*嶋→滝←烏っぽい
*嶋滝の烏養さんの呼び方捏造




雨が降っている日の電器屋はどうしても客足が遠のく。まず雨の日に外に出る人自体減るだろうに、さらに電気製品みたいなデカいものばかりある店に来る人間は少ない。カウンターに腰をかけていつ人が来ても良いように構えていても、ザアザアと雨が叩きつける音ばかり聞こえてドアが開く気配は一向に無い。やれやれ、伸びを一つして机に突っ伏すと、備え付けの電話がけたたましく鳴り出した。



「――はい、こちら滝ノ上電器店です」

『あ、たっつぁん?俺俺、嶋田ですー』

「おー嶋っちーどうした?」

『あのさぁ、今手開いてる?』

「すげー暇。なんで?」

『今からこっち来れない?』


いいもんあげるよ、そう言った嶋っちの電話越しの声はどこか楽しげで、今日は嶋田マートで何かセールやってたっけ、思考を巡らしたけど何も出てこない。



「それ、絶対行かなきゃだめ?」

『いや、絶対じゃないけど』

「じゃあまた今度行くわ。雨降ってるし」

『えー!今日じゃなきゃ意味ないんだけどなあ』

「なに、なんか特売やってんのか?チラシ書いてないけど」

『そうじゃないけど…』



ゴニョゴニョ、電話の向こうで小さく喋っているのが聞こえるけど、何を言っているかは聞き取れない。それ以上用が無いなら切るぞ、言いかけた時に店のドアが開いた。



「ほら、客も来たし、いらっしゃいませー…ってあれ」

『何、どうしたの?』

「繋心来た。よお、珍しいな」

『えっ!?ちょっとなんだそれ!』


ガチャンッと派手に電話を切られて思わず眉を顰める。あいつこんなに自分勝手なやつだったか?
電話を置いて前を見ると繋心がカウンターの前まで来ていた。


「電話、どうした?なんかあったのか」

「なんかな、嶋っちが暇なら来いってかけてきていきなりぶちりやがった」

「なんだそれ」

「さぁな。別に今日セールやってるわけでもねえのに。で、お前はどしたの」

「ガキ共の面倒見に行って、寄り道」

「ああ、バレー部な。休日なのにご苦労さん。まあ座れよ」



適当に椅子を出して勧めるも、繋心は座る気配は無い。知れた仲とは言え、俺が座ってるのに客人が立ってるのが落ち着かなくて、仕方がないから俺も立った。そしたら「気にしなくていいから座れよ」とか言いながら、何やらズボンのポケットを漁っている。なんか、こいつも今日変じゃね?



「俺今日誕生日とかじゃねえよな…」

「はあ?何言ってんだ。ほれ」

「……あ?ポッキー?」

「ガキ共が寄越してきた。今日はポッキーの日ですねーっつって、一袋」

「あぁ、11月11日か。お前に寄越さんでも家に帰りゃあるのになあ」

「あいつら俺が坂ノ下商店の人間だって忘れてんだよ」

「はは、面白いじゃん。で?何これ俺にくれんの?」
受け取ったポッキーを繋心の前に見せるように揺らす。するとこいつはあーだかうーだかよく解らない呻き声をあげて後頭部をガリガリ掻いた。瞬間、再び店のドアが開く。



「あれ、お前!」

「あー!やっぱり繋ちゃんポッキー持ってきてんじゃん!」

「なっ、はあ!?偶然だっつの!」

「ちょっとたっつぁん、それ貸して!」



飛び入るように店に来た人物は予想外にも嶋っちだった。入ってくるなり繋心とギャーギャーよくわからないことを言い合って、他に客が居なくてよかったと思いながら、ふと高校時代を思い出す。そして疾きこと風の如し、嶋っちはついさっき俺が繋心から受け取ったポッキーの袋をぶんどって眺め始めた。いや、それお前の店にもあるだろ!



「ふうーん…開いてないってことは何もしてないってことか」

「はあ?何言ってん」

「俺がたっつぁんに何かするわけねーだろ!お前じゃねんだから!」

「おい繋心、声でけ」

「いーや、するね!繋ちゃん昔から下心満載だろ!」

「おい、お前ら」

「はぁあ!?そりゃお前のことだろうが!イベントにかこつけてすぐ手ぇ出しやがって!」

「何の話してん」

「違いますー、俺はたっつぁんとイベント楽しみたいだけですー」




………なんていうか、完全に置いてけぼりを食らった。そもそもこいつら何の話してるかさっぱりわからん。俺より背の低い2人の頭上で飛び交う謎の言い争いに、溜め息。そろそろ止めないと鬱陶しい、喉を整えてから精一杯のデカい声で「お客様店内ではお静かにお願いしますう!」と叫ぶように言った。頭上が止む。静かになったはいいけど、なんとなく居心地が悪い。


「あー…まあ、静かにな」

「……悪ぃ」

「…ごめん」

「で、なんなんだよ、お前ら。何かあんのか?」

「いや」

「特には」

「はあ?」


あれだけ騒いでおいて何もないとかこいつら、いくらなんでも迷惑すぎるだろう。ひとつふたつ文句を言ってやろうとしたら、嶋っちが俺から取り上げたポッキーを不服そうに返してきた。


「まあ、チャンスは今日だけじゃないし」

「はあ?」

「…毎年こんなだしな。これからもってか」

「おい、なんの話だよ」


問うと、嶋っちと繋心がお互い文句有り気な顔のまま目を合わせて、溜め息を吐くように笑った。


「たっつぁんはまだ解んないじゃないかなー」

「せめて三十路行く前には報われるよう頼むわ。じゃ、俺帰るから」

「俺も帰って仕事しなきゃな。じゃね、たっつぁん。騒いでごめん」




謎すぎる。騒ぐだけ騒いで、言いたいことだけ言って、なんなんだ。


「30超えたら解るってのかよ…」


そうなったら少なくともあと4年、俺もアイツらも立派なおっさんだ。それが何となく想像できなくて今日何度目になるかわからない溜め息を吐き出して、嶋っちが握ったせいで少しチョコが溶けたポッキーをかじった。




二本に別れた一方通行
(2人の言いたいことはよく解んねえけど、)
(見てて面白いことには違いねえ)