茂庭のことが好きだった。
どこにでもいそうな奴なのに、ふわふわと笑う顔や時折見せる悔し涙なんかを見てしまうとどんな時でも目で追ってしまう、その存在が眩しくて。
女子の少ない工業高校だから、男が男を好きになるのも普通の学校ほど珍しくない。とはいえ実際には異色に変わりないのだ、同性愛者なんてのは。
だから誰にも相談できなかったし、告白なんて以ての外だった。諦めるしかないと悟ると虚無感が胸を襲う。










「鎌ちってさ、もっさんのこと超好きだよね」


騒がしくなる前の誰も居ない部室で笹谷は何ともないように突然そうやって切り出した。隣のロッカーを使ってもぞもぞと着替えをしている笹谷は、Tシャツから頭をポンと出して、ふぅと呑気に息をつく。俺は何もいえなくて、その一連の動作を固まって見てた。


「固まるってことは図星か」

「…………」

「やー、ホントに分かりやすいな鎌ち」


青根みたく表情変えない練習したら、なんてニヤニヤして笹谷が笑う。ここまで言葉に詰まったのは茂庭に好きな人がいるのかと聞かれた時以来だ(その質問も特別な意味なんか無い自然な話の流れで出たものだったけれど)。


「…お、お前が気づいてるってことは、よ」

「あん?」

「他の奴らも気付いてたり、すんのか」


だとしたらまずい、大いにまずい。あのムカつく後輩に知られていたら言いようのない屈辱感があるし、もしかすると友人たちには軽蔑の眼差しで見られていたのかと不安を隠せなくなる。俺の体を一気に冷や汗が包んだ。恋をすると人は弱くなるというけど、そうでなくても俺は元々小心者の方だった。
ぎぎぎと音が鳴らんばかりに俯かせた顔をぎこちなく笹谷の方に向けると、こいつはまた呑気に「いーや?」と首を傾けた。その仕草に既視感を感じて、ふと茂庭も同じ仕草をしていたことを思い出す。あの時はとんでもなく可愛らしいと思ったものだけど、笹谷がそれをすると動きが緩慢なせいか妙に色気があった。


「俺が個人的に気付いただけだけど」

「!、…そう、か」

「…こういうこと直球で聞くのもなんだけどさ」

「んだよ、てかお前気持ち悪くねえの?男が男好きとか」

「俺性別にはこだわらない主義だから。鎌ちってゲイなの?」


あくまで変わらないテンションで普通らしくない会話を続ける笹谷がおかしくて少し頬が持ち上がる。茂庭への想いを友人に受け入れてもらえたことが大きな救いになって、俺の中で笹谷の好感度がひっそりと上がる。


「いや…男を好きになったのは初めてだな」

「ふーん、じゃあバイになんのかな。俺はそうだけど」

「あー確かに笹やんは両刀っぽく見えるわ」


しかし俺はと言えば、この想いを実らせるつもりはないし、この先茂庭以外に好きな男が出来るとも思えないからやっぱりノーマルにカウントされるんだろう。その旨を伝えると笹谷は少しばかり目を見開いて「告らねえの」と驚いた声を出す。


「あんっなに熱い視線送ってるくせに」

「だ、うるせえないいんだよ!ガキじゃねえんだし俺は俺で気持ちに整理してんだよ」

「へえ。じゃ狙い目なわけ」


ぴたり。無意識か意識的かわからないけど、俺の体が不意に動きを止めた。笹谷は相変わらず普通の顔をしている。
狙い目?何がだ。


「言ったじゃん、俺両刀なんだよ」

「…まさか」


まさかまさか。考えたこともなかった。俺以外に茂庭のことを好きな奴がいたなんて。でも、そうだ。確かに笹谷も俺と同じ時間だけ茂庭と時間を共有した。条件は一緒だ。
もし、そうなら。踏ん切りをつけたつもりの気持ちが燃える。笹谷に対して急速に心が冷えていくのがわかった。ぎりりと睨んでいると、笹谷が手をひらりと振った。


「ちょいちょい、なんか勘違いしてるだろ。顔怖い」

「…笹やんももっさんのこと好きってんだろ、それなら」

「それそれ勘違い。別に俺もっさんのことソウユウ目で見てねえ」

「は?じゃあ何だよ狙い目って」


鎌ちってよく鈍感って言われるでしょ、その台詞とともに両腕をガシと掴まれて少し身を引いた。12センチも身長差があるのにこと威圧感はなんだろうか。その油断が隙を産んで腕を下に引っ張られた。突然の出来事に対応出来なかった足が膝から崩れてしりもちをつきそうになる。息を詰めた一瞬に笹谷の顔が近付いた。



「欠片もベクトル向いてないよりは勝ち目あるだろって言ってんだよ」

「っは…!?、んん!?」



押しつけられた柔らかい感触。キスされていた。お互いに目を開けたままだったから視線がバチンと交じる。予想外も予想外だ、狙い目ってお前、よりにもよって俺のことかよ!叫ぼうにも口を塞がれてはそれも適わず、混乱したまま息苦しくなって酸素を求めて口をあけるとここぞとばかりに舌を絡めて蹂躙された。なんだこいつキスくっそうめえ!
どれくらいの時間そうしていたかわからない、満足したのか顔を離して小さく息を整えながら口の周りについた唾液を拭う笹谷は確かにエロかった。


「、お分かり頂けましたかね」

「…十二分に」

「そいつは何より」



笹谷が立ち上がると同時に部室に二口が入ってきた。笹谷はそれを認識すると、それじゃあお先にと体育館へと姿を消した。
それに変わって二口がロッカーへと近づく、前に俺の顔を見て心底嫌そうな顔をした。


「…鎌先さん、アンタ何てツラしてんですか気持ち悪ぃ」

「…うるせーよ」




彼の名は恋泥棒
(ちくしょうこの野郎どうしてくれる!)




thx 茫洋