「金田一って、長ぇよな」



部活を終えて俺たち1年が揃って体育館の掃除をしているとき、影山がおもむろに話しかけてきた。ポイポイガシャガシャ、派手に音を鳴らしながらボールを次々に片付けていく影山の両の手をなんとなく見る。俺が何も返答せず妙な間を開けていたら、ボールを片づけ終わった影山がこちらを向いて、2回頷いてから改めて力強い口調で言った。「長えわ」



「てっめ…人が気にしてることわざわざ言うことねえだろうがよお!!!」

「は?何気にしてんだよ気にすんなよ長ぇぐらい」

「何でお前ちょっとキレてんだよ、つか長え言うな!」

「はああ?意味解んねえよ俺は長ぇって言っただけじゃねえか」

「だからそれやめろよ!言うなら大きいって言え!」

「はあああ!?普通名前のこと大きいなんて言わねえだろうが!!」

「だから…!………あ?」

「何を勘違いしてやがんだ」



てめえの名前は長いよなっつってんだ、影山は口を尖らせて言った。不機嫌さを隠そうともしない態度と、俺が悪いみたいな状況が気に入らない。ていうか、俺別に悪くねえし?悪くねえよなあ、俺。


「修飾語付けねえお前が悪ぃんだろ」

「知らねえよなんだよ修飾語って」

「主語と述語の間にくるやつだよ」

「知らねえよ」

「知ってろよ…で、なんだ長いって」


いい加減話を進めたいのはお互い同じらしくて、今度は大して突っかかってこないまま(自分が俺より成績悪いって解ってるからだ、きっと)影山が話を続ける。


「や、俺影山飛雄じゃん」

「おう」

「お前金田一勇太郎じゃん」

「…おう」

「そんでさ、」


何やら両手を指折り数を数え始めた、少し視線が下の場所にいる影山を見る。フルネームとはいえ、こいつに名前を呼ばれることが慣れなくて少しムズムズした。


「俺、7文字」

「名前が?」

「そう。で、お前10文字」

「そうな」

「お前長えよな」

「………」

「…………おい、なんで黙んだよ」



呆れてものも言えない、っていうのはこういうことを言うんだろうと体感する。こいつどこまで頭弱いんだろう。気付かれないように小さく溜め息を吐いてから、はてなマークを頭の上に飛ばしまくっている影山に向き合った。


「いいか影山、今から俺思ったこと一気に言うからな」

「かかって来いよ」

「行くぞ?…まず第一に、どおぉでもいいだろそれぇ!長えっても3文字の違いじゃねえか!画数で言ったらお前のが絶対多いだろ、いやんなこともどうでもいいわ、そんで結局何言いてえんだ!?」

「リクツじみた男は嫌われるって母さん言ってたぜ」

「なあ言葉のキャッチボールしてくれ!」

「悪ぃ俺バレー部なんだ」

「同じだよ!?あッお前もしかしてわざとやってんのかこの茶番!?」

「ついに疑心暗鬼か金田一」

「なんでそういう単語は知ってんだ!」


わざとなのか天然なのか、まともな会話が成り立たない。向こうの方で腹を抱えて笑いをこらえてる国見が見える。なんだあいつ助けろよ、気付いたらもう体育館俺たちしか居ねえし!


「おい影山、とりあえず閉められる前に体育館出るぞ」

「おーう」


妙に機嫌良く返ってきた答えにこれまた違和感を感じて、影山を見る。

楽しそうな顔をして、笑ってる。
思えばこいつの笑った顔なんて初めて見たかもしれなかった。憎たらしいことに整った顔をしているから、笑う顔はそれ相応に綺麗なもんだった。少し幼い顔立ちも手伝って、見ようによっては女子に見えなくもない。


「おま、何笑ってんの」

「や、国見が前に金田一はツッコミの才能あるって褒めてたから」

「絶対褒めてるつもりねえよそれ」

「実際喋ってみたらおもしれーわ、お前」


声には出さないで、でも心底楽しそうに笑う影山を見て心臓が跳ねる。いつも表情が動かないようなこいつの笑顔を引きずり出したのは、俺だ。


「――ッか、影山!」

「あー?」

「あ、いや、あー…」

「んだよ」

「…別に、なんでも、ねえ」

「はあ?」



何もなくてもこいつの名前を呼びたくて、向き合って話がしたくて、顔が見たくて、嗚呼俺は一体どうしちまったんだろう!
当の本人は用が無いならとっとと帰ろうぜ、そう言って先にどんどん進んでいく。暗に、一緒に帰るという意味が含まれてて。もうダメだ、俺の中で何かが弾けて影山の肩を抱きしめた。






恋の自覚は突然に
(…なにしてんの、お前)
(…寒いから、暖めてやろうと)







thx 空をとぶ5つの方法