及川さんは女の子が大好きで、オンナノコが大嫌いだった。

いつもいつでもにこにこと綺麗な顔に笑みを浮かべて、多くの女の子に囲まれていた。彼女たちは誰もみんな似たような顔と髪型をしていて、俺には区別がつかない。昼休みにまた囲まれている及川さん(と、その集団)を見つけて、なんとなくボーっと眺めていたら及川さんと目が合った。俺はとっさに目をそらしてしまったけど、もう一度視線をくれると、及川さんは女の子たちに何かを言って抜け出してきた。甲高いブーイングが聞こえる。そうして及川さんは―――――

え、何でこっち来んの。




「ほらトビオちゃん、行くよ」

「えっ、は!?」


ぐいと腕を引かれて抗えない。北一エースの名は伊達じゃなかった。何これ力めっちゃ強い!そうしてる間にもう一度黄色い悲鳴が聞こえる。なんでちょっと嬉しそうなんだよアンタらの及川さんなんだろ止めろよ!!



「ちょっ、と!及川さんっ」

「何?」

「どこ行くんですか!」

「んー…人の、あーううん、女の居ないトコ」

「はあ!?」

連れていかれた先は屋上だった。昼休みだというのに、今にも雨が降りそうな天気ということもあって人は一人も居ない。及川さんは辺りを見回して誰も居ないことを確認すると、「よかった」と呟いて、俺の腕を放した。


「なんなんですか、いきなり…」

「いやーちょっとね。癒やしが欲しかったっていうかなー」

「はあ…?」

「だあってさ!あんなくっさい中ずっと居られるかっての!」

「…………えッ」



フリーズ。いや、だって俺の及川さんのイメージは、女の子に優しくて、大切にしてる、そんな感じだったのに。




「良い匂いだと思ってるのか知らないけど、制汗剤全部ミックスしてぶちまけられた様な体臭!男に囲まれた時よりよっぽど気分が悪くなるよ、あれ。それに学校着いてから部活に行くまでずっと人の耳元でキャーキャーキャーキャー、囂しい!自分がやられて嫌なことは他人様にやるなって聞いてないのかよってさ。ね、トビオちゃんもそう思わない?あの煩い奴らの顔面にサーブ当ててやりたくて仕方がないよ」



及川さんは一息でそう言ってのけた。頭が働かない。及川さんは後輩に己が如何にモテているかを自慢する風情は無く、本当に嫌がっている様だった。ていうか同意求められても困る。え、いや、それよりも、




「あの…」

「第一あいつらバレーのことも…うん?何?」

「及川さんって、女の子好きなんじゃないんですか…?」


聞くと、及川さんは一瞬止まった。3秒ぐらいしてから何かに納得したように頷き、「そうか」と呟いた。


「トビオちゃんは知らなかったっけ」

「なにをですか?」

「俺さ、特別女の子が好きってわけじゃないんだよね」

「はあ…」

「結構理想高くてさ、黒髪のショートで背が高くて、あぁもちろん俺より低くてね、ちょっとお高くとまってるような、でも甘やかしたら照れつつも寄り添ってくれる、みたいな子がすっごい好きで」

「そんな人めったに居ませんよ…」

「それが居るんだよ、すぐ近くにね」

「はあ、よかったですね」

「……まあ、本人が俺の熱い気持ちに気付いてくれないのでなかなか辛い現状デス」

「なんで敬語なんですか…」

「べっつにぃ、トビオちゃんの鈍感さも大概だよね」

「はア?」




そこに俺の名前が出てくる意味が解らなくて立ちっぱなしの及川さんを見上げたけど、逆光が眩しくてまともに見ていられない。しかもなんか、この人拗ねてる?



「あの、及川さん?」

「まあー、学年とか部活とか壁はあるかもしれないけどねえー、俺は気にしないけど」

「いや、あの、何がですか」

「恋愛のハナシだよ。さ、そろそろ戻ろうか!」

「えええ…」




誤魔化されているのか話す気がないのか、及川さんは先に屋上から出てトントンと階段を降りていく。俺を連れてきた本人が居なくなった以上ここにいる理由もない。いろいろ腑に落ちない疑問を抱えたまま、早くおいでトビオちゃん、階段の踊り場から聞こえる及川さんの声を追いかけた。







淡色ギャップデイズ
(なんで俺の恋愛の話なんてするんだ…)
(いつになったら捕まえられるかな)