面白くない。


「それで西谷がさー、旭さぁーんっつって、旭にドカーンと突撃してさ、」


面白くない。


「しかもアイツらの身長差で西谷の頭がちょうど旭の胸辺りにゴッツとね」


面白くない。


「もーあんまりに勢いよく飛び込んだから俺ヒヤヒヤしちゃってさー!…って大地、聞いてる?」

「あ、おお…聞いてる聞いてる」

「大地も見れたら良かったのになー、先生のところ行ってたから」


本当に、面白くない。






にこにことご機嫌な俺の恋人は、一緒に帰っている間によくお喋りをした。女子みたいに、とは言わないまでも、ピーチクパーチクさえずるようによく喋る。
その笑顔は天使と比喩するに値するほど可愛らしい。守らなくては、そう思わざるを得ないほど。

でも。


「そんでね、旭が腹抱えて痛えー!って叫んでさ」

「…うん」

「いきなり屈んだらすーごい変な格好でさ!」

「……うん」

「もーホントに面白かったんだからな!あんな笑ったの久々だー」



あ、思い出し笑い。スガは口を押さえながらふふと笑った。

そう、最近の話題と言えば専ら西谷と旭のことだった。特に、旭の話題が多い。俺はそれが兎に角気に入らなかった。今だって、もし旭が目の前にいたら、「何俺を差し置いてスガの笑う顔見てんだ!」とか言って殴りかかりたい衝動に駆られてる。ていうか明日殴ろう、うん。
そんな風に思っていると、スガがそういえばさ、と切り出してきた。


「今日さ、日向に家族みたいだって言われた」

「誰が?」

「…俺と、西谷と、旭」

「っ、なんで」

「まあ西谷がちっちゃいっていうのもあるんだろうけど…身長差とか、雰囲気とかだって」

「……………………」



聞きたくなかった。
スガの恋人はこの俺だ。
だけど、客観的に見てそういう風に見えたのは、俺じゃなくって旭。
…どうしようもないやるせなさに、苛々する。これは駄目な傾向だ。



「…スガは、さ」

「うん?」

「それ聞いて、どう思った?」

「え。あー…」



少し複雑そうな、嫌そうな顔。どっちの意味なのか解りかねる。教頭のカツラが飛ぶときよりもよっぽど冷や冷やした。
嬉しかったとか言われたら、どうしよう。俺らしくもなく、身が震えた。




「ごめん、変なこと聞いたな!あ、スガ、坂ノ下寄ってくか―――」

「…大地」

「、ん?」


「俺は嫌だったよ。すごく嫌だった。それってつまりは俺と旭が夫婦ってことだろ?

俺の好きな人は、恋人は…大地、だけなのにさ」





俺を正面に見据えて、しっかりと言い放つ。それを見て、話題を変えようとした自分を恥じた。
スガは、俺に対してこんなに真摯なのに。何を怖がることがあったんだろう。





「…そうだな、そうだよな」

「ね、大地は?まさか嬉しいってことはないよね」

「まさか。旭のこと殴りたくてたまらない」

「はは、とばっちり」



スガの笑顔。改めてお互いが大切だということを認識してから見ると、いっそう愛らしく見えた。風が吹いて、髪の毛をなぜる。周りに高く生えたススキが、さわさわと揺れた。
それを見て、頭にひとつ提案が浮かぶ。ススキを一本折り、10cm程度に切った。




「スガ、左手貸して」

「?、はい」




臆面もなく差し出されたスガの左手の薬指に、ススキを緩く巻いて、縛る。
出来た、小さく呟いてから顔を上げると、真っ赤になったスガの顔があった。




「えっと、大地、これ…」

「スガ、プロポーズさせてくれ」

「えっ!?」

「俺は…澤村大地は、病めるときも、健やかなるときも、永遠に菅原孝支を愛することを……誓います」

「………ッ!」



ちゅ、とリップ音をたてて薬指にキスをする。スガの顔は、さらに赤くなった。





「…今はこんな小学生みたいなことしか出来ないけど、いつか…いつか、本物をプレゼントさせてくれ」

「…う、ん」

「でも、プロポーズは本気。今受け取って?」

「、うん!」



赤い顔で嬉しそうに、幸せそうに笑う。この笑顔が自分だけのものだと思うと、どうしようもなく満たされる。

意識せずに、好きだ、呟くと、俺も、小さく返ってきた。





かりそめ結び
(たとえ本物じゃなくっても)
(愛の重さは変わらない!)






thx 空想アリア