今まで自分の誕生日を特別だと思ったことはなかった。


自分から今日は俺の誕生日だと友達に言うこともなかったし、数少ない友達の中に、人の誕生日を心から祝おうとするヤツも居なかった。
両親が共働きだったから年齢が二桁になる頃には家でケーキを食べてプレゼントを貰って、なんてイベントはなくなって、今では静かな家でテーブルにおかれた『誕生日おめでとう』とだけ書かれたメッセージカードと、一人分の小さなマスカルポーネを眺めるだけになった。毎年変わらないケーキの大きさは、体が成長していくにつれて物足りなくなっていったけど、忙しい中親が買ってくれたものだと思うと文句をつけられなくて、腹を空かせたままベッドにうずくまって寝て過ごした。




それが普通なのだと思っていた。
少なくとも、俺の中では。











「はい、トビオちゃん」


これあげる。


部活を終えて着替えていたら、まだ賑やかな更衣室で及川さんが突然小さな箱を手渡ししてきた。しっかりとした作りの金に縁取られた青い箱は見るからに高そうで、少しだけ重い。

「え…と。なんですか、これ」

「トビオちゃんへの贈り物」

「貰えません、こんな高そうなの」

「えー、受け取って貰わなきゃ困っちゃうなあ」


貰えない、貰って、貰えないのやりとりを何回か繰り返しやって、2人とも一度黙った。さっきまで賑やかだった更衣室にはもう誰も居ない。及川さんが俺にものをくれるというのは確かに嬉しいけど、やっぱりあまりに高そうなものは貰えない。だって、今日なんて別になんてことない日だ。それとも、俺が忘れてるだけで何かの記念日だっただろうか。初めて手を繋いだとか、初めてキスをした、だとか。考えれば考えるほどわからなかった。



「ほーら、俺が飛雄に贈りたいってんだからさ、受け取ってよ」

「…‥及川さん」

「なに?」

「あの、怒んないで聞いて下さいね」

「うん」

「今日って、なんか記念日でしたっけ?」
「…‥…うん?」



あ、及川さんの動きが止まった。
やっぱり今日は俺たちにとっての記念日だったんだ、それを俺は忘れちまったんだ、どうしよう!軽くパニックになっていたらフリーズしていた及川さんが動き出して、ごほんと咳払いをして居住まいを正した。


「えーと…影山クン。それ本気で言ってる?」

「え、や、あのっ…、」

「…嘘はついてないみたいだね」

「すいません、俺、ホントにわかんなくて」

「…今日はね、飛雄。俺にとって一番大切な日だよ」

「え、っん…む、」



及川さんにとって大事な日。及川さんに、とって。それはこの小さな贈り物と関係ありますか、それは俺と関係ありますか。疑問は全て及川さんに塞がれた。


「…ヒントをあげるよ、飛雄。お前の誕生日はいつ?」

「……12月22日」

「今日は何日?」

「…12月、22日」

「それが正解だ」

「…え」



俺の誕生日が、正解?


「それ…本当に正解ですか?」

「もちろん。どうして?」

「だって、別に。俺が生まれた日ってだけで」


それ以外、何も。言おうとした言葉はまた及川さんに塞がれた。さっきより深くて、熱い。



「ん、ふぁ…っ」

「……ねえ飛雄。お前にとってさ、俺の誕生日って特別?」

「ん、特別、です」

「じゃあなんで飛雄の誕生日は特別じゃないの?」

「なん、で?」



昔から自分の誕生日を特別だと思ったことはなかった。その日が来たら俺は年をひとつ重ねる。それだけ。年を重ねることは、特別?俺が生まれたことは、特別?


「…わかりません」

「…わからないんじゃないよ。特別じゃない理由がないから、見つからないんだ。だって、」









お前の存在が、俺にとって特別だからね。




及川さんは耳元でそう小さく囁いた。続けて、ハッピーバースデイと発音の良い英語も。それから俺をぎゅうと抱き締めて、小さな箱を握らせた。嬉しいような気持ちと何故か切ない気持ちがぐちゃぐちゃに混ざる。胸にこみ上げてくるよくわからない感情を持て余して、涙が出た。きっとこの涙は黄色い涙だ。喜びの黄色くて暖かい、涙。



「…俺は、特別ですか」

「特別。俺以外にとってもね」

「…そ、ですか」

「うん」



及川さんは嬉しそうに、綺麗に笑って黄色い涙を拭った。涙じゃなくて言葉で伝えたくて紡ごうとしたけど、何からいえばいいかわからなくて、言葉すらぐちゃぐちゃになる。



「及川さん、好きです…及川さん。徹、さん」

「うん、俺も大好き」

「徹さん、好き、ねえ、ちゃんと伝わってますか、ありがとうと、大好き」

「全部届いてるよ、飛雄…ありがとう。愛してる」

「う、はい…ん、うっ、」

「届いてるから、安心して泣いて」




その言葉でたがが外れて、まるで生まれたての赤ちゃんみたいに声を上げて泣いた。黄色と桃色と、黄緑と水色。この涙は悲しみじゃなくて喜びだって、愛しみだって、届いてるだろうか。俺はあなたの特別なんだと、気付いた日。紛れもなく、俺の誕生日だった。






本日晴れの日にて善哉
(ね、飛雄。その箱開けてみてよ)
(…これ、なんですか?)
(ブレスレット。俺のネックレスと同じメーカーの)
(Toruって…彫ってありますけど)
(俺のはTobioって彫ってあるよ)
(…!)




HappyBirthday TOBIO!

2012.12.22