大まる小説 | ナノ


おもかげ。




たとえば、駆け回る小さな背中とか、
薄紅色のまるい頬とか
耳の下で揺れるおかっぱの髪とか。


気が付けばいつも、
姿を探していたような気がする。




東京に越して初めての日。
いつものように母さんに起こされて、
見知らぬ街を手を引かれて歩いた。

溢れる人混み、行き交う車。
空を貫きそうなほど高いビルの群。
清水の地とまったく違う空気。

取り巻く全てが変わってしまったことを幼いながら思い知った。


新しい学校の教室で、目の前の見知らぬクラスメイト達に自己紹介する。


「大野、お前サッカー好きか?」

いの一番に声を掛けてきたそいつは、色の抜けた茶髪と日焼けした顔から白い歯を見せて笑った。

何となく杉山に似てて、俺は大きく頷き返した。

それから幾日か過ぎて。
この街にも、仲間にも慣れては来たけど、
いつもふとしたときに、何かが足りない、そんな気持ちになった。
そしていつも、あの清水の街と、あの賑やかな仲間達を思い出していた。



ある日。
サッカーしていた時、パスをミスって、ボールが向こうまで転がってしまった。


「やべ…!」


 
慌てて掛けていくと、誰かがボールを拾い上げていた。


「…あ」


その姿に全ての時が止まった気がした。


耳の下で切り揃えられた黒髪。
小さな体躯。


「さ、」


思わず、呼びそうになった名前。
けど、振り返ったその顔を見た途端、それはすぐにかき消えた。

「はい、これ」

見知らぬ顔の女の子が、笑顔でボールを差し出してくれる。

どうも、と受け取った自分の声が掠れていたことに、今更ながら驚いた。


居る訳ないのに。

あいつが、此処に居る訳ないのに。


ぺこり、とお辞儀をして、そこから駆け出す。


「大野?どーした?」


黙ったまま戻ってきた俺に、サッカー仲間のひとりが声を掛ける。


「何でもねぇよ、続きやろうぜ」


短く言って、仲間達はまた各ポジションに戻っていく。


気付いてた。
越してきたあの日から、ずっとあいつの姿を探していたことに。

居ないと分かってても、尚。


自分の気持ちが分からなかった。


けれど、鮮明に思い出せる面影。
向こうで、さっきの女の子の髪がふわりと揺れていた。


「…さくら」


遠くなるその後ろ姿に、ぽつりと呟いてみる。
すぐにきた、言いようのない気持ち。

その気持ちを振り切るように、俺はボールを強く蹴った。



俺がその気持ちの、本当の意味に気付くのは、
それからもう少し先のこと。



おわり


TEXT
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -