THE LAST BALLAD | ナノ

#113 巨人が消える未来

――「アヴェリア、あなたが生まれて来てくれて、本当によかった。あなたは本当に、お父さんによく似ているのね」
――「冗談だろ、止めてくれって、全然似てない、俺あんなに目つき悪くない」
――「そんなことないよ。あなたはあの人と同じ、とてもやさしい目をしてる。から、あの人はとても強く、立派な人だけど、あなたがあの人の心を、いつも支えてあげてね」
――「愛してる。アヴェリア」

 母は繰り返し眠りにつく前に髪を撫でそう微笑んだ。その名は愛を持っている。その目は未来を見据えている。
 自分の名前の意味を知るとき、もう自分の傍には誰も居ない。飛び立つ鳥が戦場を悠々と飛び回りそして姿を消した。
 戦場に置き去りにされて感じたのは、言いようのない苦しみ、終わりなき後悔と永遠に続くこの腕章がもたらす地獄だけ。

――「親父、この空の向こうも地獄だ」
 アヴェリアは空を睨みつけながら上空からやって来た真っ白な。今まで見た事も聞いた事もない文明の兵器にこれから待ち受ける地獄に戦慄していた。
 島を渡り、そして、気付けばここに居て、あの島をかつて地獄に変えた悪魔たちにまた自分も魂を売る事になる。

 絶え間なく降り注ぐ絶望に心は麻痺し、アヴェリアはこれから起こること、敵対している中東連合の兵士達に祈りを捧げた。
 そもそも自分はこの壁の外の自由を求めていたあの少年の心に感化されあの島を出たのだ、そして襲い来る嵐の中でようやくたどり着いたのだ。
 その自由の中に未来はあるのだと。しかし、知れば知るほど自分達の暮らす島がどれだけこれまでの歴史に歪められたことで歴史に置き去りにされてきたのか。
 スラバ要塞はまるで自分達が暮らすあの壁の世界と全く同じだ。島の未来が今目の前で再現されるのだろう。その未来が見えた気がして思わず目を背けたくなるのだ。
 あの島はいつか、こうなる。鉄が空を飛ぶ時代に、ガスでただ飛び回るだけの自由の翼達が、到底かなうわけがない。
 銃火器に槍と盾でただ挑むだけ、そして翼さえも地に落ちる未来。自分の暮らした島が終わりを迎える日もそう遠くはないのだと。この戦争が終われば始まる。あの島が焼き尽くされる未来、滅びの序章。あの島がどれだけ狭く閉鎖されていたのかを、まだ幼さの中にかつての父親と同じ目をした少年は知る。



 ライナーがやつれ切って変わり果てた今。その姿を104期生として共に過ごした仲間たちとの間に築かれた3年間。しかし、今はもう、誰も彼のことを知らない。
 あの島で過ごした彼の記憶を知るのは、それを覗き見た者だけ。頼れる兄貴分だった彼はあの戦いを経てすっかり成長以上に無精ひげの生え、体格の良かった彼の巨人体はもう当時の面影を微塵も感じさせてくれない。やつれた存在と化していた。
 パラディ島を離れ、敵国マーレの戦士候補と呼ばれる、エルディアの血の流れる迫害は島の外でも変わらなかった。どの国に言っても自分達は恨まれ、そして忌み嫌われる。大昔の歴史が永遠にその因果を断ち切らせてくれない。
 「悪魔の末裔」たちは、「鎧の巨人」の継承者となる最終試験のため戦争の最前線に挑みその若い血を存分に発揮していた。
 この長きにわたる戦争も、もうじき終わりを迎える。その用意は着実に迫りつつあった、この壁に覆われた「スラバ要塞」を攻略し、軍港で待つ「中東連合艦隊」を沈めてしまえば。
 巨人を出陣させるためにはまず「装甲列車」を破壊しなくてはならない、自らの勇気を証明し、有言実行して見せたのは自分よりは歳は上ではあるが、彼女もまたこの国の洗脳教育の犠牲者である。
 同じ血が流れているのに「島の悪魔」を根絶やしにすると言う揺るぎない目標を掲げてその情熱が激しい炎となって彼女を駆り立てている。
 自分が新たな鎧の巨人となり、あの島を今度こそ。終わらせるのだと。ガビの活躍により島を彷徨うだけの存在だったユミルがライナー達の仲間であるマルセルを捕食したのが全ての始まりだった。
 マルセルの死がライナーを変え、彼の精神を極限まで追い込んだ。
「顎の巨人」のユミルを捕食し、彼女以上の強力な力を得た優秀な戦士で在り巨人でもある「顎の巨人」が敵の要塞へと果敢に突進していく。
 その機動力と硬質化さえ砕く強靭な顎。まさに「顎の巨人」その名を欲しいがままにしているのだ。

「装甲列車の沈黙を確認。これより降下作戦を開始する。くれぐれも作戦通り、ジークが矛となり、ライナーが盾となるのだ」

 重厚な音を立ててゆっくりゆっくりとスラバ要塞の上空を飛行する飛空艇を見上げ、その下では悪魔の末裔として、マーレへかつて自分達が遥か昔の歴史に起こした悲しい争いの中で今を生きる人間に罪はない。
 それでも捨て駒として、エルディアの歩兵部隊たちが銃を持ち、雄たけびを上げて中東連合艦隊へ銃弾の雨を掻い潜り最後の一人になるまで特攻していく。

「あぁぁあぁあぁあ」

 その先で「顎の巨人」であるマルセル・ガリア―ドの実弟であり同じく優秀なポルコ・ガリア―ドが突然現れ、俊敏な動きで逃げる中東連合の兵士たちを蹴散らし敵が走らせていた線路をまるで玩具のように口に咥え、頑丈な顎は飛び交うマシンガンの弾さえも撥ね退け、持ち上げた勢いでべりべりと引き剥がしていく。
 中東連合も負けじと掘り進めている塹壕から容赦なく弾丸を放ち、襲い来るエルディア歩兵らが次々と撃たれていく。
 そこへ、ウォール・マリア奪還作戦でも「獣の巨人」とともに姿を見せ、彼の補助的な役割として戦い、リヴァイに止めを刺されそうになっていた「獣の巨人」の命を救ったのも、リヴァイの長年にわたる因縁を作り出したのもまたこの巨人である。
 多くの兵士達を苦しめた四足歩行の巨人「車力の巨人」が登場した。顔面を覆う装甲と砲台をその背中に背負い、機関銃を操縦するのはパンツァー隊と呼ばれるマーレの優秀な兵士達。「車力の巨人」と一丸となりその機動力で「顎の巨人」と共闘し、中東連合達を蹴散らしていく。
 敵の塹壕を覗き込み攻撃する四足巨人 そのまま塹壕の屋根を薙ぎ倒していく、二対の巨人が暴れまわったことで地上は今にも制圧できそうだ。
 ガビの活躍で恐れられている「対巨人砲」を封じたからこそ今こうして人間では不可能な力で制圧をしているのだ。

 その一方、銃弾を浴びて、意識のない敵兵を塹壕に引きずり運ぶファルコの姿を見てアヴェリアは無言で一緒に運ぶのを手伝っていた。
 ガビはそんなファルコの持つやさしさ、戦場に対して全く意味のない行為に対して心底呆れて蔑むような眼で見下しため息をついては辛らつな言葉で彼を批判しているようだった。

「ファルコ……。あんたより何倍も優秀な私と互角に張り合えるアヴェリアにも手伝わせてそれがあんたの売り所ってわけ? 国際法を遵守して私に覆い被されば鎧を継承できると思った? ちっとも役に立ってないんだけど」
「知るかよ、」
「変な奴」

 彼がガビに抱く淡い思いなど、島の悪魔を根絶やしにすると言う揺るぎない誓いだけに燃えるガビには分からないのだろう。アヴェリアは自分には到底無理だと思った。
 幾ら好きな少女の為とはいえ、鉄の雨が降り注ぐ戦場に自ら飛び出すファルコがどれだけガビの事を思っているのか。
 ふと、負傷していた中東連合兵が何かを話しているのを耳にし、アヴェリアはゆっくり耳を澄ませる。しかし、離している言葉が違うために全く分からないのだ。

「あ??」
 眉間に盛大に皺をよせ今にも何を話してるのかわからないと突っ込むアヴェリアにファルコが宥め。かつてマーレ国外の収容所からマーレへやって来てマーレ外の語学にも堪能なウドへ翻訳を求めた。

「何か言ってる。訳してくれウド、彼に出血は収まってるから安心しろって」
「「触るな。穢れる。悪魔」 ……だとさ」

 純粋に、こんな状況下でも敵味方、関係ない、同じ人間だと、血の流れな共関係ないと、分け隔てなく接しているファルコの優しさをあざ笑うかのように。マーレ兵はこの場に似つかわしくない笑い声をあげていた。そうだ、これが自分達「悪魔の血が流れる末裔である」エルディア人が置かれている現状なのだ。
 しかし、頭でそれを理解していても、そう簡単には受け入れ難いものがある。

 何故自分達が畏怖の目を向けられるのか。けがれた悪魔だと言われる由来を持つのか。それは遥か昔の記憶。その時、

「撤退だーーー!!!」

 その時、上空に信号弾が上がり、エルディア歩兵たちにスラバ要塞からの撤退を急ぎ促す。

「撤退だ!! 急げ!! 要塞から離れろ!!! 巻き込まれるぞ!!」

 塹壕からその光景を見ていたガビ達にも緊張が走る。とうとう始まったのだ。地上からの「車力」と「顎」の襲撃、そして上空で待機しているのは。

「始まった……」

 スラバ要塞のちょうど真上には飛空艇が到着した。やがて、上空では飛空艇の昇降口から次々と落下してくるパラシュートの白い布が見えて。それはスラバ要塞の中東連合の兵士達にもよく見える。青い空に不気味なほどの白い布が広がって居るのだから。誰もがその空の様子に気づき異様な光景を見て指差しして警戒を促す。

「(今更逃げても、もう遅い……昔自分達の島もこうだった、突然始まったんだよ)」

 拘束具で身体の自由を奪われたまま、ロープで引きずられ 強制的に空中へ放り出されるエルディア人達の姿は完全に尋常ではないことが見て取れる。その目はうつろで、誰もがこれから自分達の身に起きる事を、理解していない。
 空中では次々とパラシュートが開き、兵士たちが降下していく。その飛空艇の昇降口から次々と落下していく兵士たちの様子を伺うジークとライナーの姿があった。
 四年の歳月を経て、パラディ島から唯一帰還した彼は持っていたナイフを手にし、ゆっくりと降下した兵士達を見つめている。

「おほん」

 ジークが咳ばらいを一つ。そしてゆっくり、息を吸い込むと、大きな声で咆哮を上げた。

「−−−−ウォオオォオオォオオ……!」

 彼が叫んだ、その瞬間、降下していたエルディア人達がまるでジークの持つその叫びに反応するように淡い金色の光が次々と巻き起こり、戦場を眩い光が照らしていく。ジークが持つ、その巨人の力はまるで。かつて巨人たちを支配した「始祖の巨人」のエレンの叫びがかつて窮地を救ったあの瞬間と同じ。まるで「座標」
 そして降り注ぐ光を浴びて兵士たちは瞬く間に恐ろしい巨人へとその姿を変え、一斉に巨人化して、不気味な笑顔を浮かべたまま上空からまるで雨のようにどんどん巨人が降り注ぎ、瞬く間にスラバ要塞に直撃していく。
 パラシュートは巨人化の際に全て壊れ、落下の衝撃から壁に直撃して肉片が崩れ落ちる巨人たち、粉塵を巻き上げ束の間の静寂が流れたと思ったその次の瞬間、ゆっくりと動き出す巨人達はまるでパラディ島のシガンシナ区の壁を破壊し、その穴から登場した巨人達を思い起こさせるような悪夢の再来だ。
 尽きる事のない食欲に突き動かされた化け物、同じ人間でありながら自分達が迫害される理由。

「嫌だ、止めて……!!!!」

 それは自分達が化け物であるという事。それが確かな答えである。次々と要塞の壁をよじ登って中東連合兵らを捕食対象とみなし、巨人たちは進軍を開始した。

「うわああああああ!!!!」
「ぎゃああああああああ〜〜〜!!!」

 突如として空からの巨人の襲撃に仇なす術もなく逃げ惑う中東連合兵たちは対巨人兵器もなくただのライフルやマシンガンなどただの飾りである。
 敵兵を捕まえ、どんどん巨人達を捕食していくその光景をただ離れた所から見ているファルコ達は呆然としている。

「おい、アヴェリア、大丈夫か???」
「……平気だ、」
「顔色が悪いぞ」
「うるせぇな、人の心配よりも自分の心配、してやがれ馬鹿ファルコ」

 アヴェリアは目を覆いたくなるような惨劇に、しかし、同じことを同じ血が流れる自分達がしている。これが戦争だと理解していても、かつて同じ目に遭った母を思うとどうしても直視できなかった。

「あぁ、まさしく……悪魔だ。俺達マーレの先祖も……ああやって食われたんだな。お前らエルディア人に」
「(……そんなお前らが俺達の島をかつては滅ぼそうとしたこともまた事実だよ、クソッたれが)」

 さっきまで兵士だった者達が見るも醜い人肉を貪り食う化け物へと姿を変えて。巨人が美味そうに中東連合の兵士たちの骨や肉を無我夢中で味わうかのように捕食するその姿を直視するガビ、ファルコ、ウド、ゾフィア。
 そして、その光景をかつて目にした自分の母へ思いを重ね、その巨人とこれまで幾度も死闘を繰り広げてきた両親を、父親の背中をどうしても忘れられずに。思い出しながら、アヴェリアはため息をつくのだった。
 胸元にはマーレから伝わった「写真」を家族で収めたあの日の笑顔が今も残されている。

「(親父、母さん、エヴァ。俺が、間違っていたんだ……)」

 家族の証はどれだけ離れても永遠に途切れる事が無いように、自分達の身体に流れるこの悪魔の地も、途切れることは無いのだろうか。
 敵兵達が見た光景は、まさにこの世の地獄の終わり、だった。
 ロケットを握り締め、もうじき自分の故郷も火の海に染まる。それを守りたい、父が見せた揺るぎない強い信念、そしてその背中に背負った翼。自分が調査兵団を志したのは必然だった。
 次々と止めどなく溢れては落下した兵士が巨人へと姿を変え、かつて自分がそうした時のように、捕食されていく敵兵の悲惨なその状況ははるか上空からでもうかがえる。その様子を見てライナーは嫌でも数年前の出来事を痛感させられた。
 その巨人の後を追いかけるように、ライナーも飛空艇からこうかし、パラシュートを広げてゆっくり現状を把握していた。

「(質量爆弾の威力は十分。だが、高度が高すぎた分半分は落下の衝撃で死んじまった……対巨人野戦砲もまだ多く機能してる。28……29……位置と数は把握した……しかし……)また、壁かよ」

 もう残り僅かの余生は戦いへ捧げる。永遠に忘れることは無いあの三年間の日々。島を離れ、故郷に帰還した今も。あの小さな島国で過ごした104期訓練兵時代を思い出してはもう戻れない少年時代への思慕の情を募らせる。

「だから、……壁はもううんざりだ」

 手にしたナイフで一気に掌を斬り裂き、その傷口から迸る雷光。ライナーが鎧の巨人と化し、一気に要塞の壁外へと落下し、その姿を見せた。
 その姿はまるであの日と同じ、ウォール・マリアの壁を体当たりで吹き飛ばした時と。
 しかし、それよりもだいぶ年齢を重ねやつれきった彼がこの数年間どれだけ精神的に疲弊しているのか、彼の疲弊を「鎧の巨人」体の自分が示していた。

「ライナー……気をつけて……」

 ライナーと同じ姓を持ち、彼のいとこでもあるガビは心配そうに自分が後に引き継ぐ彼が持つ「鎧の巨人」へ姿を変えたライナーの様子を見つめていた。誰よりも勇敢な戦士で在り、一族の中から名誉ある巨人能力者となった彼を尊敬しているガビは彼の遺志を引き継いで巨人となった時、その時に知るのだろう。
 ファルコはいずれガビが引き継ぐであろうその巨人の姿を目に焼き付けているようだった、

「鎧だ!!! 殺せぇ!!」

 しかし、巨人に襲われながらも中東連合の兵士達は未だしぶとく生き残っているようだった。大柄な体躯をもつ「鎧の巨人」は姿勢を低くし、中東連合兵達に接近する鎧の巨人に向かって装備していた対巨人砲で狙いを定め中東兵たちが一斉に銃弾を放つ。
 向けられた対巨人砲を掌で破壊する鎧の巨人だったが、不意に反対側から壁上から対巨人砲の弾丸が放たれ、即座に防御をしようとしたが、弾丸は容赦なく硬質化の鎧でびくともしなかった筈の、調査兵団の超硬質ブレードでも砕けなかったあの鎧はいとも簡単に腹部と左腕を貫通し、溢れた血が彼の視界を埋め尽くした。

「(対巨人砲徹甲弾……!! 俺の鎧も貫くか……)」

 鎧の巨人目掛けて対巨人砲の狙いを定める中東連合兵にライナーは自分を貫いた弾丸はただの兵器ではない事を知り、急ぎ距離を取る。

「装填完了!!! 撃てー!!」
「(装甲列車、……まだ、居たか……!! ちぃっ!!!)」

 ドウドウドウと、大地を揺らし駆け抜ける彼を装甲列車から伸びた砲台が向けられる。左腕で弾丸を振り払うも、その衝撃で彼の逞しい腕が吹っ飛ぶ。それでも止まらずに硬質化で覆われた鋼のボディで体当たりを決めたその時、彼目掛けて砲撃が狙い定められたその瞬間、まるで彼を助けるかのように縦横無尽に戦場を飛び回るポルコが現れ、対巨人砲をその強靭な爪で握り潰し粉々に破壊したのだ。

「(ガリアード……)」
「死ねぇえええ!! 売女の末裔共があああああああ!!!!!」

 中東連合兵が叫びと共に対巨人砲を顎の巨人は四足歩行で飛び回りながら跳躍し、その顎の名を持つ高質化さえ物ともしない強靭な指先で砲撃を潰していく。
 かつて共に戦士候補生として競い合った104期ではないまた絆と因縁を持つ同期と背を預け協力し合い戦う。
 ユミルから継承した「顎」を使いこなす彼は元々持つ身体能力が高く、自分の手足のように自由自在にその能力を遺憾なく発揮していた。
 鎧の巨人も負けじと応戦すべく、装甲列車で襲い来る巨人砲をガードしつつ、吹っ飛ばされていない右腕で鉄鋼の装甲列車を振り回し、大きな雄たけびと共に対巨人砲を次々とその剛腕で巨人の持つ恐怖を目の当たりにした兵士たちを無残にも破壊していく。
 巨人たちの活躍により長い長いこの戦争を終わらせるべく、最後の戦いが繰り広げられている。

「(よし……!!)」

 顎と目配せし、壮絶な戦いにより煙幕が上がるスラバ要塞は一気に沈黙した。その上空では鎧の巨人からの合図を受け、最後飛空艇に残されたジークがパラシュートでスラバ要塞へ降下を開始した。
 ユミルが与えたとされる、知性を持つ巨人たちがその強さと共に差し出した対価。13年の残り寿命も一年となった彼も巨人化の代償によりだいぶ老け込んだ印象に見え、金髪の髭もだいぶ伸びていた。

「(制圧したか……。)俺達の敗北が招いた戦争だ。ライナー……」

 まるであの日の無念の帰還を思い起こさせるように。かつてリヴァイに追い詰められたジークもナイフで手のひらを傷つけると、調査兵団達を肉片と化した恐ろしい「獣の巨人」へ姿を変え、金色の輝きで埋め尽くされたスラバ要塞へと堂々と着地した。
 誰も知らない壮絶なウォール・マリアでの戦い。獣の巨人を常人ではありえない動きをもってして仕留めたリヴァイ。
 彼の伝説は今も語り継がれ、獣の巨人を追い詰めたのだと、老若男女問わず無敵の英雄として誇るアヴェリアの実父は壁の英雄だ。
 しかし、彼はそんな栄光など求めていないと一人淡々と鍛錬に励んでいた。全てはかつての友との誓いを果たす、それだけの思いで。
 そんな彼がアヴェリアの母親でもあるウミや生まれた娘ではなく、自分達家族の前では彼を思いやりながらも、その心の奥底の暗い瞳の中では今も思いを静かに募らせる忌むべき巨人の姿を遥か下の塹壕からジークの垂直に降下を見守るガビ、ファルコ、ゾフィア、ウド、そしてアヴェリア。

「(でけぇ……)」

 生身の人間があの巨体を地に伏せたその光景はどれだけ圧巻だったのだろう。彼のその風格はまさに巨人の王の名にふさわしいと、思った。
 人語を話すことが出来る彼の声にかつて調査兵団でリヴァイに次ぐ実力者でもあったミケの戦意を喪失させた巨人は不気味な声で語り掛ける。まるで自分にも。言い聞かせるようだ。

『戦争って……よくないよな』

 指示の通り、矛と盾として。鎧の巨人と背中合わせで降り立つ獣の巨人は中東連合の塹壕に残された対巨人砲の弾丸を拾あげた。
 まるで調査兵団達をまさに地に伏せ地獄絵図へ変えたあの恐ろしいフォームで腕を振り上げる。そして、海に浮かんだ軍港へと、その視線を向けたのだった。

「あぁ……これで……ようやく……戦争が終わる」

 ウドは獣の巨人の投石攻撃を受けるであろう海に浮かぶ艦隊へ向けてようやく家に戻れるのだと安堵しつつ、そのまま、対巨人砲徹甲弾を振りかぶって勢いよく投げ放つ獣の巨人を見つめる。
 しかし、それと同時に向こうもそれを分かっていたのか、待ち構えていたように、投石攻撃の後どうしても無防備にならざるを得ないマーレが誇る最強の獣の巨人に向けて中東連合艦隊から一斉に巨人の皮膚などものともしない対巨人砲が一斉に海からこの高台に向けて放たれたのだ。

『ええぇ……!?』

 獣の巨人の投げた徹甲弾が瞬く間に艦隊を沈めていくのと入れ違いに獣の巨人目掛けて砲撃を受ける獣の巨人。直撃すれば幾ら巨人体の彼と言えど彼を守る弱点のうなじなど簡単に破壊される。
 その時、最後の余力を振り絞った「鎧の巨人」が守るように「獣の巨人」の前に現れ、まさに彼の鎧の盾となり獣の巨人を守りその衝撃を受け止め力尽きたのだった。

 海の向こう側に自由など存在しなかったことを少年が知った時、少年は憂いと共にその姿を消した。
 パラディ島の「始祖奪還計画」その作戦により「超大型」と「女型」を失い軍事力が低迷したかつてエルディアから自由を取り戻し大国マーレ。
 今やその戦力は巨人が頼みの綱、だった。完全に時代遅れとなって。中東連合と4年と言う長きにわたり戦っていたマーレの勝利で戦争は幕を下ろすこととなった。
 中央連合が誇る、港に鎮座する立派な戦艦が並んだ連合艦隊の壊滅を受け、中東連合はマーレとの講和条約を締結し 4年に及んだ戦争はマーレの勝利で終結した。
 だが、世界には巨人の力がすべてを支配する時代は終わりつつあることを知られ、マーレは一刻も早くパラディ島。エレン・イェーガーが所持する「始祖の巨人」を手に入れる必要に迫られている。

「(親父……あんた、本気でコイツを殺そうとしてるのか……なぁ、教えてくれよ。壁の外も、地獄なのに、あんな小さな島じゃ勝ち目なんかない、まして、マーレを打ち滅ぼしたところで、もう巨人が絶対の時代は終わりだ)」

 アヴェリアは巨人砲の直撃を受け満身創痍で倒れ込んだ鎧の巨人の姿を目に焼き付けていた。マーレの誇る巨人をもってしても、完全ではないのだと敵兵達は敗北と共に知らしめたのだ。



「勇猛果敢なるマーレ軍の猛攻によりスラバ要塞陥落せし!!」
「すごいぞおおおお!!」
「さすがはマーレ軍だ!!」

 マーレにもその劇的な勝利はでかでかと新聞の一面を飾る。その新聞を買い取った一人のスーツ姿の深くハットを被り顔の見えない色素の薄い襟足の長い金髪を靡かせた男がその新聞を広げていた。
 背は高く、体格も良く、そもそもそこら辺を歩く一般人とは明らかに身体全体の厚みがまるで違う。何倍も逞しく見える。
 一人広げたその新聞の記事を見出しを手に彼は何を思うのだろう。その場から静かに立ち去って行くのだった。



――大地に伏した鎧の巨人。これがもし、淡い感情を抱く少女の慣れの果て、だったら。翼を持たないファルコは倒れた鎧の巨人に目の前の少女を重ねていた。
 これからの未来が。見えた気がした。巨人の力が全てを支配する時代も間もなく終わりを迎えようとしている事をうすうす感じていた。
 巨人が持つ力は、発展しつつある技術が補うこれからの時代には不必要な存在なのだ。これからは空の時代へと移りつつある。
 巨人が不必要となりつつあるこの時代で、生まれながらにその血の中に組み込まれた巨人化出来る能力を持つエルディアの民の未来は、これからどうなるのだろう。
スラバ要塞での長年にわたる戦争の終結はマーレの住人達には大きな喜びとなった、しかし、諸外国は違った。

「半島の自治権を巡る戦争に4年も費やした挙句、敵戦艦とこちらの主力の巨人二体があわや刺し違える失態を演じた。お前が連合艦隊を何とか沈めきれたのも、鎧が身を挺したおかげだがな……ジーク」

 終結後慌ただしくも自分達の勝利で活気づく港、号外が飛び交う街の中心ではマーレ上層部により召集を受けたマガト隊長、ジーク、そしてコルトは今後のマーレ軍についての方針を決める重要な会議に参加していた。

「新聞の見出しはこうだ。「人類の英知は遂にマーレの鎧を粉々に砕くに至った」どの国もそう報じ、我々に敗戦したはずの中東連合国を讃えている。これが……かの大国マーレの勝利だと言えるのか? マガト。これは、一体どういうことだ?」
「元帥殿……いよいよその時が来たのです。人類が巨人の力を超える……その時が。まず、この戦争の大半を占めた海戦において、我々の巨人兵力は介入の余地が無かった。
単純な海上戦力で比較するなら、連合の最新鋭の戦艦に対し我々は物量頼みの旧式の艦隊」
「……我々海軍は烏合の衆である。それがこの結果を招いたと言いたいのか、マガト」
「それは問題の本質ではありますまい。すべては、巨人の力に胡坐をかいたツケが回ってきた。それに尽きます。我々が巨人の力を過信し植民地政策を進める中、諸外国はそれに抗うべく兵器の開発に力を入れた。その純然たる結果を今突きつけられているのです。それでも我が巨人兵器は当分の間陸上戦においては無敵を誇ることでしょう。……しかし、このまま航空機が発展していけば爆弾が雨のように降り注ぐ。その時には、大地の悪魔たる巨人はただ空を見上げ続ける他なくなるでしょう」

 元帥そしてマガト、ジーク、コルト、そして他マーレ軍上層部らが部屋の上部を遠巻きに見上げた。部屋の上部は天井が崩れており、何処までも自由に広がる青い空が露出している。

「過去に、羽根の生えた巨人は……いなかったか?」
「元帥殿……つまり我々はもう巨人の力に……「わかっておる。近い将来我々は戦争の主導権を失う。いや……それどころか既に遅れをとっている。かつてはジオラルド家の手により悪魔エルディアを討ち取りし英雄の国マーレが今や何たることだ……」
「恐れながら……元師殿。進言のご許可、賜りたく存じます」
「「驚異の子」ジークよ、言ってみろ」
「今こそパラディ島作戦を再開し、始祖の巨人奪還を急ぐべきです。マガト隊長の仰る通りマーレは今後、通常兵器の開発に力を注ぐべきです。しかし、マーレの科学力が十分な水準に達するまでマーレに仇なす諸外国は黙っているでしょうか? 今我々に必要なのは軍備再編までの時間。そのためには一刻も早く「マーレがパラディ島を占拠し、すべての巨人の力を手に収めた」という新聞の見出しが必要なのです」
「うーん お前の「任期」あと一年足らずだったな……」
「えぇ……コルト・グライスが私の獣の能力をすべて引き継げるのか……とても不安でして」
「……そうだな。残り一年の命をもって4年前の雪辱を果たしたいというわけか」
「その通りでございます。あの忌まわしき驚異、グリシャ・イェーガーの行いに終止符を打つのは、かつての息子である私でなくてはなりません」



「はぁ〜……悪かったなコルト。お前をダシにしちまって」
「……いえ、素晴らしかったです……。エルディア人がマーレ軍元帥に意見を通すなんて。それに一役買えたなら光栄なことですよ。……それに 実際その通りなんですから……。僕に今の「獣の巨人」の代わりは務まりません……ジークさんは特別です。あなたの脊髄液を投与された同志は、あなたが叫べば巨人になるし、言うことも聞く。月が出ていれば夜にだって動ける。こんな能力、歴代の獣の巨人にも無かったのに……。まるで話に聞く始祖の巨人だ。……どうしてジークさんは特別なんでしょう? 王家の血を引いてるわけでもないのに」
「さぁな……巨人学会の連中もお手上げらしい 結局俺が死ぬまでわからずじまいだろう。…あ」
「記憶を継承するお前には知られちまうかもな……コルト、俺の秘密を」
「秘密……ですか?」
「ケツの拭き方が独特なんだ。でも、誰にも言わないでくれ」
「ダメだ、すべて話せ」

 屋上でタバコ休憩をしていたジークの元に、いつのまにかマガト隊長が階段を上がりやってきたのだ。

「隊長殿、」
「お前達にはケツ毛の数まで申告してもらう。エルディア人にプライバシーは必要か?」
「隊長殿!! 必要ありません!!」

 自分達マーレの戦士を束ねるマーレ人であるマガトの姿にすぐに敬礼するジークとコルト。彼らがどれだけこれまでマーレに忠誠を尽くしてきたのか、見てうかがえた。
手にした煙草を咥えるマガト。そのタイミングを見てすかさずコルトがマッチに火を灯し、そっと煙草に火をつけるのだった。

「密談の邪魔をしてしまったな。続けてくれ」
「エルディア人のケツに興味がおありですか?」
「ふっ…さっきの会議はうまくいったなぁ ジーク。20年以上お前を見てきたが…未だ底知れぬガキのままだ」
「やだなぁ……買いかぶり過ぎですよ 隊長」
「一年でパラディ島を陥とせるらしいな」
「……私には一年しか残されてないという話ですよ」
「この3年間。パラディ島に向かった調査船団は一隻も帰ってきていない。3年間で駆逐艦を含む32隻が島に消えたのだ。ジーク、お前はこれをどう見る?」
「軍の船が32隻も沈められたのなら、それは巨人1体の仕業とは考えにくい。少なくとも。エレン・イェーガーを含む巨人が2体以上、調査船に立ち塞がったのではないでしょうか」

 今現在のパラディ島勢力が保持する巨人は四体であると、ジークはマガトに自分の見たままの光景を伝えていた。
あちらには「始祖の巨人」「超大型巨人」「女型の巨人」そして、「進撃の巨人」が居る。

「「始祖」と「進撃」はエレン・イェーガー1人が身に宿しているとの見方が有力ですが、「超大型」と「女型」は現在も不明。もし両名が死んだとなればその力を宿した赤子が誕生するはずですが、こちらの大陸側では発見されていません。そうなると、四体の巨人はパラディ島で運用されている可能性がある」
「奴らが巨人を継承したということですか? ライナーの報告では、そのような知識は島の連中から確認できなかったようですが……」
「ライナーは島のすべてを見たと言ったか? 可能性と言ってしまえばどうとでも考えられるだろ。ことは「始祖の巨人再生計画」に関するすべてを葬り、亡命したかつての英雄だったジオラルド家の末裔であるカイト・ジオラルド。そして、革命軍の残党「フクロウ」が隠し持っていた「進撃の巨人」がグリシャ・イェーガーを島に送り込んだことから始まった。そいつらの撒いた火種が島全体に燃え広がっちまったんでしょう。フリッツ王家は名をレイスに変え。無抵抗主義を貫く姿勢であったようだが。「進撃の巨人」にレイス王は食われ……継承の術と共にすべてを奪われた」
「同じ意見だ。島を攻めるには戦艦の支援が必要となるだろう。島に今度は戦艦を送ろう」
「えぇ……そして何より、敵の脅威は巨人だけじゃない」
――『えーっと……その武器は何て言うんですか? 腰に付けた……飛び回るやつ』
「パラディ島のおかしな機械をつけた連中が両手に剣や爆弾を装備して飛び回るのです 。巨人を殺すことだけを考えた武器だ。私の失態は、その武器を甘く見積もったこと。そして、王家の伝承のみの存在と思われていた一族、巨人化学の副産物・アッカーマン一族と思わしき存在が、あの島には少なくとも…… 二人……」

 ジークの脳裏には今も焼き付いて離れないのだ。突然奇襲を仕掛け、硬質化するよりも目に見えぬ速さで切り刻んで来た、あの血走った眼をした。
――「お前を殺す」ただ、そのためだけに。
 強い殺意、信念、誓いを抱き、自分の不意を突き。仲間を自分の投石攻撃の目標に差し出しその隙を縫って切りかかってきたあの男の人間離れした動き、そして目が。
 情けない話だが、今も夢にまで出て来てはうなされる始末である。

「リヴァイ・アッカーマン。本当に、恐ろしい人間でした。……正直、奴にはもう会いたくありません」

 まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。ジークは願うならもう二度とあの姿、あの目が自分を映さないことを願うだけだった。無敵の力を持つ彼の力をもってしても、アッカーマンの血が流れるあの男には到底かなわないと知る。
 しかし、彼は知らないことがまだある。
アッカーマンの血を持つ一族は、まだ他に、しかも、限りなく常に傍に居るその事実を。

「それなのに、最近何故かね。よーく思い出すんですよ……あの目を」

 彼の目に睨まれた記憶が今も残る、そしてその血が持つ特別な力は枝分かれし、その遺伝子はまた新たな子孫へと受け継がれ、そして、彼の身近で今も静かに存在している事を。

「アヴェリア、早く故郷に帰れるといいな」
「……そんなモン、俺にはないよ。帰れる故郷ならとっくにない」

まだ幼い少年。父親の背中を見てきた彼もまた、同じように、その強さとしての片鱗を見せつつあった。

2021.01.31
2021.06.11
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