「お前、死ぬ気か」
なんだかもう人間を見るそれではないような目つきで、僕を見下ろしながら侑治が言った。僕はその刺さる視線を華麗にスルーし、笑って答えた。
「ははっ、かもね」
「ふざけんなよ、金がないなら言え」
侑治は、そう言って僕が手に持っていたきのこを奪い取り、台所の三角コーナーに投げ入れた。
「あーあ、3日分の食料が」
「黙れ、ベランダの放置プランターに生えたきのこで3日食いつなぐ馬鹿がどこにいる」
「ここにいるけど?」
そう言うと、背負ったギターのハードケースで思い切り頭を殴られた。
「ってぇ〜!」
「途中でなんか食わせてやっから、早く着替えろこのバカが」
「っそマジで!?ちょ、侑治さんマジっすか?一生感謝します!」
「わかったわかったから黙れバカ侑治さんってなんだキモい」
キモいと言った侑治の顔がマジだったので、これ以上言うと食わせてもらえなくなると思い、箪笥に駆け寄り適当なジーンズとTシャツを引っ張りだした。
「はぁ、腹減った」
「一体何日食ってねぇんだ」
ジーンズのベルトをしめながら大きくため息をつく。ベルトもジーンズもあちこち擦り切れてぼろぼろで、本当はいい加減新しい服がほしいところなのだがなにしろ金がない。最近流行りのビンテージ加工だということにしておこう。うん、決めた。と自分1人で納得してから、侑治の質問に答えた。
「ん〜…昨日の朝パン食った。その前は一昨日の昼に雅哉が奢ってくれたからラーメン食ったかな」
「丸一日かよ…バイトしろこのニート」
「ニートじゃねぇって!ちゃんと大学も行ってるよ」
「はいはい…っと、あー、飯食ってたら大遅刻だ。雅哉怒るだろーなー。あーもう」
侑治がぶつぶつ言うのを背中で聞いて、ベースのソフトケースを背負う。1円も入っていない財布を持ち歩くのも馬鹿らしいのでかばんは置いていくことにして、側面の破れたスニーカーを履いた。
「まぁまぁ、宏史がいるから大丈夫だろ。そうカッカすんなって」
「お前マジ黙れ。誰のせいだと思ってやがるこの野郎。見た目が100%アウトなきのこと見つめ合ってる仲間を、部屋に入って一番に目にした俺の気持ちにもなってみろ。叶わない片思いより切なくなったわ」
侑治の高そうなブーツの蹴りが脇腹をかすめたが、我ながら1日食べていないにしては機敏な動きでそれを避けた。はははっと笑うと、侑治がそのまま足で玄関の戸を開け、親指で外を指す。
「走れバカ」
「走ったら何食わせてくれる?」
「…うぜぇ。うぜぇからコンビニのおにぎりしか奢ってやんねー」
「ちょっ…やめてください侑治さん、俺が悪かったですから」
「わかったならいい。はい、走れ!本気で走ったらから揚げもつけてやるから」
「マジっすか!走ります!芦田孝19歳、全力で走らせて頂きます!」
「じゃ、いくぞ。よーい、どん!」
侑治の掛け声に合わせて本気で走り始める。後ろから侑治の笑い声がした。
「駅まで走れよー。俺はバイクだからなー」
「は!?っざけんなよ侑治!俺も乗せろー!!」
なんと叫んだところで侑治が乗せてくれるはずもなく、ぶるるんとエンジンをかける音がした。
「くっそー!」
「ははは、孝、お先ー」
「黙れぇぇぇぇ」
ここで走るのをやめたら負けだ。絶対肉まんも奢らせてやる。そう誓って、蒸し暑い空の下を駆け抜けた。19歳の夏が始まる。
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