ふと、嶋田が俺の左の耳朶に触れた。人差し指でふにふにと感触を楽しむようにしてから、今度は人差し指と中指で挟む。何が目的の行為か謎な上にぞくぞくするほどくすぐったい(俺は耳が弱いんだ)、けど、なんだか心地が良くて目を閉じた。嶋田が吐息で笑うのが聞こえる。


「穴、すっかり塞がったな」


執拗に同じ場所を指の腹でつまんで、ぽつりと呟いた。ああ、なんでいきなり耳朶なんかさわり始めたのかと思ったら。閉じた目は開けるのが億劫で、視界は暗いまま、ぐうたら応答する。


「そういやここ数年ピアス付けてねえしなぁ…まあそんなもんだろ」
「俺、穴開いた耳好きだったんだけどな」
「…ほんと、お前の趣味わかんねえわ」


電気の眩しさを想定しつつうっすら目を開けてみれば、心底残念そうに肩を落とす嶋田がそこにいた。その間もずっと指は耳に触れたまま、飽きずに耳朶をつまんでいる。

初めて穴を開けたのは高校を卒業してすぐのことだった。俺が言い出したことではない。既に恋人の関係を作っていた嶋田が「目に見える形で痕を残したい」と、独占欲丸出しで押し倒してきたからだった。こいつのそういう自分に正直なところは嫌いじゃない、陳腐だけど愛されてる気になるから。そんなんだから俺は即承諾した。精々キスマークぐらいのものだと思ったから。承諾した俺に嶋田は目を瞑るよう促した。何を今更と思いつつ従う。そして次に感じたのは耳を指で引っ張られるような感覚と、突き刺すような鋭い痛み。





「今思えば、お前、昔からどっか発想おかしかったよなあ」
「んなことないと思うけど」
「いや、痕残したいっつっていきなり安全ピンが出てくるとは誰も思わねえよ」
「あー、初ピアスね」


にたり、いやらしげに嶋田の口端が持ち上がる。あの時はいきなり安全ピンをぶっ刺されたのだ、耳朶に。突然のことで一瞬痛みがわからなくて、耳が濡れる感触がして触れたら刺さったままの安全ピンで今度は指を刺した。


「あー、なんか、思い出し痛い」
「何を今更、もう塞がってんのにさ」
「だってお前、あんだけぐさぐさ刺されりゃ忘れらんねって…」
「途中から楽しくなっちゃって」


この隠れサド野郎、耳を触り続ける手をぱしりと払えば今度は顔を近付けて舐められる。嶋田が穴を開けた、三カ所。


「、おい…噛むなよ」
「たっつぁん、今度俺の耳に穴開けてよ」
「は?」
「安全ピンじゃなくてピアッサーでさ。あ、ニップルでもいいけど」
「いや…いやいや。耳はともかくニップルは自分でやれ。もしくは病院でやってもらえ」


どこまで本気なのかわからない(もしかしたら何一つ本気ではないのかもしれないけど)、嶋田はハーイと呑気に返事をして、犬歯でガリと耳を噛んだ。あの時と同じ、耳の濡れる感じ。


「痛っ…!」
「今度までにピアッサーとたっつぁん好みのピアス買っとくから。よろしく」
「…考えとく」


何を考えておくつもりか、自分でもわからない。
ただ、嶋田の顔が年甲斐もなくあまりにも邪悪で且つあまりにも楽しそうなものだから、やっぱりこいつは隠れサド野郎だななんて一人ごちた。穴の閉じた耳には血が滴る。


血の混ざった宝石
(ピアスホールから赤い糸を繋ごう)