7時30分。いつも通りの時間に目が覚める。普段なら、急いで着替えてリビングに駆け降り朝食を詰め込んだあと、歯を磨いて顔を洗って髪を整えて、自転車に飛び乗って学校へ行く。でも、今日はそんなことはしない。パジャマ兼部屋着のTシャツとジャージにパーカを羽織り、ゆっくりと階段を降りていった。


「やっぱ、今日休むの?」

新聞を取りに部屋着のまま外に出ると、門の前に制服姿の長谷川が座っていた。

「ん?……あぁ」

新聞を郵便受けから取り出しながらそう答えると、そっか、と言いながら長谷川がゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、俺も休む」
「…来るの?」
「そろそろ、向き合わないと、な。いい加減祐樹に怒られる」
「うん」

笑ってみる。

「そうだね」

そう言うと、長谷川も笑った。「あぁ」。ぎこちなさを、わざと装って笑っているような笑い方だった。きっと、僕もそんな笑い方だっただろう。

「じゃあ、ちょっと待ってて。着替えてくる」





 長谷川と並んで山を登る。あの時はあんなにきつかった山道が、今では少し息が上がるくらいで歩くことができる。足元の木の葉は、一昨日の雨でまだ湿っていた。



(お前、また来たの)
うん、来たよ。悪いね、僕は弱虫なんだ。
(今日は長谷川も連れちゃってさ)
そうだよ。長谷川なんて久しぶりだろ。
(そうだな。でも俺はちゃんと長谷川のこと分かってたぜ)
そうだろうね。祐樹はいつも僕達を見てるもんな。
(ストーカーみたいに言うなよ。感動的なストーリーだろ?千尋と長谷川のことがいつまでも好きだってことだよ)
あぁ、僕も大好きだ。長谷川があれからどんどん学校で僕から離れていっても、祐樹がそばにいてくれなくなっても、僕らはいつも友達さ。そうだろう?




「ここだ」

長谷川の声ではっと現実に引き戻された。山の頂上近くの、電線用の大きな鉄塔。急な斜面になっていることもあり、立ち入り禁止の看板が立っている。その看板の向こうに踏み込むと、綺麗に草が刈られたスペースがあった。


「よく覚えてるね」
「忘れるわけないだろ。たった一回来ただけだったけど、ここは俺達の秘密基地だった」
「うん、そうだった」

そう言ってあたりを見渡す。線路の向こうに小さく学校が見えた。



『なんでそんなに元気なの、祐樹』
『千尋、お前もなぁ、もっと小学生らしく楽しめよ。折角俺達が塾という地獄から連れ出してやったんだぜ』
『でも、ここはきついぜ祐樹。千尋はともかく、お前は元気すぎる』
『情けないなぁお前ら。あっ、ほらここここ!こないだ父さんと登ったとき見つけたんだ。ここを、俺達3人だけの秘密基地にしようぜ』
『うわぁ、すげえ!祐樹、こんなとこどうやって見つけたんだよ』
『ほんと、偶然だったんだよ。父さんにも内緒にしてるんだ』
『いいね、ほんとに景色が綺麗だ。秘密基地にしよう』
『よし、決定!誰にも秘密の3人だけの秘密基地だ!』




「なぁ千尋」
「なに?」
「祐樹は、天国に行ったと思うか?」
「いや」

否定の言葉を紡いだ僕を、長谷川は驚きの目で見た。僕は笑って、もう一度景色を見ながら言った。

「祐樹は天使になったんだ。今でもこの秘密基地を守ってるよ。ちなみに僕達のこともいつも見てる」
「天使、か」
うん、と僕が笑うと、長谷川も笑った。

「だから、あんま悪いことしないほうがいいよ」
「そうだな。祐樹と一緒に天国に行けなくなる」

突然の交通事故、突然消えた祐樹。あの踏み切りの前の道路で、祐樹は天使になった。

「じゃあ、天使になった祐樹と、天国の門の前で会えることを祈って」
「あぁ。祐樹、待ってろよ!」

そう言って、僕達は空を見上げた。僕が空に手を振ると、長谷川も両手で手を振った。3人で、秘密基地にいるようだった。


(待ってるよ。あんま早く来すぎんなよ。ゆっくりでいいから、必ず来いよな。)




 僕らは明日からも学校に行くだろう。そして、きっと来年も再来年も、2人で祐樹に会いに来る。年を取って山に登れなくなるまで、毎年この秘密基地に祐樹に会いに来たい。いつか羽の生えた11歳の祐樹と、禿げあがった頭のしわくちゃの僕らが会ったとき、なんで来なかったんだよ、なんて怒られないように。



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