「辛いもん食べたいなぁ」



朝夕冷え込む季節になるとスガの口からは必ずその台詞が出るようになる。とくに今日は部活が長引いた上に風もびゅうびゅう吹いてるもんだから余計に寒くて、スガは帰路に何回も辛いもん、辛いもんと呟いた。


「ねー大地、今度の休みなんか辛いもの食べに行こうよ」

「スガの辛いは尋常じゃなく辛いからなぁ」

「あれぐらい普通だって。それに辛いもん食べるとあったまるじゃん」

「そりゃそうだけど」


それにさあ、スガは辛いものが如何に素晴らしいかを語り出した。俺だって別段辛いものが苦手なわけじゃないし、どちらかと言えば好きだ。だけどスガの『辛くて美味しい』は常識の範疇を軽く凌駕するようなものだから、迂闊にお誘いに首を縦に振ることはできない。例えスガのお願いでも、だ。


「じゃ、辛さ選べるカレー屋とか!こないだ16段階辛さある店見つけたんだよ」

「さすがに段階多すぎないか?16って」

「俺もそう思った。一番辛いの食べたんだけどさ、まあちょっと辛いぐらいで残念だったなー」
「…その一番辛いやつ間違いなくテロレベルだろ」


スガの辛いの基準は味を知るのに大抵アテにならない。初めてスガのお薦めの中華料理を食べに行ったときのことを思い出して、それだけでなんだか口の中が痛くなる。

「それに俺、今金無いんだよなぁ」

「奢る!奢るって!あ、いや…やっぱ貸す!貸すから!」

「いやいや、金入ってから行けばいいだろ」

「ううー…うーん……」


何やら不満げな顔で唇を突き出すスガ。こいつのこんなに幼い表情を知ってるのは俺だけなんだろうなあと思うと、心なしか寒さが和らいだ気がした。微笑ましい様子を見ていたら、あっ、と閃いたように声をあげた。


「大地がうちに来ればいいんだ」

「…ん?」

「俺ん家今日晩飯チゲ鍋だから。な、うち来ない?」

「え、えっとちょっと待って」



親に連絡してみないとわからない、そう言って携帯を開いてメールを打ちながら考える。菅原家のチゲ鍋、どれだけ辛いんだろう。どうしよう断ろうかと迷っていたら、


「俺、大地と一緒に好きなもの食べてるときが一番幸せなんだよね」



ああダメだ、これは家で夕食が用意されてようがなかろうかそんなの構わないで行くしかない。今日はスガの家でご馳走になりますとだけ書いたメールを送って、携帯を閉じた。


「あ、どうだった?もう夕飯の支度終わってた?」

「いや全然。ホントに今から行っていいの?」



言うと、瞬間に嬉しそうな顔で頷かれる。好きな人と、好きなもの。俺にとって辛すぎるものは少し厳しいけど、スガの幸せそうな顔を見ていたらこっちまで幸せになれる。寒い気温すら吹き飛ばして、喜びにはずんだ。




しあわせをおすそわけ
(あったかいなぁ)
(あったかいねぇ)






thx 茫洋