「たまらなく嫌いでどうしようもないんだ」


影山が泊まりに来た翌朝、目を覚まして完全に意識を覚醒させた影山に俺は開口一番こう言った。影山はまだ眠そうな目をして、なにが、とあくびをかみ殺しながら答える。


「何ってもちろんお前のことだよ」

「……………は」


眠そうな目が途端に俺を訝しむ目に変わって男の割に長い睫毛が震えた。なんとなく触りたくなって手を伸ばしたら控え目に顔をずらされて、やり場の無くなった手を台詞にあうようにわざとらしく影山の首に添えた。


「なんで俺、お前みたいなのと付き合ってるんだろうって思ってさ。わがままだし人の言うこと聞かないし。うざすぎて殺したい」


喉仏を親指でツイと撫でてやれば肩が大きく揺れた。殺したいって言ったのと同時だったから、首でも絞められると思ったんだろうか。影山は目を軽く見開いて傷ついたような顔をしていた。
本当、見かけに寄らず純粋なんだから。


「おま、国見…いきなり何言ってんだ」

「何って、お前に対する意見だよ。からかって告白の真似なんかしたのがいけなかったかな、ひとりぼっちの王様は好意に慣れてないからすぐ懐く」

「ッ、おい!その呼び方は――」

「ほら、一回呼んだだけですぐこれだ。そういうとこが嫌なんだよ。そういう苛々が募ってお前は嫌われてるってわかんない?一番酷いのは金田一だけど…あいつ、どんだけお前のこと嫌いか気にしたことある?」


もう一度ツイと撫でると今度は小さく息を呑んだ。目を伏せて辛そうな顔。顔が整ってることもあるけど、つり目の伏せ目はなんだか妙に色っぽく感じた。影山は何も言わない。


「不本意ながら、俺とお前は一応コイビトなわけだけど。普通さ、そんな関係の2人が夜に家で2人っきりだったら何するかわかるでしょ」

「………!」


思春期真っ盛りの中学3年生の頭でそういうことに考えつかない方がどうなのかと思う。でもバレー馬鹿代表の影山は言われて初めて思い及びましたと言わんばかりに顔を真っ赤に染めて、伏せた目を俺の方に向けて口をはくはくと動かした。その様子が陸にあげられた魚みたいで少し面白かった。


「うわ顔あっかー、男のくせに純情ぶるなよきもちわり…あぁそうそう気持ち悪いんだよね、殺したいほど嫌いなやつとセックスなんかしたくないじゃん?ほら、生理的に無理ってやつ。増してやお前男だし。実は同じベッドで寝るのも嫌だったんだよね。ねえ、影山」

「………まだ、あんのかよ」

「こんだけボロクソ言われて、まだここに居る気?」



暗に早く帰れよという意味を含めて言ったら、影山は数秒動かずぴたりと動作を止めた。どうするのかと思っていたら突然首に添えていた手を荒々しく振り払われて立ち上がった。持ってきた荷物をカバンに詰めて、寝間着代わりのジャージのままどすどすと出て行った。ああ怒ってる怒ってる。勢い良く階段を下りる音に続けて玄関がガチャンと開いて閉まる音が聞こえた。


「…あほみたいに素直だなぁ」


静かになった部屋で最近買ってもらったスマートフォンをタップして、たった今出て行った影山に電話をかけた。出るのを待っている間窓から外を見て天気が良くてよかったと思う。もし雨が降ってたら影山は今頃びしょ濡れだ。
少し待っていたらやっと影山が出て、まだ言いたいことあんのかよと荒げた声で悲痛そうに叫ばれた。この電話を無視しない辺りも本当に正直だ。




「もしもし影山、怒らないで聞いてね―――ハッピーエイプリルフール、さっき言ったこと全部嘘だよ。殺したいなんて思うわけないでしょ、俺そんな病んでないよ…え、金田一?ああ、確かにあいつお前のこと良く思ってないけどさ、さっき言ったほどじゃないから。どれくらいって、うーん…あいつも素直じゃないから…え、何、聞いてみてくれ?ねえ、そんな金田一のこと気になるの?俺より?…ん?ごめん声小さくて聞こえない…ああさっきのね。生理的に無理とかそんなわけないでしょ。…じゃあなんでそういうことしないんだって?あのさあ影山、俺が緊張しないとでも思ってんの?性別越えて告白しちゃうぐらい好きなやついきなりそういうこと出来ると思いますか――そういえば今影山どこにいる?俺んちの近く?ふーん、じゃあもう一回うち来てよ、俺がどんだけお前のこと好きか身を持って教えたげるから…あれ、もしもし?」



電話が切れたと同時にインターホンが鳴った、わざわざご丁寧に鳴らす必要もないのに。階段を降りて玄関を開けると黒いガラケーを耳に当てたまま赤い顔をした影山が、ぶすっとした表情でそこに居た。


「………お前、無表情で言うから嘘だなんてわかんねえよ」

「ごめんごめん。大好きですから俺だけの王様で居て下さい」



わざとらしいんだよばか、影山は小さく綻んだ。


しあわせすぎてくだらない
(春だしバカでもいいじゃない)




thx 休憩