unfair love | ナノ


「08」



 最初から最後まで、嘘をついて、真実を見ないようにして、目の前の甘い夢に、優しい嘘に浸っていたかったのかもしれない。きっと今も。
 思いがけず手に入れた大好きな人の連絡先。だいぶ慣れた博多の街並みを歩き前にヒストリアと行った流れる水の綺麗なショッピングモールへ。いつ頃つくだろうか。それとも迎えに行こうか。そんなことばかり考えながら海は試供品のリップを片っ端から試していた。どうせなら服も買って着替えようか。色んなことが頭の中を巡る。1週間も会えなかった彼に会える。もう海のテンションは最高潮で、今目の前に彼がいたら思わず抱きついてしまいそうになる。しかし、別にキスはするが付き合っている訳では無いことは重々理解している。
 頭の中に巡る、イザベルとファーランが話していたこと。
 リヴァイの想い人の名前が自分であるならこの上ない喜びに包まれてきっと嬉しくてたまらないのだろう。今までこんなに自分から誰かを好きになること、執着するとは、思いもしなかった。
 それに出張から帰ってきたとなれば、絶対に疲れている筈だ。それなのにそのまま自分を飲みに誘う……意中の相手ではなければ普通ならありえないだろう。それでも違うと言うのなら彼は期待させて突き落とす残酷な人だと海は思う。
 話したいことは山ほど有る。周りから見る海は至福の表情に満たされていただろう。そう思った時、スマホが鳴り、メッセージが送られてきた。スマホに手を伸ばすと。

「駅にいた。どこにいる」
「まだお買い物してました。今からバスに乗って駅に向かいます」

 大好きなキャラクターのスタンプを送るとリヴァイに送ったメッセージが既読になり、海は新しく買った濃いネイビーの柔らかいシャツ素材のワンピースを着ると軽やかな足取りでバスに乗り込み駅に向かった。
 バスに揺られながら駅が見えてきて、近くにいないか彼を探すと、こっちを見つめる三白眼が見えた。バスで来ると分かっていたリヴァイは停留所のベンチに午後の紅茶片手にどっかり腰掛けている。

「主任、出張お疲れ様でした」

 バスを降り、すぐ彼を見つけることが出来海は笑顔で駆け寄る。服装や髪型は変ではないだろうか。いつもまとめている髪も今日はハーフアップにして、下ろしてみたのだが。しかし、リヴァイは一瞬海を見つめて盛大に眉を寄せた。そして、

「ああ、誰かと思えばお前か。別人みてぇだな。気付かなかった」
「おかしくないですか?」
「いや」
「疲れてるんですよっ、大丈夫ですか?」
「……疲れてるからこそ飲みてぇんだよ。行くぞ」


 そうして、キャリーカートをガラガラ引きながらリヴァイと向かうのは川と川のあいだに挟まれた日本三大歓楽街のひとつ。自分がいなければイイオンナのいる店などに行くのだろうか?そして、そこで、1人でいつも飲み歩くのだろうか。
 リヴァイの後を歩く海。ぼんやりしていると急にリヴァイが立ち止まり、それに気付かず海は思い切りリヴァイの引き締まった硬い背中にぶつかってしまった。

「おい、いてぇな。何ボケっとしてやがる」
「あいたたた……」
「隣を歩けよ……」
「はい」

 しかしこの男、本当に鎧みたいに硬い身体をしている。一見小柄で細く見える体躯なのに服の下はどうなっているのだろうか。みんなで分け合って運んでいた50キロはある機材もたった1人で軽々担いだりと、人間離れした力、海はふと、ミカサも同じように力持ちだったことを思い浮かべた。

「おい」
「わっ!」

 海がリヴァイの隣に立った瞬間、いきなりセダンの車が2人の横を猛スピードで横切っていき、リヴァイは思わず海の手首をつかむと車道側に立ち、庇うように引き寄せると、その力の強さに簡単に海の顔がリヴァイの胸に埋まった。

「チッ、危ねぇな。おい、歩道側歩け」
「ご、ごめんなさい」

 さっきからリヴァイに迷惑ばかりかけている自分に情けなくなる。二人きりの緊張と夜なのに未だ残る暑さでリヴァイに抱きとめられる形になり、しっとり汗ばんだ肌が恥ずかしい。
 こうなったらお酒の力を借りるしかない。海は意気込みのれんをくぐりなかなか古風な個室の居酒屋に案内され腰をかけた。
 歓楽街だからといっていかがわしい店ばかり想像していたがそういう訳でもない。自分の方の歓楽街よりも大きく、いろんなお店がある中でやはり彼がチョイスするお店はお洒落だ。

「あっ、今日は割り勘ですよ、奢られっぱなしは嫌です」
「うるせぇ。黙って食え」

 そうして、運ばれてきた居酒屋メニューたち。焼き鳥枝豆冷奴などのつまみや生ビールを2人で乾杯し、リヴァイはずっと我慢していたのだろう加熱式タバコを取り出した。

「出張どうでした?あら!お土産!これ好きなんです、ありがとうございます主任!」
「買って来いって言ったろ」
「べ、別に強制ではなかったんです〜」
「いいから食っとけ。それで……ずっと本社に缶詰でひたすら打ち合わせの打ち合わせで疲れたな。ついでにお前の上司もいたぞ」
「えー!エルヴィン課長ですか!? 恥ずかしいなぁ。何か言ってました?」
「ああ、心配していたぞ。お前が元気でやってるかと聞かれたから失敗ばかりで迷惑してるからとっとと代わりをよこせと言ってやった」
「ええっ、そんなぁ、ひどいじゃないですかっ!私こんなに頑張ってるのにっ」
「嘘に決まってんだろ」
「えっ!?」
「お前……本当に飽きないやつだな。お前といると、退屈しねぇ」
「主任……」
「お前が来てから班の空気も良くなったし、お前が出向で来て正解だった。危なっかしくてどうなるかと思ったが、エルヴィンには感謝だな」

 これは、まさか?海でもこれはなかなかのいい雰囲気だと言うのはわかる。思い切って告白してしまおうか。どう切り出したらいいのか。しかしまだお酒の力が足りない。海はここはお得意の日本酒で行くことにした。女の癖に日本酒ばかり飲む自分はどう思われるだろうか。しかし、リヴァイも同じやつを飲むとのことでおちょこに変えて、また飲み直す。
 すっかり酔いが回る頃には海はリヴァイは仮にも上司で、憧れの人だと言うのに緊張も解け、無礼講状態になっていた。

「ネットバンクはですねぇ、とっても便利ですよ、私も使ってますし、それに、これからの時代はお店にわざわざ行かなくてもネットから振込できますし。手数料も安いですよ。」
「詳しいな。さすがシステム課の事務員。それならネットバンクの記事はお前に任せるか……難しいのは好きじゃねぇ、頭に叩きこむよりもお前みたいに経験者がはじめからやってくれてた方が助かる」
「お任せ下さい」

 どうやら出張先でいろんな話を聞いてきたらしく、システムに詳しい海に相談も兼ねて報告したかったのだと、海はそう言い聞かせて話を続けた。

「明日もあるだろう、帰るぞ」
「明日は土曜ですけども」
「駄目だ、夜遅くまで連れ回して何かあったら大変だろう」

 日付も変わる。自分より若い娘をいつまでも拘束しておけない。そろそろお開きにして帰ろうかとリヴァイはお財布をバッグから取り出しレシート片手に店内をうろうろする海からレシートをひったくり会計を済ませてしまった。

「すみませんいつもご馳走になってしまって」
「お前は慣れない県外から来てるのに弱音も吐かず人一倍尽くしてくれているからだ。俺の役職手当は日頃良くやってくれている部下のために使うものだ」
「主任」
「だからいちいち気にするな。後、一人で帰るなよ。タクシー呼ぶからそれで帰れ」

 店を出たその時、先程まで蒸し暑かったのに急に雷鳴が鳴り響き2人の肩にポタリと落ちる雫。それは間違いなく夏の夜の大雨の予兆。そしてそれは一気にバケツをひっくり返したような大雨へと変化し2人に降り注いだのだ。

「きゃ――!」

 酔いも覚めるような大雨だ。傘もなくせっかくの髪も服も化粧もみんな台無しにされ、海は嘆いた。

「チッ、本降りかよ。とにかく行くぞ」

 2人はずぶ濡れのまま、タクシーに乗り込み、海の住むアパートへ走り出した。

「後は帰れるな、」
「主任はどうするんですか?」
「俺は会社に戻る。報告書のデータが残ってるからな。」
「でも、そんなずぶ濡れでお仕事するなんて……風邪ひいてしまいますよ?せめてお洋服くらい……あっ、主任!よかったらうちに来たらいいんですよ!」
「……お前の家に?」
「はい!お風呂も沸かしますから、ねっ」

 本当に。純粋にリヴァイを思っての海の発言には裏がなかった。しかし、酸いも甘いも経験してきた男は海の優しさが純粋に自分を慕ってくれているのは分かっていたからこそ黙り込んだ。露骨に誘われるのなら分かるが、これでは海の提案を断ることも乗っかることも出来ない。
 しかし、タクシードライバーに降りるのか降りないのかの選択を迫られ、仕方なく海と共にリヴァイも車から降りたのだった。

 
To be continue…

2018.08.05
2020.07.19加筆修正




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