miss you D2後編 | ナノ




「海…笑って…くれ」

「最後に、お前の笑顔が見たい。お前の笑顔を…きっと一番に思い出せば…必ず…もし、生まれ変われるのならば…見つけだすから。」

「エミリオ…っ……」

言葉数が少なくても…一歩、また一歩とその歩調を愛しき彼女へと近づける。
高鳴る鼓動、ジューダスは最後に消えてしまいそうな身体で触れられないと知りながらも強く海を抱き締め、海も瞳を閉じてその温もりを忘れてしまわぬように強く噛みしめた。

しかし、不思議なことに。
その身体は決して透けることはなかった。

やがと、海が精一杯の勇気でつま先立ちに成らねばいけないほどまた伸びた彼の背に近づき、そっと彼の薄い唇に自分の涙で濡れた唇をそっと重ね、エミリオは離れ難く海を強く抱き締めさらさらの髪にそっと触れて海のキスに涙を零して瞳を閉じた。

走馬燈のように蘇る記憶。
2人なら永遠を歩いていけると夢見た幸せなあの日々が輝きながらまた煌めいた。

しかし…
運命は容赦なく2人を引き裂いた。
ジューダスの自分の髪に触れていた手が風に浚われてゆく。
慌てて海がジューダスを引き留めようとしたが…もう、ジューダスに触れることは…到底、叶わぬままだった、

交わす言葉よりも見つめ合うだけで伝わる思いがある。

2人は言葉無く見つめ合い、再び無言でひしひしと抱き合った。

いつまでも、いつまでも、

まるで永遠よりも近いこの場所で2人は絶え間なく降り注ぐ光を浴びて抱き合っていた。

悲しき幻想に消えゆく夢は忘却へ溶けては揺らめいて、二人の果たせぬ願いはやがて深海から空、遙か彼方の幾千億の星となった。

「…もう、離せ…(もう、触れないから…)離して…くれ」

先にその静寂を破ったのはジューダスだった。海の肩を引き離し、ジューダスはただ、今にも揺らいだ紫紺から零れ落ちてしまいそうな涙を流して仕舞わぬ様にと、長い漆黒の前髪が深く暗い影を作っていた。

「お前と…一緒に…最後まで、歩きたかった…」

「…っ…ふ…!」

ただ、それだけで幸せなのに。
普通に彼に、彼女に出会えていたら…
容易く可能になるそんな些細な願いでさえ2人には奇跡。
2人で話した素敵な夢、2人でそっと手を繋いで幾千もの星達がきらきらと輝く夜空の世界を歩けたら。
ただ、それだけが心残りで…悲痛な面持ちでそう呟くと、海は涙でだんだん彼がぼやけて行くことに気が付くが、もう、抑えることが出来なかった。

「…さらばだ、」

「っ…ないで…っ…行かないで…!」

背中を向けた彼の背中に必死に、少しだけでいいから触れ合っていたいのに…

その温かくて柔らかい日溜まりのような温もりに触れたいのに、触れたくて仕方ないのに笑って欲しいのに…
海を悲しませているのは自分。
肩を震わせて子供のように泣いている海を…いつもの様に抱き締めることも笑わせてやることも出来ない。
辛い、悲しい、やるせない、
何故何故何故、抑えきれない焦燥感に壊れてどうにかなってしまいそうだ。

身を引き裂かれるよりも溜まらなく切なくて苦しくて、

こんな気持ち、初めてだった。
マリアンでいっぱいだったこの気持ちは…今は海でこんなにも溢れて、ただ思うだけでこの心は満たされ愛しさに涙が止め処なく溢れてくる。

こんなにも人を愛する事、もう二度と出来ない―。

溢れ出す涙を耐え無理矢理自我を奮い立たせ悲しみを押し殺すと、もう指先は透けて向こう側にはロニとカイルが今にも泣きそうな表情で此方を見つめているのが透けた指先から見えた。

スウッと、それはいとも簡単に。
ジューダスは涙で潤んだ瞳を閉じて海の背中を……風のように、儚く掌に溶ける雪の様にすり抜け、追い越して、
その姿を静かに風に委せて瞳を閉じた瞬間、一気に彼の消えゆく身体を風が容赦なく浚った。

「っ…エミリオ…今まで、ありがとう!」

しかし、彼のために。今は精一杯の強がりを…どうか、最高の笑顔であなたに手を振るから。

――海、

――エミリオ、

「エミリオと一緒に歩けて、嬉しかった…よ」

上手く、伝えられただろうか。
あなたに届かなかったこれまでの2人の歩んできた日々の事を、そして、姿が風に浚われてゆく中でジューダスは確かに笑って海にそっと弱々しい声で確かに

「僕もだ…今まで、ありがとう、
例え、何度生まれ変わっても僕は―…」

「え…?」

しかし、その言葉の最後を知る術はなく…ジューダスは最後に消えてしまいそうな身体で強く海を抱きしめ、

「っ…エミリオ……っ!」

もう、どんなに泣いても
どんなに叫んでも
どんなに手を伸ばしても…

彼の姿は、もう…其処にはない、
消えてしまった、
一瞬で、あまりにも呆気なく彼は遠い空の青い海の遙か彼方へ…
もう見えない、触れない

酔夢は…光陰矢の如し。
自分を呼ぶあの低く甘い声も
華やぐ艶やかな黒髪も
生意気な仕草も、
自分だけに見せたあどけない微笑も、もう、あなたは消えてしまった
まるで今までの情景が幻だったかのように…
彼は、穏やかに微笑を浮かべて
一瞬にして消えてしまったのだった。

かろうじて自分の身体を抱き締めている感触だけが、触れた唇の冷たい温度だけが風に浚われながらも、確かに彼は存在していのだと公示していた。

お互い抱き締めていた腕を放し世界で何よりも大切な存在のことを、

自分よりも大事な人の事を…。

見つめ合い、ただ確かめた。

海は彼と過ごしてきたあの家での日々、18年前の悲しい世界の煮え切らない日々、今のこの瞬間を…刻み込む。

切に思い、叶いもしなかった…果たせぬ未来予想図を描いた。

「ありがとう…海。
お前に出会えて、本当に僕は幸せだった」
―…ジューダス
Judas.


必死に零れる悲しみを押し殺しジューダス、最愛の人。
エミリオ・カトレットは目の前の風に浚われ最後までその穏やかな笑みを浮かべて完全に姿を再び深海の底に消えた。

彼の姿を思い返しては静かに頬に伝う涙はそのままに、

「っく…、ううっ!!エミリオ…」

泣き続けた。叫び続けた。
声が枯れるまで何度も何度も
彼の名前を声が枯れるまでひたすら叫び続け、それでも必死に涙を拭うが、拭っても拭っても涙は枯れる事がない止めどなく溢れて枯れてはくれなかった。

どんなに好きだと叫んでも
彼には、もう届かない。
二人の距離はただ離れてゆくばかりだ…

カイルとロニも海の愛する人との果たせなかった約束に…相容れぬ未来を目の当たりにし、いつの間にやら涙を浮かべていた。

だが、どれだけの涙を流しても…
その傷は癒されはしない。
彼の温もりさえ感じなくなってしまった。

海は声が枯れるまで彼の名をひたすら叫び続けた。

揃いの指輪が涙でやけに輝いて見えた。それは天体の輝き。
一度壊れた涙腺はもう戻りはしない。
海の啜り泣く声だけが静かに響いていた。

「海…!」

「あっ…」

やがて、次に海を待っていたのは自分の身体を包み込む淡い純白の光だった。

そして感じたのは自分のあるべき場所へ続く果て無き道。
此処とは明らかに異なるあの世界へ帰る日がついに訪れた。

「カイル…ロ…ニ…」

涙を浮かべて2人に視線を配れば、2人が驚いたような顔でこちらを見つめている。

「海、」

「っ!…私、信じてる。だから、カイルもロニも…」

「海…!」

悲痛な顔で、しかし涙は見せないと一生懸命涙混じりのはにかんだような愛らしい笑顔を浮かべてゆっくり立ち上がった海がロニとカイルに精一杯の笑顔で、手を振った。
彼との約束を守ろうと涙を堪えて手を振るその痛々しい姿にカイルとロニは激しく胸を打たれ涙を誘う。

「カイル、ロニ…ありがとう!」

震える唇を必死に動かしてそう告げりと、やがて足下から消えてゆく海。
ロニとカイルもぼろぼろと涙を零して思い切り手を振り返したのだった。

「海、ああ…!その笑顔、最高にいいぞ!!やっぱり海には笑顔が似合うな!」
―…ロニ・デュナミス
Loni Dunamis.


「っ…ロニ!ありがとう!」

「海〜!俺は、お前のその泣いた後の笑った顔が大好きだ!だから、笑ってジューダスとまた、逢えるからな」

「…っ…うん!」

ロニの言葉に頬を赤く染めながら、海はまたにっこりと涙で霞んで見えなくてもロニに手を振った。

「海、ジューダスは大丈夫だ!ジューダスのことだから絶対海の世界に…また絶対帰ってくるから海も信じて!」
―…カイル・デュナミス
Kyle Dunamis.


「カイル…うん、私も信じてるからね!
リアラも絶対カイルに会いに来るから…信じてね…!」

「海!」

「海!元気でね!」

「っ…ありがとう…さよなら、ありがとう…っ!!」

やがて、完全に光が海を包み込み、海はカイルとロニに何度も手を振ったのを最後に…

「海―っ!!」

走馬燈のように巡る記憶の海に飛び込んだ。
重力に従い沈み行く身体。
水泡に包まれ身体は巻き戻しの世界を繰り返し、断髪された髪はやがて緩やかな波を描き衣服もひらひらと剥がれ落ち何もかもが彼と出会ったあの日に逆戻り。
深海にたゆたう記憶の欠片をひとつひとつ拾い集めれば…

エミリオが優しく自分に手を差し伸べて幸せそうに笑う一枚のどんな名画よりも美しく愛しく希少価値のある、名画だった。

「さよなら…エミリオ……」

孤独の世界に手を差し伸べてくれたのはあなただけ、
どんな時も、そばで優しく私を見守ってくれた。
こんな気持ちになれたのは、幸せをくれたのはあなただけなの。

あなたが好きでこんなにも好きで。
あなたの名前を呼ぶだけで幸せなこの気持ちが。
あなたのためなら、見返りなんてない。要らない。

僕は、私たちはお互いがお互いをいつも探していた。
求めるように惹かれあって、
だから私は18年前のあなたの遠ざかる背中に手を伸ばし続けて、今も、決して消えることはない。

エミリオを忘れても…
またエミリオに逢えるって信じてるよ。

ずっと、愛して―――――…

「エミ……リオ、」

其処で、虚しくも酔夢は無限の果て、忘却の彼方へと…

"「海」"

塵と化し消えた。

もう、次に目覚めた海の隣には…

誰も、エミリオと言う愛しき者は…

居ない。





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