流れる自分達の会話をこっそり別室で蓄音機越しに聞き逃さぬよう盗聴していたのだった。

 ジークの部屋を後にし、ぼんやりとしたまま訓練所の様子を見つめるライナー。
 視線の先では対人戦闘訓練をしているいとこのガビが訓練用の銃剣で何の苦もなく軽くいなすように、鮮やかな手つきであっという間にファルコを倒してしまった。

「(大きな作戦の前には必ず思想調査が行われる。あの頃から変わらないやり方だ……。俺はまた……あの島に行くのか……)」

 多感な時期の殆どをあの島で過ごした。苦楽を共にした仲間達との暮らしを思えば思うほど、自分の心の拠り所が失われていくように、俯き歩く彼の表情は決して明るいものではなかった。
 むしろ、パラディ島で起きた出来事とマーレに帰還してからは尚更彼にあの島での日々を嫌でも思い出させた。
 壁に囲まれた仮初の暁に包まれた滅びゆく楽園。あの島で暮らした事でこれまで母親やマーレによるパラディ島の島の悪魔に対する洗脳教育はすっかり解けてしまったからこそ、彼は今も戦士と兵士の狭間で苦しんでいるのだ。
 がむしゃらに訓練に明け暮れるいとこの姿を見てライナーはある決意を持ち、そしてその場から静かに離れる。

「あの……すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい……ん?」

 その時、廊下を歩く彼の背後で聞こえた声に耳を澄ませる。しかし振り向いた先には誰も居ない。一体どうしたというのか、自分はついに自分が戦士か兵士か精神分裂病になったあげく今度は幻聴でも聞いたのか。

「あの……ここです、ここに居ます」
「あっ、ああ……」

 ちょいちょいと、自分が着ている隊服の裾を引く白い手に目線を下に向ければ自分よりもはるかに小柄な女性が居た。

「あぁ……失礼しました。ご婦人」
「いえ、」

 真下には首元までふんだんにあしらわれた上質な純白のを基調としたフリルワンピースを身に着け、頭にはショールを巻き、そしてその腕にはすやすやと眠る伏せられた睫毛の長い赤子を抱いている。
 そして、どこかで耳にした甘くない凛としたソプラノが響く。

「テオ・マガト隊長へ面会に来たのですが……とても広い施設ですね。道に迷ってしまいまして」
「あぁ……それなら、ですが、失礼ですがあなたは一般の方ですか? ここは一般人は立ち入りは禁止されていて許可がないと入ってはいけない決まりですが」
「あっ、そ、そうですよね……私ったら、つい、すみません、改めて出直す事に致します。どうかこの事は」
「ええ、あなたはどうやらマーレ人のようだ。もちろんこの事は伏せておきますが急いで戻られたほうがよろしいかと」
「ご親切にありがとうございます」

 しかし、ライナーは自分よりはるかに目線が下の物腰の柔らかな女性に対し何の感情も抱かずに入口への道を示すと、彼の目は鉄格子のある部屋へ思い馳せていた。あの島から故郷への帰還を果たしたというのに、決して晴れることは無い彼の表情。不眠に苦しみ、そして自分の起こした行動で仲間達はもう二度と帰らない。あらゆる支柱を失って元々強くはなかった精神は限界だったのだ。
 丁寧に頭を下げ、去って行く小柄な女性。その後姿を見届けることなく再び歩き出す。

「ライナー……随分、やつれたね……まるで別人のようだわ」

 自分がこれから行う事に対しての責任を全うすることで頭がいっぱいで、その女性が見知った女性だった事さえも気づかぬほど、彼は精神的に疲弊していた。
 ライナーは過去のこれまでの自分を振り返っていた。
 もうベルトルトも、アニも、マルセルもいない。
「選ばれた戦士としてあの島の悪魔を一掃し、この国で暮らす善良なエルディア人を救って世界の英雄になる」ことが彼の長年の夢だった。
 英雄となり、名誉マーレ人として母親と彼女を捨てた父親と三人で穏やかに暮らすのが彼の夢だった。
 彼は英雄に憧れていた。しかし、現実は残酷だった。自分が「鎧の巨人」を継承したのはマルセルの弟・ポルコを死なせたくないと思うが故の兄弟愛の中、水面下で起こした印象操作による結果だった。

 そのマルセルもよりにもよってその後自分を庇いユミル巨人に食われて死ぬ寸前にその話を口にしたのだ。
 そして、ずっとマーレの洗脳教育で刷り込まれ続けていたあの島の悪魔たちは、いざ共に同じ釜の飯を食い、厳しい訓練に耐えながらも共にマーレでは経験しなかった差別のない自由な青春時代を過ごせは、仲間達は自分たちと変わらないエルディア人だったという現実。
 その現実の中で自分達は島の仲間達を裏切り、そして見殺しにした。戦士としても兵士としてもどちらにもなれなかった。何の役にも立てないこの身体。巨人を必要としない未来が迫っている。窓に鉄格子が設置された部屋の中でライナーはスナイパーライフルの細い銃口を迷うことなく自身の口に突き刺してこれまでの行いを振り返り、そして今にも自らで自らの命を絶とうと、引き金を引こうと手を伸ばしていた。今だ、カチッと音が今にも聞こえたらこの銃弾が脳幹を貫いて、自分はようやく解放されるのだと。懸命に訓練に明け暮れるガビに自分の記憶を抱えた「鎧の巨人」を継がせるつもりもなかった。
 その時、あろうことか今から自らの命を絶とうとしていた自分をまるで女神は彼が自ら死ぬことをあざ笑うかのように、建物の外にいる先ほどまでボコボコにやられていたファルコが壁を叩き悔しそうに呟いたのだ。

「クソ……このままじゃ、ダメだ……ガビに「鎧の巨人」を継承させたくなんかないのに」

 鉄格子越しの窓の外、聞こえたファルコの声に気づき急ぎ口の中から銃口を抜くライナー、その表情は真っ青で、今死のうとしていた瞬間響いた聞き慣れたファルコの声に一瞬にして臆病風に吹かれて行動を止めた。

「ファルコ……そうだ、俺にはまだ、あいつらが……」

 決意を胸に、鉄格子から立ち去るファルコの姿を見つめて、ライナーは一縷の希望がまだ残されていることを知り、そして自らの自死を思い留めるのだった。そう、まだ彼は死ぬわけにはいかないのだ。死にたくても死ねない運命を背負った男がその本当の意味を知るのは、まだ遥か先の事である。



「病院……」

 自分の存在でライナーの自殺を止めた事も知らず、相変わらずまたガビにコテンパンにぶちのめされて失意の中、街中を歩くファルコはふとある場所に導かれるようにその建物を見つめていた。長引く戦争により心と身体に消えない傷を受けた兵士達収容されている病院だった。そして辿り着いた病院内の庭園では心に傷を負った兵士たちがリハビリに明け暮れて回復訓練を行っているようだった。
 ガビに負けたショックや疲労で動くこともせず突っ立っていたファルコの横から自分を呼ぶ男の声がした。

「オーイ」
「あ、あなたは……」

 そこに居たのは、庭園のベンチに座る松葉杖の長髪に声を掛けられたファルコは「腕章が逆だ」と声を掛けた左目と左足を負傷した兵士であることに気付いで駆け寄った。自分に気付いて声をかけてくれたらしい。
 座っていいか尋ねればもちろんと、快く示され、腰掛けたファルコ。見た目は怖そうな傍から見ればどこか危険な雰囲気を持つ負傷兵の男だが見た目の割には気さくで依然話した時よりだいぶ話せるようにまで回復したらしい。

「えっと……、経過は順調みたいですね。会話できるぐらい回復して」
「まぁな、ここに心因的外傷の治療に来てるんだ……。俺のは嘘だ、」
「え?」
「記憶障害で家まで帰れないって事にしてるんだ。本当は帰りたくないだけだ。今は家族に顔を合わせづらくってな。病院の人に言うか?」
「そんなことはしませんよ」
「怪我してるな。マーレの戦士になるための訓練か……」
「ええ、でも、俺は……なれません。同じ候補生に優秀なヤツがいて、俺の出番は無さそうです」
「……それはよかった」
「え?」
「君はいい奴だ。長生きしてくれるなら嬉しいよ」
「でも、俺はそいつを戦士にさせたくなくて……」
「どうして、」
 黙り込むファルコに負傷兵の男は何かを察したようだった。

「その候補生は女の子か、」
「ここ(レベリオ)じゃ有名な奴ですよ。この前の戦争でも活躍したくらいで、誰だって次の鎧はあいつがいいと言うハズ。でも、俺は力がないから、何も出来ないまま終わるんだ。」

 ファルコは自分より優秀な候補生がいるため、自分は戦士にはなれないとたまらず口にしていた、その「優秀な候補生」が女であることを察した長髪の男は彼にかつての自分でも見ているかのような口ぶりで話に耳を傾ける。
 自分には力が無いから何もできないまま終わる。そんな彼の姿はあの日の自分と重なる様だった。自分もかつてはそうだった、守りたい大切な女性が居て、彼女のように強くなりたいと足掻いていた。無精ひげの負傷兵――変わり果てた風貌のエレン・イェーガーは静かに自分の思いをファルコへ語り始めた。

「俺はここに来て毎日思う。何でこんなことになったんだろうって、心も体も蝕まれ、徹底的に自由を奪われ、自分自身も失う……。こんなことになるなんて知ってれば誰も戦場なんか行かないだろう。でも……皆何かに背中を押されて 地獄に足を突っ込むんだ。大抵その「何か」は自分の意志じゃない。他人や環境に強制されて仕方なくだ。ただし、自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ。その地獄の先にある何かを見ている。それは希望かもしれないし、さらなる地獄かもしれない。それは……進み続けた者にしかわからない」

 その情景はまるであの日の自分を重ね合わせるように。
 故郷を奪われたあの日の少年は、今も進撃を続けていた。そっと顔を上げて、呟いた。
――自ら進み続けなければ その先の結果は分からないのだ。
 かつて「悔いが残らない選択を自分で選べ」とエレンに告げたリヴァイがいた。そして、同じようなこんな夕日の下で、訓練に明け暮れる中、上手く立体機動が出来ずに挫折しかけた自分に対して「困難でも進み続けるしかない」と告げたのは今彼が進む原動力は紛れもなくライナーである。

 それでも進み続ける事を、マーレに単独で潜入を果たした男、エレン・イェーガーは。苦難に明け暮れボロボロのファルコの背中をそっと、自分がかつて背中を押されたように自分も揺るぎない目に今も怒りを宿したまま、押したのだった。



 自分の悩みを聞いた上に励ましてくれた負傷兵との交流を続けるうちにファルコにも明るい兆しが見え始めた。その晩のこと。マーレの本部では突然の来訪者に驚き、バタバタと騒々しく慌てふためくマーレ当局員たちにマガトがこんな夜に一体何事だと怪訝そうに尋ねる。

「オイ、何の騒ぎだ?」
「マガト隊長、タイバー家御一行が来訪されました!!」
「…!? 何だと…」

 そして、もう彼らはマガトの目の前にいた。その中心に立つ金髪の長い髪を垂らした気品溢れる洗練された出で立ちが彼がただの男ではないことを示す。
 用意された舞台の幕が上がる瞬間がやってきた。もう間もなく。舞台は整えられ、そして観客と役者たちが軒並み揃うのだ。その日はもう目の前だ。
 悲劇の舞台となるこの地レベリオは間もなく血と阿鼻叫喚の喝采の中沈むのだ。
 それはまるであの悪魔の島の「シガンシナ区」と同じ結末を、辿るかのように。

2021.02.18
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