及川さんは酷く横暴だ。
自分の気分で勝手に人を呼びつけるし、勝手に人の都合を決める。どんなに俺が抵抗して嫌みを言っても、年齢差の余裕からか「キャンキャン鳴いてトビオちゃんはまるで子犬だねえ」だなんて言ってスルーして。最終的には俺の腕をひっつかんでサーブ練習の相手をさせられる。俺としてはサーブを教えてもらえるなら嬉しくないわけじゃない。でも、ただでさえ隙間がある同級生と余計に間を開けるような事をされると、百歩、例え千歩譲っても素直に礼を言う気にはなれなかった。






「…及川さんは、どうして俺にばっかり絡んでくるんですか」

「どうしてって、どうして?」

「1年なら他にも居るじゃないですか。金田一も居るし国見も居るし」

「そうだねえ」

「なんで、俺なんですか」




何度か尋ねると及川さんは暫く無言になった。たまに、何かを考えているようにふむふむと顔を縦に揺らす。もしかして意味なんて特にないのかもしれない。なんだか俺が自意識過剰になっているみたいで、聞くんじゃなかったと後悔した。お互い喋らない時間が3分ぐらい続いて、沈黙に堪えきれなくなった頃及川さんが口を開いた。




「…なんでトビオちゃんだとか、考えたことなかったよ」

「、え」

「新学期始まって、新入生来て、その時トビオちゃん初めて見て…綺麗な子だなって思って、それだけだったんだけど。何でだろうね」

「…綺麗、とか。男に使う言葉じゃないです」

「トビオちゃんは男ってより「おとこのこ」って感じだけどね」

「そんなの仕方がないじゃないですか。…まだ1年だし」





そうだね、言いながら笑う及川さんの方がよっぽど綺麗で、この人に似合わない表情なんてあるのだろうかと思った。





「でもさあ、トビオちゃん見てたらなーんか構いたくなっちゃうんだよね」

「……はあ」

「他の子たちと距離置かれてるの見ても、俺が構ってあげたくなっちゃって」

「…えっ」

「俺が気付いてないと思ったの?」





俺が及川さんを横暴だという理由の一つに、自分の都合にあわせて人を呼ぶから、というのがあったけど、この人、まさか、まさか。


「もしかして…わざと、ですか?」

「ん?」

「俺がアイツらと上手くやっていけてないってわかってて、わざと俺を呼んでたん、ですか…ッ」

「んー、まあそれもあるかもしれないね!俺トビオちゃんの嫌そうな顔好きだし――って、え、トビオちゃん!?」

「お、俺はっ、アイツらとも、ちゃんと、っく、上手くやって、いきたいの、にっ!」





いつの間にか泣いていたことに気付いて、この横暴な先輩の前で弱い自分を晒していることが悔しくて、さらに目頭が熱くなった。次から次へと涙が出てきては頬をしとしとと濡らしていく。流すつもりは無いのにどうにも止まらなくて、ユラユラと不安定な姿になって視界に写る及川さんを睨んだ。




「…ごめん、トビオちゃん」

「………」

「泣かせたかったわけじゃないんだ。お前を近くに置いておきたいと思ってたから、思わず……苛めすぎたね」

「………及川、さん」

「泣かないで、泣かないで飛雄」





及川さんは俺の頭を優しく撫でて、控えめに抱き寄せた。たったそれだけのことなのに、心臓が壊れた様にどきどき鳴った。それを気付かれたくなくて、大きく深呼吸をする。及川さんの、匂いがした。




「……もう、泣いてません」
「…そう。よかった」

「そんなに俺に泣いて欲しくないなら、放っておいてください…」

「…悪いけど、それは聞けない」

「っなんで!」

「だって俺、飛雄が泣いてるの見て気付いちゃったんだよ。お前に構いたくなるワケ」

「なんですか…」










「俺、飛雄のこと好きなんだ」











及川さんの言葉が鼓膜を叩く前に、閉じていた唇が柔らかいものに覆われた。



キス、されてる。








「んっ、んう…!ふ、」

「……っは、飛雄、好き」

「ふぁ、ん、む…っおいかわさ、ん、」

「飛雄、飛雄…可愛い…」




顔が近い。柔らかい。気持ちいい。
俺の頬にあてがわれていた及川さんの手がそろりと動く。思考がぐちゃぐちゃにとろけて、腰が砕けるまでキスをされて、もう何一つ考えることが出来なかった。






「…飛雄にとって俺は嫌な先輩かもしれないけど、ごめん。…自覚した以上はもう抑えられないし、抑えたくない」

「…及川さん」

「どうしたってお前が欲しいよ…飛雄。我が侭と思われてもね」

「……わかりました」

「え、」

「その代わり、ちゃんと…責任、とって下さい。他の奴らから引き離したこととか……今の、キス、とか」

「飛雄…」

「それが無理だったら、俺は及川さんを嫌いになる以外、きっと出来ない」

「…うん。任せて、トビオちゃん」






そう言って笑う及川さんの笑顔はどうにも美しくて、俺がこの人を独占していいんだろうかと思わせるに十分で。

それでも、「絶対に悲しませるような真似はしないよ」だなんて嬉しそうに囁くものだから、俺はただ顔を赤くして及川さんを信じるしか、なかった。



シブーストのおとなり
(甘くて、苦くて、柔らかい)