THE LAST BALLAD | ナノ

あなたが隣にいたことを忘れない

 マーレの技術提供によりエルディアの楽園は瞬く間に発展を見せついに船を迎え入れるための港が誕生した。式典には兵団関係者やヒストリアもあつまり、久しぶりの再会を喜び合った。
 その向こう、初めて目にした海を見つめてウミが波打ち際を歩いていた。目隠しをし、見えない得体の知れない感覚と思ったよりも冷たいその温度に驚きながら。エルヴィンが送った純白のドレスを身に纏い、そして、その手を引くのは。

「ただのしょっぱい水の為に目隠しする必要ある? さっさと見せて歩いたらいいのに」
「そう急かすなアヴェリア。海にさほど興味のないお前とウミじゃな、海への憧れはかなり違うから、まぁ、見てろ」

 リヴァイとアヴェリア。大切な二人に手を引かれながらウミはドレスの裾が濡れても構わず浅瀬を歩む。そのリヴァイのもう片方の訓練でさらに太さを増したその腕には守るべき島の宝、また少し成長し、黒髪に涼やかな瞳をした自分の亡くなった母親に似たウミが守り抜いた最愛の命。

「いいぞ、開けろ」

 居なくなった彼らはこの景色を見たらどう思うだろう。同じ場所ではない別の場所からこの景色を見ているのかもしれない。そう思うとこの目の前に広がる青は何処までも果てしなく遠くの彼らまで導いてい暮れる様な気がした。
 兵士ではなくなった一般人の彼女が壁外の出入りを許された事は、この島から巨人がいなくなったと知らせていた。多くの兵士達の犠牲の果てに辿り着いたこの島を守る為に、これから始まる戦いは、きっと今の空気には似つかわしくない不穏な空気を連れてくる。その不穏を振り払うのは、戦いから離れた穏やかな水面の上に立つウミは初めて見たその海を見つめ、言葉に詰まらせた。

「綺麗……」

 これが、アルミンが夢見ていた情景、いつか必ず海を見よう。そう話した未来の先が今こうして目の前で悠々と広がって居た。そしてこの海が見える場所でもう一度、彼と歩いて行くのだ。

「あまり長く浸かると身体に障る」
「大丈夫だよ。今日はまだ体調がいいから」
「そういう問題じゃねぇ」
「もう……心配性なんだから」

 望んだこともない未来が、今現実となる。そして共に寄り添い歩む守るべき存在がいる。戦いの終わりに、その先で見えるこの情景を守る、その為にこの心臓は休まず今も高鳴りを見せる。それは愛する人への思いとなり、今、ようやく果たされる願いとなる。希望、それは名前の中に込められた。

「ウミ、俺と、もう一度結婚してくれるか」

 つないだ手の先は温かい。今もこうして生きている、そう教えている。
 多大な犠牲の上に成り立つこの景色を思う、どれだけの尊さか、教えてくれている気がした。

「よろしくお願いします。リヴァイ、」

――五年前に去った自分を
 彼が二度と追いかけてくることは無い
 だけど、目の前のあなたは
 姿を消した自分を今度こそ
 離しはしないと揺るぎない
 瞳が伝える。
 どんな時も離れられなかった。
 彼の事を片時も忘れたことなど
 私は一度もなかった。
 視線が交わった瞬間から
 愛し、愛された記憶だけは
 今もこんなにも鮮明で
 今も忘れ難く
 生きるために
 殺したはずの感情は
 5年の沈黙を経て、蘇る
 こんなにもあっさりと
 綻びを見せた
 あなたを今も覚えている

 来る日も来る日も待ちわびた永遠の中で
 眠りにつこう。

 いつか来るまたその日まで。
 私は、今も信じています

 そして、階下から聞こえた息子の声に、耳を澄ませ。聞こえた温かな暖炉の温もりを感じる部屋の中へと静かに姿を消して見えなくなった。

BALLAD
THE END.

「世界は……今日も穏やかね」
「え?」
「はい、おしまい」
「ねぇーお母さん、このお話の続きは?」
「それはね、」

 人知れず歌われぬ歌があった。その歌は形を変え時を変え今も変わらず色褪せずに歌い継がれる。
 愛の系譜、時の歩み。紡いだ軌跡はいつまでも絶える事は無いのだと確かにここにあったことを、教えている。

 ここに居たのだ。
 寄り添い見つめあえるそれだけが約束された楽園である。と、
 その事実を知るものは二人きりの世界、抱き合い重ねた二人の軌跡だけが
 知っているのだ。

2020.12.04/BALLAD完結 SAKUYA.
2021.03.17加筆修正
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