unfair love | ナノ


「03」



 海が出向で県外に来てから1ヶ月が経ち、だいぶ人にも慣れてきた。しかし、未だに仕事も山ほどあり、多くいるメンバーをまとめるリヴァイもあちこちを駆けずり回り、忙しそうだ。

「おい、海」
「はい、何でしょう、アッカーマン主任」
「何でしょうじゃねぇよ、お前の作ったこの書類だ。ホチキスの向きが逆だ。今すぐやり直せ。」
「はい、かしこまりました(いちいち細かいなぁ)」

 そうして分かったこと。この主任、なかなか細かいのだ。A型かどうかまで血液型で性格の判断までは分からないが、隅々まで細かく、朝のテーブル拭きは要らないと言っていたが、仕事中に汚れたから拭けと、それを命じてくるし、しかも拭き方もきちんとしないとやり直しコールがかかる。しかし、部下達はみんなそれに慣れているのか誰一人嫌な顔をしない。オフィスは常に清潔であれと言う主任のモットーを誰もが守っているのだ。このオフィス内を汚そうものなら物凄い形相で飛んでくるに違いない。
 しかもやり直しと言われるのは決まって自分ばかり。これはえこひいきではないのかと思うとなんだか無性に腹が立って泣きそうになった。

「なぁ、海」
 「はい、なんでしょう? チャーチルさん」
「……チャーチね。いいって、同じチームなんだから普通に名前でいいって」
「ああっ! すみません!」

 リヴァイ率いる人事課のメンバー。全国から集められた精鋭たちと素晴らしいメンバーで今激化するこの業界では見たことのない広報誌を試作しろとのことだった。上手く行けばこの部署は独立して活動を行うことになる。
 しかし、元々難解な金融の事務処理ばかりの業務に携わっていた海としては、今まで全く関わりのない特殊なジャンルに戸惑っていた。これではコツコツ取得してきた今までの資格が無駄になってしまうのではないかとさえ感じた。
 助けてくれた頼りになる上司かと思いきや、毎日リヴァイには怒られてばかりでしかも、見知らぬ都市、暑い季節に慣れていない海のストレスは最高潮だ。

「海が来たばかりの時になかなか忙しくて歓迎会出来なかったから、やっと場所取れたし、良かったらどうかな?」

 少し遅い歓迎会を開いてくれるという幹事を任されたファーラン。爽やかでスラッとした体躯の彼はリヴァイとは昔からの長い付き合いらしく、リヴァイにも信頼されている。

「おい、ファーラン! さっそく海にナンパしてんじゃねぇぞ!」

 そして、後ろから声をかけてきたのはイザベル。同じく彼女もリヴァイを慕い、小悪魔みたいに可愛い顔をしているが、女子校育ちの彼女は男勝りな性格で社内の男子よりも女子からの人望があるようだ。

「海、安心しろよ、近づく悪い男は俺がやっつけてやるからな!」
「ありがとうございます。マグワイアさん」
「おい、俺はマグノリアだ!」
「別にナンパなんかしてねぇよ……てか海も名前さっぱり覚えてくれないし……」

 名前さえ間違えるほど、海の心は晴れず、そうして決まった歓迎会。最近は疲れて家と会社の往復ばかりだったし久しぶりに飲むのもいいかもしれないと、海はイザベルに後ろから抱きつかれ、ゆさゆさ揺さぶられながらそんなことを思った。すると、ガチャリと、ドアが開き撮影班が戻ってきた。

「アッカーマン主任!例のお店おさえてきました」
「ペトラ。ご苦労だった」

 ガチャリと、オフィスの扉が開き、やってきたのは。可愛らしい容姿に明るい金色に近い髪と同じく柔らかな色素の大きなクリクリとした瞳もつペトラだった。その後をオルオとグンタとエルドが重たい機材を持ってやってくる。これで全員、これが今の海の会社の仲間である。そして視線はペトラへ向けられた。海よりも若く、ハツラツとしてそしてリヴァイにもかなり信頼されている優秀な社員だというのは挨拶の時から分かっていた。そして何よりも物凄く可愛いし、仕事もバリバリできる。そのギャップが余計彼女の魅力を引き立たせた。

「後はデータは俺が確認する。お前達は休んでいろ。」
「「はい!」」

 しかし、口が悪く、神経質で気難しそうなのに、彼はみんなから慕われている。リヴァイの声が響けば誰もが頷き即行動。どちらかといえばのんびりおっとりの海はいつもみんなに置いてきぼりだ。さっき指摘されたホチキスもまだ直していないというのにあっという間にお昼になってしまった。
 昼になり、みんなでどこかでランチに行こうと誘われたが、海はお弁当があるからと1人断わる。しかし自分のデスクで細々と食べれば恩人なのに細かい潔癖な性格で粗探しをするような態度にすっかり苦手意識を持ち始めたリヴァイと二人きりになってしまう。バックとお弁当片手に海はとある場所へ向かった。

「ふぅ……」

 都会の街。やはりいまどき主流なのは電子タバコ。それを手に海は屋上に続く階段の踊り場に向かった。
 ここは穴場で死角になっているし、わざわざ高層ビルの屋上に来る人間など清掃業者ではない限り、居ないだろう。何故か置いてある灰皿。そして大きなテント。なぜこんなところにあるのか誰のものなのか。しかし、誰も使った形跡もなく。海はひっそりとその中に隠れるようにテント内の敷布団にちょこんと腰掛けた。
 未だにメンバーの名前をまともに覚えられず、仕事上の会話はするがプライベートまでは踏み込んで欲しくない。いつもそうだった。出向する前の職場でもお昼を職場の人達とわいわい仲良く食べるのが苦手で。友達も数える程しか居ないし、恋愛もそれなりの経験しか知らない。人見知りの殻に閉じこもりここまで来てしまったから。
 1人、休憩時間くらいは仕事から離れ、思いのままにのんびりしたいと誰も来ない部屋を見つけてはそこで眠ったりしていた。ダラダラゴロゴロ昼寝をしながらタバコを吸い、缶コーヒーを飲みお弁当を食べて休憩時間の残りは仮眠をするのが好きなのだ。
 今日の休憩も残り20分。仮眠にあてようと、清潔なテントの何故か置いてある柔らかな敷布団に冷たいタオルケットを頭から被りすやすや眠り始めた瞬間、いきなりテントが揺れた。慌てて閉じたチャックを開けそっと外を覗くと、そこに居たのは三白眼の鋭い目付きに刈り上げヘア。今まさに1番顔を見たくない男だった。

「やっぱり犯人はお前か、出て来い」
「ひえええっ!!」

 なんと、そこに居たのは同じタイプの電子タバコを手にしたリヴァイだったのだ。なぜこんなところに!?海は眠りそうになっていた思考から急に現実にたたき起こされ驚きに目を見開いた。

「ここは俺の領域だ。許可もなく勝手に入りやがって……」
「すみませんすみません……だってだって、あたっ!!」
「馬鹿だな、そんな狭いところで立ち上がるからだ」

 脱兎のごとく慌てて外へ逃げ出そうとしたが急に狭いテントで立ち上がるもんだから頭を思い切りテントにぶつけて見悶えた。そんな彼女の相変わらずなところに呆れながらもリヴァイは海の為に声調を少し優しくした。気がした。

「昼時ここの会社の人間どもは一斉に外に出て静かになる。街には美味い飯屋がたくさんあるからな。その中でお前はあいつらに誘われても断って、こそこそいつもバッグと弁当持ってどっかにいなくなってるなと思ったら・・・まさか俺の神聖な寝床を占領していたなんて・・・毎日綺麗にしてる筈が、位置とかも変わっていて、おかしいと思ってな。別の部署の鼻が利くやつにテントの中を調べてもらったら、お前の名前と、この長い髪の毛が出てきた」
「これが私だなんて、DNA鑑定しなきゃわからないじゃないですかっ、」
「こんな長い髪の社員なんてこの会社でお前くらいしかいないだろ」
「うっ……」

 匂い?もしかしてシステム課のサガリアス課長か?前にリヴァイと挨拶に行った時に思い切り匂いを嗅がれた気がする。まさか自分は体臭が臭うのかと思ったがいつも毎日お風呂に入っているし、人よりも臭いには気をつけている。きっとあの時海の匂いを嗅いで、愛用香水のジャンヌアルテスだという香りまで割り当てたと言うわけか。

「ア、アッカーマン主任のテントだったんですね。私ったら、勝手に・・・知らないとはいえ、無許可ですみませんでした……どうか殺さないでください……」
「物騒な言葉を使うな、ただ俺は清潔にしている空間を誰だろうが荒らされるのが嫌いなだけだ。会社の汚ねぇ奴が寝てたらそいつをぶっ飛ばそうとか考えたが、お前ならいい。」

 それはどういう意味で?海は真顔でとんでもないことを言った。

「ええと……私みたいな若いいい香りの女の子ならむしろ許す、大歓迎ってことですね」
「……お前……っ……」

 その時。リヴァイは言葉にならないほどの怒りと苛立ちで思わず部下であり妙齢の海のことをグーにした手でゲンコツしてしまった。素直に謝ったかと思えば素直に余計なことまでペラペラと、前に出張先で出会ったエルヴィンが褒めていた人材とはとても思えなかった。確かにここより田舎から来たにしては身なりもきちんとしてるし、人当たりもいいのに。しかし喋れば素直すぎる性格でとんでもない事を言い放ったり。

「いったたたた……ひどいです。パワハラです」
「馬鹿言え、お前もう若くねぇし、アラサーだろ。アラサーが女子なんてカテゴリーに入るかよ」
「主任はもうアラフォーじゃないですか!アラサーのことは言わないでください!」
「男はいいんだよ」
「差別ですっ!」

 海ふと、小柄なのに無骨でゴツゴツした男らしい手を持つ指輪をしていないリヴァイを見る。リヴァイはそういえば結婚はしていない。しかし、海はなぜ指輪の有無を密かに無意識に目を向けて確認するように見ていたか、あとから気づくことになる。

「お前、一人が好きなのか?」
「はい。お昼はいつも1人でこうしてのんびりしながらタバコを吸って、夏は涼しい場所、冬は温かい所で眠るのが私の過ごし方なんです」
「おとなしそうな見た目の割に煙草吸うとはな」
「そういう主任こそ。潔癖なのにタバコの煙はいいんですか?」
「これは別だ」
「ふふふ、今日は、よく喋りますね」
「うるせぇな。俺はこう見えて結構喋る方だ。仕事中も煙草吸いてえなら吸っていいのによ、」
「なかなか行くタイミングが見つけられなくて……」
「吸いてぇなら声かけろ、1人が好きとか言いながら1人で吸えねぇくせによ。しっかり掃除するなら、別にここに居ようが、構わねぇよ」
「主任……ありがとうございます」

 海がなれない都会に疲れ、憔悴し、1人で孤立しているのかとリヴァイは厳しい言葉をかけながらも居場所がないのかと多少はその小さな背中を気にかけて心配してくれていたらしい。その思いやりの深さと優しさに触れ、海も少しはにかんだ笑顔を見せたのだった。

 その日から2人はここでたわいもない会話をするようになった。班の中で唯一の喫煙者同士なのもあり、声をかけなくても行けば必ずどちらかが居て。少しずつ少しずつ、拾われた子猫のように怯えていた彼女は次第にリヴァイに心を開き始めていた。リヴァイも、潔癖症に目を瞑れば、乱暴な言葉はイザベルの話曰く彼は名の知れた元ヤンらしく、小柄ながらに強靭な肉体を持ち、そして腕っぷしも強く、当時から彼は周りから「兄貴」と慕われる理由もなんとなく、理解するようになった。
 彼は悪人面だが、決して、悪人ではないのだと。ただ、潔癖なだけで本当はいい人だと知れば、海は仕事中でもあまり不満を抱かなくなった。
 安らぎ始めた心、他人に簡単に心を開けなかった海が心を寄せるその答えを知るのは、胸に残る違和感が拭えないのは何故か。この時のまだ、根は無邪気に人を信じていた海には分からなかった。


 
To be continue…

2018.08.01
2020.07.16.加筆修正


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