彼はいつも本を読んでいた。下手すると私より本の方が好きだったかもしれないと思うくらい、本当に本が恋人のような男だった。それ故か、彼の言葉はいつも正しく理論的で、私はいつも彼には敵わなかった。
 彼の恋人になったのは大学1年生の夏。彼と他人になったのは同じく大学1年生の冬だった。原因は私にほかに好きな人が出来たから。彼と別れてすぐ、その人と付き合い始めた。
 別れを告げたときも、彼は眉ひとつ動かさずに言った。そうか。仕方ないな。それだけ。
 新しい恋人とは思ったより上手く行った。けれど、別れはやはり来るもので、新しい彼とも大学3年生の冬に別れてしまった。原因はその人の浮気。私も同じようにして彼に別れを告げたのだから、責めようにも責めようがなかった。
 同じ頃、彼も次の恋人と別れたことを知った。私と別れてから長く恋人はいなかったらしいが、同じく本の虫と呼ばれている女の子と3年の春に付き合い始めたと聞いていた。別れた原因は、彼の論調に彼女が着いていけなかったかららしい。とても彼らしいな、と思った。
 その後、広い大学構内では滅多に会うこともなく、会ったとしてもお互い声は掛けずに、私達は大学を卒業し、社会人になった。

 偶然の再会を果たしたのは26になった秋のことだった。私の就職した書店に、本を納めにきた業者の1人が彼だった。
 久しぶりに見た彼はあまり変わっていなかった。強いて言えば眼鏡のフレームが変わっていたくらい。久しぶりの再会も、適当に挨拶を交わして終わった。久しぶりだね。 そうだね、元気だったかい。 まぁね。そっちは? 元気だよ。本に関わる仕事が出来てすごく充実してる。あぁ、もうこんな時間だ、会社に戻らないといけないんだ。それじゃ、また。 うん、さよなら。
 良かったね、よければ今度ごはんでもどう?という言葉は、脳をよぎっただけで消えた。彼の薬指にはシルバーの指輪が光っていた。

 どこかで18の私が呟く。好きだったのにね、ずっと。わかっている、わかっているのに、今さら何だと言うの。本当はあのとき引き止めてほしかった。待てよ、なんでだよ、と問い詰めてほしかった。彼の理路整然とした物言いが好きだった。たまに見せる笑顔が好きだった。彼の腕の中が好きだった。彼の襟足が好きだった。彼の好きな青が好きだった。好きだった、好きだった、好きだったのに。
 18の私がまた言った。好きだったのにね。分かっている、間違ったのはあなたよ。捨ててしまった彼の詩集を抱えた18の私が哀しい顔をして消えていった。



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