THE LAST BALLAD | ナノ

side.E until my last

 指導者として、上に立つ者としての責務。例え絶望的な状況下でも、決して最後の一人になるその瞬間まで希望を捨てず、次々と飛んでくる投石攻撃を受けて完全に委縮しきっている新兵達へ再び立ち上がれと、指示を飛ばす。恐怖を捨て、戦えと。
 エルヴィンは静かに周囲を見渡しながらこの現状がどれだけ今の自分達にとって絶望的であるかを突き付けられていた。先ほどの獣の巨人による投石攻撃でここに来るまであんなにも居た頼りの兵力たちは全て獣の巨人の投石攻撃の前にその命は肉片と夥しい血と共に砕け散った。

「また投石が来る……みんな、少しでも壁の方に!! 急いで!」

 凄まじい破壊力にアレをもろに食らえばひとたまりもない事だけは分かる。そもそも、こんな非力な自分達が巨人から領土を奪い返すことなど、無意味だったのだろうか、自分達の技術や戦術を持ったとしても、厳しかったと言うのか。
 しかし、凄まじいその投石の威力を目の当たりにして硬直していたウミはリヴァイからの平手打ちを受け、こんな時でも新兵達を励まそうと、立ち尽くす彼らの肩を抱き、手を握り、今こうして上官でもある自分達が落ち着かねば新兵達をますます動揺させるだけだと。騒がず動じることなく、冷静にこの現状を受け入れ、それでも尚、突破口を見出そうと足掻いている。
 そうだ。彼女はいつもそうだった。ウミは幼い頃から幾つもの辛い経験をしてきた。そして生き抜いてきた、だからこそ、有事の際でも肝が据わっており、誰に対してもどんな苦境でも諦めないでああして、気丈に振舞えるのだろう。

「本当に、動じないな、彼女は、いつまでも」
「当たり前だ、俺が選んだ女だ……。ただの女とは違う。それより、この状況をどうにかしねぇと、ここに隠れていられるのも時間の問題だ」

 そう、残されたのは自分達だけしかいない。シガンシナ区側の彼らも生きていることに望みを賭けるとしても、今も隠れて死を待つ自分達をあぶり出すように、獣の巨人は延々と岩をボールに見立てた見た事もないフォームから繰り出される剛速球で次々と民家を破壊し続ける。
 正気の沙汰とは思えない大砲の何倍以上もの威力のある投石攻撃、自分達が隠れられないようにここが更地になるまで続けているのだ。
 あの獣の巨人の前では、リヴァイの力を持ったとしても、生身の人間の肉体ではあの投石の前に成す術も無く、自らの肉体など跡形も無くなるまで破壊されて、無残な最期を迎えて死ぬだけ……。
 人類は巨人には決して、勝てないのだと。そう、まざまざと、思い知らされた瞬間だった。
 ほとんどの幹部が死に、そして、今まさに最後の局面、自分達は逃げることも出来ないまま壁際まで後退し、そして容赦なく飛んでくる投石が自分達を守ってくれる家々を次々と破壊し、ここら一帯を更地にして狙い撃ちにするつもりでいる。
 幾度もの攻撃に晒された家々を眺め、自分の判断を待っているであろうウミとリヴァイ、二人も分かっているだろう、この現状が、どれだけ絶望的であるのか……。
 そして、もう彼らは夫婦となりこれからようやく誰に引き裂かれる事もなく、彼女の命の刻限が切れるその時まで共に居られる中で、ウミが頭に抱えた爆弾が爆発するよりも先に、全員仲良く、ここで死ぬことになろうとは。
 だが、ここで死ぬわけにはいかない。何としても。自らの幼さが招いた父親との死、なぞなぞの答え合わせをしたいエルヴィンは静かに瞳を閉じて、そして、ゆっくりと噛み締めた。

「(今の調査兵団には以前のような力は無い…。だが…、それだけの損害が無ければ、決してここまで辿り着けなかった…)」

――……「エルヴィン。君は死になくなかったのだよ。私と同様に人類の命運よりも個人を優先させるほど」

 ふいに、彼はザックレーの言葉を思い返していた。彼は悪趣味なオブジェで今まで従ってきた貴族の人間に対してとんでもない芸術を披露していた時、今までに見せた事のない充実した恍惚ともいえる表情を浮かべていた。
 それとはまた違うが、自分は確かにその通り、目的を抱いていた。
 訓練兵団時代はよく自分の父の考えた仮説を仲間に話していた。調査兵団に入ってそれを証明してみせると。だが、調査兵になった途端、なぜか誰にもその話をしなくなった。

「(……イヤ……違う。なぜかではない。私は気付いていた。私だけが、自分のために戦っているのだと。他の仲間が人類のためにすべてを捧げている中で……私だけが……自分の夢を見ているのだ)」

 殉職率の高い調査兵団で、次々と自分の夢を知る者たちはほとんど死んだ。やがて、順番は巡ってくるように、生き抜けば生き抜くほどに自分はこの過酷な壁外で戦い、生き残る術を身に着けていた。
 次期団長候補だった人間の殉職。そして託された13代目団長という大きな重圧。人類の期待を一心に背負い、これまで駆け抜けてきた。
 知恵を張り巡らせ、いつしか自分が多くの精鋭を従えるようになり、今までさまざまに考案してきた作戦を実行し、その甲斐あって、壁外調査ではただいたずらに人を死なせることの方が多かった調査兵団の死亡率を飛躍的に上昇させたのだ。
 しかし、あの五年前の惨劇から自分達調査兵団の置かれた立場は大きく変化した。この三重のうちの奪われた地平をこうして取り戻す為に入念なる作戦や準備を重ねてここまで来た。
 そして、自分は仲間を鼓舞した。人類のために「心臓を捧げよ」と。

――「調査兵団で戦えリヴァイ!! お前の能力は人類のために必要だ!」

 今までそうやって多くの仲間を騙してきた。そして、その言葉はまるで呪いのように、自分を縛り彼は自分をも騙していた。そうやって信じて多くの兵士たちは心臓を捧げてこの世を去っていった。
 誰もが無残に巨人に食い殺され。そうして、この自らで築き上げた屍の山の上に、今その頂上で自分は仲間達を見下ろし、立っている。
 その築き上げてきた躯の山ではミケやナナバ、ゲルガーたち、そして、クライス。見知った顔ぶれが居る、その亡骸の頂きの上でエルヴィンはそんな自分達を見上げる彼らの目線を感じながら生きて来た。あまりにも重い仲間達の重圧を、その背に受けて。

「(……それでも、脳裏にチラつくのは、地下室のこと。この作戦が失敗しても、死ぬ前に……地下室に行けるかもしれない…。グリシャ・イェーガーが残した地下室……世界の真相に――……)」

 そうこうしている間にも獣の巨人からは容赦のない投石が飛んできた。いつまでもこうして隠れていられると思うなよ、さっさと諦めて出て来いと、お前達人間に、逃げる場所など無いんだとでも言わんばかりに。
 追い込んでこの島の悪魔たちを根絶やしにしようと、自分達がここに固まって死の前のお祈りをしているのだと。リヴァイも気付いていたのか思案するエルヴィンに語り掛けていた。

「獣はここらにアタリをつけたみてぇだな。ここもすぐに蜂の巣になる。エルヴィン……反撃の手数が何も残されてねぇって言うんなら、敗走の準備をするぞ……。オイ、ウミ。あそこで伸びているエレンをさっさと起こしてこい」
「え……っ、あ、はい……っ」

 泣き出した新兵を宥めていたウミは突然背後から聞こえたリヴァイの言葉に振り向き、超大型巨人によってはるか上空の壁上まで吹っ飛んできたエレンの身を案じながらも上官でもあり夫でもある彼の指示に従おうとする中で、一つの疑問を抱いた。

「そのエレンにお前と何人かを乗せて逃げろ。少しでも生存者を残す」
「は? 何で、すって……ちょっと待って……」

 ウミはリヴァイの言葉が俄に信じられなかった。思わず口調が荒くなる。自分達を逃がし、彼はどうすると言うのか、まさか彼はエルヴィンの指示通りに獣の巨人と無謀な一線を交えると言うのか。あの投石攻撃を目の当たりにしてもそれでも獣を討ち取ろうと言うのか。

「いきなり何言い出すかと……あの、それじゃあ、私たちを逃がしたとして……リヴァイはどうするの?」
「ウミ……。てめぇ。今はそんな悠長に俺の心配をしている場合じゃねぇだろうが……」
「あなたが残るなら私も残る。それだけだよ」
「駄目だ。お前が居たところで無意味だ。お前は逃げろ、大事な戦力を死なせるわけにはいかねぇだろ」
「駄目だよ! 嫌だ! そんなの、嫌……もう、あなたと、離れたくない、最後まで一緒って、約束したのに……」

 内輪で、しかも結婚したての夫婦がこんな緊迫した時にお互いの生存がかかっている中でごちゃごちゃもめている場合ではない。
 しかし、結婚して夫婦となったからこそ、ウミはリヴァイが捨て身で無謀だと知りながらも獣の巨人との一騎打ちにもつれ込もうとしている事に対して非難の声をあげている。
 誰一人欠けることなくこの場から敗走できるはずもないのに、彼女はどれだけ残酷な現実を突き付けられても諦めようとはしない。あの投石を見ても尚も、全員が助かる道を探している。

「ウミ、お前はいくつのガキだ、目の前の現状を理解してねぇみてぇだな? もう一発お見舞いされてぇのか」
「だって、あなたが死んだらそれこそ本当に人類は終わりよ? あなたを死なせるわけにはいかない、愛してるとかそれ以上に戦力として、人類の為に言ってるの。あなたがここにいなければ、私たちはここまで辿り着くことは出来なかった……あなたを失うのはだめだよ……」

 残念だが、もうそんなことを考える余裕はもう無い。エルヴィンはそんなウミの横顔を見つめていた。ああ、そうか。魂が、心の底から、ウミは彼を愛しているのだろう、一途でひたむきに。かつては自分に向けられていたその愛。今はリヴァイただ一人だけに向けられている。
 ウミがまだ幼い頃から、自分は彼女を知っている。リヴァイの知らない彼女の色んな表情もみんな、すべてを知っている。
 彼女は穢れを知らない天使のようだった。父親の後を追いかけるように調査兵団に入団した彼女を見て、誰もがこんなにも愛らしい少女が巨人を殺せるはずはないと、命を散らすだけ。そう思っていた。
 が、彼女はその非力な見た目の割に両親の遺伝子を見事に引き継いでいた。のっけから兵士たちを喰らおうとした奇行種を討伐して見せたのだ。
 もしこの敗走が成功して、リヴァイが自分達を逃がす為に獣の巨人との戦いで命を落としたとしても、ミカサとウミが居る。
 リヴァイという大きな戦力が欠けたその時の埋め合わせでこの二人の戦力を残しておけば、ここで散っていく彼の代わりに討伐の役目を託すことも出来る。
 つい数日前に、ようやく苦難を乗り越えて結婚したばかりの2人。だが、死がふたりを分かつまで、その瞬間がもう目の前に迫ってきている。
 出会いから数えれば思ったよりも短い新婚生活だった。
 多くの仲間を切り捨て、それでも夢だけ追い求める自分に対して、彼女はいつまでもよどみのない深い愛を知り、どんどん大人の女性へと成長していく背中をずっと見つめていた。



「オイ!! 馬が逃げたぞ!! お前らの担当だろ!?」

 その一方でマルロたち新兵達が間近に迫る投石、逃げようにも壁と超大型に挟まれ間近に迫る死に恐怖を感じて、パニックを起こして馬を逃がしてしまったフロックを叱りつける声に遮られた。
 目線を向ければフロックは地面にしゃがみ込んで蹲り、もう自分達はどうにもならないのだと絶望し、子供のように死への恐怖に悲観しきっているようだった。マルロに肘を掴まれるが、立つことも出来ずに腰を抜かしている。
 無理もない、死ぬのが怖いと思わない人間なんて居ない。しかも、こんな場所で惨めに死ぬとは、誰もが思っても居なかったのだろう、迫る死の足音に、恐怖に震えている。

「うるせぇ!! もう意味ねぇだろ!?」
「何だと!?」
「あ、あんなに強かった調査兵団があの投石喰らってみんな一瞬で死んだんだぞ!? つ−か、お前もわかってんだろ!? いくら馬を守ったってなぁ……
 それに乗って帰る奴は誰も居ねぇって!!」

 絞り出すようなフロックのまとを得ているその言葉に、最後まで兵士として役割と果たそうとしていたマルロが黙り込み、新兵達の間に漂う空気が重いものになる。
「理屈じゃわかっていたさ。人類がただ壁の中にいるだけじゃ、いつか突然やって来る巨人に食い滅ぼされる。誰かが危険を冒してでも行動しなきゃいけない……誰かを犠牲者にさせないために自分を犠牲にできる奴が必要なんだってな……「そんな勇敢な兵士は誰だ?」……そう聞かれた時。それは俺だって……思っちまったんだ…! でも……、まさか……、そうやって死んでいくことが……こんなに何の意味も無いことだなんて思いもしなかったんだ……。考えてみりゃあ、そういう人達の方が圧倒的に多いはずなのに……。何で……自分だけは違うって……、一瞬でも、そう思っちまったんだろう…」

 フロックは駐屯兵団から異動してきた際に、意気揚々と、自分なら特別な人間になれると憧れを抱き、自分も英雄になるのだと言う決意を以て自由の翼を手にした。
 しかし、そんな彼を待っていたのは未知なる巨人への恐怖と、自分のはただの思い上がりだったのだと言う勘違い。そして、どうすることも出来ず、人類の役に立つのかどうかも分からないまま、ここで最後の時を迎えるのだ。
 めそめそとべそをかきながら、これから自分達は先ほどやられたベテラン兵士たちの肉片と同じように散るのだと、頭を抱え、身近にひたりひたりと迫る死神の足音に絶望して崩れ落ちた。
 何とか新兵達を励まそうと思って奮闘していたウミも、その言葉で何も言えなくなってしまった。気休めでも、大丈夫とは、口が裂けても絶対に言えなかった。
 新兵達に最初から戦力の期待はしていなかったが、あまりにもこの状況は絶望的だ。思い悩みながらもリヴァイは冷静にエルヴィンに敗走の手立ての提案をする。

「新兵とハンジ達の生き残りが馬で一斉に散らばり…帰路を目指すのはどうだ? それを囮にしてお前らを乗せたエレンが駆け抜ける」
「リヴァイ……お前はどうするつもりだ?」
「俺は獣の相手だ。奴を引きつけ「無理だ。近付くことすらできない」
「だろうな。だが……お前とエレンが生きて帰れば、まだ望みはある。既に状況はそういう段階にあると思わないか? 大敗北だ……。正直言って……俺はもう誰も生きて帰れないとすら思っている……!!」
「あぁ、反撃の手立てが何も無ければな…!!」
 その言葉にリヴァイの瞳から消えかけていた希望が宿る。その澄んだ瞳がエルヴィンに向けられた。
「……あるのか?」
重い沈黙を経て、ゆっくりエルヴィンはそう答えるのだった。

「…あぁ」
「……なぜそれをすぐに言わない? なぜクソみてぇな面して黙っている?」

 エルヴィンとリヴァイが話す。その傍らで、再び壁に向かって投石攻撃を続ける獣の巨人の姿。リヴァイは何故そんな大事なことを今まで黙っていたのかと、エルヴィンへ非難の目を向ける中で、その作戦がどういう結末をもたらすのか、理解しているエルヴィンの顔色が晴れる事は決してない。

「…!!この作戦が上手く行けば…お前は獣を仕留めることができるかもしれない。ここにいる新兵と、ウミと私の命を捧げればな」

 無理もないだろう。その作戦は、自分達の命を賭けた壮絶な作戦なのだ。もう、それしか残された抗う術は無いのだ。これ以上の手段も切り札も非力な壁内人類側には無いのだ。
「……お前の言う通りだ。どの道、我々は殆ど死ぬだろう。イヤ……。全滅する可能性の方がずっと高い。それならば、玉砕覚悟で勝機に懸ける戦法もやむ無しなのだが……そのためには、あの若者達に死んでくれと……一流の詐欺師のように体のいい方便を並べなくてはならない。私達が先頭を走らなければ、誰も続く者はいないだろう。そして私は、真っ先に死ぬ……地下室に何があるのか…知ることもなくな……」
「……は?」

 兵士全員で特攻を仕掛ける作戦。それが、自分達に残された、最後の作戦だった。しかし、エルヴィンにはまだ迷いがある。手を伸ばせば届くのだ。
 長年の抱いてきた夢がどうしてもちらついて、自らが指揮せねば始まらない特攻作戦への踏ん切りがどうしてもつかないのだ。
 ウミはとっくに覚悟を固めていたかのように新兵達へ声掛けをしているのに。ため息をつきながら木箱に座るエルヴィン。投石攻撃にパニックになる新兵たちを横目に、リヴァイはエルヴィンの話に静かに耳を傾けた。突然彼の口から零れ出た「地下室」の単語にいきなりなんだと言わんばかりに。
 どうやら自分は聞かない方がいいだろう。リヴァイとエルヴィン。2人の間には自分にはない、深い絆がある。自分は部外者だと、そう察したウミが静かに新兵達の元へ向かうとその場には木箱に座ったエルヴィン同じ目線となったリヴァイの2人きりになる。
 今の彼は、調査兵団団長ではない、1人の、真実を求め続ける一人の少年だった。人には人類の為に心臓を捧げよ!とけしかけておきながら、自分は、そう、もう目前のこの夢の為に、真実の為に心臓を捧げていたのだから。そんな本心を他の新兵達に聞かせる訳にはいかない。

「リヴァイ……。俺は……このまま……地下室に行きたい……。俺が今までやってこれたのも……いつかこんな日が来ると思ってたからだ…。いつか…父の仮説の答え合わせができるはずだと。今まで生きて来て……何度も…死んだ方が楽だと思った。それでも……父との夢が頭にチラつくんだ。そして今、手を伸ばせば届く所に答えがある……! すぐそこにあるんだ。…だが、リヴァイ。見えるか? 俺達の仲間が…」

 残された左手を握り締めて……痛切なまでにその夢を求め、その為に生きて来た。その言葉に、今まで何度も何度も死にかけながらも這い上がってきたエルヴィン。その為なら手段を選ばなかった。巨人に右腕を喰わせても、その腕を大切だったウミに切り落とさせてまで、しかし、そんな自分達を輪になって囲んでいるのは殉職していった、人類の為に心臓を捧げて立派に散った仲間達。その視線が一心に注がれている。

「仲間達は俺らを見ている。捧げた心臓がどうなったか、知りたいんだ。まだ戦いは終わってないからな。すべては俺の頭の中の…子供じみた妄想にすぎない…のか?」

 いつの間にか、彼の一人称が俺に変わっているのをリヴァイは聞き逃さなかった。それは紛れもなく。彼が今リヴァイの前で本来の団長ではないエルヴィンとして問いかけていることが伺えた。まるで幼い少年時代のままのエルヴィンが、彼に答えを求めるかのようにリヴァイを真っすぐ見つめている。その顔はどこか疲れ切り、この世界で唯一の生きる術だと、言わんばかりに。エルヴィンはリヴァイに全てを打ち明けた。
 そして、打ち明けたエルヴィンの言葉に、リヴァイはゆっくりと跪いた。地面へと膝を着いて、そして。上目遣いの目線からエルヴィンの背中を押すのだった。

「お前はよく戦った。おかげで俺達は、ここまで辿り着くことができた…。俺は選ぶぞ。「夢を諦めて死んでくれ」「新兵達を地獄に導け」獣の巨人は……俺が仕留める」

 リヴァイの言葉にエルヴィンの迷いは断ち切られた。最後のその時まで、調査兵団団長としての責務を果たして散っていけと。自分の夢と団長としての狭間で死んでいった者達の幽霊に苦しむ彼に、リヴァイは労い、そして彼を認め、そして、自らの手で彼の背中を押したのだ。
 かし、あの時入団したきっかけでもあるその言葉には裏があった、彼は自分の能力さえもこの地下室の真実の為に、口にしたのだ、だが、騙されていたと知ったリヴァイのショック計り知れないが、それでも。
 その瞳には決意が宿る。リヴァイにとって、ウミは大事だし、愛している、だが、違う、エルヴィンはそれ以上で、あの時から、自分が調査兵団に入団したきっかけでもある彼は全てなのだ。ウミが気を利かせて身を引いたかのように。そう、自分はエルヴィンがどうすれば死なずに済むのか、その事を考えていた。

「リヴァイ……ありがとう……」

 何処かほっとしたような顔で微笑んだ。それが、エルヴィンのリヴァイへの思いだった。背中を押してくれた彼に応えるために、エルヴィンは彼が自分が打ち明けた本心を知りながらもそう背中を押してくれたことに、安堵していたようだった。
 自らの夢の為に、どれだけの兵士を自分は、死なせてきたのだろう、幽霊となった兵士達が自分を見ている。自分は、おそらくはもう楽園には行けないだろう。
 もう、自分の夢の為には生きられない、だから、リヴァイの口からそう言ってもらえたエルヴィンはこれでもう、未練はないと言い切った。迷いを振り切り彼は馬に跨り、戦場を駆ける。

To be continue…

2020.07.09
2021.03.16加筆修正
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