※不健全極まりない



 伸びをしようと寝返りを打ち、体を仰向けにした、瞬間、体の3分の2がベッドからはみ出てしまった。ぐらりと頭が揺れる。あ、落ちる。あの人が起きてしまう。下の階の人が目を覚ますかもしれない。そしたらばれてしまう。この人は今、一人でいなくちゃいけないはずなのに。

一瞬のうちにそんなことが頭を駆け巡り、落ちるのを覚悟して目をつむった。

どたん。

あぁ、落ちてしまった。
 そう思うはずだった。が、いつまで経ってもどたん、は聞こえなくて、代わりに左足がゆっくりと床についた。足先から伝わる感覚は、思ったより生温かった。

「…危ない」
「す、すみません。ありがとう」
「いいから早く落ちるか上るかしてくれ、肘が抜けそうだ」

私は言われた通りベッドにきちんと身体を乗せて、その人の胸に頬を寄せた。

「先生、暑い、です」
「当たり前だろう、今は夏だ」
「クーラーつけてください」
「馬鹿か、裸でクーラーなんか入れたら風邪を引く。二人で同時に風邪なんか引いてばれたらどうするんだ」
「…そのときは先生と駆け落ちします」
「馬鹿言え、ほら、クーラーつけて待っててやるからシャワーを浴びて来なさい」
「…はーい」

 本気だったのにな、と思いながらベッドから出てお風呂場へと向かった。初めは隠していたけれど、今さら隠すのも面倒臭いので裸のままずかずか歩いた。


 シャワーを浴びながら先程のことを思い返した。そうだ、もし私が落ちて階下の人が目を覚ましたとしても、ばれるはずなんかない。下の階の人、ええと、確か、猫を5匹くらい買っている太ったおばさんだ。あれ?水商売ふうの女の人だったか?まぁどちらでもいい。とにかくその人が私が落ちた音で目を覚ましたとしても、おばさんだか女の人だかは先生がベッドから落ちたのだと思うだけだ。まぬけな隣人だと思われるのは先生で、私の存在なんてわかるはずがない。あんな心配はいらなかった。まぬけなのは私だ。

ハハハハ、ハハハ、ハハ、ハハ、ハハ。

なんだか可笑しくなって大声で笑うと、風呂場の戸ががちゃりと開き、先生が顔を出した。

「おい何笑ってるんだ、時間を考えなさい。もう洗って終わったのか?それなら、早く出て来なさい。部屋もいい感じに冷えてる。麦茶でも飲もう」
「先生はシャワー浴びないんですか」
「ん?ああ、俺はいい」

そうか、一旦シャワーの音が途切れて2人分のシャワーの音がしたら、それこそ周りの部屋にばれてしまう。そんなことを考えながら、先生も同じことを考えて、私とのことがばれては困るとわかっているのか、と頭の隅で思った。

「…出ました」

 ぶかぶかの先生のTシャツに、先生のジャージを履いて、髪を拭きながら風呂場を出る。先生が2人分の麦茶を注いで待っていた。

「おう。麦茶でもと言ったらほんとに麦茶しかなかった。ジュースくらいあると思ったんだがなぁ」
「奥さん、ジュース飲まないんですか」
「あいつはアイスティー派なんだ。紅茶ばっかり色んなのがあの中に入ってる。樫山も飲みたかったら飲んでいい」

キッチンを指差しながら先生は言った。キッチンと言うよりも、台所と言ったほうが似合いの、狭くて、でも整頓された“台所”。

「いりません。奥さんにばれたらどうするんですか」
「そのときは泣いて謝るしかないだろうな」

私と駆け落ちする、とは言ってくれないんだ。当たり前か。先生は奥さんを愛している。私なんて、ただの遊びだ。卒業するまでのあと半年さえ続くのかもわからない、ただの遊び。

「どうした」

 視線が動かなくなった私を見て先生が言った。これを言ったら何かが変わるだろうか。私と駆け落ちはしてくれなくても、妊娠8ヶ月の奥さんと離婚はしてくれなくても、2人きりのときくらい私を見てくれるようになるだろうか。

「先生」
「なんだ」
「好きです」
「そうか」


きっと、無理だ。



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