息が白い。冷たい空気が肌に刺さって痛かった。
「寒いね」
「…こんな早朝にそんな格好してくるからだ」
ったく、と呟いて、自分のロングコートを脱いで着せてくれた。
「…あったかい」
「それなら足まで隠れるだろ」
この温もりはいつまで感じられるのだろう。
―あ、泣いちゃう。
そう思った瞬間、ホームにアナウンスが流れて、電車がゆっくりと止まった。
彼が一瞬こっちを見た気がしたが、わたしが俯いていたからだろう、黙って電車に乗り込んだ。彼を遠くへ連れて行ってしまうこの電車をひどく憎らしく思う。
「じゃあ、な」
「―うん」
「ちゃんとやるから」
「―うん」
「また――」
そこで彼は黙り込んだ。少し間を置いて、言った。
「待ってて、くれるか?」
「〜〜っ」
涙が込み上げて前が見えない。ぶんぶんと何度も首を縦に振った。彼はハハッと小さく笑って、わたしが着ているコートのポケットから何か取り出した。
「じゃあ、虫よけ」
手ぇだせ、と言われて右手を差し出すと、ばか、左手だ、と言われた。小さな銀色の指輪がするりと左手の薬指のうえをすべる。
「俺が帰ってくるまで外すなよ」
「―うん」
震える声でそう言って、なんとか彼を見ると、優しい笑みとは反対に乱暴に頭をなでてくれた。
「危ないからもう下がれ」
わたしが一歩下がるとプルルル、と発車の合図音がしてドアがゆっくりと閉まる。あ、とコートの襟をつかんで彼に合図をすると、口パクで“捨てんなよ”と言われた。
そしてもう一度車掌さんの合図の音がして電車が走りだした。手を振ろうと腕を上げると、車窓が開いて彼が顔を出した。
「あっちに着いたら一番最初に携帯買うからっ!」
少しずつ小さくなる影に手を振りながら、涙で滲む視界を拭った。
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