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「33th.secret 戻れぬ別離」


「…ふふっ、」

馬鹿にされたと思ったのか、余裕な自分が彼女の存在により容易く奪われた気がしてアルベルはすごぶる剣幕で彼女を去なした。

「テメェ何笑ってやがる…ブッ殺すぞ!!」
「だっ駄目っ、乱暴な言葉は駄目、約束したでしょ?」

「!…チッ、」

物騒で乱暴な物言いは相変わらずだったがそれでも、本当は激情を秘めた優しい人だと知っているから…その優しさを今更見せるマニュアルなんて分からないまま、中身は15歳の儘で成人から四年の歳月すら流れこうして大人になってしまったのだ。
齢24と、今更この性格の矯正なんて殆ど不可能に違いない。

不意に2人に訪れた静寂、響くのは2人きりに流れる暖かくて何よりも心地よい空気。
言葉無くともただ寄り添いあうだけで満たされる、そんな穏やかな空気だけが支配する部屋でウミは迫り来る得体の知れぬ何かに瞳を閉じ、今この瞬間、自分を抱き締めてくれる彼の瞳を真っ直ぐに見つめて呟いた。

「私は、…アルベルが好き、

大好き、だよ。」
「…!」

甘く柔らかな空気で自分を包む愛らしい妖精の様な自分とは全くガタイの違う小柄な少女がこんな血に染まりきって鬼と化した自分にそう囁き、温かな温もりで冷たい身体を包みそして優しい眼差しで見つめられたこと何て…今生、来世すら無いと言い聞かせてきた。のに、

「頼む!もう限界だ!!俺を殺す気か!!」
「アルベル…」

こんな、こんな幸せがあっていいのか。
甲冑を軋ませ手甲に填めた鉤爪で彼女の温かな肌を傷つけてしまうかもしれないのに…

アルベルは昔に見たウミの残像に重なる思いを走らせ愛しているからこそ…あの歌詞通りの恋ならば、彼女と離れる決意を決めていた。

「っ…!!
止せ、俺にあまり引っ付くな。」

甘い時間は刹那だ。
幾ら虚勢で塗り固めても所詮は血を貪り尽くす人間の姿をした猛獣。

「アルベル、きゃあっ!」
「ぐっ…!!」

酔夢に微睡む世界でアルベルは激しい動悸に襲われそのままベッドに横たえ抱き締めていた巨体を床に転げ落ちてしまったのだ。
彼女にこんな姿を見せたくはないと必死に脂汗を浮かべ性欲、愛するウミに触れたいと思う気持ちと比例して加速し上昇する吸血衝動に耐えていた。

本能が叫ぶ、

「アルベル、だ、大丈夫…?
すごい、汗…」

ホシイ……

オマエガホシイ

どうしても欲しい
今すぐ欲しい

俺の手で、喚けばいい。
死ぬまで離さねぇ

彼女の血が欲しくて、狂いそうだ…!!

「チッ…」
「アルベル、アルベルっ!しっかりして、大丈夫?」
「う…」

舌を鳴らし悪態付いても本能は止められない。理性を引き裂き本能がウミのその柔らかな白い素肌に魅入るかの様に紅い瞳はより一層鋭さを増し、姿を見せた鋭い双牙はウミのその首筋に穿つ時を待ち焦がれ涎を垂らしていた。

そんな彼から醸し出されし得体の知れない覇気は最早人間を寄せ付けやしない程に恐ろしいのに、しかし、彼の餓えを沈めることが出来る方法を…

自分は知っている、そう、本当は優しい彼がずっと自分を傷つけたくないと血を我慢していることなど掌握している。
ウミは構わずに震える彼の硬い身体を後ろから強く抱き締めたのだ。

「ウミ…ハァッ…もう、…止せ、俺に近づくな」

もう、今にも切れてしまいそうな理性の中で…
しかしウミは止めるどころか彼の左手を取ると頬に寄せ優しく握り締めて笑っている。
目の前には涎を垂らした獣が居るというのにウミは恐れも怯えも震えていも居ない。

「アルベルが…私の血を飲んで楽になるなら…構わない、ね、アルベル。」
「っ…!!」
「…だから、飲んで。私の血を…貴方になら一滴残らず差し出して干からびても構わない…」
「煩ぇ!俺はッ…求めてなんぞいねぇ、お前の血なんぞ…っ…頼むから、見るな…こんな醜い姿を曝すくらいなら」

血が飲めずに干からびる事よりもずっとこの身体を流れる吸血鬼のおぞましい欲望に身を任せウミの血を飲み干してしまうことの方が拷問よりも恐しくてたまらなかった。
脂汗の浮かぶその頬に額に触れて、そして彼女自ら着ていたネグリジェのリボンを解き強く抱きついてくれば真っ白な素肌を流れる青々とした動脈が視界に嫌でも飛び込んでくる。

「アルベル…」

例え叶わぬ恋だとしても…、戻れないと知りながら選んでしまったのは運命。

傍にいたいと願うのに
許されない思いを秘めた夢は重い現実に遮られて。

導かれたのはもう既に分かり切ったフィナーレだった。

「…ウミ」
「アルベル…っ」

ソッと首筋を伝う指先の冷たい感触にウミは睫毛を震わせた。次に感じたのは…

「っ…止めろ…まだ。戻れなくなる前に…舌がお前の血を覚えたら俺は…」
「…っ!」

それでも本能が求めるウミの首筋をひやりと這うアルベルの薄い口唇から覗く舌の感触………

「…そこまでだ」



を、引き裂く扉越しのヴォックスの声だった。





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