*美容師及川×大学生影山
*同棲してます





「トビオちゃん、襟足伸びたねえ」



リビングでテーブルに座ってパソコンと向き合いながらレポートを書いていたら、及川さんが俺の後ろに立って髪を触りながらそう言った。


「そんなに伸びてます?」

「うん、最後に切ったの結構前だしね。切ったげようか?」

「別に俺、そんなに気にならないんですけど」



首回りが隠れるほど長いわけでも無いし、サークル活動でのバレーで邪魔になってもいないし。そう言うと、ずっとパソコンと睨めっこしていた顔を両手で掬われて、真上を向いた状態で目を合わせることになった。


「そーいうんじゃないよ。ていうか飛雄の意見とかじゃなくってさあ」

「俺の髪で俺の意見以外に何があるんですか」

「恋人がいる時はその意見も聞くもんだよ」


ね、わざわざリップ音をたてて触れるだけのキスをする。そろそろ首が痛い。



「つまり何ですか、及川さんは短い方が好みだって?」

「いやいや、トビオちゃんに関しては好みとかないよ。長い黒髪のウィッグとか似合いそうだよね」

「それは全力で却下します、じゃあいいじゃないですか今は。俺レポートやらなきゃだし」

「レポートやりながらでいいから、派手に動きさえしなかったら」

「………そんなに言うなら、まあ」

「わーい」


語尾にハートが付きそうな口ぶりで及川さんは、カットのお客様でーす、店で使う台詞を言っていそいそと準備を始めた。そのうち鼻歌まで歌って、それも妙に上手くてなんだか溜め息を吐きたくなる。


「やー、やっぱいいねトビオちゃんの髪。さらさらだけど柔らかすぎない」

「そうですか」

「超俺好みだよ、触り心地と撫で心地」

「俺も及川さんに頭撫でてもらうの、好きです」

「………」



耳元でジャキンとハサミの刃が交わる音がして、戦慄する。まさか及川さんに限って失敗するなんてないだろうけど、ああまたレポートが進まない!


「ちょ、ちょっと及川さん。あんたまさかミスってないでしょうね」

「それはないけど…トビオちゃん、いきなりデレるのやめてよ。手元狂うから」

「はァ?」


なんですかデレるって。振り向こうとしたけど「動かない、動かない」と強制的に前を向かされる。それからしばらくは会話が無くて、俺のキーボードを叩く音と及川さんが髪を切る音だけが、空気に広がっては消えていった。




「…はい、出来た」

「ありがとうございます」

「やっぱり短い方がいいね」

「そうですか」

「お前の項は破壊力抜群だよ」

「破壊力?―――ッひ」



首回りに落ちた細かい髪を払い終わったと同時に、項にがぶりと噛みつかれた。そのままベロリと舐められて、言いようのない感覚が背筋を走る。


「ちょ、及川さん何してんです、か!、う」

「綺麗な項を見えるようにしたから、早速噛みつこうと思って」



俺、項フェチなんだよね。とてもいい笑顔でどうでもいいともとれるカミングアウトを受ける。だけど及川さんがやたらと髪の毛にこだわっている理由がなんとなくわかって、これからはそう簡単に切らせないようにしようと心に誓った。レポートは終わらない。


シザーシュガー
(項見たさに切ったってのかよ…)