中学に入ってまだ間もない頃、自分で言うのもなんだけど、俺は1人の先輩のお気に入りだった。その先輩は、最初は俺のことを影山くんと呼んでいたのに、親しくなるにつれて(向こうから一方的に親しくされていただけだったけど)、影山くんは影山になり、その内にいつの間にか名前で、しかも「ちゃん」を付けて呼ばれるようになっていた。小学校を出たばかりの俺は一丁前に気恥ずかしさなんてものを感じていたけど、正直に言えば「先輩」という存在にかまってもらえることがすごく嬉しかった。12歳と15歳の差は、口で言うよりも案外でかい。それにその先輩―――――及川さんはなんでも知っていたし、なんでもできた。勉強にしてもバレーにしても、頭の回転がとにかく早かった。1を聞いて10を知るというより、10を聞いたらそれだけで1から9までの過程がわかってしまうような、そんな感じ。及川さんに分からないことなんてないんじゃないかと思った。この世に神様がいるなら、きっと及川さんは神様からものすごく愛されているんだ。ひょっとしたら及川さんが神様だったのかもしれない。一度及川さんに「及川さんにはどこまで見えてるんですか」と聞いたことがあるけど(今思えば阿呆丸出しの質問だ)、その時及川さんは困ったような笑顔で「俺は姑息なだけだよ」と答えた。コソクの意味がよくわからなくて、そうなんですか、自分から聞いたくせに曖昧に返事をした。












それから3ヶ月後、俺は及川さんに抱かれた。お前が好きだよ、飛雄。こっちを向いて。耳元で囁かれるドーナツみたいな低くて甘ったるい声に腰がぞくりと疼いて、同時に言い知れぬ恐怖が全身を駆け巡った。何度も何度も及川さんの名前を呼んだ。快楽なんてわからなくて、ただただ恐ろしかった。まるで海の中へ沈み込んでいくようで、息が出来ない。海面に出るために及川さんの腕に手を伸ばして掴んでも、その腕はすぐに俺の手をシーツに縫い付けた。



ごめんね飛雄、俺はどうしてもお前が好きだ。痛い?ごめん、ごめん飛雄、泣かないで、怖くないから、なぁ、どうしよう、大好きだ、好きで好きで仕方がないんだよ。




及川さんは俺を抱いてる間ずっと謝ってた。ごめんと好きだを繰り返す及川さんの顔はすごく苦しそうで、だけどどこか満ち満ちた表情をしてた。そこに、いつもの全てを見透かしているような微笑は、欠片も無かった。




消えた神様
(彼にはもう会えないのだろうか)