勉強会という名のおしゃべり会が、だいたい月1で開かれるようになったのは、高橋くんと真由実が付き合い始めてすぐの頃だ。要するに私と蓮見は付き合い始めの気まずさの緩和剤として強制的に参加させられたのである。今日で4回目のそれに、すでに私達は必要ないはずである。がしかし、なんとなく今までの惰性で私と蓮見は今回もその“勉強会”に参加していた。
 そして今、当の恋人達が2人でジュースを買いに行ってしまってからかれこれ10分以上が経つ。2人きりでいちゃいちゃしたいのなら私達を呼ばなければいいのに、いったいどこの自販機までジュースを買いに行ったのか。放課後の教室に2人きりというのは、恋人だけの特権なのに。少なくとも私はそう思っている。
 前の席に座る蓮見を見る。茶色い襟足がカッターの襟にかかって変な方向に流れていた。また少し伸びたなぁ。きっとエロいからすぐ伸びるんだ、蓮見は。
 ふと頭をよぎった考えに、蓮見の名を呼んだ。

「蓮見」
「ん?」
「ん、動かないで。エロ本読んでていいから」
「エロ本じゃねーし!ただの漫画だよ」
「いや、別にエロ本でいいんだよ?私言いふらしたりしないしさ。逆に健全でいいと思うよ?いいから動かないでってば」
「いやだからエロ本じゃねえって。そこまで言うなら見てみるか?女子でも読める普通の漫画なんだって」
「もう、だから動かないでってば!」

動くなと言っているのに、蓮見はそのエロ本みたいな漫画を思い切り広げて私の目の前に突き付けた。少し苛々しながら手で漫画を避け、蓮見の首に手を伸ばす。

「えっ、ちょ、何?ごめん、もう動かないから首締めるのだけはやめてくれよ」
「そんなんじゃないよ」

馬鹿だなぁ、と笑って机から体を乗り出す。少し仰け反った蓮見には、少し頑張って手を伸ばさないと届かなかった。ぐっと伸ばした手の人差し指でゆっくり蓮見の喉仏に触れた。

「何?ちょ、え?」
「喉仏」
「は?喉仏?」
「喋ったら、動くのかなぁって」
「知らねぇよ、自分じゃ見えねぇし。てか、この姿勢絶対おかしいからやめねぇ?もうすぐ高橋達帰ってくるぞ」
「いいじゃん」
「良くねぇって」

蓮見が軽く笑うと、蓮見の喉仏も一緒に動いた。自分にはないこの骨の出っ張りが急に愛しくなって、少し胸のあたりがざわついた。

「いいなぁ、喉仏」
「宮川、男になりたいのか」
「ちーがーう!」

蓮見の言ったことがあんまり的外れだったのに呆れ半分、怒り半分で人差し指にさっきより少し力を込めた。骨の綺麗なラインがくっと動いた。

「苦しい苦しい!ごめん、わかった、違うんだよな」
「よし、わかったなら良い」

手が離れる瞬間に、指先にぴり、と流れた電流が何なのか私は知っている。離したくないなんて、思ったところで叶わない。愛しさと切なさと、悲しさが混ざって、私と蓮見を繋ぐ。まぁ、この電流は私にしか感じられないんだろうけれど。

「で、なんで喉仏だったんだよ」
「なんとなく。綺麗だなぁって思ったから」
「おまっ、それ変態だな」
「ちょっと、失礼なこと言わないで!私変態じゃないし!」
「嘘つけ変態」
「うるさいむっつり」
「男はみんな変態なんだよ」
「認めるんかい!」

あぁ認めるね、と自信を持って言う蓮見に呆れながら、もう一度手を伸ばそうとした。あぁ、これじゃあ蓮見の言ったことに言い返せない。やっぱりあたしも変態なのかも。


「やめろって」

急に真剣な顔になった蓮見に、伸ばしかけた手首を掴まれる。

「期待するから」

そう言ってぱっと私の手首を放したあと、だめだろ、と言いながら眉を下げて笑った。また、喉仏が小さく揺れた。

「だめなの?」
「だめだろ」
「なんで?」
「なんでって…」
「期待してよ」

伸ばした手は、今度こそ掴まれないと思った。けれど、蓮見の手は簡単に私の腕を掴んで、そしてぐっと引き寄せた。スローモーションのように蓮見の胸が近付く。温かいんだろうなという考えが過ぎった瞬間、あたしの頬は蓮見の胸に押し付けられていた。

「いいの?期待しても」
「いいよ。すごく嬉しい、たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「蓮見が好きだってことだよ」
「俺も宮川が好きだ」


高橋くんと真由実が永遠にジュースを買いに行っていますように、と願いながら、ゆっくりと蓮見の背中に手を回した。



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