THE LAST BALLAD | ナノ

最後の贈り物

 一方、マリア側の壁では。ずっと獣の巨人と地平を挟んで睨み合いが続いていた中で、小型の巨人達が動き出し、混戦が続いていた。背後では超大型巨人が迫る中でウミは構えていた剣を逆手に持ち替えるとゆっくり超大型巨人へ背中を向けた。その時、その後姿に呼びかけたのはエルヴィンの美声だった。

「エルヴィン……私、」
「ウミ、私が用意したドレスは君の好みにあっていたかな」
「え……?」

 もう我慢できない、指示を待たずに動く。シガンシナ区の皆の安否が気になる。
 今すぐ助けに行きたいと思っていたが、家を燃やしながらこちらに迫るベルトルトを突破できる程そう甘くはない。彼らの無事を信じ、今は獣の巨人との死闘を待つリヴァイの元へ、急ぎ駆け付け彼の負担を減らし、彼のガスや刃を獣の巨人を討ち取る事に専念してもらう方が先だ。
 マリア側に着くことを決めたウミが壁上を蹴り巨人討伐へ向かおうとした矢先、突然のエルヴィンからの言葉に足元がつんのめった。
 彼は一体自分を引き留め、何を重要な作戦を言い出すのかと思えば、ドレス?何のことだとウミは面食らったように首を傾げていた。

「もしかして……、」

 そして、ウミはリヴァイと過ごしたあの空白の期間を取り戻そうと古城での時間を楽しんでいた時に、森の小さな教会で彼と結婚式を挙げた事を思い出していた。あの時あの教会の片隅でこれを着ろと、言わんばかりに用意されていたウェディングドレス。サイズもデザインも自分の身体にしっかりフィットして、とても気に入っていたから。
 だからこそ、そのドレスを選んだ人物が誰なのかと、気になっていた答えを今張本人が口にしたのだ。
 しかし、なぜ彼はこんなタイミングでいきなりその話を始めたのだろうか。あまりにも絶望的な双方の戦いの顛末に不安に駆られてしまったのだろうか。今は大事なこの壁内人類の命運がかかった最終決戦とも言える局面にいるのだ。
 ましてシガンシナ区側の彼らの安否はいまだ不明、自分たち人類側は明らかなる苦戦を強いられている中で。

「エルヴィン、今はこんな話をしている場合じゃないでしょう? あのウェディングドレスの件は本当に感謝してる。まさかエルヴィンが用意してくれていたことも、嬉しいよ。でも、今こんなことを話してる場合じゃない……最後の言葉とかなら、聞かないから。この戦いが終わったら……またその話をしましょう」

 その言葉を言い掛けてウミは口を噤む、これではまるで最後の会話ではないか。あまりにも不吉だ、どうして一瞬でも、彼が死ぬと思ったりしたのか。絶望的な未来を一瞬でも脳内に創造した自分を恨んだ。

「そうだな、すまない、こんな時にらしくも無いことを、君といて少し忘れかけていたのかもしれない」
「しっ、しっかりしてくださいよ、団長」

 エルヴィンは何を思い、今その真意を口にしたのだろうか。立ち尽くすウミにエルヴィンは穏やかな目で彼女に指示をした。

「……ウミ、行って来い。結婚祝いの話はまた後で、」
「はい、エルヴィン」
「ウミ。頼んだぞ」
「了解!!」

 エルヴィンがこうして自分頼り、必要としてくれることが純粋に嬉しい。力強い返事をし、ウミは親愛なる上司へ敬礼をした。すぐに気持ちを切り替え、ウミは戸惑いを刃に託し戦地へとはせ参じた。壁上を蹴り、壁を駆け下りて民家の屋根の上に着地すると近くにいたクラース班の元へ向かう。
 遠ざかるその小さな背中をエルヴィンは静かに見つめていた。かつては自分の周りを飛び回っていた幼い少女が、今は自分ではない別の男と幸せに満たされて願いを胸に、いつ死ぬかもしれぬ病を抱えながらも果敢に決戦へ挑む。本当に、彼女は立派な兵士に成長した。自分の手の届かない場所へ、もう見えない。

「リヴァイ班副官、ウミ・アッカーマン。援護に来ました。私にも指示を!」
「ウミ! 助かる! 巨人相手に苦戦している、ディルク班に交ざって新兵達が馬を壁際へ移動させている、その支援を頼む!」
「了解!」

 即座にガスを噴射し、動き出すウミ。視界の端に見えた小柄な巨人たちが不気味な笑みを浮かべて走り回っている。目ざとく見つけてウミは再び飛び、小走りで駆けていく背中を追いかけ、狙い定めた。

「(逃がさないよ……1匹たりとも! ここで仕留める!!)」
 そういえば、こうして巨人を倒すのはいつぶりだろうか。人間を相手に戦ってきていた記憶がまだ新しい中で、幽閉されていたのもあり、まして、自分は今、脳に爆弾を抱えている。ほとんど訓練も受けずに雷槍も使わずにここまで来た。久方ぶりの対巨人戦、緊張するなと言われても無理だ。しかし、こんな場所で死ぬわけにはいかない。なんとしても。

「新兵!! 残りの馬を西側に移せ!!」
「ディルク班で新兵を援護しろ!!」

 巨人が次々を新兵達が守ろうとしている自分達調査兵団にとって巨人に覆い尽くされた地獄から壁内に帰るために必要な馬達を狙い襲い掛かってくる中でマルロら新兵が馬を避難させている。

「うわぁあああっっ!」

 猛ダッシュで襲ってくる一体の巨人に気付いた。今まで巨人たちと遭遇しない世界で兵士をしていた新兵達の悲痛な声にウミは駆け付け、一気にその項に向かってアンカーを射出するとリールで巻き取られるワイヤーの勢いで回転しながらうなじを斬り裂いた。

「っ……!」

 だが、斬撃がわずかに浅い――!ギリギリで仕留めたが数センチでもズレていたら間に合わないところだった。
 ゾッとする。自覚症状が無いので脳に痛みは感じないが、久々の立体機動に回転しながらの斬撃。いつもなら難なく回転後も着地できるのに、バランスを崩しかけながらウミは周囲を見渡し、未だ鎮座したまま、耳を独特な手つきで掻く姿にほくそ笑んだままの獣の巨人へ眼を向けていた。本当に、不気味な顔だ。中にいる人物は果たして、どんな人物なのだろう。

「どこだマルロ!!」
「はぁ!?」
「どこに馬を繋げばいい!!」
「い、一か所に馬を留めるなという指令だ……ここじゃない……もっと……」
「東から3〜4m級!! 来るぞ!!」

 その時、2対の馬を引き連れ走っていたマルロたちの方へ2体の巨人が襲ってくる!すっかり恐怖に不安の色を隠せないフロックがマルロに尋ねるも、マルロも未知の巨人との決戦で冷静に物事を判断する事も危うい。
 急いで安全地帯まで下がらなければ、急ぐマルロたちの上空をベテランの兵士たちが自分達を守る為に命懸けでワイヤーを器用に操り飛び回って馬を狙い追いかけるすばしっこい巨人たちの討伐にあたっている。

「あれが……巨人……」

 この時、初めて巨人を目の当りにしたマルロが驚きに馬を引き連れ硬直している。その時、黒い影が空間を引き裂き飛んだ。肉眼では追えないあまりにも速い動きで一気に彼は2体の巨人のうなじをそのまま削ぎ落とし、屋根の上に着地した。

「リヴァイ兵長!!」
「今のうちだ!! 急げ!!」

 頬に付着した巨人の返り血が蒸発し、連戦により息を乱したリヴァイに促され、マルロらは気持ちを切り替え急ぎ馬と共にシガンシナ区側の壁まで駆けていく。未だに小さい部類の巨人相手に苦戦している兵士たちに声を荒げ、指示を下す。
 普段冷静な彼だが、今は誰一人として、死なせないと言う強い意志の元で戦っている。
 マトモに戦える兵士たちは殆どが殉職した。激しく息を乱しながらリヴァイは未だに様子を窺っているあの獣の巨人がいつ何時動き出すか分らないことに対して警戒を続けていた。

「小せぇのをさっさと片付けろ!!「獣の巨人」が動く前にだ!! 損害は許さん!! 一人も死ぬな!!」
「ハッ!!」
「(クソ…うんざりだ。弱ぇ奴はすぐ死ぬ…。雑魚はそこに居ろ)」

 その分自分が刃を振るう、それだけでいい。エルヴィンとウミの居る壁上を睨みながらリヴァイが吐き捨てたその時、リヴァイの目の前で飛んだ影が巨人を一網打尽に切り裂くと、見知った顔が見えた。

「(ウミ……)」

 何故、こちら側に来たのか。あのまま壁上でエルヴィンと楽しく談笑でもしてくれれば良かったのに、戦場に舞い戻って来たのだろう。ふわりと、緩やかに短くなったその髪を揺らしながら幾つかの巨人を討伐し終えたウミが自分の隣に着地した。息を乱し、苦し気に呼吸をしながら全身返り血を浴びているがすぐに蒸発して元の姿に戻る。

「リヴァイ、良かった、無事だね。でも……随分手こずってるみたいだね。あなたが息を上げているなんて……それだけ、もうあんなに居たベテラン兵士が居ないって事だよね……」
「そうだな。だからこそ、こっちに支援に来てくれたのはありがてぇ。お前が居てくれるだけで生存確率も上がる。身体は何ともないか?」
「うん。大丈夫、こんなの何ともない。それに……ペトラたちリヴァイ班、ミケさんたちの班やクライスが居ない調査兵団でもう、私たちくらいでしょう。複数の巨人を相手取れるのは」
「残念だが、そうだ」

 染まった血が彼女の脳に根を張り、今か今かと爆弾の機会を狙いが爆発したのかと思い、一瞬、焦りを抱くも。そんな彼女の無事に安堵しつつ、作戦が開始して数時間後に見た愛しいウミの面差しには仲間を殺された怒りとに燃えていた。
 シガンシナ区側のウミの大事なエレンやミカサやアルミンの安否も分からない中で普段の温厚な彼女らしからぬ顔つきで巨人たちを相手取り戦っていたのだろう。
 2人は昨日までの甘い雰囲気を決して出さずに静かに周囲を見渡している。あちこちでは負傷者も出ている。2〜3m級の巨人相手に負傷者が出るとは。
 今までの、壁外調査やエレン奪還作戦の時以上の損害だ。それだけ多くの人間がここに辿り着くことなく志半ばで殉職したのだ。全て巨人たちの手によって。

「シガンシナ区側の方はどうなってやがる……」
「……あの爆発、多分あの下に皆居たから生存は絶望的……恐らく、全員ベルトルトの爆発に吹き飛ばされたかもしれない……あの中にはハンジもモブリットたちもリヴァイ班のみんなも居たから……」
「クソッ……」
 悔し気な彼に対し、ウミはただ彼を励ますように、自分も悲しい気持ちは同じだと、肩に触れていた。
 リヴァイは旧知の仲間の死に浸る余裕もない現状に舌打ちしながらも冷静に振舞うウミの言葉の端が震えていることに、その声に耳を澄ませていた。

「だけど、エレンが居る限りきっと大丈夫だと、信じたい。助けに行きたくてもベルトルトが家を燃やしながらこっちの壁に迫ってきてる、馬を狙うつもりだからこっちばかりに時間を使っても居られない……」
「そうだな、」
「獣の巨人……間近で見たけど、普通の巨人達と違う、まるで…」
「あぁ。まるで、違う。何時までああしてやがるか、いつ動くか分からねぇ、気を抜くなよ」
「分かってる」

 私は大丈夫だ。そう彼にこれ以上余計な心配はかけまいとウミは気丈な面持ちで振舞っていた。その時、討伐を終えたディルク達が戻ってくる。

「こっちは片付いたぞ。残りの小せぇのは……前方にいる奴らだけだ。しかし、どうやって「獣の巨人」を仕留めればいい? 奴はあそこで鎮座したまま動きそうにないぞ」
「あぁ……どうにも臆病なんだろうな。そもそも、タマが付いてねぇって話だ」

 普段なら笑えるリヴァイのジョークもひっ迫した現状を思うと暢気にその言葉を受け止めている余裕は誰にも無い、ウミも静かに獣の巨人にどう接近して仕留めればいいのか、そして獣の巨人はなぜ未だに動く気配が見えないのか、立ち上る絶望に今にも足元をすくわれそうだった。

「お前らは休んでろ!! とりあえず小せぇのを全部片付ける!! 行くぞ!!」
「了解!!」

 ウミとリヴァイを残し、ディルクとその班員たちが前方に集まっている残りの巨人らを仕留めるべく、そのまま壁側ではないマリア側の最前線、獣が鎮座する手前の民家へと次々と飛んでいく。その光景を眺めながらウミとリヴァイは少し息をついた。特にリヴァイはこれから「獣の巨人」との死闘が待ち受けているのだ。

「リヴァイ、私も加勢してくるね」
「気を付けろ。少しでも異変を感じたら絶対に無茶は死ぬな、お前は俺の嫌いなものを理解しているだろ?」
「……うん、」
 無駄死にはしない、こんな場所で、母にもうすぐ会える中で死んでたまるものか。ウミも揺るぎない決意を抱いて静かに頷くとディルク班たちの後を追い掛けて屋根の上を飛んでリヴァイから離れていく。

「クソ……(さっきの爆発……あいつらはどうなってる……!? ハンジ達は上手くかわしたのか……? とにかく俺も早くそっちに――……)」

 リヴァイが思考しているその一瞬のうちの出来事だった。突然、リヴァイの視界に小さな石の破片が見えたのだ。それは――……。
 まるでスローモーションのようにその光景がその視界に映る。
 その次の瞬間、飛散するその石つぶてが一気に拡がり、−それは轟音を立てて、ありえない勢いで次々とまるで銃弾のように、リヴァイの周辺の建物たちを吹き飛ばしたのだ!!!
 赤土が舞い、周囲の様子が煙って見えない。壁上から見えた地獄絵図にエルヴィンも息を呑んでいた。
 何の前触れもなしに、獣の巨人はとうとう攻撃を仕掛けてきたのだ。不意を突いた一撃に兵士たちは一瞬にして四肢をバラバラに引き裂かれ破壊された。
 その先には……ウミが居た筈だ……。
 多くの兵士たちが一瞬にして獣の巨人の投石攻撃を受け成す術も無く散った。赤土に煙る視界の中、リヴァイは唖然としていた。
 とっさに身構えたのと、壁側にいたおかげで衝撃は避けられたが、前方にいた兵士たちは皆一瞬にして死んだ。
 その様子を見つめながら、投石攻撃を仕掛けてきた獣の巨人本体は伸びやかな声で今の打球が少し狙い定めたストライクゾーンから外れていたなと今の投球で死に絶えたこちら側の気持ちなどお構いなしに再び2球目の投球に入る。

『う〜ん……。ボール1コ分高かったか…』

 そんな獣の巨人の元に転がる丸い岩はまるで鉄の球。あの四足歩行型巨人が投石用の巨大な岩石を用意していたようだった。

『あ、そこ置いといて』

 四足歩行の巨人はそれを見届けると、静かにまた森の奥へと去っていく。岩を手に取りビシビキと細かく砕いていく。

『まぁ……初球は様子見で……目指すは、パーフェクトゲームだっ……』

 そのままの勢いで、大きく振りかぶる獣の巨人。再び投石攻撃が来る…!リヴァイは叫んでいた。

「クソッ……!! お前らぁっ――!!」

 獣の巨人が大きく振りかぶる。第二波が来る!!あんなものを隠していたとは、リヴァイは急ぎ、次の投石攻撃が来る前に全員に退避を促さねばと屋根の上を次々飛んで急ぎ走る。エルヴィンが壁上から大声で壁下の何が起きたか状況が読めずにいる新兵達に呼びかけた。
「前方より砲撃!! 総員、物陰に伏せろおおおお!!」
「なッ!?」
「何なの!?」

 ただならぬ悲鳴と轟音だけが聞こえて戸惑うマルロたちにエルヴィンの呼びかけを受け耳を塞ぎ衝撃に備える。
 かろうじて投石攻撃から生き延びたディルクだったが、目の前に見えた光景に呆然とした、いつの間にか立ち上がった獣の巨人が大きく両腕を上げ、そして。
 ぶん投げた大岩が獣の巨人が振りかぶったことで空中で飛散し、それがまるで大砲のように全てをなぎ飛ばすかのようにその威力を保ったまま分散して飛んで来たのだ!!

「何、今のは……!? 何なの……!?」
「ウミ――!! 伏せろ!! てめぇ死にてぇのか!!!」
「えっ、えっ!」

 リヴァイの視界の先で見えたのはウミの後頭部だった。まさか、嫌な予感がするが、ウミはまだ胴体と頭は繋がっており生きていた。
 とっさに屋根から滑り落ちるように、身を潜め助かったのだろう。屋根の上からのぞき込もうとしていたウミの頭を急ぎ、押さえつけるように、リヴァイがウミを腕の中に引き寄せてそのまま2人は転がるように建物の間に急ぎ隠れる中で投石攻撃を受けた兵士たちの断末魔の叫びと血しぶきが周囲を飛び散りながら2人の頭上を走り抜けた。
 前方の兵士たちは一瞬の出来事に何が起きたのか状況を把握出来ないまま、獣の巨人が投げた第二球により、絶命したのだと気付いた時には。
 逃げることもままならずに、まるで、人形の様に。人間の肉体がバラバラの木っ端みじんにドドドドドドドドド!!!と激しい音を立てて破壊されたのだった。
 前方にいた兵士らは小型の巨人もろとも無惨にも破壊の限りを尽くされバラバラに壊れた。

「オイ、大丈夫か、オイ!! ウミ!!」
「あ、ああっ……あ、あ……」
「てめぇ、何この空気に呑まれちまってんだよ、元分隊長が……しっかりしろ、地獄ならこれまで幾らでも経験したはずだ、」

 降り注ぐ投石の衝撃から彼女を守るように覆いかぶさっていたリヴァイ。寒くも無いのに突然の投石と仲間達の死に呆然とするウミの腕を掴んで引き寄せると、ウミはまるで死人のように青白い顔に虚ろな目で呆然とリヴァイを見ていた。完全に恐怖に飲み込まれている。自分よりも兵士である期間が長いウミが……リヴァイはギリリと唇を噛み締め、そのまま、

――パァン!!!
「はっ――……ああっ……!!」
 ウミの頬を平手で打つと、そのまま力強く己の腕に抱き締めしっかりしろと諭した。

「オイ、ウミ! しっかりしろ、恐怖に飲み込まれてんじゃねぇ……いつもの威勢はどうした!!」
「あっ、わ、たし……!!」
「急げ!! 砲撃が止んだ瞬間に壁側まで一気に逃げるぞ!! ここにいたら建物ごと吹っ飛ばされちまう……分かったな!! 遅れずに俺について来い!」
「は、はい!」

 リヴァイの力強い言葉にようやくいつもの目つきに戻る。冷静な自分でさえ声を荒げたくらいだ、ただならぬ迫る敗走の気配、全滅はもう免れない。
 その地獄絵図に、壁上にいたエルヴィンが呆然と立ち尽くしていた……。先ほどまで飛び回っていた兵士たちの姿を見渡しても、不気味な静寂の中、もう一人も見当たらない。
 かろうじて衝撃に耐え死角にいた新兵達は無事だが、聞こえた轟音に立ち尽くしていたフロックが悲痛な声を上げる。これが初めての実践の中で突然の大砲のような投石の雨を受けパニックに陥っている。

「なっ……、何なんだよ、この砲撃音は!?」
「敵は、大砲なんて持ってたの!?」
「だとしたら100門はあるぞ!!」
「お前ら落ち着け!! 馬が荒れるぞ!!」

 馬は繊細な生き物だ。自分達がパニックになれば馬達にも動揺が伝わり、敵側もそれを知ってか逃走手段を完全に奪おうとしていることから、状況がわからずに混乱する新兵達を落ち着かせようと、兵士として与えられた責務を果たそうとするマルロ。
 震える足を叱咤しながらも、彼は自ら志願した自由の翼をその背に背負い、戦おうとしている。

「巨人から投石だ!!」
「リヴァイ兵長!!」

 慌てふためく新兵達に、投石から辛うじて逃れたリヴァイが急ぎ撤退に必要な大事な馬達を連れて壁側までもっと移動しろと告げる。

「全員馬を連れて壁側に後退しろ!」
「了解!」
「急げ!! 射線の死角を移動しろ!!」
 不安な表情を浮かべながらも、人類最強の男からのただならぬ剣幕と落ち着き払った彼の冷静さを欠いた指示を受け、馬を連れて移動する新兵たちにウミも自らの手で駆け寄ってきた愛馬を引き連れ走った。
 タヴァサも恐怖と、ウミ以外の新兵に突然手綱を引かれた事で怯えるように震えている。
 フロックは獣の巨人の投石攻撃が与えた恐怖に死を間近に覚え完全に腰を抜かして動けずにいる。その中で、リヴァイがフロックのマントの襟ぐりを掴んで奮い立たせようとしていた。

「うあああああ!!」
「オイ立て!! 死にてぇか!?」

 リヴァイに促され、何とか新兵達と馬達は束の間の安全圏に集まる中、壁上からエルヴィンが降りてきた。

「団長!!」

 マルロの声にリヴァイもエルヴィンが降りてきたのを確認し、壁上から見えた景色はどうなのか、現状はどうなのかと駆け寄ると口早に質問した。

「……状況は?」
「最悪だ。奴の投石で前方の家は粗方消し飛んだ。あの投石が続けば、ここもすぐに更地になり、我々が身を隠す場所は無くなる」
「壁の向こう側には逃げられそうにないのか?」
「ああ……「超大型巨人」がこちらに迫って来ている。炎をそこら中に撒き散らしながらな…。仮に、兵士が壁で投石を逃れても、馬は置いて行くしかない。ここを退いても、その先に勝利は無いだろう……」
「ハンジ達はどうなっている? エレンは無事か?」
「……わからない。だが大半は、あの爆風に巻き込まれたようだ……。我々は甚大な被害を受けている。獣は、兵士が前方の一か所に集まるように、小型の巨人を操作していたのだろう。そこで、小型の巨人を相手にしていたディルク・マレーネ・クラース班は先ほどの投石で全滅したようだ」
「嘘、でしょ……」
「つまり……内門側の残存兵力は 新米調査兵士の諸君達と、リヴァイ兵士長、ウミ。そして――……私だ」

 エルヴィンが告げた残酷な見たままの現状を耳にして呆然と立ち尽くす一同。そうこうしている間にもドドドドドドドドド!!と激しい轟音を立ててさらなる獣の巨人の投石が襲い掛かり、自分達を隠している建物を破壊し、あぶり出そうと容赦なく襲い掛かる。
 怯える新兵たちの悲鳴がひっきりなしに響き渡るこの世界はまさに地獄だ。彼らに自分達と同じ戦いを望むことはおろか、逃げる算段をつけることさえ思いつかない。あの暴力じみた石の雨を掻い潜り抜けることなど、到底出来やしない。

「エルヴィン……何か、策はあるか?」

 振り絞るような声で、リヴァイは目の前の彼に縋るようにその答えを求める。ウミがタヴァサや新兵達を少しでも安心させ、守るように彼らの肩を抱いて、輪になり、頭を抱えて震える兵士たちを宥めつつ、自らは顔を上げたまま正面から獣の巨人を睨んでいた。
 降り注ぐ投石攻撃の渦中、エルヴィンはたったひとつ、ある事だけが脳裏に浮かんでいた……。

To be continue…

2020.07.06
2021.03.16加筆修正
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