*ノンケ嶋っち×ゲイたっつぁん






嶋田が俺に好意を伝えてきたのは高校2年の冬だった。油断をしたらすぐに指先から凍ってしまいそうな夜に、手袋をした暖かい両手で俺の冷えたそれを包んで告白してきた。レンズ越しの瞳は嘘をついている様子がひとつも無い変わりに、期待と不安が大きく揺れていた。その頃俺はすでに自分が同性愛者であることを自覚していて、なおかつ嶋田にもカミングアウトしていたから突然の告白にも驚いた数瞬後には何の抵抗もなく了承した。同じバレー部で苦楽を共にしている仲間だし、勝手がしれていて気が楽だからという安直な考えと一緒にそこから高校を卒業するまで高校生らしくむず痒くなるような甘酸っぱくて危うい初な恋愛をした。嶋田は俺のことがたまらなく好きなようだったし、俺も嶋田が好きだった。幸せとは何かと問われたら迷わず愛だと唱えるほどにお互い傾倒していた。




それぞれ別の希望する大学に進学して心もすっかり大人になった頃、その付き合っていた関係が惰性で続いているようなものになった。好きな気持ちは変わらなくとも何となく自分の中で相手が一番じゃなくなった。俺は変わらず嶋田が好きだったけど、嶋田はどうなのかよくわからなかった。ほつれは嶋田の方から大きくなっていった。



大学を卒業して家業を継いでから、高校時ほどではないにしろ、また会う機会が増えた。久しぶりに会う嶋田の首には最近ついたばかりのようなキスマークが見えて、そういえばこいつは普通に女が好きなのだと思い出す。俺は子供でも女でも無かったからそのキスマークについては言及せず、何も言わずに嶋田の肩に手をおいて自分の痕をそこに重ねた。でかいばかりの体に似合わない、ほんの些細な抵抗。何も知らない嶋田はそれをすると興奮した面持ちになるものだから、俺はわざと誘うように頬を持ち上げて嶋田を受け入れた。そういう風に及ぶ性行為が気持ち良いものだったかは覚えていない。




そういった関係(浮気という言葉が果たして正しいのかわからない)、嶋田が持ってくる隠し切れていない他人の熱を俺が覆うような関係に耐えきれなくなったのは俺だった。色を落として傷みきった髪の毛が好きだと言った。余計な脂肪のついていない、ほどほどに鍛えられた腹筋が好きだと言った。つり目がちで人に好かれにくい目を見て好きだと言った。彼のその言葉に、嘘はひとつも混じってなかったのに。もういやだ、ひとつこぼしたのを聞き取った嶋田が何かを察したように息を呑んで黙る。そのひとつの動作で、俺の中でギリギリ保っていた何かが音を立てて崩れるのを感じた。

「…嶋田は、まだ俺が好きか?」
「当然。たっつぁんに告ったの俺だよ?」
「…じゃあ、もう余計に、だめだ、俺は」
「たっつぁん?」

言葉の紡ぎ方と繋げ方がわからなかった。息をするのはこんなに難しいことだっただろうか。理由を付けなければ好意のひとつも言えないほどに、俺は臆病者になってしまっていた。

「俺は、好きになってくれる奴が限られてるから。こっちが好きになったところで余程運が良くなけりゃ両思いになんかなれねえ。でも、嶋田、お前は違うだろ?好きになれば応えてくれる奴を選べるんだよ。それで、そういう人間が、俺じゃない…女、で。いるんだろ?お前のそのキスマーク見てりゃ…死にたくなるほど、嫌でもわかる」
「………ッ」

ぱし、と首をおさえて嶋田は息を詰めた。それを見たら声を上げて笑い出したい衝動に駆られた。

「俺はお前が好きだよ。すげえ好き。もしかしたらこれから先の人生でお前以上に好きな男なんて出来ねえかもしんない。だからお前が俺のこと、惰性で続く好きなのが、すげえ辛い。お前にとっても良くねえよ、こういうの。年も年だし、ちゃんと女好きになって添い遂げんのが幸せだ。そんで、俺はそこに一緒に居たくない。な?頼むから、どっか行ってくれ」
「でも、俺はまだたっつぁんのこと!」
「わかってる。わかってるけど…俺は、もう、いやなんだよ」

雨の日のぬかるんだ地面を素足で歩いているような気分だった。差していたはずの傘もいつの間にかどこかへやって、薄暗いカーテンのような雨は心の中までびちゃびちゃと濡らした。隣で傘を持っていてくれてたのは嶋田だったのにいつから居なくなってしまったんだろうか。乾いた笑いを止められずにいたら、嶋田はごめんとひとつ呟いて俺の額にキスを残して去っていった。

「…なんだよ、それ」

最初から最後までずっと優しくて、それが余計に辛かった。本当に彼は俺のことを愛していてくれていたのだ。相手の女はどういう人間だろうかと思い始めて踏みとどまる、今更どうでもいいことに変わりはなかった。ただ、額に残された温度が消えなくて、どうしようもなく泣きたかった。最悪の置き土産だ、誰にともなく放った言葉が空中で消える。俺はなるべく邪魔にならないように、この世の何もかもの隅にうずくまって声を殺して静かに泣いた。





君を想う事忘れる事
(間違いなんてありません)
(僕は君を愛していました)




thx カカリア