unfair love | ナノ


「10」



 目に映るすべてか真実だとしたなら。どう受け止めたらいいのか分からない。唯一理解できるのはあの日の夜は雨が見せた幻だと言い聞かせること。今日も前を向かなければいけない。もしあの時の自分に戻れるなら、きっと、馬鹿な過去の自分と同じ選択は決して、しないだろう。

「海〜……!」
「ヒストリア、ユミル!」

 次の日の朝。愛し合った2人はもうそこにはいなくて、嵐も去り、快晴に恵まれた空の下で海は駅でヒストリアとユミルの2人と待ち合わせをしていた。
 海が起きた時には、もうそこにはリヴァイは居なくて、家中を探しても、もう彼はどこにもいない。彼がいたという確かな痕跡があるのは2人で飲んだ紅茶のカップだけ。海はしっかり服も着て、ベッドで眠り、その身体にはタオルケットもかけられていた。
 昨夜のはただの妄想、自分の望んだ夢だったのだと実感せざるを得なかった。
 スマートフォンには何か連絡でも来てるかもと期待したが、アプリはなんの反応もなく、むしろ自分から連絡をする事が非常に躊躇われたが、しかし、上司である以上は「昨夜はごちそうさまでした」と、社交辞令の御礼、当たり障りのないメッセージを送った。
 立ち上がろうとして、すぐに、じくじく痛む下腹部に違和感を覚える。
 久しぶりに受け入れたせいだろうか。しかし、今日はずっと前から約束していたからと、その不快感を抑えながら海は三連休の始まりに約束していたユミルとヒストリアと大きなレジャープールに今から向かうことに視点を向け、胸をときめかせていた。

「あれ、海なんか雰囲気変わった?」
「え? そうかな?」
「ああ、確かに違う。お前、なんか変わったな」

 やってきたのは、海水浴場のすぐ近くにある立派な設備のプール。それぞれ水着に着替え、海も黒の背中が開いたワンピースタイプの水着に袖を通した時、可愛い水着のヒストリアとラッシュガード姿のユミルからそれぞれ声をかけられ、ふと動きを止めるも、自分ではどこが変わったのか、何が変わっているのか。思い当たる節が見当たらず、久方ぶりに会った2人からそう言われればそうなのかもしれないと思うだけだった。
 そういえば今朝送ったメッセージの返事は来たのか。既読くらいになっていればいいなと密かな期待を寄せ、スマホを見ると、何の音沙汰もなく、メッセージはリヴァイに確かに送られているのに、既読にすらもなっていなかった。
 既読スルーの方がまだよかった。未読スルーの方が何かあったのかと気になってしまう。もしかしたら昨夜のことで疲れて寝てしまったのかもしれない。それとも、土曜日なのに休み返上でてきぱき仕事をこなしていて、スマホも放ったらかしになってるのかもしれない。それなのに自分はこんな所で呑気にプールで遊んでいていいのだろうか。
 そんな思いを抱えながらキラキラ輝く水の中に飛び込んで。生ぬるい泡の中でクラゲのように漂いながら、海はこの瞬間を楽しむことにした。三連休が明けたらまた彼に会える。早く会いたくて駆け出したくてたまらない。夏真っ盛りに最高の気分だ。

「本当に今日は楽しかったね!」
「うん、そうだね。2人とも誘ってくれてありがとう! でも、なんだか2人のおじゃましちゃったみたいで……」
「いいってば。気にするなよ。お前はヒストリアにとって特別だからな」
「うん、そうだよ! せっかく海こっちにいるんだからまたどこかに行こうね!海の出向期間終わっちゃう前にねっ」
「あ、そっか……」

 そう言われて海は立ち止まった。そうだ、確かエルヴィン課長と交わした話では上半期だけの約束だ。その後は、期間限定の約束。自分は完全にここの住人ではないことを海は知る。そう、出向期間が終われば、リヴァイとも……。
 海は冷えてゆく思考の中でふつふつとコンビニのピーチティーの入ったカップを握りしめる。冷静にかえれば、そう、今はただ夏の暑さと甘い夢に酔いしれているだけ。昨夜の事も、リヴァイは自分がいつかここから居なくなる。だから、後腐れのない女だと思って、本当は誤魔化してきた下腹部の違和感がここに来て海に昨夜のは夢ではないのだと思い起こさせる。

「この後どうする?」
「あっ、じゃあ海の家に行ってみたいなぁ、海?」
「あっ、ごめん、考え事してたの。うん、いいよ、じゃあ今日はうちで餃子パーティーしよっか」
「それはいい! 海の手料理楽しみだからな」

 明日も明後日も休み。楽しい夏が始まって、その筈なのに、頭の中に浮かぶのはリヴァイの事。鋭い瞳に見つめられ全身余すことなく抱き締められた時に感じた清潔な香りも熱も引き裂かれた痛みも恥ずかしさと壊れてしまいそうな思考も、記憶が、身体が鮮明にリヴァイを忘れないようにと、覚えている。
 嘘なんかつけない、無かったことになんてできない。今もこんなに身体が疼くのに。彼にたまらなく会いたい……海がそう強く願った時だった。

「ペトラ!」
「主任」
「すまなかったな。付き合わせて」

 思いがけず立ち止まる。聞こえたのは自分の会社の先輩。そして、次に確かに聞こえた聞き慣れた低く通りのいい声と、その目線の先――……急に立ち止まる海にユミルとヒストリアが海の背中に次々ぶつかってゆく。

「いいんですよ。出張大変だったでしょうし、幾らでもお手伝いしますよ。ただ、明日は……」
「ああ、明日は約束通りお前の行きたい所に行くぞ。どこにでも連れて行ってやるからな。」

 バックを持つ手に力が入らなくなり、ドサドサと派手な音を立てて、そして、手に持っていた飲みかけの冷たいピーチティーもひっくり返り全部熱を持つコンクリートに染み込んだ。
 海の視界の先には華奢な肩を抱くリヴァイの手と、ペトラの可愛らしい笑顔。見つめ合うふたりが周りから見ればどういう関係なのか問わなくてもわかる。ただの部下と上司の関係なわけは決して、ない。
 ガラガラと何かが大きな音を崩れていった気がしたが、海はただ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。ただ、ただ、あんなに近くだった彼が、今は遠くに感じた。

「海!?どうしたの?」
「おい!しっかりしろ!」

 感じたのは……頬を伝うのは、ヒストリアとユミルに支えられ、海は公衆トイレに逃げるように駆け込むとそのまま真っ白な便器に思いの丈をすべてぶちまけた。噎せながら指を突っ込み、胃の中のものを全て吐き出すように海は吐き続けた。あまりのショックに耐えきれない心を必死に誤魔化そうとした、しかし、もう誤魔化せない。

「海、大丈夫?」
「うっ……ううっ」
「熱中症か?前にもなったし、ほら吐きたきゃ吐きな・・・って、海・・・お前、泣いてるのか?」
「……っ」

 ヒストリアが背中をさすってくれるが、海は止まらない。見たくない光景がそこにはあったから。そして今までの喜びや舞い上がり心踊らせていたことも。
 思考を張り巡らせる。2人はいつから?自分がここへ来る前から2人は……じゃあ、今までの事は、昨日の夜の出来事は、何だったのか?海は混乱の最中あまりのショックといろんな感情が絡み合い、その苦しみに耐えきれずに吐いてしまったのだった。
 あんなに近かった彼が、今は遠い手の届かない所へいなくなり、楽しい楽しい三連休の筈が、海にとっては苦しい夏の、始まりだった。

 「そ―だよなぁ〜……ペトラが美人になったのはそりゃ男前の彼氏のおかげだもんなぁ」
「イザベルさんったら、違いますよ」
「俺聞いたもん、わざわざ昨日日帰りで会いに戻ってきたんだろ?いいよなぁ〜愛されてて」
「あら、そうなんですね。ペトラさんおめでとうございます、」
「ありがとう海。」
「相手は、誰なんですか?」
「うふふ、そんなに教えるような人でもないよ」

「(知らなかったのは……わ、たし……だけ? じゃあ、何だったの? あの夜のことも、あの日のことも、あれは? あれも? 私は……あなたの何だったの?)」

 
unfair love

愛は時に幸福をもたらすが、時に残酷に人を痛めつけるものだ
 To be continue…

2018.08.09
2020.07.20加筆修正


prevnext

[読んだよback to top]